第22話 再開の花
ロヤテとの戦いを終え、一時の休息を得た夏樹達。そんな彼らにショコラが告げたのは一つの忠告であった。
「…まだ怒っているんですか?何も追い出さなくたって……」
「違うわよ!街の方で不穏な動きが有ったから、芸術都市を出るなら早くした方が良いってだけよ!」
ショコラの目付きが再び鋭くなる。これ以上彼女を怒らせるのは本人の健康に良くないだろうと、夏樹とカノンは余計な事を言わない様にした。
「それで、動きとは?」
「えぇ…何でも呪影の天聖騎士が討伐された事で都市の封鎖が解除され、統一戦線の連中が一斉に雪崩れ込んで来ているようなの」
芸術都市はロヤテが引き起こしたガルデ美術会館の大虐殺事件と、都市の封鎖により混乱に包まれていた。
しかしロヤテの討伐によって都市内での新たな異変を察知した戦線の連中が、ある程度の戦力が揃った事もあり動き始めたのだろう。
「シェパードによると、呪影の天聖騎士の遺体は既に回収されて、その犯人を街中で探しているそうよ。つまり今のあんたたちはお尋ね者って事ね。…私も人の事言える立場じゃないんだけど」
夏樹達は携帯型写映機を持っていない為、外の状況は詳しく分からないが、それでもロヤテが世界に与えた影響は想像に難くない。
以前守護騎士アンプールと交戦した時と違い、周囲に人がいなかった事から直ぐに足が付く事は無いだろうが、この都市にいる以上それも時間の問題だった。
「…私たち、どこに行ってもお尋ね者ですね」
「まぁ…今回は仕方ない」
そんな二人のやり取りにショコラは首を傾げている。
「ひとまず面倒な事になる前に出て行くか」
今起きたばかりではあるが、既に怪我は完治しているため、夏樹達は直ぐにでも身支度を整えて出て行こうとする。しかし…
「待ちなさい。最後だからあんたたちにプレゼントでも上げようと思ったんだけど」
「…プレゼント。欲しいです!」
ショコラが別れの前に何かプレゼントをくれるらしい。その響きに食い付き、目をキラキラと光らせるカノンを見てショコラはほくそ笑む。
「あら?"チビ"の仕様もないプレゼントなんかでいいの?」
「やだなー。ショコラさんはチビなんかじゃなくて標準ですよ!標準!」
「…なら良いわ」
上機嫌になるショコラ。そのまま壁際に設置してあった彼女のアトリエまで皆で歩いて行くと、幾つか絵が置かれているのが見えた。
ショコラはその内の一つを手に取ると、夏樹とカノンに見せびらかす。
「まずは能面阿保。あんたへのプレゼントよ!」
「…能面阿保?」
一瞬誰の事かと夏樹はショコラの顔を見たが、その視線は何故か彼に向けられていた。
「これは…あの時の夏樹くん?」
ショコラが見せた絵に描かれていたのは、ロヤテに止めを刺した時の夏樹の絵だった。灰色の大鎌を横に薙ぎ払い、巨大な黒い影ごとロヤテを斬っているのが見て取れる。
「この絵に触ってみなさい」
ショコラに促されるまま絵に触れてみると、眩い光が溢れ出したのと同時に夏樹の手には黒く小さな棒が握られていた。
「ちゃんと出て来たわね。じゃあ今度はそれを強く握り締めてみるといいわ」
そう言うとショコラは、カノンと一緒に後ろへ一歩後退した。ー夏樹が拳に力を込めたその瞬間。
「おぉ。これは」
「…凄いですね」
黒い棒がカチッカチッ。と固定されるような音と共に一瞬で変形して行く。初めは黒い部分が縦に伸びて行ったが、その後先端から灰色に輝く反った刃が飛び出す。
夏樹の手に現れたのは両刃の大鎌だ。
「それは前にあんたへ渡したやつの改良版よ!既にボロボロだったから、アレンジを加えてもう一回描いてみたの」
以前、ロヤテとの戦いで夏樹は「諸刃の大鎌」と名付けられた作品をショコラから貰っていた。この大鎌はそれを改良した物らしい。
「悪目立ちしない為、コンパクトに仕舞える様に描いたらそんな風になったんだけど…どうかしら?」
「悪くない」
「そうでしょ!」
言葉こそ短いが、ショコラ会心の力作にご満悦な様子の夏樹。
「カノン。あんたにはこれよ」
「…!この花は!」
次にショコラが渡したのは、鮮やかな緑色の茎に紫色の花びらを三枚咲かせた花の絵。
「…もう。また意地悪ですか?」
そこに描かれていたのはムラサキツユクサの花だった。困った様な顔をするカノンを見て、ショコラが悪戯に笑う。
「あんたと言えばこの花だからね」
二度目に会った時、ショコラはカノンの事をムラサキツユクサと呼んでいた。カノンはその時の弄りなのかと疑ったが少し違うらしい。
「けどそれは、私とカノンを出会わせてくれた大切な花でもあるのよ。だから描いてみたんだけど…気に入ってくれた?」
「はい!ショコラさんの絵って感じがして…私、凄く大好きですよ」
「ぷっ。何それ」
白いキャンパスに、彼女らしい自然な色遣いで優しく描かれたムラサキツユクサの絵は、カノンが好きになった"ショコラ"としての作品である事を偽り無く表現している。
「それじゃあ早速触ってみて」
「わっ!ちょ、ちょっと〜」
そのままショコラに腕を引っ張られると、カノンも絵に触れてみる。すると先程と同じく光を放って行った。
「これは…葉書ですか?」
光が止む頃、カノンが持っていたのは先程のムラサキツユクサが描かれた一枚の葉書である。
「えぇそうね。あのままじゃ大き過ぎたのもあるけど…何より、それには特別な意味を込めてあるの」
「意味。ですか?」
ショコラが葉書に描いてあるムラサキツユクサを指差す。
「それはね…あんたとまた再会できますように。って事よ」
二人が知り合うきっかけになったムラサキツユクサ。それを再び出会う為の花としてショコラはここに描き込んでいた。
「その葉書を持っている限り、私たちはきっとまた会える。そうでしょ?だって私たちは…」
「友達。ですもんね!」
「…ふふ」
夏樹に渡した「諸刃の大鎌」のように大したギミックが有る訳ではないが、それにはとても強い、一人の友人としての想いが込められている。
「…でも夢覚で具現化させた物って時間が経てば消えちゃうんじゃ無かったですか?」
「それに関しては心配いらないわ」
カノンが持つ<花天>のように物質を具現化する能力は一定の時間が経過する事で消失する事が多い。夢覚にも種類がある為、確実にとは言えないが…カノンの記憶通りならショコラもその系統だったはずだ。
しかしショコラ曰く問題は無いらしい。
「ーだって人が込めた想いは何十年、何百年だって続く物なんだから」
…………
二人は身支度を整え、芸術都市フランを後にしようと、都市の境界線までやって来ていた。
「…今の所、見張りはいないみたいですね」
「だな」
戦線の兵士達が入って来ていると言う話だった為に警戒していたが、街の出入り口こそ渋滞しているものの監視などは無く、すんなり出ていけそうな雰囲気だった。
「それじゃあショコラさん。色々お世話になりました!」
「えぇ。気をつけて行きなさい。…ところで次の目的地はもう決まっているの?」
夏樹とカノンを見送りに、着いてきていたショコラ。彼女は二人の行き先について尋ねる。
「はい!次は永世平和都市ジュネイスを目指そうと思っています」
その言葉を聞いた途端ショコラの眉がピクリと動いた。
「…ジュネイス」
「?」
「本気であんな場所に行くつもり?」
さっきまでとは打って変わってショコラの様子が少しおかしい。一体どうしたのかと思いながらも、カノンは返事をする。
「そうですね…私のお姉ちゃんが行方不明になる前、戦線で働いていたので」
「…姉ね。あんたが旅を始めたのもそれが理由だったっけ。なら気をつけなさい」
ショコラの顔が引き締まる。
「私もそんなに詳しい訳じゃ無いけど、あの場所は秩序が保たれた都市の中で、最も危険だと言われてるそうよ。別名『魔都』」
「…かなり仰々しい名前ですね」
「用心するのに越した事は無いわ。向かうなら最低限の準備はしておくべきね」
別れの挨拶も済ませ、夏樹とカノンは再び旅に出る。向かうは世界統一戦線の本拠地であるジュネイス。
そのまま二人が歩き出すと、此方に手を振りながら叫ぶショコラの声が聞こえて来た。
「カノン!アイツらが一人で生きれられる様になったら、私も何時か世界を見て回りたいと思っているわ。だから!」
この世界の事が好きだと言うショコラ。「パトロン相互会」が落ち着けば、その美しい全てを描く夢を叶える為、彼女もきっと旅に出るのだろう。
だからこそ、二人の再開はそう遠くないとカノンは信じている。
「はい!また会いましょうね!」
ショコラから貰ったムラサキツユクサの葉書を空に掲げ、カノンが手を振り返す。
ーこうして二人は芸術都市を後にしたのだった。
「大変でしたけど、思い返すと結構楽しい場所でしたね。芸術都市!」
闇オークションでの一悶着やロヤテとの戦いなど辛い事も多かったが、その分得られた物も大きく、満足そうな顔を浮かべるカノン。
「そうだな。奴の事は分からなかったが、良い物が手に入った」
意外な事に夏樹も同じ考えの様で、手に持った黒い棒をじっと見つめていた。だがカノンは少し違和感を覚える。
「奴?…あ、そう言えば夏樹くんはその人を探して私と別れたんでしたよね」
色々あった影響で忘れていたが、カノンは元々、夏樹と芸術都市でそれぞれの目的の為に一度別れていた事を思い出した。
「あぁ。といっても初日だけだがな。二日目からはずっとお前を探して………何で笑ってるんだ?」
「べ、別にニヤニヤしていませんよ?」
夏樹の言葉を聞いてどこか嬉しそうな表情のカノン。
「…それより、私の方はなんと!夏樹くんが探している四つ腕の人の手掛かりを見つけちゃいました!」
カノンが話題を変える為に自分の成果を発表しようとした…が、途端に目を大きく見開いて彼女の顔を見つめる夏樹。それにカノンは思わず顔を逸らしてしまった。
「うぇ!?え、えーと確かデッ、デッサ」
「…デッサーキル?」
名前を何とか思い出そうとしたカノンだったが、先に答えたのは何故か夏樹だった。
「あれ…知ってたんですか?」
「まぁな。以前西方区域を旅していた時に会った事がある。…尋問しても大した情報を持っていなかったから直ぐに帰したが」
どうやら「残酷兄弟」もとい怪物人間デッサーキルとは顔見知りだったらしい。
「そうだったんですね。でも西方区域って…」
「まだ言ってなかったか。俺はここに来る前、西方区域を旅していたんだ」
カノンが聞くところによると、夏樹が復讐の為に極東地域を出て、一番最初に旅をしていたのは西方区域なのだと言う。
「西方区域には絶望行軍と呼ばれる奴らがいるんだが、あの男と何か繋がりが有る気がしてな。…結局何の関係も無かったが」
絶望行軍…その名前にカノンは聞き覚えがあった。
「確かショコラさんも言っていましたね。絶望行軍って」
「…アレは只の亡者共だ。気にする事は無い」
どこか冷たい顔で話す夏樹。
「…そうですか?というか夢覚もそうでしたが、まだまだ私の知らない事だらけですよね。夏樹くん」
「その内全部話すさ。…それよりジュネイスについて少し説明しておきたいんだが、良いか?」
「はい!確か『魔都』でしたっけ。…戦線の本拠地なのに最も危険な都市って変な場所ですよね」
世界統一戦線は、この世界の治安を維持する為に編成された唯一の軍である。…にも関わらず、その中心となるジュネイスが最も危ないなど本末転倒な話であった。
「…あそこには法律が存在しないが、代わりに必ず守らなければならないルールがある」
それはカノンにとって初耳の話だった。
「ルールですか?」
「そうだ。その内容は…」
ー『絶対に人を助けてはならない』
これにて芸術都市編完結です!序章はまだまだ続きますが、キャラそれぞれの芸術に対する価値観など…結構興味深い話だったんじゃ無いかなって思います。
さて、今回後書きを書かせていただいたのはお知らせの為です。それは…話のストックが尽きたと言う事です(泣)それに加え6,7月は私事で忙しいので更新ペースが1週間に1回とかになると思います。(後は1月とかも)
ただ、8月からはまた1〜2日毎に更新していくのでご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします!




