↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のアナタシスア   作者: 風鈴鳴梅
序章 僕と君の三千世界
2/53

第1話 空亡

 西暦2026年5月

 ー北方区域 クヌギ港


「…はいはい、いらっしゃ~い!空いてる席にどうぞ!」


 扉を開け入ってきた客に、皿を慌ただしく運ぶ少女が案内をする。店内はそれほど広くないがレトロな内装に加えて、壁には色鮮やかに彩られた花のリースや風景画が飾られていた。


 空いている場所に座って荷物を机下の篭に置き、客がメニュー表を眺めていると、皿を運び終えた少女が近づいてきた。


「当店は朝市場に上がったばかりの魚を使っているから、すっごく新鮮で美味しいよ!おすすめはこれ。潮風香る~ソラーレ貝のクリームパスタ!」


 メニューに指を指しながら大きな声で力説する彼女に客は驚き、思わず後ろへ飛びのいてしまった。


「こら!お客様がびっくりしているじゃないの!」

「だってぇ、迷ってたみたいだったから…」


 厨房で調理をしていた母親に怒鳴られ少女はしょんぼりと首をうなだれる。


 ベルリア地方最西端に位置するこの港では、海流の影響で魚が豊富に獲れることが知られており、ここ「アミーゴ・ドゥ・マール」もその恩恵に預かっていた。

 

「お会計ですね!合計で…」


 客こそ多くはないものの味は絶品であり、地元から愛されたレストランとして長年営業していたが、最もここ最近は…


「おう!邪魔するぜぇ」


 突如として、店の扉が勢いよく開けられる。粗暴な言葉遣いとともに入ってきたのは男の二人組であった。


「今月のみかじめは用意できたかぁ?嬢ちゃん」

「またあなた達ですか?いい加減にしてください!!なんで関係もない人にお金を払わなきゃいけないんです!」


 そのうちの一人、モヒカン姿の男がいやらしく笑って話す。


「そんなの決まってるだろ。この港は俺たち目黒組が守ってやってるんだから金をもらうくらい当たり前だろ?」

「何が守ってやってるですか!ただの地上げ屋の分際で…」


 少女のその言葉を聞き、後ろにいた長髪の男が憤怒の形相を浮かべる。


「おいおいおい。ガキだからって舐めてんじゃねぇぞ!いい加減痛い目見なきゃ分かんねぇかぁ?」


 手に持っていたバットを肩に担いで少女を睨みつける。一触即発の空気が流れ込んだその時


「邪魔だ。どけ」


 会計を終えようとしていた客が間に割って入ってくる。


「ちょっ、ちょっと!お兄さん?」

「あぁ?なんだテメェ」


 予想外の乱入に双方戸惑いを隠せない。だがそんなことも気に留めず客は繰り返す。


「邪魔だ」


 2度目の不用意な発言に、男たちの堪忍袋の緒が完全に切れてしまう。


「そうかいそうかい。随分と言ってくれるじゃないか。 ……ぶち殺すぞ!クソガキがぁぁ!!」


 襲い掛かってきた2人組に対し、客は一切動じない。そのまま男たちは突進し、勢いのままバットを脳天目がけ振り下ろそうとした。しかし…


「!?」


 ーー客の姿が消えた。


 違う。消えたのではない。

 体を瞬時に後ろへ倒したのだ。そしてそれに反するように足がモヒカン男の死角から上に上がって顎に直撃する。もろに一撃を喰らった男はそのまま、隣に居た片割れを巻き込んで壁に激突した。


「(え、えぇ?どういうことなの…)」


 その一部始終をみていた少女は開いた口がふさがらずにいる。


 顎を抑えながら、なんとか立ち上がったモヒカン男は怒りのまま再び客に襲い掛かろうとしたが、少し頭を冷やしたのか隣の長髪が止めに入る。


「待て。こいつは少しまずいかもしれん。一度コスギさんへ報告しに行くぞ!」

「……チッ、覚えていろ」


 それだけ言って、男たちは店から足早に出て行った。




「一体何ごと!?」


 それからすぐ、店の奥から少女の母親が現れる。少女はすぐさま母親のもとへ駆け寄り、事情を聞いた母親は少し考えたのちに口を開く。


「そう…またあいつらが。それで、あなたが追い払ってくれたんですね?」

「ああ」


 母親は客、もとい黒髪の少年に確認を取る。16歳ほどだろうか。少年は特にデザインの無い古びた服、腰にはポーチがあり、中には武器と思しき物を携えている。この港の人間ではなく旅人のようだ。


「ご迷惑をおかけしてすみません。彼らは目黒組と名乗っていまして最近港にやってきたんですが、この港を乗っ取るとしているみたいで、土地を買収するために執拗な嫌がらせを繰り返してくるんです」


 下を向きながら話す母親の顔には暗い影が宿っていた。


「ここは、北方区域だろ。戦線や教会の騎士は来ないのか?」


 そう問う少年であったが、返ってきた答えは良いものではなかった。


「以前は派遣されていたのですが、皆やられました。戦線と教会の対立もここ最近は深まるばかりで、これ以上構っている余裕がないのだと」

「あまり強いやつらには見えなかったが」

「目黒組のコスギと名乗る男が、どうやら特異な力を使うみたいなんです」


 その言葉を聞いた瞬間、少年の目が大きく見開かれた。

 

「どうしたんですか?」


 突然の豹変に驚き声をかけるものの、どこか落ち着きのない様子で一言。


「…少し用が出来た」


 それだけ言い残して少年は出ていく。店の中には静寂だけが残ったが、突然少女が思い出したように叫び出す。


「あっ。お会計!!」










 その頃クヌギ港の端にある倉庫では


「だから、本当なんだよコスギさん!俺のことを一瞬で倒しやがった。ありゃただものじゃねえ」


 そう告げるのは先程顎を蹴り抜かれた男だった。未だ治らないようで、痛みを堪えるせいか非道い形相になっている。

 そんな様子を目にしながらも、コスギと呼ばれた男が口を開き始める


「なるほど、少なくとも一般人ではなさそうですね。あなたたちからの情報を聴くに、可能性として戦線所属の兵士であることが有力ですが…」


「これからどうするんだ?」

「本来なら私から出向きますが、仮に派遣された兵士なら自分から来てくれることでしょう。ほら、もう来られたようですよ」


 男からの問いに細い目をさらに細くして笑い、コスギは答える。


「!!」


「あいつだ!」


薄暗い倉庫の扉がズシリと音を立てて、ゆっくりと開き、外の光と共に入ってきたのはあの少年だ。


「おや。あなたは」

「お前がコスギか?」


 言葉は短いながらも外野の男たちを置き去りにし、二人の視線が交差する。しかし、コスギはすぐに頬を緩めて…


「えぇ初めまして。私が小杉で間違いありませんよ。しかしその顔つき、あなたもしかして極東出身では?」


 その問いに、少年は無言の相槌を打つ


「やはりそうですか!こんな辺境の地で同士に出会えるとは…うん、気が変わりましたよ。見たところ追っ手ではないようですし、ここで引いてくれるなら特別に見逃して差し上げます」


 嘘はないのか、笑みに余裕が浮かび、警戒している様子はない。しかし


「断る」


 予想外の答えに目元がピクリと動きつつも、笑顔を崩さず、小杉は再び問う。


「何故です」

「お前には聞きたいことがある。それに…」

「それに?」


「…金がない。だから少し貰っていくぞ」


「………… は?」


 小杉が愕然としている。まさか人から巻き上げることはあっても、自分達から巻き上げられる側にされようとは夢にも思わなかった、そんな様子だ。


「…ふふふ。アハッハッハ!随分と見くびっているようですねぇ!!」


 屈辱のあまりコスギは怒髪天を衝く程に怒り出す。

 先程の笑みは消え失せて、目をかっぴらき少年を睨みつけいる。こんなにも自身を舐め腐った少年に向ける礼は一つしかない。


「──ならば死になさい!」


 そう言い、小杉は手を前に翳して…


 『夢覚(リライブ) <魚泳>』


 突如、小杉の前方に巨大な魚が現れる。見た目こそ普通の姿だがサイズは規格外の大きさである。

 そして、そのまま少年を目掛けて空(くう)を泳ぎ出した。


「出た!小杉さんの夢覚(リライブ)『魚泳』!これであの糞ガキも…」


 瞬間、襲い掛かった大魚が縦に一刀両断される。


「やはり、お前も"夢覚者(むかくしゃ)"だったか」


 斬れ目の真ん中から姿を見せたのはあの少年だ。腰に添えられていた武器は斧だったようで、ポーチから抜かれ、右手に握られている。


「ほう。ただものではないと思いましたが…」


 想像以上の実力に感心半分、苛立ち半分で小杉が賞賛する。


「ところで…あなたたちは何を見ているんです?行って来なさい」


 直後、戦いを観戦していた二人へ容赦のない命令が下される。逆らう術もない男たちは、仕方なく壁に置いてあったバットを手に取り少年へ攻撃を仕掛けて…


「無駄だ」


 バットを振り下ろそうと腕を上げると同時、地面と並行になるほど屈んで、懐に入り込んだ少年の斧で腹から胸にかけ斬り上げられてしまう。


「オラっ」


 すかさず二人目が少年の背中目掛け、バットをフルスイングするが、横にバックステップし、即座に体をずらされたことで回避される。そのまま重心を崩して、「ガハッ!」逆に自分が背中を斬られてしまった。


「よくやりました」

「!!」


 だが男たちが倒れ込むと、油断していた隙を突いて少年に計三匹の大魚が襲い掛かっていた。そのまま少年は抵抗できず食いつかれてしまう。


「凡人にしては中々でした。しかし、この世界において夢を持たない者は何も成し遂げることができないのですよ」


 勝利を確信し、傲慢に笑う小杉。そのまま死体を確認しに近づくが…


 ザンッ


 少年に噛みついていたはずの大魚たちが頭だけを残し体が地面へ落ちる。そして残った頭も塵になって消えていった。


「なるほど。具現化した魚を操る能力か」


 少年は全身を血に染めながらも立っていた。


「馬鹿な!何故生きて…」


 完全に殺し切れていなかったことに驚きつつも、手を再び前に翳す小杉。大魚たちが少年に襲い掛かるが…


「もう見切った」


 少年は両の手で握った斧を腰に添え、刃先を背に向けて走る。そして


 斬る! 斬る! 斬る! 斬る! 斬る!


 歩幅は時に広く、そして狭く。突然止まってはズレる。前に出たかと思えば、瞬時に身体を捻り横へ。まるで落ちる葉の如くゆらゆらと不可解に揺れる。一見、無駄な動きであるが、動きに無駄はない。故に予測不能。

 独特な歩法で攻撃を躱すと同時に大魚を斬っては動き、また斬る。それを繰り返しつつも少年は次第に近づいて来る。


 小杉も次々に新しい弾(さかな)を投入する。

 曲げて放つ。しかし斬られる ならば上から。斬られる 左右から同時に。斬られる こうなったら縦横斜め下後ろ全てから!!一閃、斬られる

 

 何をしても斬られ続ける。せめて斧に正面から当たったらなら、体力を消耗させられるだろう。しかし、攻撃を躱すついで、受け流すようにして斬られているのだ…これでは埒が明かない


「肉喰魚群(ピラニア)」


 小杉が次に放ったのは無数の小さな魚の群れ。巨大な魚が通じないのならば、数の暴力を以て制すまでの様だ。


 少年は斧を振り回して、迫り来る小魚達を斬っていくが圧倒的なまでの数にその斧戟が追いつく事はない。そして直ぐに…


 ガブッガブッガブッ


 身体が再び噛みつかれていく。先程までの大魚の様なパワーこそ無いが少年の肉が確実に一つずつ削られていく。


「…少し焦りましたが、何て事はありませんよ。海と言う過酷な環境で生き抜く彼らの特性は無限大!あなたへの対抗手段など幾らでも有るのです」


 動きを止めた少年を見て、冷や汗を流しながらも今度こそ勝利を自身の勝利を疑わない小杉であるが、次の瞬間異変を察知する。


 ジュー。何かが焼ける様な音と共に少年の身体から煙が上がり出したのだ。


「…まさかこんな所で使わせられるとは。"数日"では有るが、この代償は重いぞ」


 突如、少年が攻撃を受けている箇所から爆発が巻き起こり、小魚達が一斉に吹き飛んで行く。

 そして現れたのは、軽く血を流しながらも何故か先程より傷を減らし、身体から小さな赤い炎を揺らめかす少年の姿。


「想像以上の相手だったな。小杉」

「ーー!何を勝った気で居るのです!」


 先程と雰囲気の違う少年に狼狽しながらも小杉は再び手を前にする。


「いいでしょう。ならば私の全力を喰らわせるまで」


 煙を上げながら、段々と此方へ近づいて来る少年への焦燥からか。小杉は魂の根底から叫び出し、放つのは最後の技。

 

「終わりです!『王鮫(メガロドン)』」


 今までの大魚すら比べものにならない十数メートルはあろうサイズの鮫が地面から飛び出し、少年に襲い掛かる。そして丸呑みにされるかというその時。


「葉落一心流」


 少年は一度斧を居合のようにして腰に添えて蹲み…


「木ノ葉割(コノハワリ)」


 刹那、王鮫が下から上へ振り上げられた斧で縦に一刀両断される。さらに少年はその勢いのまま斬り進み、尾まで辿り着いたところで…


「ーーあ。」


 捉えた。


 少年の手で振り下ろされた斧により、肩から脇まで袈裟に斬られる。そのまま血を噴き出し、小杉は倉庫の冷たい石床へ後ろから倒れ込んでしまった。




「おい」


 それから少しして、斧を納めた少年が近づき小杉の身体を揺らす。


「何ですか?金ならば倉庫の奥にあるアタッシュケースへ入れてありますよ…」


 小杉は今にも消え入りそうな意識のなかで、何とか声を振り絞り答えた。


「違う。それもあるが、、」


 そう言うと、少年は険しい顔をさらに固くし真剣な眼差しで問う。


『お前は、隻腕が二つある男を知っているか?』


………


「隻わ…何です?隻腕が二つ?馬鹿なそんな人間いるわけないでしょう。腕が二つあるならそれはただの……」

「ならいい」


 困惑する小杉をよそに、少年は興味をなくしたように奥へ進んでいく。

 その後どうなったのか知る術もなく小杉の意識は深い闇の中へ沈んでいった。









「小杉は倒した。残りのやつらはこの港の人間でも対処できるだろう」


 縄で縛りあげたモヒカンと長髪の男を見ながら少年は告げる。斬られた箇所には既に処置が施されており、命に別状はないようだ


「ありがとうございます。でもこんなに…貰っていいんですか?」


 その手には小杉から強奪したアタッシュケースが握られていた。事情を知らない「アミーゴ・ドゥ・マール」の母娘からすれば、いきなりこんな大金を渡されてわけがわからないだろう


「…あぁ問題ない。チップだ」


 何食わぬ顔で言う少年だが、隣にいる男が口を挟む。


「何がチップですか…私から奪、ゴフッ」


 言葉を言い切る前に口を押さえられてしまった


「こいつは俺が次の都市まで連れて行く」

「分かりました。このお金は被害にあった港の人たちのため、皆で使おうと思います」


 別れの挨拶を済ませて街を出る少年と小杉だったが…


「そうだ!聞き忘れてた。ねぇお兄さん、名前はなんて言うの?」


 少女に呼び止められてしまう。その問いに少年は後ろを振り返り、そして…


「俺の名は空亡夏樹(くうぼうなつき)だ」



 初めまして!風鈴鳴梅です。記念すべき第1話ということで初の後書きですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。