第28話 竜花。血に咲く
倒れ掛けたカノンの身体を受け止めた夏樹。だが、それは…
─この都市における最大の禁忌だった。
「……!!」
直後、夏樹とカノンに何処からか無数の冷たい視線が向けられる。それは周りを囲う黒い怪物達の何れとも異なる、身体を突き刺す様な鋭い物。
「逃げるぞ!!」
「うぇ!?」
状況が分からず困惑するカノンの手を引っ張って、夏樹が走り出した。
ーーーーーーーーーーー
「んっ。うぁ!ふっははふぁ?」
口を閉じたまま、身振り手ぶりのジェスチャーで何かを伝えようとするカノン。辺りを見渡すと世界が元の色へ戻っており、どうやらフィアワールドの能力下を既に離れているらしい。
「…もう普通に喋っていいぞ」
「え……そうですか?なら声に出しますね」
互いの心の声が聞こえなくなった今、いつも通り話す事にした。
「それで…どうして急に?」
突然自分の手を引っ張って駆け出した事を不思議に思うカノン。夏樹に触れられた手をもう片方の手で確かめる様に触りながら、緊張した眼差しで彼の方を見る。
「さっきお前を支えた時の事を覚えているか?」
「はい。あの時はありが……ってまさか!」
カノンが何かを察する。
「あぁ。それが助けたと"見做された"みたいだな」
「て事は、今の私達は…」
「…らしいな。──来るぞ」
夏樹が叫んだのと同時、街の角から素早い動きで何者かが飛び出し来た。
キンッ
「…随分早いご到着だな」
交差する鋼の音。見れば夏樹が抜き放った「諸刃の大鎌」と銀色の西洋剣がぶつかり合っていた。
その正面にいるのは黒い修道服を着込み、顔を白い垂れ下げた布で覆い隠した異質な女性。…実際は肌の露出が殆ど無い為判別しにくいが、線の細さから辛うじて女だと分かる。
「汝。追悼を穢し者よ」
互いの武器が弾かれ合うと、女は直ぐに西洋剣を夏樹の目に向ける。
「『追悼師団』上等兵"エルデア・サクロファイス"がジュネイスの名の下、断罪を下しましょう」
そのまま女は雄牛の構えになると、地面を蹴って前に進み鋭い突きを夏樹の顎目掛けて放つ。
だがその一撃は先の物よりも遥かに遅く夏樹は、余裕を持って大鎌で受け止める事が出来た。
「お前が執行人か」
「…………」
「…流石に答えんな」
やはり追悼師団の兵士らしく、この都市内では質問には答えるつもりが無いらしい。
そのまま交差する武器同士。夏樹は再び弾かれ合うかと思ったが、様子が少しおかしい。
「……!」
なんと女は身体を引く事なく、全身の体重を西洋剣に乗せて前へ突っ込んだ。
「ちっ」
大鎌を上に振り上げて西洋剣を受け流す夏樹。身体に全体重を乗せていた女は身体のバランスを一瞬崩すも、足を前に伸ばし腰を捻る事で体制を元に戻す。
「中々に硬い武器ですね。"遺器"とも異なるようですが…」
女が感心の声を上げる。直後、夏樹は振り上げた大鎌を下へ戻して身体を目掛け振るうも、彼女はそれを西洋剣で弾き、そして次の瞬間には二人が凄まじい斬り合いにへと雪崩れ込んだ。
「(今の一撃は俺への攻撃と言うより、武器の破壊を狙った様に見えた。…コイツの目的は俺達の無力化か?)」
女の狙いを考えるも、この戦いの中では思考を纏め切る事が出来ない。
大鎌が動けば西洋剣で受け止められ、西洋剣が迫れば大鎌が止める。そんな一心一退の攻防が続く中、痺れを切らした夏樹は決断を下す。
「…時間は余り掛けられん。ならば!」
再び互いの武器がぶつかるその時。夏樹が腕に込める力を緩めた。結果、案の定と言うべきか攻撃に耐え切れず大鎌が横に逸れて、身体が後ろに崩れた。
「………!」
出来た隙。それを女が見逃す筈も無く、即座に追撃を掛けようと、西洋剣を真っ向に振り下ろす…しかし。
「葉落一心流『陽炎』」
─いつの間にか夏樹の姿が消えた。
「──!?」
女が気配を感じ横を振り向くと、そこには大鎌の峰を前に向けてと振りかぶる夏樹が居た。
ワンテンポ遅れながらも女は西洋剣を正面に構えてガードの体制に入る。
──ザンッ
…が抵抗も虚しく、西洋剣は剣身ごと真っ二つに斬られてしまった。そして、大鎌は剣を通り抜け女の胸を浅く斬り裂く。
「悪いが手短に終わらせてもらう」
「…私の敗け、ですか」
それだけ残すと、夏樹は武器を失った女を容赦無く近くの街壁へと蹴り飛ばすのだった。
─こうして、最初の戦闘を何とか終えた夏樹。だが手に持った大鎌をじっと見つめる。
「(…想像以上の斬れ味だな。諸刃とは付いているが、危険なのは俺よりも相手の方か)」
今の戦いで鋼の西洋剣すら軽々と両断した「諸刃の大鎌」。芸術都市でショコラから貰った物であるが、彼女の絵師としての素質による物なのか、常軌を逸した性能になっていた。
本来、両刃の武器と言えば使用者にも自分を傷つけてしまうリスクが有るものだが…この大鎌に関しては鎌の性質上、それが限り無く抑えられている。
だが逆に、敵と戦う際には峰打ちに使う側まで鋭くなっているのだから、碌に手加減すらする事が出来ない。此れではある意味、敵にとっての諸刃であった。
「いや、そんな事を考えている暇はないな」
直ぐに自分達の置かれている状況を思い出す夏樹。そのままカノンと再び走り出す。
「…結局。こうなっちゃうんですね」
呆れた様に笑うカノン。
熱狂都市ルカや、芸術都市フランでの出来事も有り、誰かに追いかけられるのはもはや慣れっ子だった。
「俺達、呪われているのかもしれん」
これには夏樹も笑うしか無く、可笑しそうに軽口を叩く。
「…呪い、ですか。案外そうかもしれませんよ?」
しかし意外にもその軽口はカノンの真剣な顔で肯定された。
「だって私達が追いかけられる原因になった、あの男の人が暴れていた理由も、フィアワールドさんと出会った理由も。全部『呪影の天聖騎士』絡みじゃないですか」
思い付いた。と言わんばかりに自分の推測を並べる。
『もしかして、此れが"呪影"の天聖騎士の"呪い"…?』
「…縁起でもないな」
恐怖に震える二人。既にロヤテがこの世に居ないのを良いことに好き勝手言っていた。
「だが…そもそも全ての始まりはコイツだろ」
そう言って夏樹が服の中から取り出したのは一冊の本。
「─うへぇ。まだ持ってたんですか?」
汚物でも見る様な目でカノンがドン引きしているのは確か、以前教会を襲撃した際に間違って手に入れてしまった「名前に出すのも悍ましい"アレ"」である。
「捨てるのも何か…可哀想だったからな」
「私達が呪われてるの絶対それのせいですよ!」
「…その内燃やすか」
一瞥だけして夏樹は直ぐに再び服の中へと戻す。
「振り返れば、アンプール、ロヤテ、追悼師団。此れを手に入れてから変な奴とばかり戦っている気がする…」
「うーん。言われてみれば?」
「しかし…お前と旅をする事になったのも此れがきっかけだったな」
懐かしそうに思い返す夏樹。この本が無ければカノンと一緒にこうやって肩を並べ合う事もなかっただろう。
「そう思うと、何だか愛着が湧いてきました」
「……本気か?」
「ふふ。嘘です!…けど、例えこんな物が無くたって夏樹くんは色々トラブルに巻き込まれてそうですけどね」
「………?」
(だって自分から首を突っ込んじゃうんですもん)。心の中でそう思うカノン。
結局ロヤテと戦ったのも、今追悼師団に追いかけられているのだって全部夏樹がカノンの事を助けたからなのだ。
「だから私だって…」
─そうこう話している内に次の追手が飛び出して来る。
「断罪を!」
シュッ
双刃の槍を盾に回転させ、夏樹の顔を狙った一撃が放たれた。それを済んでで後ろに飛び退き回避した夏樹。だが…
「……!」
その背後からは既に二人目の追手が迫っていた。
「断罪を…」
背中に振るわれる武器。それを回避する術はなく、夏樹は斬り裂かれそうになるが。
「枯れない愛」
地面から生えて来た緑のサボテンに追手の顎が撃ち抜かれた。
「…助かった」
「あなた一人に助けられっぱなしな訳には行きませんからね。だから私だって助けます!」
突如として咲いたのはベンケイチュウ…又の名を「サワロサボテン」と呼ばれる白い花を持ったサボテンである。それを仕出かしたのは他でも無い。カノンが発動させた夢覚 <花天>であった。
「──また一人。追悼を穢したか」
今の一幕を見物し、カノンにも武器を向ける追突師団の兵士。気づけば夏樹達を囲うその数が四人にも増えていた。
シスターの修道服を着た者二人に加え、神父の修道服を着る者も二人。それぞれ手に持つ得物は異なるが、共通点は顔を覆う白い布であろうか。
「多いな。あの葉っぱを動かすやつ出せるか?」
「リュウゼツランの事ですか?良いですよ」
「気高い貴婦人」
カノンの腕にリュウゼツランが黄色い花と共に咲く。そのまま周りを囲う葉を分離させようと力を込める。しかし…
カンッ
ぶつかるリュウゼツランと鋼の剣。前から襲って来た女のレイピアに分離は防がれてしまった。
「カノン!…ちぃ」
援護に入ろうとした夏樹だが、気づけば残りの三人が周りを取り囲んでおり、動けない。
「…俺一人に三人とは、光栄だな」
直ぐに大鎌を前へ向けると、追悼師団の面々も武器を構えた。
「断罪を!」
「断罪を…」
「断罪を下そう」
「…さっきの奴の方が、まだお喋りだったぞ」
同じ言葉ばかり発する兵士達。するとその内の一人が目にも止まらぬ速さで動き出す。扱うのは斧と槍が一体化したハルバードであり、最初に放たれたのは鋭い刺突。
─── ──
無音で襲いくる一撃を夏樹は寸前で躱したが、直後裏返った斧が身体に向かって来た。それも大鎌で受け流すが、同時に迫るのは二人目。
「隙を見せたな」
「─まだだ!」
横から飛ぶ男の双刃槍の二連撃を同じく二連の斬撃を持って受け止める。
「斬り切れん。棒まで鉄製か」
だが双刃槍は持ち手まで鉄で出来ているらしく、太さの違いから、さっきの西洋剣とは異なり両断し切れない。
そのまま、襲いくるハルバードと双刃槍の連続攻撃に対し大鎌一つでは対応が難しく、一度後ろへ退く夏樹。そこへ追い打ちを掛けるのは離れた場所に居る三人目の兵士。
ヒューー
風を切る音と共に、三本の矢が夏樹へ放たれた。バックステップを幾つか踏み回避するも、弓兵の女が弦を弾く手を緩める事は無い。
続く矢の雨、更に兵士の男二人も武器を振り上げて夏樹に襲い来る。
「(コイツら、矢が当たるのが怖く無いのか?)」
矢の雨の中を気にも掛けず、颯爽と突っ走る男達に違和感を覚える夏樹。そのまま攻撃を往なすも、放たれた矢の一つが夏樹の腕を掠めた。
「ぐっ」
その隙を逃さずに、追撃をかける男達。
「(…臓腑にさえ届かなければ、傷は俺の夢覚で治せるが、この程度の相手に使う訳にはいかん)」
最小限の動きで攻撃を回避しながら、夏樹はそう判断すると、一度男達を無視して一直線に飛び出す。狙うは厄介な弓兵の女。
一歩一歩に力を込めて、地面を強く踏み込み最短距離で向かう。当然女は抵抗して何発か矢を放つも夏樹は全て大鎌で弾き、瞬く間に目の前まで迫った。
「はぁぁぁ!」
左手を押し込む様に力を入れ、上から大鎌を振り下ろす。しかし、その一撃は響き渡る金属音と共に受け流される。
「…珍しいな。弓の弦を刃に変えているとは」
なんと女の弓も同様に鉄製の刃と化していた。夏樹の攻撃は胸を浅く斬ったものの、大した傷では無い。そして彼女は近接戦闘も可能らしく、持った弓で横一文字に大鎌を薙ぎ払った。
崩れる体制。すかさず男達二人も合流して、戦いは混沌と化する。
防戦一方となった夏樹。3つの武器を同時に相手するのは難しく、攻撃するとして大鎌で一度に全員倒さなければ反撃を食らうだろう。故に今は身体を捻って回避し続けるしか無い。
「(何か突破する方法はないか…)」
向かって来る武器達を躱しながら、何とか思考を続ける。
「(それにしても、ヤケに遠慮が無い攻撃だな。味方の事が目に入っていないみたいだ)」
連続して繰り出される攻撃はどれも一流の技であり、良く鍛錬されているのが見て取れる。加えて武器の特性を活かした蓮撃は夏樹を持ってしても対応がし辛かった。
その最中、夏樹の肩を双刃槍が掠める。攻撃を躱して一瞬身体が蹌踉めいた所を、次に少し遅れて弓の刃が薙がれるも何とか回避する。
「(…今のは危なかった。もしコイツらの連携が上手ければ疾うに…うん?──連携?)」
善く善くみれば、兵士達の目が夏樹だけにしか向いていない。
「…まさかな」
夏樹は何かを思い付いたらしく、攻撃を掻い潜りながらチャンスを狙う。暫くすると、男二人が夏樹を挟む位置に立った。そして同時に繰り出されるのはハルバードと双刃槍による斬撃。
「今だ!」
鋭い一撃が身体に触れる直前、夏樹が突如上に向かってジャンプをする。
男達はそれに身体を一瞬硬直させて正面に顔を向けるも、何故か攻撃を止めない。そのまま二人は…
「─やはりそうだったか。…大した信念だ」
地面に着地し、感嘆する夏樹。目の前に見えているのは──互いの肩を斬り合った男達の姿だった。
「お前らは連携しないんじゃなく、出来なかったんだ。それもその筈…此処は『永世平和都市ジュネイス』」
奥歯に詰まっていたものが取れた様に納得した表情をする夏樹。幾ら追悼師団と言えど、「人を助けてはならない」ルールには抗えず、故に仲間が近くにいようと全く気にせずに単独で戦闘を行う必要があったらしい。
肩から血を流す男たちに対し、夏樹は大鎌の刃を一度棒の中にへと収納する。
「そうと分かれば話は早い」
傷を負った事など気にも止めず、直ぐに向かって来る兵士達。彼らは再び個人個人で攻撃を仕掛けるが…その時、夏樹の動きに変化が現れる。
襲い来る武器達を相手に攻撃を躱すも、今までより大雑把に、大胆に動く。次第に兵士達の動きまでもが大きくなり、結果…ただでさえバラバラだった彼らは、攻撃を仕掛けるまでのタイミングが余計にズレて行った。
回避を続ける夏樹。刃を閉まったことで身体の可動域は広くなり、体捌きは縦横無尽と化する。前から襲ってきたハルバードに対して、あえて身体を低くしながら前へと突っ込んで躱し、そして回り込むのは男の後ろである。
「…!」
その時、丁度同じタイミングで後ろから迫っていた弓兵の女が弦の刃を持って武器を振るおうとしていた。夏樹が消えた事により、勢いのまま突っ込む彼女の斬撃は男に当たりかけるが、攻撃の手を緩める事は出来ない。何故なら…─そこで止めれば男を助けてしまう事になるから。
シュパ。鮮やかに散る男の赤い血。女の一撃は薄くではあるものの、その身体を斬ってしまった。
一瞬動揺を見せる女であるが直ぐに切り替えて、後ろに回り込み夏樹を追いかけようとする…だが、夏樹は既に男の身体を掴んでおり、盾の様にした。
「──外道が」
女が攻撃を止める事は出来ない。味方が盾にされようと、攻撃しなければルールに違反してしまう…だからこそ男を巻き込む形で斬撃を夏樹に放つしか無かった。
再び斬られて散る、男の鮮血。
「─俺はまだ死ぬ訳には行かん。だから、どんな手を使ってでもお前達を倒させてもらう」
そう宣言する夏樹。双刃槍の男も直ぐに合流し、この状況は打破されてしまうが、再度チャンスを狙ってひたすらに避けながら動き続けるのだった。
一方その頃。
「ハァァ!」
カノンはレイピア使いの女相手に腕を覆わせたリュウゼツランで対抗し、激しい戦闘を繰り広げていた。
「貴婦人の嗜み!」
連続して繰り出される鋭い刺突。しかし…
女のレイピアに軽々と逸らされてしまう。カノンはそれでも攻撃を止めずに上からリュウゼツランを振り下ろすも、身体を捻った女には簡単に避けられる。
「断罪を与えます」
反撃に放たれるのは同様の刺突。ただその威力はカノンよりも遥かに速く鋭い一撃であった。
「…くっ」
何とか、リュウゼツランで受け止めるカノンだったが攻撃を掠った箇所の花茎が削られた。その為即座に夢覚を発動し、損傷した部分を腕に復元させる。
そして再び女に放つのは「貴婦人の嗜み」による蓮撃。だが、それに対抗するように女もまた、レイピアから連続で刺突を穿った。
幾度も交差する攻撃。カノンは呼吸する事も忘れて無我夢中で突き続けるも、手数では全く及ばない。
「(…速い。私の刺突の何倍も)」
カノン自身、夢覚者の中でもそれなりに強力な能力を持っているが、所詮は只の少女。近接戦においては完全な素人でしか無かった。
おまけにリュウゼツランの側から生える花や葉が空気抵抗を増やし、カノンの攻撃のスピードを遅くしていた。だが最も特筆すべきは…
「まずはその武器を完全に破壊するとしましょう」
完全に女の方が格上であり、この戦闘自体が手加減により成り立っている事だろう。女はどういう訳かこの場でカノンを処刑するつもりはないらしい。
瞬く間に繰り出される神速の刺突は打ち合うリュウゼツランの花茎をどんどんと削っていく。そして…
「………あ」
手加減されて尚、全てにおいてカノンでは遠く及ばず、花茎が完全に破壊されてしまった。
散り行く緑の欠片達を目にして、カノンは目を見開き動きが止まる。
その隙を決して見逃さない女。彼女は抵抗する手段を失ったカノンを確認すると、即座に前へと踏み込む。レイピアを持っていない方の左手を突き出し、狙うのはがら空きになったカノンの首だ。
「…がはっ」
首を掴まれたカノンは、遅れて掛けられた女の体重に押されて地面に組み伏された。意識を一瞬飛ばすものの、直ぐに抗って暴れる…が、女の力に勝ち切れない。
「確保。此処で暫く大人しくしていなさい」
女が冷たい声で告げると、右手に持つレイピアをカノンの首に沿わすように地面へ突き立てる。
悔しそうな顔を浮かべるカノンだが、この状況では他に夢覚を発動する事が出来ず、もはや万事休すかと思われた。…がその時。
バシンッ
カノンに乗っかっていた女の肩に凄まじい勢いで何かがぶつかる。そのまま女は耐えきれずに、転がりながら飛んでいってしまった。
「…大丈夫か?お前」
そこに居たのは、さっきまで別の場所で戦っていた筈の夏樹。
「夏樹くん。…結局また助けられちゃいましたね。そっちはもう終わったんですか?」
「いや、まだだ。けどアイツらの攻略法は見えた。…後は俺がやっておくから其処で休んでろ」
夏樹の目線の先には幾つか傷痕を付けながらも追いかけて来る三人の兵士の姿があった。それから間髪入れずに、蹴り飛ばされた女兵士までもが此方へ到着する。
「4対1で良い。相手してやる」
そうして夏樹は四人を相手に戦闘を開始するのだった。
「(…これじゃあダメだよ。私も助けるって言ったのに)」
夏樹の戦いを立ち尽くして見つめるカノン。何か攻略の糸口を掴んだらしい夏樹は四人同時であっても互角以上に渡り合っている。
「(夏樹くんは相手の同士討ちを狙ってる?……そっか。あの人達、協力が出来ないんだ。此処が"ジュネイス"だから)」
兵士達の攻撃をギリギリまで誘うようにして回避する夏樹を見て、カノンは狙いに気づいた。
「(けど、その方法だと倒すまでに時間が掛かっちゃう」
それと同時にある懸念点に辿り着く。今の自分達の立場を考えれば、時間を使う程に他の追手までと戦闘になる可能性であった。
「(なら私がやっぱり何かしないと。…でもどうやって?「踊る貴婦人」「嫉妬の炸裂」それか「心の平安」?…ううん。その花達じゃきっと夏樹くんも巻き込んじゃう)」
今自分に出来る事を一生懸命に探すカノンであったが、思い付いた技はどれも、密着して行われるこの近接戦で夏樹だけに当たらないようにコントロールするのが難しかった。
「(だったら動きやすいよう、近くで戦える物の方が良いよね。「貴婦人の嗜み」なら……いや、あの人達にはそれが通用しなかったんだ)」
だがカノン自身、戦闘は素人な上、その本質自体は非力な少女である為に単純な近接武器を扱ったとて、鍛え上げられたであろう追悼師団の兵士には大した効果を見込めない。
「(私でも簡単に使えて、強く、鋭い、敵が対応出来ない武器)」
力の無い自分でも、この局面で何か出来るような武器になる花を思い出そうと頭を捻る。…が。
「(…でもそんな花は結局、リュウゼツラン以外に無いんだよなー)」
思考の末、振り出しに戻ってしまった。
「(何かアイデアが欲しい。リュウゼツラン、花茎、葉っぱ、花。…そう言えば昔、お姉ちゃんが貰ってきた本の中に確か)」
そこでカノンが思い出したのは、とある本に描かれていた「とある武器」の存在。
「(…もしや?──うん!これならきっと通じる!)」
長く考え抜き、遂に辿り着いた一つ答え。ふと目を向けると夏樹は兵士達を追い詰めていたものの、三人の兵士に加えて、襲い来る弓兵の矢に苦戦している様子だった。
「待ってて下さいね。コレが私の考えた新しい武器!名付けて…」
『竜舌剣』




