第31話 夏休み
『えー、今回は天下の台所「淀大阪」の河内地区で、美味いと大行列が出来ている人気のラーメン店へやって参りました!』
「………」モグモグ
時刻は12時25分。空亡家のリビングでは机を囲みながら、家族三人で昼食を取っていた。
テレビの音が流れている部屋の中で、食卓には白ごはんを中心に金平ごぼうや、焼き鮭、味噌汁などの和風料理が多々並んでいる。
「かぁー!美味そうだな」
放映されている昼の街歩き番組を眺めながら、口から涎を垂らすのは元である。
「うん。あの綺麗な色をしたスープに乗ったチャーシューにネギ、メンマも煮卵も全部美味しそう!」
「やっぱ、西の方は飯が良いよなー」
その近くに座る夏樹もまた、テレビを見てジュルリ。と羨ましそうに涎を垂らし、父の意見に賛同している。
「…ちょっと。私の料理を食べながら言うことですか?それ」
だが、それに反発を覚えるのは伊月。自分の丹精込めて作った料理を前にしながらも画面のラーメンに意識を奪われる元を見て、彼女は少し不機嫌そうな顔を浮かべて居た。
「いやいや母さんの飯も美味いよ。美味いけどな?それはそれとしてラーメンも食いたくなるって言うか…」
「じゃあ食べに行ってきたらどうです?」
「勘弁してくれ…淀大阪だぞ」
伊月の言葉を受けて弱った顔をする元。
「ただでさえ此処から車で半日以上も掛かるって言うのに」
「でも、夏樹だってせっかくの夏休みなんだから。色々連れて行って上げないとダメですよ」
そんな二人を見ながら金平ごぼうを口に運ぶ夏樹であるが、心の中で少し意外な言葉に反応していた。
「(…夏休み?そっか。今は休みなんだ)」
久しぶりに聞いた気がするその単語に感慨深さを覚えながらも、夏樹は今になって自分の状況を把握する。
「…まぁ、確かにそうだな。夏樹はどっか行きたいとこあるか?」
「んー。暫くは家で父さん達と過ごしてたいかも」
すると元は目を大きく見開けると同時に、ニヤニヤと口角を上げた。
「おぉ!お前がそんなこと言うなんて珍しいな。父さん嬉しいぞ!」
「そうかな」
「でも今日はこれから、仕事があるから夏樹に構ってやれねぇな…」
しかし、一転して直ぐに元の顔が残念そうな感じに変わる。
「そっか…じゃあ家でテレビでも見てゆっくりしておくね」
「おいおい、夏休みなんだから外で遊んでこいよ」
特にやる事も思いつかない為、家の中で過ごそうとした夏樹であるが、元に諌められてしまった。
するとその間に伊月が会話へ入って来る。
「そうだ。テレビと言えば…夏樹にもそろそろケータイを買って上げなくていいんですか?」
ケータイ。それは正式名称を携帯型写影機と言う通信機器の一つであり、用途を簡単にまとめてしまうと持ち運びが出来るテレビ。と言ったところである。
人との遠距離通話はもちろん…特定のチャンネルを使う事で自分自身で番組を放映する事も可能な、まさに現代技術が生み出した魔法の道具である。
「ケータイか…まだ早いだろ。第一持ち運びできないとはいえ、家にはテレビがあるし」
「けど、お友達と連絡を取り合うのに必要だと思いますよ」
「そうか?アイツらはそんな物が無くたって別に…」
──ピンポーン
「お。噂をすれば来たみたいだな!」
突然、空亡家のインターホンが鳴らされる。三人が首を玄関の方に向けると、其処から男の子の声が聞こえて来た。
『夏樹ー!遊びに行こうぜー!!』
扉越しにでも聞こえてしまうくらい大きな声で夏樹の名前が呼ばれる。
「あら、この声はケンゴ君ね。相変わらず元気な子だわ」
顔見知りなのか直ぐにその正体を暴く伊月。
「早く出てあげなさい」
伊月に言われるがまま、夏樹は椅子から立ち上がると玄関の方まで歩いて行く。扉の前に着いてみればガラスの奥に人の影が映っており、そのまま扉をスライドさせると…
「おー、やっと出てきたか!」
目の前に立っていたのは黒髪を逆立てた快活そうな雰囲気の少年。
「…健吾くん」
それは幼い夏樹が持つ友人の一人。伊吹健吾だった。
「それに、和樹くんと蒼太くんまで」
更に健吾の後ろを覗いてみると、気弱そうな少年に、背が少し高くて細い少年までも立っている。彼らもまた夏樹の友人達であった。
「…ん?どうした変な顔して、具合悪いのか?」
「う、ううん。僕は大丈夫だよ!」
まるで昔年の友に再会したかのように驚いて目を潤ませる夏樹に、健吾は不審そうな顔をする。
「それで、今日は何しに来たの?態々家まで来て…」
「いや約束してただろ?皆で虫取りに行こうって!」
「…あ」
夏樹が善く善く三人の格好を見てみると、確かに皆手に虫取り網を持ち、身体からは籠を、頭には帽子を被っていた。
「何だ、覚えてなかったのか」
「ごめんね」
「別にいいよ。それよりさっさと準備して来いよ!」
そのまま急いで物置きに向かって駆けて行く夏樹。
…暫くすると虫取り網を片手に籠をぶら下げて帰ってきた。
「─よし。準備出来たな!じゃあ早く行こうぜ!」
ーーーーーーーー
『あぁー暑っちぃなあ!』
燃え盛るように輝く夏の日差しの下。土を固めて作られた村の道路を、額から汗を流しながら歩く四人。
「今日の気温は30度を超えているらしいよ」
「うへぇ、ヤバすぎだろ!そりゃ暑いわ!!」
目線を少し下げながら話す和樹の言葉を聞いて、健吾が瞼を閉じながら「参った」とでも言いたそうな顔を浮かべる。
「途中で水でも汲んでくかー?」
「…だから俺は家で遊ぼうって言ったのに」
「ああ?何言ってんだよ蒼太!せっかく学校が休みなんだぜ。それに今は夏!この世で一番楽しい季節だ!」
現在は恐らく8月。風吹村の学校が夏休みに入った最初の頃であろうか。
「お前らと一緒に外で過ごしてこそ意味があるんだよ!」
夏樹、健吾、和樹と蒼太の四人は、実はそれぞれ生まれた年が異なっているのだが、この村の学校では子供の少なさから幾つかの学年を纏めた複式学級が使用されており、それ故に皆幼馴染のように仲が良くて今日のように一緒に遊ぶ事が多い。
「それに宿題はまぁ、最後の日にやるとして…全力で1ヶ月を丸々遊びに使うことの出来る。言わば今月は俺達にとってのパラダイス!!」
突如、健吾の熱弁が始まる。
「更に夏と言えば、虫取りに川遊び!魚釣りやスイカ割りに加えてキャンプ、天体観測、線香花火とか…後は流しソーメン!いっーぱいやる事があるんだぜ。家の中でゲームして遊ぶだけなんて勿体無いじゃねぇか!!」
彼の凄まじい気迫に圧倒される和樹と蒼太であったがただ一人。それを微笑ましそうに見つめている人物がいた。
「ふふ…健吾くんは相変わらずだなぁ」
「…どういう意味だよ、それ?」
夏樹の嬉しそうな顔を見て、不思議そうな健吾。
「昨日だって会ったのに…変なやつ」
「─もしかして、夏樹。暑さで頭がやられちゃったんじゃないか?」
「うお!まじか。…おい夏樹!大丈夫か!!」ガサガサ
「うー、僕は大丈夫だよ〜」
夏樹の肩が強風に遭う葉っぱのように、勢いよく揺さぶられる。それに夏樹は目を細めながら身体は無抵抗のままに、抗議の声だけを上げた。
─やがて四人は村近くの山の中へと入って行く。
「此処からが虫取りのスタート地点だ」
「了解!それじゃあお先に〜」
足早に駆けて行こうとした蒼太であったが、その途中で制止させられてしまう。
「おい待て!今回はただの虫取りじゃないぞ!…名付けて第一回虫捕りコンテスト大会!」
「「虫捕りコンテスト大会?」」
いきなり飛び出した健吾の宣言に戸惑う夏樹達。
「あぁ。その名前の通り捕った虫で競い合う大会だ」
「何のためにそんな事を…?」
「何でって、楽しいからに決まってるだろ!じゃあ早速ルールを説明するぞ」
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ルールは簡単!とりあえず見つけた虫を手当たり次第に捕まえていけばいい。ただし虫にはそれぞれの種類毎に点数が付いている。例えば…
カブトムシ10点 クワガタムシ10点 ヒグラシゼミ7点 クルマゼミ5点 アブダラゼミ3点 ニンニンゼミ3点 カミキリムシ2点 カナブン2点 (その他)1点
こんな風になっているぞ!そしてこの大会で勝つ為には、こいつらを籠一杯になるまで捕まえて、最終的に誰よりも合計のポイントを多くする必要がある。
…だけど、ズルして二人で協力し合うとかそう言うのは無しだからな!そんな事する奴らとは明日から絶交だぞ。
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「以上がコンテストのルールだ」
「…つまり、レアな虫を取れば良いって事か?」
「そうなるな!」
満足気に説明を終えた健吾に対して、三人は頭の中で今言われた事を何度も反芻しながら確認を続ける。
「コンテスト大会なのにコンテスト要素がない気が…」
「細かい事は良いんだよ。期限は今日の15時まで、それじゃあスタートするぞ!」
慌てて準備に入る夏樹達。
「よーい、ドンだ!」
健吾の掛け声と同時、一斉に山の中へと駆け出して行くのだった。
…………
「…って全然見つかんないよー」
木々の間を迷わないよう慎重に歩きながら、虫取り網を担いで歩く夏樹。しかしどの木を探しても大したポイントを持つ虫が見つからなかった。
「…カナブンとかなら一杯いるんだけど」
木を見ても止まっているのはカナブンやカミキリムシ、蜂のように普遍的な虫ばかりである。
「なんか、こういうのってポイント以前に捕まえる気起きないんだよなー」
しかし夏樹にとってはどれも魅力が無いと言うべきか、健吾達との勝負に勝つ事を含めてもなお網で捕獲する気力が一切湧いて来なかった。
男の子というものは、カブトムシやクワガタムシのような格好良い虫にこそ心が惹かれるものなのである。
「最低でも…蝉は持って帰りたい」
夏の風物詩の一つである蝉に狙いを定める夏樹。その為に少し耳を澄ませてみるが…
──ミーンミーン
森中に響き渡る蝉たちの声。
「…このままだと分かりにくいね」
だが声の数が多すぎて判別がしにくい。仕方がないので、より集中を深めて最も近くに居る蝉の位置を捕捉しようと夏樹は目を瞑り出す。
「…………」
ミーンミーン
「…………」
ミーンミ…
「…………」
ミー──お前、何してるんだよ?
「うわっ!」
集中に入っていた最中、突然夏樹の耳に蝉以外の声が入って来た。驚いた夏樹は思わず反応してしまう。
「あ、あぁ…蒼太くん」
其処に居たのは蒼太であった。蝉にばかり気を取られていたせいで、彼が近づいて来ていた事に気づけなかったらしい。
「どうして此処に?」
「いや夏樹が目閉じたまま立ってたから気になって来たんだけど…」
「そう言う事だったんだ。今、僕は蝉の声を頼りに居場所を探してたんだよ」
夏樹の言葉に目を見開く蒼太。
「…何言ってんの?そんなの無理に決まってるだろ」
「あはは、言われてみればそうかも」
指摘を受けた夏樹は、その言葉に納得する。よく考えてみれば確かにそんな事は不可能に近かった。
「(何で、僕そんな事したのかな…」
自分でも不思議に思う夏樹であるが、気づけば身体が勝手にやっていた。それ以外に理由が思い付かない。
「まぁいいや。それで蒼太くんはもう虫を捕まえ終わったの?」
「─よくぞ聞いてくれた。此れを見ると良い!」
蒼太が手に持つ虫籠を夏樹に見せびらかす。
「…何コレ」
夏樹の目に映るのは蝶々、バッタ、蜂、カミキリムシ、カナブン、カメムシ、蜻蛉、ミミズ、ダンゴムシ、テントウムシ、ムカデ。
無駄にカラフルに、大中小様々な虫が集まった地獄絵図のような虫籠の姿である。
「驚いて心臓が止まっちゃったか?」
「うん。本当に止まりそうかも…ちょっと気持ち悪い」
若干ドン引きしながら見つめる夏樹。
「…そうか?けど理由を聞けばもっと驚くぞ。これこそが俺の編み出した必勝法なのだからな!」
「どういう事?」
その疑問に、蒼太が得意気にペラペラと語り始める。
「お前この勝負で手に入る虫のポイントを覚えてる?」
「えっ…確かカブトムシが10点、蝉が5点、カミキリムシが2点とかだっけ」
「その通り。だがお前は一つ、重要な事を忘れている!」
ビシッ。とまるで推理小説で犯人のトリックを証明する探偵かのように、人差し指を夏樹に向けて突き刺す。
「……?」
「それは、『その他』の虫でもポイントが一つ入ると言う事だ!」
夏樹が唖然とする。
「分かるか?つまり態々カブトムシだの、蝉だのレアな虫を集める必要は無い…目に入った虫を片っ端から捕まえれば良いんだよ。これが俺の必勝法、塵も積もれば山となるって奴さ!」
確かに健吾が取り決めた「虫取りコンテスト大会」のルールに捕っていい虫の数の制限は無かった。故にこれもまた戦略の一つなのだろう。
…それにしても、やり過ぎな気もするが当の本人は誇らしそうな顔をしている。
「俺はコイツらで勝利の栄光を掴み取る」
「そ、其処までして勝ちたいの!?」
もはや夏樹は何て言葉を掛けるべきなのか分からなかった。格好良くない虫を乱獲してまで何故蒼太は勝ちたいのだろうか。
「分かってないな。俺は将来この国を背負う事になる天才なんだ。戦いに勝つ事など当たり前なのだよ」
「確かに蒼太くんは昔から頭良かったもんね。…けどその虫達、大丈夫そう?」
目線の向く先に有るのは再び彼の虫籠。
「──ん?」
釣られて蒼太も虫籠に目を向けると…
「…なぁ!!」
─その中では、捕らえられたムカデや蜂による他の虫達の虐殺パーティが開催されていた。
「お、俺のポイントぉぉ!」
捕食者達によって次々に奪われて行く蒼太のポイント、及び集められた虫達。予想外の状況に蒼太は大慌して身体を動かすが…
コロン。
手から虫籠が滑り落ちて地面に転がる。だが、その衝撃で上に封をしていた蓋が開いてしまった。
─ブーン、ブーン。
「ギャアアアアアアア!!!!」
中から一斉に溢れ出す虫達。奴らは皆、自身を捕らえた人間への復讐なのか蒼太に向かって羽ばたいて行く。
その直後、山へ響き渡ったのは彼の絶叫であった。
「ちょっ、ヤバい!助けてえ!夏樹ィィィ!!」
「…あ、あはは」
涙目で助けを求める蒼太の手を取る夏樹であった。
─それから数分後
「流石にそろそろ何か捕まえたいんだけどな…」
蒼太と別れた後、夏樹は再び山の中を彷徨っていた。
「何か良い虫が居そうな木が有れば見つければ良いのに。うーん」
頭を使いながら戦略を考える。
「あ、そう言えば前に虫は樹液を出す木に集まりやすいって、見た気がする」
其処で思い出したのは何処かで見た虫の捕まえ方。何も全ての虫が肉食な訳ではなく、当然草木を食べて育つ虫も数多く存在し、特に夏樹の探し求めている「格好良い虫」達は樹液を主食とする事が多いのだ。
だからこそ夏樹は狙いを定める。確か、その樹液を沢山流す木の特徴は…
「──見つけた」
顔を向けた先に聳え立っていたのは一部の樹皮が捲れて赤い部分が露出している木であった。
夏樹は慎重に…慎重に近づいて木の様子を覗き込む。
「……!」
瞬間、驚愕と興奮に顔を綻ばせる夏樹。木にかぶりつくようにして止まっていたのは茶色いボディを持つ大きな一本角の昆虫。
─カブトムシだった。
「(ラッキー。こんな場所で会えるなんて!)」
本来夜行性のカブトムシであるが、寝坊助なのか真昼間であるこの時間に現れている。夏樹はその幸運に感謝しながらも気づかれないようにそっと近づき、そして…
─パシャ
上から勢いよく網を被せた。
そのまま姿を消すカブトムシ。夏樹は緊張しながらも白い虫取り網を凝視すると。
「…おぉ」
その中には茶色い大きな一本角が飛び出しているのを確認出来た。
「捕ったぞ!!」
嬉しさのあまり網の上からカブトムシを手で掴んで一人で叫び出す夏樹。
そのままルンルンと小躍りしながら集合場所へ歩き出して行く。
……………
「フンッ♪フフンッ♪」
上機嫌な様子の夏樹は、鼻歌を歌いながら虫籠に入れたカブトムシを見ながら歩き、やがて最初の場所にへと戻って来た。
「あ!」
其処には既に三人が立っている。彼らは皆楽しそうに自分の成果を見せ合いながら話しており、夏樹も中に混じろうと声を掛ける。
「おーい皆っ!見て見て。僕のカブトムシ!!」
叫びながら、夏樹は小走りで三人の元へと駆け出して行く。
───だが、その時。夏樹の周りを囲う世界の空間がグニャリと渦巻いて歪み出した。
グァングァングァン。
「…!?」
突然の出来事に、頭痛と吐き気を感じて蹲る夏樹。
「(…今のは何?)」
夏樹は訳が分からず困惑するも、酔いから来るものなのか…その頭痛と少量の吐き気を必死に堪える。
辛うじて顔を上に上げて前を見ると、友人の三人は変わらずに其処に立っているのが確認出来た。
「(ただの熱中症、なのかな。…とりあえずもう大丈夫かも)」
直ぐに立ち上がると、再び走り出す。
「やっほー。健吾くん達、今虫の見せ合いっこしてたんだよね?僕のを見たら凄く驚くと思うよ。ほらカブトムシ!」
「……急に何言ってんだお前?」
「え?」
三人の側まで辿り着いて話しかける夏樹であったが,返ってきた健吾の真顔に動きを止める。
──気づけば、夏樹達は川に座り込んでいた。
「あれ…僕達さっきまで山の中で虫捕りをしてたよね?」
「いつの話してるんだよ。そんなの数週間前に飽きただろ」
頭にハテナマークを浮かべながら、夏樹の思考が停止する。周囲を見渡して見ても広がるのは石が敷き詰められた河原を流れて行く水流のみ。
「今日は皆んなで釣りをしてんじゃん」
そう話す健吾達は直線上に並んで座り、釣り竿のルアーを川の方へ浮かべていた。
「ううん、そんな筈は無いよ…だって手にはカブトムシが…」
握っていたカブトムシ入りの虫籠に目を向ける夏樹だったが、其処に在るのは何故か、バケツと木の棒で作った簡易的な釣り竿であった。
「…嘘」
目を見開く夏樹。身体が固まるのと同時に手から力が抜けてしまい、釣り竿を川に落としかけてしまう。
「おっと」
…だが既の所で健吾がキャッチした。
「おい危ないな。魚が逃げたらどうすんだよ」
「あ…ごめん」
川の中を泳ぐ魚が落下の衝撃に驚いて逃げてしまう事を危惧する健吾。それに謝りながら夏樹は、釣り竿を受け取るのだった。
「でも本当に僕達は絶対に虫捕りをしてたよ!ほら覚えてない?虫捕りコンテスト大会」
「あー、有ったな。そう言えば」
少し懐かしそうな顔をして健吾が思い返す。
「良く分かんないけど、お前またアレをやりたいって事?…まぁ、そんなに言うなら今日も皆んなでやるとするか!」
隣に居る和樹や蒼太にも確認を取り、やがて虫捕りコンテスト大会ならぬ、魚釣りコンテスト大会が開催される。
「(…えぇ?ど、どう言う事?)」
夏樹は困惑したまま渋々それを受け入れるしか無いのだった。
そうして、釣りを再開した四人。
初めこそ順調に川魚を釣って行き、互いに白熱した勝負を繰り広げていく。
「おぉっ!掛かったぞ」
「どれどれ!」
「かなりデカいな」
川に引きずり込まれそうになりながらも、竿を強く引っ張って釣り上げた。
「よっしゃー!」
豪快に水飛沫を上げながら地面に引き摺り出されたのは黒い皮をした40cm程の巨大な魚。
「どうだ見たか!これで俺の勝ちに近づいたな」
「くっ。だけど勝負はまだまだこれからだよ!」
皆で和気藹々と大盛り上がりしていた四人。どんどんとバケツに増えて行く魚をよそにして、このままずっと釣りを続けるのかと思われたが…
「ちょっと暇になって来たな」
直ぐに、限界が来てしまった。
「うーん。…そうだね、待つ時間が多いし」
「あーもっと引っ掛かってくれたら良いのに!」
不満を口に漏らすのは健吾である。彼のバケツは全員の中で、一番入っている魚の数が少ないのもあってかつまらなそうな顔をしている。
「なぁ、退屈だし…待ってる間に何か話でもしようぜ」
退屈を紛らせる為に雑談を提案する健吾。四人は魚が釣れるまでの間、皆んなで並んで話でもする事にした。
「お前らって将来の夢とかあんの?」
健吾が問うのは自分達の未来の事である。
「…夢?いきなり言われても」
「何だったっけなぁ」
突然の質問に困惑する夏樹と和樹であったが、その間に割り込むように一人の少年が手を上げる。
「はいはーい!」
それは蒼太であった。
「おぉ、何だ何だ?」
「ふふん。期待しながら聴くと良い…俺の夢はずばり!」
指を頂きに突き立てて、キランと格好つけるように目を閉じる。
「世界を圧倒する「トートス・エンジン」のような天才発明家さ!」
蒼太の頭に電球が浮かび上がる。
「…大きく出たな」
「だろ?更にそれを実現するのが"コレ"」
そう言うと頭上にある電球へと手を伸ばした。
「─俺の夢覚 <光想>だ!」
そして手で掴むのと同時に、ピカーンと四人の目を照らすように眩しく発光する。
「ハハハ見たか!俺の能力!」
「…それは昔から知ってるけど、電球を出すだけの能力でどうやって天才発明家とやらになるの?」
誇らしそうな蒼太を見て和樹が疑問を唱えた。
「ちっちっ…何も分かってないな。トートス・エンジンはかつてこう言った『天才とは99%のキラメキと1%の努力である』だってな」
首を傾げる三人。
「…そんなんだっけ」
「細かい事は良いんだよ!要はどんな物も使い方次第!思わぬ想像が世界を斡旋する事だってあるんだからな」
電球を眺めながら何れ来たる夢に目を輝かせる蒼太であった。そんな彼を見て健吾が大声を上げて笑う。
「あはは!良いじゃねぇか。うんうん…やっぱ夢は大きくないと損だもんな!」
愉快そうな健吾。
「そう言う健吾は何か夢とかあるのか?言い出しっぺなんだから、ちゃんと答えろよ!」
「俺か?…俺の夢は一つ!」
やがて雑談は蒼太の夢から健吾の夢についての話に移って行く。
「──皆を守る超絶最強のヒーローになることだ!」
辺り一帯に響き渡る大きな声で、健吾の夢が宣言された。
「えっと…つまり警察みたいな感じ?」
「いやヒーローはヒーローに決まってるだろ!もっとこう、超パワーで悪をやっつけて全部守るぜ…って感じの!」
「……?」
分かりにくい例えに困惑してか、蒼太の手に持つ電球から光が消える。
「いやヒーローなんか現実の職業に存在しないだろ」
「馬鹿。金貰って働くだけが仕事じゃねえ!ヒーローは慈善活動なんだからな」
二人は軽く言い争いをする。
「まぁ、お前の<光想>と同じで俺にも夢を叶える為の夢覚はある。それが最強の剛腕!」
すると健吾の右腕の筋肉が膨張して、巨大化と共にゴツゴツと固まり、側面からは幾つかの棘が生え出した。
「夢覚 <怪滅>」
数倍以上に膨れ上がった自身の仰々しい腕を健吾は蒼太達に見せびらかす。
「これで悪いヤツらはみーんな俺の超パワーで捩じ伏せてやるのさ!」
「…だけどお前のちっちゃい身体じゃ、幾ら腕が大きかった所で人体構造的にバランスが悪いし、パンチとか打ったって大した攻撃にはならないと思うぞ」
「あ?言ってる事分かんねぇけど、それって俺の悪口か!?」
そのまま顔を赤くして怒鳴る健吾。
「ま、まぁまぁ二人とも夢覚が手に入るくらい凄い夢があるのは良い事だと思うよ?」
喧嘩になりそうなのを止める為、間に和樹が割って入る。
「…ならお前の夢は何なんだよ!?」
「ぼ、僕かぁ。えっと」
健吾の矛先が和樹へと向いてしまった。
「僕は適当にお父さんやお母さんを手伝いながら、村でのんびりと畑でもやってようかな…」
自身が無さそうに愛想笑いを浮かべて、答える和樹。
「…そんだけ?」
「うん。それだけかも」
呆れたように健吾が眉を顰める。
「何か…お前を見てると一々キレてる俺が阿保みたいに思えて来たわ」
健吾の怒りは収まったようで、身体から力が抜けて行った。
「あ、あはは…」
「…じゃあ最後の夏樹は?」
少し気まずそうに笑う和樹をよそに、健吾は夏樹の方へ向き直る。
「んーー」
だが夏樹はずっと上を向いたまま唸り声を出して、思い悩んでいるようだった。
「…忘れちゃったかも」
「─は?」
その末に忘却した事を告げる。
「僕はもう自分の夢とか、覚えてないんだ」
「…何だそれ」
変に憂鬱そうな目をして川の向こう岸を眺める夏樹を見て目を丸くする三人。
「そんなんだから、お前と和樹は夢覚すら手に入れられないんじゃねぇの」
「あ…僕も?」
やれやれ、とでも言いたそうに首を横に振るう健吾と自分も指名された事に驚く和樹。
「でも別に夢覚なんか無くても生きて行く上では全然困らないよ。…それにいざ何かあれば、健吾くんがどうにかしてくれるんでしょ?」
和樹は微笑んで健吾に尋ねる。
「…ふんっ。当たり前じゃねぇか!」
その言葉に機嫌を良くしたらしい健吾は、鼻を高くした。
「お前らが悪い奴らに襲われた時は俺が守ってやるさ!何てったって俺は…──ヒーローなんだからな!」
巨腕を振ってアピールする健吾に対し、それを和樹は頼もしそうに見て、蒼太は胡散臭そうに見つめている。
─しかし、ただ一人。何故か夏樹は悲しそうな顔を浮かべていた。
「(やっぱり健吾くん達は何も変わってないんだね。…だけど、きっと三人も"あの時"村の中で死んで)」
突然、頭に燃え盛る村の情景が浮かんで来る夏樹。
「(…僕は何を考えてるんだろ?ううん、アレは夢だったんだから。何も気にする事ないじゃん)」
夏樹はそのネガティブな「妄想」を直ぐに振り落とすように、頭を揺らすのだった。
だがその時…
─ガサッ
「…!?」
後ろに立つ茂みの方から草の揺れる音が響き渡る。びっくりした四人が振り返ると其処には人影が立っていた。
「…ひっ」
「あ?村のガキどもじゃねぇか。何してんだこんな所で」
─現れたのは人相の悪い、長い緑の長髪を後ろで一つに括った男。それは村の診療所で休んでいた筈の西園寺影蛉であった。
「──師匠?」
「で、出たな!妖怪"奇面相赤綱シュンゴクマル"!!」
ポカンとする夏樹を置いて、健吾が三人の前に立ちはだかって庇うように腕を横にする。
「此処で会ったが100年目!この最強ヒーロー"酒呑ヒャッキノスケ"が成敗して…」
「ふんっ」
─パチン
「あひゅぅ」
何か言いかけた健吾だったが影蛉のデコピンを食らいダウンしてしまった。
「…相変わらず五月蝿いガキどもだな。だから俺は子供が嫌いなんだよ」
不機嫌そうに話す影蛉。
「師匠、何やってるの?こんな所で」
「ん…あぁ夏樹か」
振り返った影蛉の目線が夏樹の方に向く。
「いや、村の狩猟会の手伝いをしてんだよ。害獣の駆除を手伝え。ってな」
腰に添えている日本刀の鞘を撫でながら影蛉が経緯を説明した。
「けど全然見つかんねーし、ガキどもには絡まれるし最悪の気分だ」
影蛉の口からため息が吐かれる。
「…はぁ。コイツらみたいに俺の顔で一々騒ぐ奴らを見てると、俺の方が害獣な気がしてくるぜ」
トホホ。と漏らしながら、その内背を向けてゆっくりと歩き出す影蛉。
「…あ、そうだ」
しかし直ぐにまた後ろに振り向いた。
「夏樹。今日も"また"元達に夕飯を食いに行くって言っといてくれよ!」
「…え?」
突然、当たり前のように知らない事を吹き込まれて夏樹が困惑する。
「─どうした?」
「う、ううん。分かったよ〜!」
状況が分からないながら、一先ず話を合わせておく事にした夏樹。どんどんと距離が離れて行く影蛉を眺めながら心の中で密かにある事を呟く。
「(…いつの間に父さんと師匠、そんなに仲が良くなったんだろ?)」




