第27話 理解者
何とか街中へ戻って来た夏樹達。しかし、カノンの顔色が良くなる事は一向に無かった。
《大丈夫かお前?何処かで休んだ方が…》
《…それも行けませんよ》
彼女を気遣って一時的に歩みを止めようとした夏樹だが、それを察したフィアワールドに止められてしまう。
《誰かの為に立ち止まる事もまた人助け。ジュネイスでは到底許されません》
ここでは、そんな思いやりさえ禁忌に成り得るのだった。
《ワタシ達は自分のペースで前へ進み続けるしかないのです》
《…何なんだ》
未だ吐き気に苦しみながら歩き続けるカノンを見て、そんなルールを忌まわしく思う夏樹。
《一体何なんだ!この都市は!》
決して声にする事が出来ない問いを心の中で叫び立てる。
《…それが平等と言うもの》
フィアワールドが先の路地裏を見つめながら話す。
《ジュネイスでは、人は死んでなお平等を享受し続けるのです。故に遺体が片付けられる事はありません》
此処では弔う事すら死人への手助けと判断される為許されはしなかった。大抵の遺体は骨になった後、追悼師団が景観の維持の為に、同様の目的で建てた家の中へと押し込むが、埋葬などは特にされない。
《死んだ後にも魂は残る、みたいな考え方なんでしょうけど都市の中は骨ばかりが増える一方。…全く。永世などと謳っておきながら此れでは何れ限界が来るでしょうね》
フィアワールドはどこか呆れた様子だった。
《本当に永遠を求めるならば、あんな物さっさと埋めて仕舞えばいいのです。何もポリシーに反する訳では
無い!…だって人間など》
──死ねばそれまでなのですから
まるで独り言の様に呟かれたそれが今の夏樹達に届いたかは判らない。しかし、心越しにでも感じてしまう程の冷たい感傷が其処には含まれていた。
《なのに、そんな無意味を続けるのはきっと……この都市が生者のためにあるからなんでしょうね》
黙ったままの夏樹へ一瞥を向けると、フィアワールドは話を続ける。
《この町には幾つか呼び名が有り、その内の一つが追悼の地。表向きには救われなかった全ての魂の為の追悼…となっていますが、ワタシの予想では彼らの為の追悼なのかと》
その恐怖を感じさせる面が向く先に、は地面に倒れ込む人々の姿がある。
《あの哀れな者たちの多くは後悔を抱く者。当然、自身の平等を求めて此処へやって来る方もいますが、彼らに関しては他者の為に平等を求めているのです》
だが、夏樹にはフィアワールドの言っている事が、全く理解できない
《……?》
《彼らはただ、追悼する機会が欲しかったんでしょう。まぁ、実際は意味ありませんが》
《…わけが分からん》
《自分の為か、他者の為か…何れにせよ世界には必要だったんですよ。絶対の平等となる"象徴"が》
ある意味、其れこそがこの都市のルーツなのかも知れない。だがそれでも夏樹には此処まで過剰に取り締まる必要性に疑問を感じる。今の状況がその最たる例だろう。
《…おい。……ゆっくりでいい》
《ううん…私は平気ですよ》
振り向かずに、思いだけをカノンへ飛ばす夏樹。
《平気って…別に無理はしなくても》
《それが大丈夫なんです!確かにまだ気持ち悪いですけど、さっきよりは全然マシなんですよ。…だって》
カノンの足が止まった。
《ずっと、夏樹くんが心配してくれているんですから》
その言葉に夏樹は驚き、後ろをつい振り返りそうになってしまう。
《………いつから》
《ふふ。気づかれてないと思っていたんですか?》
夏樹が心の中でカノンのことを考え続けていたのがとっくにバレていたらしい。
《さっきから、私の事をどうにかして助けたい。って、しつこいくらい考えてますよね》
《…………》
《夏樹くんの、その気持ちがすごく嬉しい。だから私は今、歩けるんです!…それに、あの時だって、頑張って立ち上がれたんですよ?》
「あの時」というのはカノンが遺体を見た事で嘔吐し、地面へ伏した時のことか。
彼女の体調が悪そうな様子を見ていると、夏樹の心の中には、不思議とカノンを心配する気持ちが湧き上がってきた。
そういった考えがカノンに伝わっていたのだろう。
《あ、あと…それに》
すると、カノンが腰に手を当てて前屈みになり、誰も見ていない中、一人その場で指を上に立てた。
《心の中に、聞こえちゃった…んですけど》
《…………?》
緊張に震えて頬を真っ赤にしながらも、意地悪な顔を浮かべ…そして頑張って作った自分のポーズに勇気をもらうと、尋ねる。
《私の手を握ってあげたい。…でしたっけ?ま、まぁ…夏樹くんが、どうしてもって言うのなら!まだちょっとしんどい気もするし、やっぱり今からでも──》
《何だそれ。…流石に気のせいだろ》
《……もう》
さっきまでの辛そうな表情は何処へやら、はにかんだ笑顔で前を歩く夏樹のことを見つめるカノン。
《本当、不器用な人ですね》
呆れたように心の中で微笑み、一人呟く。
夏樹に会ったばかりの頃。カノンは彼のことを自分勝手な冷血漢だと思った。…というか間違ってはいないと、今でも思う。
けど、一緒に過ごす中で段々と話してくれる様になり、今では心配までしてくれる。そんな夏樹の変化がカノンにとっては堪らなく嬉しかった。
《…いつもそれだけ正直に言ってくれたら良いのに》
ずっとカノンの中に伝わって来る温かく、それでいて怯えたような気持ちの波。
フィアワールドの能力で心が伝わる今、夏樹がどんなに取り繕おうと、溢れ出る思いは堰き止めるが出来ずにカノンへと向かい続けている。
《でも、私はそんなあなただって…》
──その時だった。
突然、都市中に喧しい銃声が鳴り響いたのは。
「…!?」
空気を震わせ、連続して巻き起こる、機械のピストン運動のように無機質で、耳障りな破壊音。
夏樹とカノンは思わず、その原因と思われる方向へ振り向く。
《何だ…今の音!》
不測の緊急事態に、夏樹が目を尖らせた。
《嗚呼!予想はしていましたが、早かったですね》
《……は?》
《いえ此方の話です》
人の心を揺さぶる恐怖の最中で、いたって冷静を保ったままのフィアワールド。
だが、彼は何かを知っているらしい。
そのまま心の声で合図を送ると、二人をついて来る様に促し、前に向かって歩き始めた。
《少し見物に行くとしましょうか。面白い物が見れますよ》
状況が全く呑み込めない二人。
ついさっきまで喉かだったこの都市に起こる新たな異変を前にして、彼らは言われるがまま、仕方なく彼の後を追いかけるのだった。
………………
《何ですか…これは》
やがて、辿り着いた三人が見た物。
それは煙を上げて燃え盛る家屋と、その側で血を流しながら倒れ伏す人々の姿。
《酷い。誰がこんな事を…》
──すると、再び鳴り響くのは、轟音。まるで空気が震えるように連続して引き起こされる音の方へ、反射的に振り向く夏樹達。
その原因と思しき場所に一人の男が立っていた。
「英雄殺しの罪人どもに 天誅を!」
ガトリング砲を両手で持ち上げ、半身の状態で大股に足を開いたビジュアルバンド風の大柄な風貌の男。彼は何かを訴えているようで叫び立てている。
「我こそは偉大なる『呪影の天聖騎士』ロヤテ・フィルヴィエンス卿の正当たる"後継者"マクロファーレンである!!」
すると、その男は腰を低くし背筋をピンと張った。
「彼の偉大なお方を殺した貴様らに相応しいのは"死"のみ」
男がガトリング砲に取り付けられていたハンドルをグルグル回すと、凄まじい速度で家屋や未だ傷を負っていない人々の方へ弾丸の雨が飛んでいく。
《やはり模倣犯でしたか》
そんな状況を前にしても冷静に佇むフィアワールド。
《どう言う事だ…何故ロヤテの名が》
《件の呪影の天聖騎士が英雄と呼ばれている事は既に伝えしましたね?彼は恐らく、それに感銘を受けた一人とお見受けします》
芸術都市フランでロヤテの起こした大事件。それが現在、世界では物議を醸しており一部の人間は彼のことを英雄などと称えていた。
《今朝流れた呪影の天聖騎士の訃報を聞き、それが世界統一戦線の陰謀だと疑っているのでしょう。故に此処で暴れているのかと》
目の前の男もまた、ロヤテに影響を受けているらしく、話から察するに、彼の後継者を勝手に名乗った挙句、敵討ちを目論んでいる様だ。
《なら、早く止めに行かなきゃ》
この事態を治める為に動こうとするカノンだったが、やはりと言うべきかフィアワールドに止められてしまう。
《何度でも言いますよ。それは御法度です》
《…でも》
《今は見守るしか有りません》
三人は男による虐殺を前に、ただ呆然とするしかなかった。
《…あの人間ども、相当強いはずだろ?なのに何故誰も抵抗しない》
夏樹が疑問に感じるのは、この状況で行動を起こすどころか、何もせずに凶弾を食らい倒れゆく人々。
この都市に入った時から薄々気づいていたが、夏樹の見立てでは、銃火器に戦闘を任せきりの男よりも彼らの方が遥かに強く見えるのだ。
《…皆さん疲れているのですよ。誰かをこれ以上傷つけてしまう事に》
事実、元軍人も多く存在する彼らの一部は確かに男よりも強かった。だがフィアワールド曰く、今まで経験して来た彼らの絶望が自身の生の為に闘うことを許さずに居るらしい。
《まぁ、放っておいて良いですよ。目的が何にせよ、、死を望む者に死を与えたのですから直ぐにでも追悼師団が動くでしょう》
《…しかし、それはそうとして》
「ん?何だ貴様らは何を見ている!」
三人の存在に気づいた男。
「………」
「無視をするでない!」
だが返事は返って来ず、苛立ちを覚える。
「…何者かは知らんが、どの道罪人だろう!ならば呪影の天聖騎士の名の元に斃れ」
男がガトリング砲を構え、三人に向かって攻撃を放とうと…
「─其方から来るならば、話は別ですがね」
直後、フィアワールドが前へと出た。
ズダダダダッ!!
銃弾の雨が一斉にフィアワールドへと降り注ぐ。彼はそれを躱す事なく前へと進み続け、やがて全身が蜂の巣と化する。
「……!?」
しかし、彼はそれでもなお歩みを止める事なく前へ進んだ。
再び降り注ぐ銃弾。それでも止まらない。
「…馬鹿な。何故動ける!」
「嗚呼!なんたる殺意か!ワタシ…恐怖の余り心にポツンと穴が空いてしまいました」
ペースを崩す事なく続けられるフィアワールドの歩みは男の真っ白な肌を蒼白に変えていく。
「ですが。それでもワタシは理解を求めたい。それ即ち、貴方の事も理解してみたいのですよ!何故このような凶行を?何故呪影の天聖騎士に感銘を?何故躊躇もなく人殺しを?」
目にも止まらぬ速さで消費されていくガトリング砲の弾薬。その全てを食いながら、どんどんと近づいて来るフィアワールド。
「それは貴方の過去に答えがあるのか!貴方の価値観に答えがあるのか!…嗚呼。知りたい。その全てを理解してみたい!」
遂に全ての弾薬を使い果たした男。必死にハンドルを回すもこれ以上の攻撃は行われず、もはや目の前にまで迫ったフィアワールド相手に焦燥の表情を浮かべる。
「…ワタシは貴方。貴方はワタシ。さぁこの世界を平和にする為に…ワタシと」
男の手が握られた。
─「理解し合いましょう」
その瞬間、男の世界が歪んで見える。グニャリと渦巻く様にして揺らぐ視界…やがて意識が遠のいて行き、そして。
「あ、なん、だ、お前、お前は!いやちが…う?俺。俺、お…わ、私は………ワタシは!!」
白目を剥き、頭を抑えて地面に膝から崩れ落ちる男。落ちたガトリング砲の音が響き渡るのと同時に、身体を震わせて小声で何かを呟き続ける。
「…嗚呼」
『理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!理解!』
次に夏樹達が見たのは半狂乱に成り叫ぶ男の姿。その身体はどう言う理屈か次第に膨張して行き、黒く染まって行く。
《何が起こって…》
夏樹達が訳もわからず立ち尽くしていると、男……否。"男だった"ものの変形が終わり残ったのは巨大な影。
──そこには異形の怪物が立っていた。
「嗚呼。嗚呼。嗚呼!これが理解…素晴らしき理解!ワタシには見える!世界とはこうも美しく愛らしき物だったか…嗚呼!正に恋慕ぅぅぅ!」
体長5mにも及ぶ巨体に、腰からは6本にも及ぶ脚を生やし、異様に長い腕を持った怪物。細長い身体から伸びるロングネックの中心からは、先の男の真っ白な顔だけが飛び出ており、身体全体を覆う黒色と相まってより異質な姿をしている。
「フフ。何て美しき姿なのでしょう…嗚呼。賞賛!!」
「感謝ぁ!感激ぃ!感銘ぃぃぃぃ!」
変わり果てた姿を見て嬉しそうに手を広げるフィアワールド。正気を失い白目を剥いた男の口からは、先程のガトリングガンが飛び出し、そこから声を出している様だ。
《…私は夢でも見ているんでしょうか》
《あぁ。流石にこんなもの…夢じゃなきゃ説明がつかん》
目の前の悪夢とでも言うべき光景に、未だ現実を受け止め切れない夏樹とカノン。
「夢などではありませんよ!これが真実なのです」
心の声が聞こえていたのか、フィアワールドが二人の方へ振り向く。
「ワタシと彼は理解し合ったのです。この姿はその証明…共に世界の平和のために戦う"理解の信徒"。さしずめワタシの理解者と言った所」
今の彼の身体は、確かに銃弾で空いていた筈の穴が一つ残らず元通りになっていた。
「そして彼らもまた、ワタシの理解者」
一体何時からか。二人が気づくと周囲にも変化が現れており、世界が赤黒く染まっている。
「………な」
二人が感じるのは無数の気配。それらは確かに"命"を持っていない筈だった。
「…美しき世界」
「嗚呼!恐悦至極!」
「ワタシは貴方?故に理解しましょう」
「泣いて泣いて泣いて!」
「理解だけが唯一の救世なのです」
家屋が、木々が、死んで倒れていた人々が…夏樹達を囲う全ての存在が黒い怪物となり、フィアワールドのような言葉を発している。
《…コイツらは何だ》
二人が周囲を見渡すと、世界はもはや地獄と化していた。耳には喧しい程に大量の声が鳴り響く。
「言ったでしょう?理解の証だと」
《この光景が…あいつの言う証明?》
怪物達の中心でフィアワールドが笑いながら話す。それと同時、夏樹が思い返すのは都市に入る前に彼が言っていた言葉。
【"これがワタシ達の"理解"の証なのですよ"】
三人の心を繋げ合った時にも彼は同じ事を言っていた。そして今のこの状況を見るに、黒い怪物達もフィアワールドの手で何らかの干渉を受けている可能性が高い。
《…ならば既に俺たちも》
夏樹の脳に飛来するのは"最悪の予測"。それは彼とカノンも、フィアワールドの気分次第で怪物と化す状態であると言う絶望的観測であった。
そんな夏樹を見てフィアワールドが嘲笑う。
「─さて。どうでしょうね?」
《…ちっ》
夏樹の頭の中を幾つもの思考が回る。フィアワールドは敵か、味方か。或いは不明瞭な彼の能力を打破する方法はあるのか…だが、そうしている間に。
「………うっ」
《……!》
カノンに変化が現れる。
《まさか!》
夏樹にとって考え得る最悪のパターンが脳裏を過ぎる。そのままカノンは腹を手で抑えると、力が抜ける様に倒れた。
「カノン!!」
咄嗟にカノンへ駆け寄り、地面へ触れる前に彼女の身体を腕で受け止める夏樹。
「…はぁ」
「おい!しっかりしろ!」
夏樹は目の焦点が合わず、息切れを起こすカノンの身体を必死に揺さぶった。自分達を囲う黒い怪物達の姿を思い浮かべながら、己の想像が間違いである事を願って。
《止めろ…止めろ!》
神に祈るかの如く一心不乱に願い続ける。どうか、これ以上自分から何も奪わないでくれと。
《俺は、…また》
《…あ。夏樹、くん?》
《──!》
しかし、カノンは直ぐに意識を取り戻すと目をパチパチとさせて夏樹を見つめる。
《すみません。状況があんまり呑み込めなくて…少しクラクラしちゃいました》
《…良かった。カノン、お前なんだな?》
《……?はい。私はカノンですけど……忘れちゃったんですか?》
様子のおかしい夏樹を見て、自分の事を忘れてしまったのかと心配そうな表情を浮かべるカノン。彼女はこの地獄絵図に対し、元々の体長不良も合ってか眩暈を起こしただけであった。
《いや。覚えてるよ…ちゃんとな》
突然の不調がフィアワールドの能力によるもので無かった事に、夏樹は滅多に動かさない表情筋をぐちゃぐちゃにして安堵する…だが。
「おや。助けてしまいましたね」
──それは地獄の始まりだった。




