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忘却のアナタシスア   作者: 風鈴鳴梅
序章 僕と君の三千世界
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第21話 断首焼魂

「…それがお前の願いなのか?」


 暗い森の中で悲痛な顔を浮かべて尋ねる男。


「あぁ。奴さえ殺せれば後の事など気にはしない」


 その問いに対して幼い少年は黒く濁った瞳を細めて答えた。


「でも、お前はまだ若いだろ」

「どうでもいい。俺はあの時死んだんだ。これから先…』


 パチンッ。少年が話し終える前に頬へと重い平手打ちが飛んで来た。思わず前を睨みつける。


「…ふざけるなよ。アイツらにお前は生かされたんだろ!?なのに"死んだ"なんて軽々しく言ってんじゃねぇぞ!」


 目つきの悪い顔を更に歪めて男は激昂する。


「…どちらにせよ俺のやる事は変わらん。奴を殺す事だけが俺の生きる理由だ」


 だが少年も一歩も引かずに男に言い返す。それに対して男は決心したように顔を強張らせる。


「だったら俺を殺せよ」


 少年は思わず目を見開く。


「そんなにアイツが憎いんなら俺を殺せばいい!何もお前から全てを奪ったのは一人じゃない。俺がその原因だろ!?」


 男の言葉に少年は何も言い返さない。ならばお望み通りにとばかりに拳を強く握り締めて振り上げるが…


「どうした?さっさとやれよ」

「…師匠に恨みはない。何よりアンタは俺の…」


 その拳が放たれる事は無く、少年は力が抜けたように肩が下がってしまった。そんな彼を見て男も少し緊張が解けた様で、目つきを少し緩めると外方を向く。


「なら良い。…別に俺がお前の生き方を咎められる資格はないけどな、これだけは言っておくぞ」


 少年に師匠と呼ばれるその男は話し出す。


「元(ゲン)や伊月(イツキ)も昔言ってだろ?お前にも何時か、大切に思う人が出来るって」


 どこか遠い目をする男。


「アイツらが最期にお前へ願ったのも、そういう生き方だったはずだ。だからお前がその力を使うとしても、せめて…」


ー「お前が大切に思う誰かの為であってくれ」






ーーーーー

「漸く倒れたか…」


 長い戦いの末にロヤテへ致命の一撃を与えた夏樹。自身もボロボロではあるが、何とか聖方教会の最高戦力たる天聖騎士を撃破した事に、何とも言えぬ信じ難さを覚えていた。

 大鎌を地面に突き立て休んでいると、カノンとショコラが駆けて来る。 


「ふぅ…終わったのね」


 肩をグルグルと回して、疲れた顔をしながらショコラは呟く。


「これでもう安心かしら?」

「あぁ。呪影の天聖騎士は死んだ。奴には色々聞きたかった事もあるが、加減して勝てる相手ではなかったからな」


 結局ロヤテが何故大虐殺を引き起こし、カノンを狙ったのか。その理由は最後まで分からなかったが、今回ばかりは良いだろう。それよりも…


「ーカノン」

「………」


 夏樹はカノンへと声を掛ける。しかし彼女の表情は暗かった。


「これでお前が悩む理由は無くなった。…だから」

「…馬鹿」


 唐突に罵り始めたカノンに、夏樹は身体の痛みが全部消える程、目を見開いて驚く。


「馬鹿ですよ。馬鹿馬鹿!私一人の為だけにそんなに傷ついて、こんな所で死んじゃったらどうするんですか!」

「別に…死ぬ気はなかったぞ?」

「あなたにその気が無くったって、一歩間違えれば死んでたじゃないですか。馬鹿!」

「………」


 カノンはいつにも増して感情を露わにしている。


「ううん。分かってはいるんですよ!本当に馬鹿なのは夏樹くんなんかじゃなくて…」

「…待て」

 

 しかし手を前にした夏樹によって、途中で止められてしまった。何事かと夏樹の顔を見ると、その視線は更に奥へと向けられていた。


「有り得るのか!?そんな事!!」


 鬼の形相で叫び立てる夏樹。その先にいたのは…


─「まだ終わりはしませんよ」


 そこに立っているのは、疾うに命の限界を迎えたはずの呪影の天聖騎士ロヤテ・フィルヴィエンス。


「…どうして生きているのよ」

「ご安心下さい。この身はもはやあと数分で尽きる命。貴方達の勝利は揺るぎません」


 よく見ると、その身体は影に支えられており、もはや執念だけで身を起き上がらせている様だ。


「…まずは尽きる事の無い称賛を送るとしましょう。誇りなさい!絶対的存在たる天聖騎士を、凡人の身で殺したのですから」


 敵で有りながらも誉め立てるロヤテ。その言葉に嘘偽り等はない。


「そして謝罪を。ここで貴方達を巻き込んで死ぬ事への」

「はっ!今更何が出来るのかしら?そんな身体で!」


 突然の世迷い言にショコラは思わず嘲笑する。死にかけのロヤテに今更何が成せるというのか。


「…確かに今の私には、もはや手札が残っていません。ですが」


 ロヤテが空を見上げる。


─「天は私に味方をした」


 その直後、空に浮かんでいたはずの太陽が雲によって覆われて行き、地面には都市を覆う程の巨大な影が出来上がる。


「…まさか!」


 ロヤテは影を使って長槍を拾い上げ、手に握らせる。彼が放つのはその生涯最後の一撃。ただし影の規模はもはや、以前の庭園の時とは比べ物にならない。


「お許し下さい……様。貴方のご意志に背く事を。ですがこの者たちは必ずしや教会にとって大きな障壁となり得る!

 ここで少女も含め殺す事。それだけがこのロヤテに出来る影としての、最後の矜持なのです!」


 都市中の影が渦巻きロヤテの長槍へと集って行く。教会の影として生きて来た彼が放つ矜持の奥義。

 先程の被害を見ていたカノンとショコラは絶望の表情を浮かべており、もはや絶対絶命と言える状況であった。



─その時。夏樹が立ち上がる。


「悪いなカノン。最後にもう一回だけ…馬鹿な事をさせてくれ」

「…え?」


 カノンの頭に手を置くと、夏樹はロヤテの方へ向かって歩き始める。


「今更私にトドメを指しますか?ですが、もう遅いですよ。この距離なら私の方が早い」

「…あぁ。確かに遅すぎたな。もっと早く決めてればアイツにあんな顔をさせずに済んだのに」


 ロヤテの長槍の先端には膨大な闇が凝縮されていき、光すら通さない漆黒の密度の塊と化している。


「だから、今度こそ全て終わらせる」


 渦巻いていた影が全て集まったのと同時、世界から音が消えた。放たれるのは都市そのものを滅ぼし切る最悪の一撃。


『闇哮(エレボス)』


 それは全てを呑み込む災害となり、目の前の矮小な人間たちを消し去る為だけに史上類を見ない恐るべき攻撃として、大地や空気すら抉り取りながら迫って来る。やがて夏樹をも喰らおうとした時。


「"半年"。お前に呉れて遣る」


 夏樹の身体が燃えるように蒼い炎を纏い、凄まじい量の黒煙を放出し始めた。それはまさに命を燃やすが如き焔の輝き。



ー夢覚(リライブ) <焼魂>



 その瞬間。そこにいたのは黒い短髪を肩に掛かろうかと言うくらいにまで長く伸ばした夏樹の姿。

 手に持っている大鎌を構えると、迫り来る膨大な闇のトルネードに向かって一撃。



 ────ザンッ。



 カノン達が目を凝らしていた僅か一瞬。気づいた時そこに広がっていたのは目を疑う様な理外の光景。


──遥かに巨大な闇をロヤテの首ごと一刀両断した夏樹の姿だった。



 ゴトッ。大鎌を横に薙ぎ払った夏樹の側へとロヤテの首が落ちる。その瞳は開いたままになっていて、何が起こったのか理解する間もなく死んだらしい。


 それと同じくして、夏樹の身体も地面へ倒れ込んだ。


「─夏樹くん!』


 カノンが急いで夏樹の元へと駆けつける。必死に身体を揺らして起こそうとするも、彼は全く動かない。

 幸いにも心臓は止まっていないようでホッと一息つくものの、一つある事に気づいた。


「…髪が。それに背も少し伸びている?」


 それは、特異な力を発動させた代償か、身体を燃やしながら髪と背が伸びた夏樹であった。






……………………

 それから一日後。

 

 …眠りから覚めて目を開けると、そこに見えたのは風に揺れる大きな木の葉っぱたちだった。自分は何故こんな所に…いや、今度はちゃんと覚えている。ロヤテを倒した後気絶していたのか。


「…起きました?」


 最初に耳に入って来たのは…カノンの声だ。やはり何度聞いても妙に安心する声だと思いながら、再び眠りへと…


「もう、また寝ちゃうんですか?…今はゆっくりして下さいね」


 …てっきり前みたいに無理矢理起こされるかと思ったが、返ってきたのは意外にも優しい声。仕方がないので目を開けると、口元に手を当てながら小さく微笑んで此方を見つめるカノンと視線が合う。 


「…あれから何日経った?」

「今回はなんと、たったの一日だけでしたよ!」

「意外と早いな」


 流石にそこまで時間は経っていなかったらしい。怪我の数だけで言えば前回とは比べ物にならなかったはずだが…


「ん」


 試しに身体を起こしてみたが、痛みも特に感じなかった。やはり"アレ"が上手く作用したか。


「まだゆっくりして良いんですよ」

「大丈夫だ」


 心配するカノンに平気な事を告げたが、彼女は何か言いたげな表情を浮かべている。そのまま少しの沈黙の後、此方の右腕の袖を捲った。


「やっぱり」


 カノンの視線の先には確かに長槍を掠めたはずなのに、何の異常も見受けられない肌を露出した腕が映っている。


「あの戦いでの怪我、既に完治しているんですよね?」

「まぁな」

「それは…夏樹くんが最後に使った"あの力"のお陰なんですか?」


 どうやらカノンにはバレているらしい。不意に自分の髪を触って見ると、伸びていたはずの髪が元の短髪に戻っていた。

 カノンか「パトロン相互会」メンバーの仕業なのかは分からないが、その間に色々と気づいたのだろう。


「背も少し伸びているみたいだし…もし良ければ教えてもらえませんか?あなたが隠している秘密を」

「別に秘密って訳じゃなかったんだけどな」


 どの道何時かはバレるのだ。これを好機に話して置く事にした。



ーーー

「残りの寿命を力に変える夢覚(リライブ)、ですか?」

「あぁ。正確に言えば現在から一定の未来までの時を燃料にして力を高める…とでも言うべきなんだろうけどな」


 夏樹がカノンに明かした能力。その正体は彼が所有する夢覚(リライブ) <焼魂>であった。それを知りカノンは驚きを隠せずにいる。


「…ていう事は今の夏樹くんは本来の年齢より歳を取っている事になるんですよね?」

「そうだな。今回の戦いで8ヶ月分は使ったから…今までの分も合わせると1年と5ヶ月は老けた事になるのか」


 夏樹の夢覚(リライブ) <焼魂>。それは残りの寿命を燃やす事で力を高める能力であった。

 命を使った分だけ身体能力が右肩上がりに上昇するものの、代償として使用した命の分だけ歳を取ってしまうというまさに諸刃の剣とでも言うべき力であり、夏樹が出来る限り使わないようにしていた理由でもある。


 その本質は、本来過ごせたはずの自身の時を消費しているのだが、世界に流れ続ける本来の時間と言うより、彼がその深層意識で仮定した"もしも"の時間。或いは未来と言うのが正しいだろう。

 仮定の未来を燃やす事と引き換えに力を得られるが代償に歳を取っていく。しかし、髪や背が伸びていく事からも分かるように、その代償を逆手に取れば戦闘中に傷の治療等を行うのも可能では有る。

 

 呪影の天聖騎士戦において夏樹は最後の一撃に使用した半年分も含めると計8ヶ月は消費した事になり、これまでに使って来た寿命も含めれば夏樹は16歳でありながら、既に18歳の肉体と成っていた。


「8ヶ月…という事は私のせいで夏樹くんの命が…」

「いや、どの道"あの男"に会えば全て使い果たすつもりだったんだ。だからお前が気に病む必要はない」

「…でも」


 そうは言っても、"自分のせいで"と言うのはカノンにとって変わらない事実である。しかし夏樹にとっては真逆だった。


「教会を調べる以上、何時かはロヤテの奴とも対峙していたかもしれない。むしろお前やショコラとか言うチビが居たから、たったの8ヶ月で済んだんだ」


 落ち込むカノンを励ます夏樹。そんな彼を見てカノンも顔を少し明るく…


「…誰がチビなのかしら?」


ー気づけば二人の隣にショコラが立っていた。

 

「何だ居たのか」

「『居たのか』じゃないわ!何普通に私をチビ扱いしてんのよ!ド阿保」


 会話を途中から聴いていたようで、ご立腹な様子のショコラは目付きを鋭くして夏樹の事を睨みつけていた。そんなショコラにカノンがフォローをする。


「まぁまぁ。夏樹くんはショコラさんの事をそんなに知っている訳じゃないですし、他に呼び方が無かっただけじゃ…」

「それはおかしいわね。カノンと私は大して背が変わらないはずでしょ?ならあんたと並んで呼ばれたのに私だけがチビの枠に入れられるのは変じゃない」

「……え?私の方が高くないですか?」


 ブチッ。


 フォローに入ったはずのカノンだったが結果として逆効果になったようだ。ショコラの血管から嫌な音がしたのと同時、辺りには怒声が響き渡った。


「はぁぁぁぁ!!わ・た・し・は!チビじゃないわ!!!」



………

「はぁはぁ…」

「それで、結局何しに来たんだ?」


 怒り疲れて息切れをしているショコラ。そんな彼女を特に気に留める事もなく、夏樹は来訪の理由を尋ねた。


ー「…ふんっ。忠告に来てあげただけよ。あんたたち、ここから出て行きなさい」


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