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忘却のアナタシスア   作者: 風鈴鳴梅
序章 僕と君の三千世界
30/53

第24話 絶対平等

ーー1952年9月


「これが君の望んだ世界かい?」


 建物の頂上。誰もいないはずのそこから都市を一望していた青年へ声が掛けられる。


「…概ねそうであるな」


「ははっ!イカれているね!!」


 返ってきた青年の答えへ、おかしくて堪らないと言った風に嗤う声が響き渡る。


「これまで幾千の歴史を見て来たけど、君のように非合理的なルールを課した人間なんて、敬虔な信徒か哀れな独裁者くらいの者だよ」


「強ち間違ってはおらん」


「…その話し方と言い、本当に訳の分からない奴だね。君は一体どこで何を見て来たんだい?」


 投げかけられたのは一つの疑問。


「その質問に答える前に儂からも幾つか聞きたい」


「……?」


「お主は無辜の民と残虐な殺人鬼。一人の命しか救えぬ時、どちらを選ぶ」


 質問に対する返ってきた質問へ、悩むかのように辺りには一時の静寂が訪れる。


「うーん?…悩ましいね。普段ならコイントスで決めるけど、君が求めるのはそう言う事じゃないんだろ。まぁ人々の善性に則れば無辜の民かな」


「…そうか。ならば夢に向かう幼き子と惰性に過ごす大人。二つに一つ…どちらだ?」


「大人」


「意外だな。何故に?」


「…僕の方こそ意外だよ。あの戦争を経験しておいて、君が意外だと感じるその事実がね」


 投げかけられた二つ目の質問にも答えるが、どうも要領を得ない様子の声。


「然らば…」


「もう言いだろ」


 再び問おうとした青年の声が途中で制止させられてしまった。


「結局。君の答えは何なんだい?」


 度重なる質問に痺れを切らして、急かすように最初の質問に対する答えが要求される。それに青年は暫し黙り込んだ後、口を開いた。


「…儂はこの世の全てを平等に救いたい」


「ほう」


「しかし不可能なのだ。この千変万化する世界で無量大数に近き全てを救う事などは」


「だろうね。だからこそ君達は取捨選択をしなければならないんだ」


『善か悪…どちらに属するのかを』


 青年の話す全てが何を指すのかは分からない。それは人の命か、或いは心なのか。その答えには唯、賛同の意思が与えられる。


「…一体何の権利が有って儂らに人の善悪を選ぶ事が出来ると言うのかね?」


 だが、青年が抱くのは単純な二元論に対する疑念。


「正義の為に人を軽んじる者は善人か?我欲の為に人を軽んじる者は悪人か?本質的にはどちらにも違いは無い」


「例えそうでも、善悪以外で人を救う基準なんて…」


「違う。どちらも同じ人なのだ!儂ら同様この世界で生きておるだけのな」


 憤るかの如く激しき喧騒が響いた。


「貧しき者、恵まれし者、罪を犯し者、犯さない者、無能な者、有能な者、或いはその何れにも当てはまらぬ半端な者…老若男女問わず何故皆幸せになってはいけん!」


「………」


「人としてある以上、誰もが救われるべきなのだ!それが完全なる平等にして平和な世界ではないのか」


「…詭弁だね」


「あぁ。そうだとも…幼子や老人に手を伸ばせば、救われぬ大人が死に、障碍者や欠損者に手を伸ばせば、救われぬ健常者が絶え、悪や怠惰に手を伸ばせば、救われぬ正義が散った。どの人間を救えど…必ずしや誰かが儂の手から漏れ出してしまうのだ」


 20代半ばに見える若々しい外見に反し、まるで全てを見て来たかのように無常の声が上がる。

 

「それでも儂は全ての人間の救済を求め、故に解を探す為の旅を始めた。その途上で見つけた結果が"コレ"である」


『答えは一つ。誰も救わぬ事なのだ』


 その瞬間、世界が凍てつくような空気に包まれてしまう。


「………は?」


「変化しながら増え続ける事象に対し、平等に100を与え続けるより、平等に0を配る方が遥かに容易い。ー何もしなければ良いだけなのだからな」


「…プッ。あはは!それでは本末転倒だろう!?人々を救う為に、誰も救わなければ何の意味もないじゃないか」


 隣から嘲笑の声が溢れ出す。


「その通り…結局何の意味も無いのだ。だからこそ、これは儂のエゴに過ぎんよ」


 どこか遠い目をして話す青年。


「それが『永世平和都市ジュネイス』。誰もが平等を享受出来る場所であり、儂らが救えなかった全ての者たちへの…」


ー『追悼の地』







ーーーーーーー

 2026年7月


 夏樹とカノンは"エクレア"の街で準備を済ませた後、近隣の駅から列車に乗り込んでロマン地方に位置する永世平和都市ジュネイスへと辿り着いた。


「…これがジュネイス?何だか想像と違いますね」


 駅を出て初めに見えたのは色鮮やかな紺碧の湖の畔に位置する自然豊かな風景。前評判で聞いていた割に、何とも喉かな場所へカノンは拍子抜けしてしまう。


「戦線の本拠地だって言うくらいだから、てっきり壁に囲まれた要塞なのかと…」


 軍と言う堅苦しいイメージの割には、都市の周囲に仕切りなども無く、余りにも不用心だと感じる二人。


「恐らくまだ都市の中では無いんだろうが、確かに予想外だな」


 今夏樹達がいる此処はジュネイスへ入る為の境界線でもあり、踏みとどまる最後の場所でもあるのだった。



ー「永世平和都市ジュネイス」それを語る上で欠かせない存在となるのが世界統一戦線の存在だ。


 1945年。第二次世界大戦により世界中が戦火に包まれていた時代。国家と呼ばれる共同体が互いの資源、領土を巡り争っていた。

 そんな時に突如として現れ、幾人かの仲間と共に全ての戦場を制圧…国々をその手中へ納める神にも等しき諸行を行った人物こそが「創始者」ロストメモリーである。

 

 経歴、素性、能力。その全てが正体不明な男。新たな絶対的君主の登場に当時の人々は状況が飲み込めず、ある者は恭順し、ある者は再び反逆の狼煙を上げ、ある者は旧世界と共に死ぬ事を選んだ。

 そんな更なる混乱に包まれた世界の中では誰もが予感していたのだ。長き戦争が終わり、これから始まるのはロストメモリーによる残虐で傲慢な独裁であると。


 …しかし予想に反して、世界の頂に立った彼が初めに取った行動は、間接民主主義によって人民の意思を尊重すると共に権力の分散を防いだ新政府の創設であった。

 5年後、彼はそのまま政治に一切関わる事なく次の取り組みへと移る。それが人命の救助と治安維持を目的とした政府公認組織「世界統一戦線」である。


 国家が消滅した新世界で、創始者により生み出された現代まで続く軍隊。その実態は元帥をトップとして、5つの師団の下に構成された階級制の組織である。上から順に

 

 1.元帥

 2.大将

 3.中将

 4.少将

 5.大佐

 6.中佐

 7.少佐

 8.大尉

 9.中尉

10.少尉

11.准尉

12.曹長

13.軍曹

14.伍長

(その下に二等兵や一等兵など幾つかの階級が存在する)


 となっている。


 これらの階級は主に実力と年功の二つから選出される事が多く、一部の佐官に関しては純粋な実力だけでも、聖方教会の"天聖騎士"に匹敵する力の持ち主と見做されている。世界統一戦線は平和を維持する為の軍隊であるのと同時に、まさに戦闘の申し子たちでもあるのだ。


 そんな組織の本拠地に当たる場所こそが、この永世平和都市ジュネイスである。


…………

「荷物の準備は全部良し!これで当分は困らない筈です」


 都市へ入る前に荷物の確認を終えた二人。


「それで、何処から入ればいいんでしょうね。特に入り口も無さそうですけど…」

「分からん」

「一先ず、進んでみましょうか!」


 何も分からないながらも、建物が沢山ある方向を目指して歩き出す。

 

「それにしても全然人がいませんよねー」


 周囲を見渡しても誰もいない事に違和感を覚えるカノン。


「電車を降りる時も俺たち以外居なかったたしな」

「やはり『魔都』だからなんですかね」


 住宅街の数に比べて人の気配すら未だ感じぬ街。ある意味では北方区域らしい、鮮やかな花々で彩られた家々と涼やかな空気であるが不思議な感覚に包まれてしまう。

 するとそこへ…


「君達、これからどこへ行こうと言うのだね?」


 突然、夏樹とカノンの背後から声が掛かった。身体をビクリと震わせて後ろを振り向くと、そこにいたのは虚な目で此方を見つめるボロ衣を纏った老人。


「…なんだあんたは」

「此処は半端な気持ちで来る所では無い」


 夏樹をして、気配すら感じさせない異質な男が発するのは拒絶の言葉であった。


「えっと…私達、人を探してこの場所に来たんです」マリー・エーデルスって言う軍人なんですけど…」


 その言葉に考え込む表情を見せる男


「…エーデルス」

「はい。この辺りの方なら何か聞いた事ありませんか?」


 元々カノンは、軍人であった自身の姉を探す為にジュネイスを目指し旅を始めた。そして今、漸く辿り着いたこの街で現地人らしき人物に尋ねてみるが…


「いや知らんな。戦線に所属する軍人など数百万と居るのだ。たかが一軍人の事など誰も知らんよ」

「…そうですか」

「分かったならば去るといい」


 どうやら何も知らない上、頑なに都市へ入らせたく無いらしい。


「でも他に手掛かりがないんです。せめて少しだけでも…」

「おやおや。マリー・エーデルス?その方ならワタシの知り合いですよ」


 繰り返される問答の間に突然、別の声が割り込んで来る。視線を向けると、黒いフードを被った謎の人物が立っていた。


「…お前は」

「もしやお取り込み中でしたか?しかし勝手にジュネイスへの立ち入りを禁じるのは頂けません。何故ならこの都市は求める者全てへと開かれる全人類平等の地なのですから」


 大袈裟に手を広げて熱弁する黒フード。


「…確かにそうだが、"追悼"すら理解出来ぬ子供達を見す見す死地へ送るなど出来るわけが無かろう!」

「嗚呼。なんて優しきお心持ち…ワタシ感服致しました」


 互いに突然現れては何やら言い争う様子の二人。状況が飲み込めない夏樹とカノンは困惑したまま呆然としていた。


「でしたら、この私が同行するとしましょう!それで如何です?ラルペス元大尉」

「ーお前がか?」


 ラルペスと呼ばれる老人は虚な目を小さく細めると、何かを見極めるように覗く。


「…好きにせい。どの道止める権利等無いのだ…但しこれだけは言っておこう」


 二人の居る方向へ再び振り向くラルペス。


「規則を破りし者に与えられるのは、死すら生温い地獄のみである」


 それだけを残して何処へと去っていった。


「全く。どの口で規則なんて宣っているのやら」

「えーっと…ありがとうございます?」


 とりあえず、自分達を助けてくれた黒フードへお礼を言うカノン。


「…それで、さっきのマリー・エーデルスと知り合いって」

「うん?あぁ…マリー、マリー、マリー・エーデルス!」


 自身の姉と知り合いらしい目の前の人物へ、カノンは期待に染まった声で詳細を尋ねる。が…


「全くどなたか存じ上げておりません!」

「ーーーえぇ?」


 返って来たのは予想を裏切った答えだった。


「アレはワタシが、君たちの話に入るための嘘ですよ。失礼致しました」

「…そんな」


 ガクリ。膝から崩れ落ちるカノン。


「嗚呼…なんたる憂愁!お詫びと言っては何ですが…このワタシが親愛なる貴方方のガイドを務めて上げるとしましょう!」

「…ここに詳しいのか?」

「えぇ。もちろんですとも!」


 依然として掴みどころが無い正体不明の黒フード。夏樹とカノンの二人は流されるがまま、都市を案内してもらう事となるのだった。




ーーーーー

「…それで都市の中には何時頃着くんですか?」

「あともう少しと言った所ですかね」


 駅から500m程は歩いたはずだが、都市の内部にはまだ到達していないらしい。


「都市の境界には分かりやすく線が引いてあるので、『今』はルールの事を気にしなくて結構ですよ」


 ジュネイスに存在する「人を助けてはならない」と言うルールはまだ効力を発揮しておらず、境界とやらを越えるまでは大丈夫なのだと言う。


「…ルールですか。余り詳しくは無いんですけど、ルールである以上破れば何か罰が…?」

「はい!死刑です!」

「死…死刑!?」


 思わず飛び退いてしまうカノン。都市内部には法律など存在せず、それだけが唯一のルールなのだと聞いていたが…まさかそこまでの重罪になるとは思っても見なかったのである。


「この街に足を踏み入れた人の死亡率は実に70%!それ程までに危険な土地なのですよ」


 二人を脅す様に話す黒フード。


「…かなり高いな。それが人の居ない理由か」

「いえ、それとは別に…今は少しややこしい状況になっていましてね」

「…状況?」

「何でも、この都市周辺に滞在して居た現役軍人の多くが"一つの街"へと召集されたのだとか」


 その瞬間、夏樹の脳裏にある出来事が思い浮かぶ。


ー「芸術都市フランで大規模なテロを引き起こした呪影の天聖騎士。その討伐作戦の為に」

 

「それって…」

「あぁ。ロヤテの奴だな」


 小声でヒソヒソと話す夏樹とカノン。都市内部は兎も角、その周りにすら誰も居ないのはあの事件の影響だったらしい。


「彼の天聖騎士が世界に与えた影響はもはや常識を遥かに凌駕して居ましてね。世に蔓延っていた悪人の多くが粛清された事もあり、世間で彼は英雄などと呼ばれているそうですよ」


 ロヤテがガルデ美術会館で起こした大虐殺。その犠牲となったのは大抵が裏社会と関わりのある金持ちや悪人ばかりであった。取った手段こそ強引であり、無関係な人々も多く殺されはしたが、それでも民衆達からすれば救世主に思えたのだろう。


「結果として、聖方教会では新しい入信者が後を絶たないのだとか。…それと同時に何故か多額の賠償を払う羽目になったらしいですけどね」

「…………」


 異様な寒気を覚える夏樹。多額の賠償に心当たりがあるような気もしたが、きっと気のせいだ。そう思う事にした。


「…しかし問題はこれからです。貴方達も既に知っているかもしれませんが、今朝正式な発表が有りましてね。何でも戦線が討伐の為に大規模な軍隊を編成して置きながら、突入前に呪影の天聖騎士を何者かに打ち取られてしまったのだと」


 夏樹とカノンが顔を見合わせる。


「遺体が有ったのはコンジェルド広場。かつて処刑された貴族同様、首を切断されたまま遺棄されて居たらしいですよ」

「そうか…それは酷いな。下手人は余程のロマンチストか?」


 目の前の黒フードの立場は分からないが、軍人の可能性がある以上、バレたら不味い。そのため知らない振りをしてやり過ごす事に決めた夏樹。…しかし


「おや。貴方なら何か知っているかと」

「いや特に知らな……待て。お前今」


 何かが可笑しい。黒フードが不意に発した言葉はまるで何かを確信しているようで…


「確か、その鎌で首を斬り落としたのでしたよね」

「………何故」


 夏樹が驚き振り向くと、影に覆われて顔の良く見えない黒フードが此方を向いていた。…いや違う、見えないのでは無い。中身自体が最初から──


「…ヒッ」


 直後、男の顔を覆っていたフードが後ろに捲られ、カノンの怯え声が周囲へ響き渡った。


「何故知っているのか。…不思議ですか?そんなの決まっているでしょう」


 ──そこに居たのは首から上が存在しない異形の男。


『ワタシが貴方に殺された『呪影の天聖騎士』だからですよ。少年』

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