第23話 Day bars happy
芸術都市フランを出発してから一日。夏樹とカノンは永世平和都市ジュネイスに向けて最寄りの街に寄り準備を整えようとしていた。
「水に缶詰…後はお菓子も要りますか?」
「要らん」
フラン近郊に位置する街「エクレア」その中に有るショッピングモールの食品コーナーにて、現在二人は持って行く食糧を選んでいるようだ。
「えー。でも途中で甘い物が欲しくなっちゃうかも知れませんよ?」
「………」
「ならチョコレートを一袋だけ買って行きませんか?見て下さい!これを!!」
カノンが持ち出したのは、テンプレな赤い包装紙に包まれたチョコがたくさん入った袋である。
「なんと30個入りでお値段たったの1500ウェン!凄くお得ですよ!」
目を光らせて力説するカノン。ウェンというのは、東方区域の中央銀行によって発行されている世界共通の通貨の事である。
一般的なチョコレートが100〜200ウェンで売られている事を考えると確かに割の良い価格だが…
「ダメだ」
「そんな!」
「…持っていった所で食う前に溶けるだろ」
現在は6月の最終日。幾ら比較的涼しい気候を保つハラペーニュ地方とは言え、もう夏だった。
ーーーー
「………」ムシャムシャ
結局、動物サブレの特用パックを買う事にしたカノン。早速口に放り込んで、軽めのクッキーの様な食感を堪能しながら美味しそうに食べている。
「ん。やっぱり甘い物は格別ですね!…ところで夏樹くんはさっきから、何を食べているんですか?」
隣にいる夏樹もまた、食う先程の食品コーナーで購入したお菓子を口に放り込んでいた。
あれだけカノンを制止していた彼だが、やはり誘惑には抗えなかったらしい。
「…カリカリ梅。食うか?」
「カリカリウメ?不思議な名前ですね。それじゃあ少しだけ…」
聞き覚えの無い単語を疑問に思いながらも、カノンは袋から一つまみ取り出して口に入れてみると。
「酸っぱい!!」
予想外の酸味に、思わず口を押さえて仰け反ってしまった。
「…これはお菓子なんですか?」
唇を窄めながら、涙目で問うカノン。
「多分な」
「甘く無い物もこの世には存在するんですね」
全てのお菓子がそうと言う訳ではないのだが、この辺りではチョコやクッキー、マカロンのような甘味類で溢れていた為、彼女にはあまり馴染みがなかった様だ。
「食糧、タオル、解熱剤。さて次は服でも買いに行こうかと思っているんですけど…」
「俺はこのままで良い」
「…せめて中のシャツだけでも変えておきませんか?」
軽くエネルギーの補給を終えた二人は次の場所へと向かう。
─そうして、暫くショッピングモールを回り終わった後。
「もう両手が塞がって動けません…」
色々な店を訪れて商品を買った結果、夏樹とカノンの手には幾つもの紙袋が握られていた。
「流石に買いすぎだな」
「…まぁ。その内減るし大丈夫ですよ」
消耗品も多く含まれている為何とかなるだろうと高を括るカノンであるが、夏樹には到底そう思えなかった。
「後は…少しあの店に寄りましょうか」
その言葉に目を見開く夏樹。
「まだ行くのか?」
「はい。だってまだ大事な物を買っていませんからね」
カノンが指を指すその先にあったのはお土産屋である。
「…本気か?」
「あそこならきっと良い物が見つかりますもん!」
「…これ以上は持っていけないぞ」
呑気な顔をしているカノンを夏樹は咎めるものの、彼女は特に気にする様子がない。
「大丈夫ですって!─今日だけは特別なんですから」
そのまま店の前まで歩き出すカノン。二人を出迎えたのは軽めの回転什器や可愛らしい棚達である。
お土産屋らしく、芸術都市近辺の景色を模ったキーホルダーや、カレンダー等が並べられていた。
「こういうのも可愛いですよね。夏樹くんはどう思います?」
「俺か?…別にわざわざ買うほどの物ではないと思うが」
相槌を打ちながら聞くカノン。
「ふむ。ならば何か意味がある物の方が良いと?」
「そうだな。出来れば戦闘に使える物だとありがたい」
「…それだと消耗品になっちゃうじゃないですか」
「?」
やはりお土産だからだろうか。カノンは何か拘りがあるようで、残して置けるものの方が良いらしい。
「仕方ないですね。なら私が選んであげますよ!」
「いや…俺は要らないが」
さっきからカノンの意図があまり読めない夏樹。てっきり彼女が欲しいからお土産屋に入ったのかと思ったが、気づけば夏樹の話になっていた。
「食べ物はどれも美味しそうですけど…直ぐに無くなっちゃいますし、なら人形とかは?」
ハラペーニュ地方を代表する雄鶏の人形を手に取る。
「悪くないが、デカすぎるな」
「でしたらこっちのピンク兎!」
そんなやり取りを繰り返しながらも、二人はお土産の中を次々に回っていくが、中々決まらない様だ。
「難しいですね…」
「別に無理して選ぶものじゃ」
「──いえ、それだとダメなんですよ」
そんな時、カノンの目に商品棚へ並べられていた"とある物"が目に入る。
「…これは」
並んでいたのは多種多様な色をした四角上のコンパクトな物体。上には真ん丸のボタンが付いており、何らかの機械である事を伺わせる。
「カメラだな」
置いてあるカメラをじっーと見つめて何か考え込むカノン。
「…決めました」
そのままカノンは決心した様に黒色のインスタントカメラを手に取る。
「それにするのか?」
「はい!──きっと気に入ると思いますよ」
再び歩き出すと、レジに持って行き購入を済ませる。
「こちら1点で、3000ウェンです!」
「…意外と高いんですね」
予想外の値段に驚くものの、代わりに出そうとした夏樹を制止し、カノンが自腹で支払った。
ーーーーー
「ふぅ…結構な量だがもつか?」
「大丈夫ですよ!向かうのは『魔都』なんて言われている都市なんですし、これだけあっても足りないくらいです!!」
秩序ある場所の中で最も危険な都市とされるジュネイス。確かに準備するに越した事は無いが、些か多すぎる気もする夏樹。
「…なら都市へ入る前に、お互い半々で物資を分けて置くことにするか」
これから二人は近くの街で電車に乗って目的地へ向かう訳だが、あの都市に存在する"ルール"のことを考えると必然的に荷物を分けて置く必要があった。…何故なら、ジュネイスではそういった行為すら許されないからだ。
「そうですね。…あ、そうだ!コレを渡しておきます!」
カノンが肩に掛けていた紙袋から何かを取り出した。それはついさっき買ったばかりのインスタントカメラである。
─『ハッピーバースデー。夏樹くん!』
「……はっぴーばーすでい?」
「ふふ。前に言ってたじゃないですか!今日は6月30日…あなたの誕生日だって」
出会ったばかりの頃、気まぐれにカノンが夏樹の誕生日を聞いた時6月30日生まれだと夏樹は話していた。彼女はそれをずっと覚えていたのだ。
「そうか…確かに、お前と話していたな」
「まさか忘れていたんですか?」
薄々勘付いてはいたが、虚を突かれた様に驚く夏樹を見て本当に覚えていなかったのだなと思うカノン。
「…<焼魂>を使い始めてからは肉体が実際の年齢が異なるからな」
夏樹が持つ夢覚「焼魂」はその性質上実年齢よりも肉体年齢の方が先行してしまう。それに加え、彼の男への復讐も災いし、自分の誕生日など気にも止めていなかった。
「しかし、祝われるのも3年ぶりか」
「3年…あれ?確か夏樹くんの村って…」
「いや、その後一緒に暮らしていた師匠が毎年祝ってくれていた。自分の生まれた日くらい覚えておけって」
「師匠ですか?」
「あぁ。俺に技を教えてくれた師匠だ」
カノンが聞くところによると今から8年前、夏樹の住んでいた風吹村が"隻腕を二本持った男"に滅ぼされてからの5年間彼は師匠と呼ぶ男と一緒に森で暮らしていたらしい。
「ある日突然居なくなってしまったが、俺にとっての恩人だった」
3年前に突如夏樹の元から姿を消してしまったが、それでも復讐の事しか頭に無かった夏樹を諌め続けてくれた唯一の人間であったのだという。
「…いつか、また会えると良いですね」
「そうだな。それでこのカメラは結局何に使うんだ?」
夏樹が視線を向けた先に有ったのは、カノンが渡してくれた黒色のインスタントカメラである。
「これは私からあなたへの誕生日プレゼントですよ」
キョトンとする夏樹。
「…何を選ぶかずっと迷っていたんですけど、これを見た途端にピンと来たんです」
カノンの顔はどこか確信に満ちたような雰囲気を醸し出している。
「だって、カメラを使えば今までの思い出を全部写真に残して置けるじゃないですか?」
「…別に思い出なんて、あったところで」
「ううん。夏樹くんにはこの旅の事をずっと覚えていて欲しいんです」
それこそ彼女が消耗品を選ばなかった理由。
「…せっかくの旅が、孤独で終わるなんて悲しいですから」
自分に彼の目的を止める権利なんてない。それでも何時か全てが終わった時に、「そんなに悪く無い旅だったな」なんて思い出しながら夏樹が隣で笑ってくれること。それだけが彼女の込めた願いだった。
直後、カノンが夏樹の手を掴んでカメラを掲げる
「ほら、早速写真を撮りましょうよ!」
「…あぁ」
二人が青々とした木々を背景に並び、カメラを逆に向けてシャッターボタンの上に手を載せる。
「ちゃんと笑って下さいね」
「こうか?」
「うん。良い笑顔です!それじゃあ撮りますよ」
ー『はい、チーズ!』
…………
カメラを覗き込んで、初めての記念写真に満足そうな様子のカノン。
「ちゃんと撮れていますね。上出来です!」
「…まぁ、悪くはない」
「ふふ。こうやって写真を沢山撮れば、旅の出来事をずっと覚えていられるんですよ」
夏樹は彼女と共に中を覗き込むと、手の平で優しく掴んでカメラをじっと見つめる。
「一緒に訪れる街も、一緒に食べるご飯も、一緒に見る景色も。これから沢山残していきましょうね」
その言葉を聞き、夏樹が呆れた様に笑う。
「…全部お前と一緒なんだな」
「二人で過ごした思い出なら、きっと寂しくはならないですもん。…だから」
カノンが夏樹の方を振り向く。
ー「私の事を何時までも忘れないで下さいね」




