↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のアナタシスア   作者: 風鈴鳴梅
序章 僕と君の三千世界
23/53

第17話 一分間

 ロヤテによって、コンジェルド広場近くの庭園へと連れ込まれた夏樹。突然の状況に理解が追いつかないながらも目の前を見ると、木々の揺らぎか、或いはロヤテの能力か。影たちが揺らめいている。


「ここの影は少々薄いですが…まぁこれだけあれば充分ですね」


 そう言ってロヤテが槍を振るわせるのと同時、周囲に凄まじい気配が広がっていく。それを受けた夏樹の頭へは危険信号が鳴り響いた。 

ー来る。と


「闇夢(ナイトメア)」


 瞬間。夏樹とロヤテ、両者のいる世界が闇へと包まれる。ついさっきまで多少の日の光を通していた木々の集まりは一転して、終わりの見えない暗い森となった。


 危機感を覚えた夏樹は素手のまま地面を蹴り、ロヤテへと殴りかかるが…


ー突然、ロヤテの姿が消えた。さっきまで彼がいたはずの場所は暗い影に包まれており、視認が出来ない。


「もはや、私が動くまでもありません。──この領域全てが私の制御下にあるのですから」


 その言葉を証明するかのように、辺り一面から影が吹き出すように飛び出して来て、夏樹へ一斉に襲い掛かる。


「…っ!」


 身を捻り何とか躱すも右方からまた別の影が襲い来る。先程までと性質が変わらないならば、これもまた物質化しているはずだと思い、拳で打ち払おうとするものの非常に重く、吹き飛ばされてしまう。


 地面へと転げ回る夏樹。だが無常な事に、その先でもまた、無数の影たちが飛び出して夏樹へと向かって来た。


「(…今は逃げるしかないな)」


 武器も何も持っていない今、影全てを相手にするのは厳しい。だからこそ、逃走がベストであると判断する。そのまま、影たちに背を向けて駆け出すが…


 グォングォン


 夏樹の地を這っていた影たちが逃走を妨害するかのように、波打ち始めた。


「ちっ」


 上手く地面に足を着く事が出来ずに、何度も身体のバランスが崩れそうになる。そうしている間にも影は後ろから迫ってきて、怒涛の勢いで襲い掛かる。

 葉落一心流。その揺れる不規則な動きにとって最も重要なのは足捌きだ。しかし、この波打つ地面ではまともに体勢を整える事が出来ない。


「(地面が敵…ならば木だ)」


 だからこそ、夏樹は迫り来る影を前にして不安定な足場をどうにか踏み込んで、周囲に数多く存在する木の上へと飛ぶ事を選ぶ。そうして木の枝へと掴まり、何とか影たちを回避するが…


 ヌルり。夏樹の掴んでいた枝が動き出す。この時、回避に専念していたため気づく事が出来なかったが、今まさに夏樹を襲う影。その源となっているのは木々を覆う葉であった。当然木の近くには必ず影が存在している。


「…!!」


 枝の上から伸びて来た影は夏樹の脇腹を掠めてしまった。


 即座に痛みに気づいて、枝から手を離す夏樹。しかし地面を降りた先には再び影が待ち受けている。

 夏樹は仰向けになっていた身体を下向きへと捻り込み、そのまま影を腕で抱き込む事で着地の衝撃を和らげようとしたが、激しい抵抗に合い彼方へと吹き飛ばされる。


 順調に身体を削られていく夏樹。しかし、未だどこかへ潜んでいるロヤテが攻撃の手を緩める事はなく次々に影は迫って来るのであった。



ーそうして、幾許かした頃、逃走を続けた夏樹の目に活路が映る。それは暗闇だけが残り木の見えない場所、即ち影の世界と外の世界の境界だ。あそこを抜ければ、この脅威から逃れられるに違いない。


「ハァッ!」


 境界へと走り込むと、そのまま勢いに身を任せて拳を叩き込む。ロヤテによる能力の影響を受けた影は物質化しているため、砕く事が可能なはずだ。しかし…


「ーー!」


 確かに夏樹の拳は影を通り抜けたはずだった。それにも関わらず、影は直ぐに再生して無理矢理、拳を影の世界へと押し戻したのだ。


「無駄ですよ!これだけ影があれば再生も早い」


 どこからともなくロヤテの声が鳴り響く。この領域内で彼がどこまで夏樹の行動を捕捉できているのかは分からないが、少なくとも夏樹の攻撃に合わせて影を即座に再生できる程には理解できているらしい。


 夏樹はそれでも諦めずに、何度も影の境界へとタックルを決めて身体を押し込もうとするが、影自体の強度が上げられておりさっきのように通り抜ける事すら出来ない。


 そのまま、再び向かって来る影たちに呑み込まれそうになるが…


「夏樹くん!いるんですか!」


 なんと、境界の先からカノンの声が聞こえてきた。ロヤテに庭園へと連れ込まれた夏樹を追いかけて来たらしい。


「カノンか!」

「……!!やっぱりそこにいるんですね!待ってください。直ぐ中へ入りますから!」


 境界を通り抜けて、中へ入り込もうとするカノン。中での夏樹の動きはロヤテに探知されているだろうが、外にいる彼女ならば自由に入ってこれるのかもしれない。


「…待て!今中へ入るのは危険だ。─それよりお前に頼みたい事がある」


 しかし、夏樹によってカノンの侵入は遮られてしまった。今にも迫って来る影たち相手に、腕を前にして必死に耐え抜く夏樹はカノンへ、ある頼み事をする。


………………

「ーー!本気ですか!?」

「あぁ。奴の鎧を破壊するにはそれしか無い」


 何やら驚く事を頼んだらしい夏樹。度重なる影の連打によって腕は限界に近かったが、何とかカノンに頼みを伝え切れた。


「…分かりました。なら急いで行ってきます!」

「頼む」


 それだけを残して、どこかへ駆け出して行ったカノン。彼女が帰って来るまでの間、夏樹はこの暗影蠢く空間で耐え抜かなければいけない。しかし…


「フンッ」


 その直後、どこからともなくロヤテが現れて、その長槍を振り下げる。


「…やっとお出ましか」

「何を企んでいたのかは知りませんが、中へ来なかったならば好都合。早めに仕留めて差し上げましょう」


 そう告げると、ロヤテは周囲の影たちを従えて夏樹に長槍を向ける。後ろには影の境界が聳え立ち、まさに背水の陣とでも言うべき状況に陥ってしまった。


「さらば少年。その魂が救われん事を」


 そのままロヤテは長槍を構え、そして夏樹の身体を穿つ為に恐ろしき刺突を放つ。今の夏樹にそれを回避する術などはなく、残酷にも貫かれて…


ー「本当は使いたくなかったんだがな」


 しかし、夏樹がそう話すのと同時、ロヤテの目にも止まらぬ速さで放たれた長槍が夏樹の身体の前で動かなくなった。


「…馬鹿な!どこにそんな力が残って!」


 驚愕するロヤテ。なんと彼の長槍は既にボロボロになっていたはずの夏樹の腕に掴まれて動かなくなっていた。


「1分だ。それだけあればいい。あいつが帰ってくるまでの間ここで耐え抜く」


 夏樹の身体からは蒸気のような煙が溢れ出して来てその身を覆っていた。どれだけ腕に力を込めても動かない長槍を尻目に、ロヤテは影を操作し夏樹へと向かわせる。


 こうして1分に及ぶ夏樹とロヤテの激闘が幕を開けた。




ーーーー

 再び襲い来る無数の影たち。しかし…


 タンッ


 先程とは違って夏樹は、波打つ地面相手に正確に踏み込んでいる。そうしてバランスを一切崩す事なく縦横無尽に影の森の中を駆け巡っていく。


 途中、地面から飛び出て来た影が夏樹を捕まえようと、向かって来るものの。


「ハァッ!」


 打って変わって拳で影の大群を殴り飛ばす事に成功する。その隙に前右左方向から、幾つかの影が大地を揺らすほどの勢いで迫る。


「ウォラララ!」


 だが、それらも全て激しい拳の連打で打ち払った。


 キンッ

「!」


 その瞬間、夏樹の拳にへと固い長槍がぶつかった。


「先程よりも、遥かに動きが向上していますね。一体何を?」

「マジックってやつだ」


 木の上から強襲してきたロヤテ。突然動きの向上した夏樹を疑問に思いながらも、その長槍を円孤に振るう。


 相も変わらず衰える気配のないロヤテの斬撃。その攻撃を華麗に躱しつつも、後ろへ後退していく夏樹であったが…


「ちぃっ」

「されど、此処は我が領域です!」


 夏樹の背後から巨大な影の塊が噴き出して来る。


 もはや影の火山噴火とでもいうべきそれに対し、夏樹は全力で回し蹴りを放って迎撃を行う。


 グニャリ。その強烈な一撃を喰らった影の塊は、延びた金属のように折れ曲がって機能を停止するものの、それをこの男が許すはずもない。


「その体勢では厳しいでしょう」


 勢いのまま、身体を回し振り返る夏樹だったがロヤテの長槍が迫る方が早い。来たるロヤテの槍戟は死の気を放つ。


 コンッ


「……!?」


 …が、その時ロヤテの顎へと攻撃が命中した。それはまさに


「…靴!」


 ロヤテの顎へ当たったのはなんと靴だった。目線を向けると夏樹の片足が裸足になっている。どうやら、長槍が当たる直前に夏樹は身体の回転の勢いを利用して靴を蹴り飛ばしたらしい。


 靴とは思えない程の威力に頭を仰け反らせたロヤテ。気を取られたその一瞬に、夏樹の攻撃が放たれたる。


「体勢が悪いな」


 意趣返しとばかりに先程のロヤテの言葉を繰り返した夏樹が放ったのは渾身の右ストレート。


 もはや首が捥ぎれるのではないかと思う程の絶大な威力にロヤテは吹き飛んでいく、が…


「…流石に一筋縄ではいかんか」


 夏樹もまた、胸板から血を流していた。攻撃を受けて吹っ飛ぶ直前、ロヤテが夏樹の身体に長槍を沿わせていたのだ。


「それはこちらのセリフです」

 

 やはりと言うべきか、尋常ならざる耐久力で立ち上がるロヤテ。向かって来るのかと思いきや、再び暗い影に身を包んで消えていく。


「また隠れん坊か?」

「いえ、ループ・マルティプリ(ふえおに)エですよ」


 瞬間、暗くて見えなくなった森の中から複数の人影が飛び出す。その姿はどれも、ロヤテの形をしていた。


「影分身(カゲブンシン)」


 現れたのは計5人のロヤテ。元々漆黒の鎧に身を包んでいた事に加え、その全てが暗影に覆われていて判別が付かない。


 その内の一体が夏樹へと長槍を振り下ろす。それを腕で払いのけて、もう片方の腕で殴るも霧散した。ハズレのようだ。


 腕を振り終わった瞬間を狙って、今度は2人同時に向かって来る。双つの長槍は絶妙なタイミングで繰り出され、流石の夏樹も下がらざるをえない。

 だが、4人目のロヤテが後退を選んだ夏樹の背後から刺突を放って来る。


「厄介だな」


 ロヤテの刺突が夏樹に命中する直前、夏樹はあえて地面を蹴り抜き、前方へと進む。勢いに任せたそれはロヤテの一人を瞬く間に霧散させた。


「後3人。どいつが本物だ?」

 

 残るロヤテは影も含めて3人。一体どれが本物なのか見分けはつかない。


 再び向かってくるのは2人のロヤテ。夏樹はその攻撃を、ひたすらに往なしていくが…


「葉落一心流。その弱点は覚えていますよ。今回は縦横高さ、その全てを封じるとしましょう」


 最後のロヤテが上へと飛び上がる。繰り出すのは以前の戦いで見せた技。


「神よ!赦しを…」


 大きく跳ねる事で地上を俯瞰し、長槍を捉えた夏樹へと凄まじい勢いで投げつける。それに加え、今回は夏樹の前方と真横から2人のロヤテが襲い掛かって来ていた。


 動きを完全に封じられた夏樹は、そのままどうしようもなく長槍へ貫かれて命を落とす。

ーそのはずだった。


「勘違いするなよ。"これ"はただ不規則に動くだけの流派じゃない。その本懐は…」


「一心。目の前の敵を殺す事」


 直後、夏樹が地面へと屈み、身体を捻って、目を瞑りだす。完全に血迷ったのか…いや違う。


「目で追う必要はない。ただ全てを破壊する」


 夏樹の脳裏に蘇るのは、かつて闘った強敵の一人。守護騎士アンプールが行った戦法。一々対応に気を取られていては却って何も出来ない。だからこそ。


「葉落一心流 『風月(フウゲツ)』」


 放ったのは、腕を大きく伸ばして周囲を薙ぐニ連の攻撃、ダブルラリアットだ。


 一度目の攻撃は正面と横から迫って来ていた長槍を打ち消したのと同時、二度目の腕撃は回転の力を持ってより強力になり、上から迫って来ていた長槍を叩き落した。


 何とか難を逃れた夏樹。武器を失った二人のロヤテは、そのまま動いた夏樹に叩きつけられて消えていってしまう。残るはただ一人。


「お前の長槍だけは消えなかった。つまり…」


 夏樹に上から迫って来ていた長槍。それだけは他のように消えず形を保ったまま、地面へと突き刺さっている。


「本物はお前だ」


 手ぶらで着地をした最後のロヤテこそ本物であると見抜き、一気に距離を詰める。


 夏樹はそのまま、腕を後ろにして力を溜めたパンチをロヤテに向かい放つ。それは見事に命中し、そして…


ーロヤテの身体が霧散した。


「…!!」

「やはり、あなたなら引っかかると思いましたよ」


 夏樹の後ろから迫って来たのは地面に突き刺さっていた長槍を回収した"本物のロヤテ"。

 さっきの一幕は、ロヤテが夏樹を油断させる為にわざと分身に長槍を持たせて行った出来事だったのである。


 シュッ


 完全に油断していた…その隙を突かれてしまい、夏樹の身体は長槍によって横に薙がれる。


 "マジック"の影響か、夏樹の背骨が両断される事はなかったが、傷は深いらしく地面へと倒れ込んでしまった。

 ロヤテはその間にも夏樹に止めを刺そうとゆっくり歩みを進める。休息の時間すら与えてくれないようだ。


「今度こそ、終わりでしょう」


 長槍による無慈悲な一撃を放とうと、ロヤテは構えの姿勢に入る。そのまま、この闘いに終止符を打とうと…


ー「いや、間に合った」


 シュンッ

「ーー!」


 最後の一撃が放たれる直前にロヤテのからへと、風を切るような何かが直撃した。


「お待たせしました!ちゃんと取ってきましたよ!」

「丁度いいタイミングだな」


 現れたのは腕にリュウゼツランを纏わせた少女。カノン・エーデルス。激しい攻防の末、永遠にも感じる程の長い時間ではあったが、あの頼み事から既に1分が経過していたのだ。


「…今更入って来たのですか、しかし戦いはもはや終局。今更どうにもなりませんよ」


 ロヤテはギリギリの所で再び邪魔が入った事に苛立つものの、焦りは一切無い。…カノンの持って来たそれを見るまでは。


「──本当にこれで良かったんですか?」

「あぁ、何も問題ない」

「…ならいいですけど」


 よく見ると、カノンの手には何かが握られていた。その形状がロヤテの見間違いでなければ…


「…………は?」


 そこにあったのは…ただの掃除用具であった。

 

「─貴方、ふざけているのですか?」

「いいや、真面目に大真面目」


 夏樹がカノンにした頼み事はただ一つ。事前に調べていた近くの公衆トイレから、掃除用具を出来るだけ多く持って来て欲しい。それだけだったのだ。

 カノンが今手に持っているのは、水色のバケツ。その中にはモップ、デッキブラシ、洗剤、雑巾等々と言ったありふれた物ばかりが入っている。


「"コレ"がお前を倒す為に用意した切り札だ」


 困惑するロヤテ。訳が分からないカノン。妙に自信満々な夏樹。


「……ハハハ。舐められた物ですね!それで一体どうやって私を倒すと言うのでしょう!!」

「─まずはその黒ずんだ汚れから、しっかり落としてやるよ」


 三者三様な反応を見せる3人。彼らの新たな闘いが今、幕を開けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。