第25話 三問答
「嘘…確かにあの時…」
顔を真っ青に染めて絶句するカノン。そこに居たのは確かに首を落とされて死んだはずの「呪影の天聖騎士」ロヤテ・フィルヴィエンスを名乗る男だったのだ。
「復讐のため、貴方方を呪いに地獄から舞い戻って来ましたよ」
頭だけが無い身体を前屈みにして、此方を向く男。…だが
「──いい加減にしろ」
その首に夏樹が手に持つ黒い棒が突き立てられる。
「おや。ワタシが怖く無いので?」
「そんなわけ無いだろ。…結局お前は誰なんだ」
真剣な形相で棒を握り込み、今にも中に収納してある刃を突き立てそうな夏樹。その状況にカノンは困惑していた。
「え、えぇ?どう言う事ですか?」
「どうも何も、こいつはロヤテじゃない」
一触即発な空気の中。暫くの静寂が続いた後、初めに口を開いたのは男である。
「フフフ。ハーハッハッハ!!」
楽しくて堪らないとでも言う様な笑い声が響き渡った。
「…これは失礼。場を温めようと思ったワタクシなりの軽いジョークだったのですが」
男が身体のフードに手を伸ばす。
「それでは自己紹介と行きましょう」
次の瞬間、男の身体を覆って居たフードまでもが完全に空へと投げ飛ばされた。そこから現れたのは…
「救えど救えど嗚咽は止まらず、誰もが死を渇望する絶海のディストピア。響き渡りし赤子の産声は恐怖故か?咲いた悲哀の花の…嗚呼!何たる諸行無常!」
タキシードを身体に着込んだ頭無しの男が姿を現すと、彼は懐から一面の白い仮面を取り出す。
「ならば歌って笑って泣いて踊りましょう!生きて怒って泣いて死にましょう!この愛しき世界に決して終わらぬ追悼を。─改めて」
目から涙を流す様に描かれたニヤけ面を首の上に乗せると、それは漸く人と成った。
─「ワタクシ、『慟哭師団』師団長のフィアワールドと申します。以後お見知り置きを」
………………
世界統一戦線を構成する5つの師団。その各トップに師団長と呼ばれる存在が君臨しており、彼らは全員が元帥直々に任命した精鋭達である。
選考基準こそ公にされていないものの、佐官より上位に位置し、「中将」や「大将」格の地位を与えられた、ある意味元帥に次ぐ戦線の重要人物。言うなれば師団長こそが、世界統一戦線の柱に当たる存在なのだ。
「…師団長か。予想以上の大物だな」
珍しく目を大きく見開き、正面に立つ男を見据える夏樹。
「慟哭師団。それって確か…」
「あぁ。人命の救助を目的として設立された師団だったはずだ。その頂点が何故ここに」
するとフィアワールドは口など無いはずなのに、どこからともなく声を発した。
「もちろん呪影の天聖騎士殺害。その下手人に会う為ですよ」
「…あの時俺たち以外に、誰も居なかったはずだ」
「─ワタシには少しばかり"目の良い友人"が居ましてね」
人指し指を上に立てて小さく左右に振るう。
「貴方たちの事は調べさせて頂きました。"メモリーヒルズ襲撃"に始まり、"天聖騎士殺害"、更には"教会が求める謎の少女"!」
「…………」
「特に後者2つに関しては我々にとっても都合が良い」
元々、世界統一戦線はロヤテ討伐の為の軍を編成していたが、彼が民衆から英雄として扱われていた以上、危害を加えれば民衆の反感を買う事は間違いなかっただろう。
しかし夏樹達が先に事態を解決した結果、そうは成らず、加えて戦線が二人をロヤテ殺害の犯人として突き出せば教会に恩を売れる上、此度の失態で無くした民衆からの信頼もある程度戻って来る可能性が高い。
「教会もあれ以降、貴方達を公には手配していない事ようですし…」
「…え?私達指名手配されているんじゃ」
「おや。そうではない…ようですよ?彼らからしても何か隠して置きたい事情があるんでしょうね」
カノンと夏樹の二人は今までの戦いからして、間違いなくお尋ね者になっていると考えていたが、彼の話では何故か手配されていないらしい。
「…だからこそ、ワタシが師団長としてやるべき事は一つ」
フィアワールドが手を大きく広げ、段々と近づいて来る。夏樹とカノンの二人は警戒体制に入りそのまま戦闘へと。
─「まぁそんなのはどうでも良いんですけどね」
…入る事は無かった。
「?」
「フフフ。自分達を捕えに来たのだと…そう思われましたか?」
状況が分からずに困惑する二人。
「ですが私にとって戦線の事情など些末な事。私が興味あるのは最初からただ一つだけ…そう!『理解』のみ!」
大袈裟な身振り手振りでフィアワールドが話す。
「この世界から何故争いが止まないのは何故か?それは互いを理解しないからなのですよ!お互いをよく知らないから…人は人同士で憎み傷つけ合う。ならばこそ!ワタシは貴方達を理解したい!」
「だから少しゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「ええ!ワタシ達が"理解"し合う為のゲームです!」
突然の提案に夏樹とカノンは呆然とするも、此処で争うよりはマシだと考えたのか一先ず話だけでも聞いてみる事にする。
「なぁに簡単ですよ!ワタシが3つ質問をするので…少年。貴方がそれに答えて下さい」
「…それだけか?」
「はい。もし貴方の答えでワタシを満足させる事が出来れば特別に!今回はお二人を見逃して差し上げます」
それは余りにも夏樹達にとって都合の良いゲームだった。
「…分かった。受けてやる」
「──交渉成立ですね」
参加への承諾に嬉しそうな声を発するフィアワールド。早速と言わんばかりに指を一本立てて最初の質問に入る。
「それでは…第1問へ参ります」
どんな質問が来るのか…緊張に包まれる二人。
「人を理解する上で必要なのはその人の価値観!だからこそ、これを問いたい」
『少年。貴方にとって重要なのは過去?それとも未来ですか?』
だが予想に反し、質問は何とも単純な物であった。
「…過去か未来」
「思ったより難しい質問じゃないんですね?えっと夏樹くんはどちらに…」
「─おっと。ワタシが問うているのは少年です!貴方はお静かに」
口元に人差し指を当てて、しーっ。と空気を小さく震わせるフィアワールド。
「…………」
「少し難しいでしょうか?」
「いや、答えなど決まっている」
夏樹は一瞬黙り込むも直ぐに目を鋭く尖らせて前へ向き直る。
「俺にとって重要なのは ─過去だ」
その答えに、隣に立つカノンが目を大きく見開く。
「ほう!これは意外ですね。大抵の方は未来と答えられる物ですが…フフ。ならば次はその事について深掘りするとしましょう」
相も変わらず楽しそうな様子で、にやけ面のフィアワールドは次の質問へと移る。
「第2問」
『貴方が拘る"その過去"は何ですか?』
先程の宣言通り、2問目は夏樹が未来よりも優先する過去。そのきっかけとなった出来事への問いであった。
一瞬躊躇うも夏樹はゆっくりと話し始める。
「…俺は昔、一人の男に家族や友人を皆殺しにされた」
瞳に暗い影を落とし、声を重くする夏樹。
「あの日からずっと奴を殺す事だけ考えて生きてきたんだ。…未来がどうと言うより、俺には過去の事以外何も存在しない」
夏樹の言葉に何か言いたそうなカノンであったが、再び静止させられる。
「嗚呼!お可哀想に…つまり貴方は復讐のためだけに生きているのですね」
決して忘れる事のない悪夢。それを語る夏樹の姿は見ているだけで人を圧倒する異質な雰囲気を放つが、フィアワールドは特に気にする素振りもなく、声に抑揚を含ませた形だけの同情を示した。
「…そうだな」
「何という悲劇か!若き少年が人を殺す為だけに生きるなど悍ましき運命!!憎むしか無いのか?理解し合う事は不可能なのか!」
夏樹の身体がピクリと震える。直後響き渡ったのは鼓膜を破る程の喧しい怒号。
「…理解?ふざけるな!あんな下衆がいるから平和だって永遠に訪れないんだ!」
先程までと様子を一変させて、据わった目でフィアワールドを睨みつける夏樹。
「だから俺がどんな手を使ってでも殺してやる!そうなればお前の求める通り世界だってきっと平和になるさ!」
押さえていた激情が溢れ出す。
「夏樹…くん?」
そんな夏樹に、カノンはどことなくショックを受けてしまった。
「アーハッハッハ!それが貴方の本性?良いですね!実に醜く…身勝手で、見るに絶えない程素晴らしい!嗚呼…貴方の事をもっと理解したくなって来ました!」
手を叩いて大笑いするフィアワールド。
「それでは最後の質問に移るとしましょう!3問目!」
依然として憤怒の形相を浮かべる夏樹に出されるのは最後の問い。
『もし今、ワタクシがその少女を殺すと言ったら貴方はどうします?」
「───…あぁ?」
その瞬間、世界が硬直する。
「何言って…」
「考えて見て下さい!貴方はともかく、其方の少女は教会が天聖騎士を動かしてまで欲しがる存在!ならば我々が捕縛するのが合理的だと思いませんか?」
ペラペラと口に出すのはあくまで仮定の話。なのに、今の彼からはそれが欺瞞だと思わせない何かが醸し出している。
「言わば我々にとって切り札になり得るのです!もし教会に引き渡せば彼女は死ぬかもしれませんね?それはもはや我々が殺したに等しいですが…さて貴方はどう」
「……黙れ」
再びギロり。とフィアワールドに刺す様な視線が向けられた。
「コイツに余計な手出しをしてみろ。その時は俺がお前を殺すぞ」
「おぉ怖い!ワタシにまで殺意を向けるとはなんて野蛮なお方だ!…しかし困りました!」
顎に手を当てて何かを考え出す。
「師団長たる私を殺すならば……貴方もただじゃ済みませんよ?さて…その"命を削る夢覚"?どれ程使うことになるのか」
「……どこまで知っている」
「やはり当たっていましたか!そこまで詳しいわけでは有りませんが…まぁ、貴方の半生を削れるくらいには強いと思いますよ?ワタシ」
フィアワールドは夏樹の夢覚の事まで大まかではあるが調べ上げていたらしい。そして、それでも尚自分には夏樹の寿命の半分を削れるだけの強さがあると豪語する。どこまでが本当なのかは分からないが夏樹は…
「たとえ、それでもお前が諦めるまで、止めはしない」
真正面から戦うと言い張るのだった。
「…フフフ。そうですか!そんなに彼女が…嗚呼!実に純情」
フィアワールドはわざとらしく自分の面に描かれている涙を指差し、泣いた振りを続ける。
「飛んで火に入る夏の虫が如き、若く美しく…なんて儚き苦渋の人生!しかし…」
『──ワタシ相手にそんなに命を使えば…貴方の復讐は完遂出来なくなりますね」
「……あ?」
夏樹の思考が停止する。それと同時にフィアワールドが手を大きく広げた。
「さぁ!それでは改めて最初の質問に戻るとしましょう!」
─『少年。貴方が選ぶのは過去か未来か?』
「………」
夏樹は何も答えられず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「おやや?選ばないんですか?過去に拘るならば、その少女なんて見捨てればいいだけで…」
「─いい加減にしてください!」
二人の間にカノンの声が割り込む。
「さっきから何なんですか!そんな意地悪な質問ばっかりして…あなたには何の関係も無いじゃないですか!!」
顔にどこか焦燥を浮かべてカノンが必死に早口で捲り立てる。まるでその先の答えを拒むかのように。
「夏樹くん。こんなの相手にしちゃ…」
「静粛に!!…嗚呼。彼の答えを聞くのがそんなに怖いのですか?実に良き表情!しかし、私が今『理解』したいのは彼!故に黙って頂きましょう!」
フィアワールドが再び目線を夏樹にへと戻す。
「それでは少年!答えを!!」
「…俺は」
夏樹の思考の中をグルグルと回るのは困惑。自分にとって過去こそが大事であるのは間違いないのだから、そう言い切ってしまえばいいはずなのに…
「……!」
何故だろうか。今の不安に包まれたカノンの顔を見ていると、何も言い出せずにいた。
「…俺は…どう」
固まったままの夏樹を見兼ねたのか、フィアワールドが段々と近づいて来る。
ポンッ
すると夏樹の肩に手が置かれた。
「─なんてね。冗談ですよ!」
顔と顔がくっつく程、面を夏樹に近づけて笑う。
「は」
「フフ。最初にも言ったでしょう?質問は3つだけだと」
フィアワールドが行った簡単なゲーム。そのルールは3つの質問に答えるだけであり、最初の質問とはいえ、それを再度繰り返す行為は"4つ目の質問"に当たってしまう。つまり彼とのゲームはもう終わっていたのだ。
「嗚呼。なんて顔をされているのです。一体誰がそんな非道い事を?そんなのを見て仕舞えばワタシ、"慟哭"してしまいそうに…グスン。まぁ貴方の本質は概ね、理解できたので…別にいいですが」
わざとらしく涙ぐんだ声を放つフィアワールド。
そんな様子を見て、夏樹が苛立ちと困惑を抱えながらフィアワールドへと問う。
「……なら俺達はどうなる?」
そもそも、このゲームを始めたのは彼との戦闘を避ける為であった。だからこそ彼がどんな判断を下すのか…注目が集まる。その結果次第では先程の仮定が現実となる可能性すらあるのだ。
「処遇ですか。…うーん満足出来たかは兎も角、ワタシも今は死にたくありませんしねぇ」
少し悩む素振りを見せた後、再び顔を大きく上に上げる。
「仕方有りません!今回は特別に見逃して差し上げましょう」
フィアワールドが下したのは合格だった。少なくともこの場での交戦は避けられたらしく、夏樹とカノンは複雑な顔を浮かべながらも胸を撫で下ろした。
「…ずいぶんあっさりしているんだな」
「おや?私と戦ってみたかったですか?」
「違う」
「嗚呼!戯れ!」
するとフィアワールドが後ろの街を背景に両手を掲げた。
「…それではお二人」
『──ようこそ、永世平和都市ジュネイスへ』
ーーーーー
ジュネイスの境界までやって来た夏樹達。
「ここから先が永世平和都市の内部です!」
「いよいよか」
緊張に包まれながらも、二人は境界を超えて足を踏み入れようとするが…
「おっと!お待ち下さい」
その前にフィアワールドによって止められてしまった。
「…まだ何か有るのか?」
「はい。この都市での"ルール"を覚えていらっしゃいます?」
二人が思考を巡らせる。
「確か…人を助けない事ですよね」
「その通り!つまり、それがどう言う事かご存知で?」
「─まさか!」
何かを察した様子の夏樹。
「えぇ。この都市では『簡単な会話』すら違反に成るのですよ」
それは都市のルールに関する一つの事実であった。「誰も助けてはいけない」そのルールは何も身体的な面だけでの話では無く、当然精神的な面も含まれる。即ちちょっとした問答ですら"質問"に対する精神への助力と判断されてしまうと言う事なのだ。
「別にその程度…」
「いえ、この都市は『追悼師団』と呼ばれる師団の管轄地なんですが、彼らが中々に曲者でしてね」
精神的な助力など簡単にはバレないと考えた夏樹だが、何でも都市内部では「追悼師団」が常にどこからともなく監視しており、そういった人助けすら一切見逃さずに検挙するのだと言う。
「そんな…」
誰とも話せないのであれば、態々この都市に来た意味が無くなってしまう。この状況にカノンは失意に暮れる。
「…お前はどうやって案内する気だったんだ?」
「嗚呼!流石に察しが良いですね。…ですからコレを使います」
だがフィアワールドには何か手段が有るらしい。
「それでは。ショータイム!」
パチンッ。彼が指を鳴らすのと同時二人に異変が現れた。
≪…聞こえていますかね?≫
「!」
夏樹とカノンの頭の中に直接フィアワールドの声が流れ込んできた。
≪え!何コレ…≫
≪何だ…急にフィアワールドの声が≫
≪あれ?夏樹くん!?≫
その直後、口は動いていないはずなのに何故か二人の頭に互いの声が響き渡る。
≪フフフ。驚いて頂けましたか?これが私達の"理解"の証なのですよ≫
パチンッ。再びフィアワールドが指を鳴らすと頭に響く声が収まった。
「…今のは俺達の心の声、なのか?」
「肯定しましょう!ワタシ達はとっくに理解し合った仲…つまりは心から繋がる"ソウルメイト"とでも言った所」
詳細は分からないが、今の不可思議な現象はフィアワールドが持つ"何らかの能力"が発動した結果らしい。
「だから都市内部では心の中で…ね?それなら"堅物"共も気づきませんよ」
「…お前はそれでいいのか?」
「ワタシはこの地での在り方など微塵も興味が無いので構いません」
先程に続き軍の規則を大胆にも破ろうとするフィアワールドだが、本人的には別に良いらしい。
「今程出力は強めませんが…都市に入ったら私の中で意識を向けた相手に心の声が届く様調節しておきますので」
「へぇ。そんな事が出来……ん?」
「(意識を向けた相手…心の声)」
「…ハッ!」
カノンが思わずと言った様子で、隣の夏樹に顔を向ける。
「どうした?」
「いえ…何でも」
「(中に入ったら余計な事は考えない様にしよう…)」




