第16話 葉落一心流
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葉落一心流。それは極東地方にかつて存在した名家の一つ。「西園寺家」に代々伝わっていた流派である。
その起源は定かでなく、伝説によると悠久の遥か昔から存在していたと言われている。
極東に伝わる流派の多くが"型"と呼ばれる特定の構えや動作に則っているのに対し、葉落一心流は極めて珍しく、技の一つ一つに統一された構えなどは無い。
西園寺家の倉庫に保管されていた『流葉真言記」によると敵兵と戦う際、常勝の為にはあらゆる状況に対応する必要があり、それを実現するための動きを作り出す人殺しに特化した実践向けの流派であると記されている。
この流派を学ぶにおいて、第一に"葉落一心流"の基本を覚える必要がある。
葉落とは、舞い落ちる葉の葉に不規則に動く事。即ち人間。又の名を夢覚者という種族の適応力を逆手に取った一見して無駄な動きなのである。
人は誰しも、その人生経験の中でたくさんの事を学び、理解して最適な動きを覚えていく。ましてや強者程その傾向は著しかった。だからこそ、あえて無駄に動く事が戦闘においては、ある種の最善手となる。
では、一心とは何か。それ即ち結果である。舞い落ちる葉はどれも紆余曲折あれど、必ず地面に落ちるという一つの「結果」に辿り着く。これを武に当てはめるならば、相手を"殺す"その結果に辿り着かせるという事である。
不規則に動く事で相手を翻弄し、"殺"という結果に帰結させる。それこそが、この流派の本懐だ。
しかし、こうは思わないだろうか。不規則に動いて、どうやって一心に辿り着くというのか。あまりにも自由過ぎる動きとは、却って迷いを生む事であるのだ。
それを解決するため、先人たちは不規則の中にある程度の理合を用意するようにした。それこそが後に極意と呼ばれる心構えであった。
一の極意「木ノ葉割」
二の極意「風月」
三の極意「燕」
四の極意「陽炎」
五の極意「桜百景」
六の極意「幽霊現界」
七の極意「雪化粧」
以上の七つが、葉落一心流の極意である。その自由度の高さからして、極意を組み合わせる事により、独自の"奥義"を開発する事も許されており、例として夏樹の「花鳥風月」は「風月」と「桜百景」を組み合わせる事で生まれた技である。
「木ノ葉割」などは居合の動きを使用前に行う必要があるが、実はそれ自体、夏樹にこの流派を教えた「師匠」の手によるものであり、極意において大事なのは技の"本質"そのものを理解し操る事である。
これらの理由からこの流派を使うのにおいて特定の武器などは必要ない。求められるのは己の創意工夫と、戦場であらゆる状況に対応し、敵を殺す心のみなのだ。
ーーーーー
「ハァッ!」
絵画や陶器、果てには現代アートのような物体まで、広場に置かれていた芸術の数々が夏樹によって消費されていく。
「それ以上の冒涜を止めなさい!!」
ロヤテは必死に攻撃を躱し、あわよくば芸術品たちを保護しようと狙っているものの、次々に襲いくるそれらを前にして、あまり余裕があるとは言えなかった。
「まだまだ弾はあるぞ。お前のおかげでな」
今回、ロヤテを相手するにあたって、夏樹はコンジェルド広場に以前から設置してあった芸術品たちの他に、ガルデ美術会館に放置されていた物も回収して来ていた。
夏樹は大量に置いてあるそれらを手にとって、直ぐに適応されないようロヤテの前横後ろあらゆる方向から投げて、投げて、投げ続ける。
「外道め…しかし面倒ですね。一々目で追っていては相手の思う壺ですか」
飛んでくる数々の芸術品たち。大きさ形様々なそれらはロヤテの体力を少しずつ削ってきていた。
仮に命中したとして、硬い鎧に守られている彼にダメージ自体は一才無い。しかし、問題はどのタイミングで攻撃を放ってくるのか分からない事にあった。
「ここまで誘い込んで来た都合上、必ず私への勝機があっての事でしょう」
この状況が動かない限りはもはや、深傷を負った夏樹との持久戦になるだろう。ましてやロヤテは動きすらせずにただその場で耐え続けていればいい。
しかし、芸術を愛する者としてこれ以上の破壊行為を見過ごす事はできなかった。だからこそ…
「……!」
真正面から迫ってきていた豪勢な椅子を額で受ける。内でのダメージ自体は無かったが、その衝撃に思わず頭が飛び退くいてしまった。
その隙を狙って夏樹は背後へと回り込み、そして手に持った一枚の大きな絵画を両手で抱える。
タンッ
そのまま地面を蹴り、ダッシュして一直線にロヤテの元へ。そのまま、絵画でロヤテの背後を叩こうと…
ーその間。ロヤテ、絵画、夏樹。三つの影が一直線に並んだ。
「…まさか!」
その影。いや、そう呼んでいいのかすら分からない。影としての法則を夢覚によって外れた何かが動き出す。
「やっと捕まえましたよ!」
重なり合った事で大きくなったその影は、地面から起き上がって、夏樹の後ろに現れた。そして悪魔の形とでも言うべき姿を取っていく。
「ちっ」
「遅い!」
前からは振り向いたロヤテの長槍が、後ろからは影の貫手が同時に放たれる。夏樹は絵画を盾にしてロヤテの長槍こそ躱したものの、貫手によって肩に軽く切り傷を受けてしまった。
「これで、また傷が開きましたね」
肩に受けた切り傷により、以前ロヤテから受けた長槍のダメージが再び現れてしまった。
「確かに私の能力は封じたのかもしれません。しかし、影だけは私から切り離せませんよ」
ロヤテの背後に聳え立つ影は気付けば、人の形へと変化していた。その姿はまさに表裏一体。背中合わせとなったロヤテに死角など存在しない。
前から行けば、ロヤテによる長槍の餌食に。後ろから行けば逆に流動する影の攻撃を受けてしまうだろう。
ならば、一度後手に回って様子見をするのがベストだと夏樹は判断する。
「また、それですか!」
再度周囲に置いてあった芸術品を手に取り始める夏樹。それを投擲していくが、不意打ちに成功し影を隠す必要のなくなったロヤテには効果が薄い。
影の形を自由自在に変化させる事で無数の手の様に扱い、投げられた芸術品の数々をキャッチしては地面へと置いていく。
段々、投擲に対応され始めていると感じた夏樹は次の手に出る。
パリンッ
「…下衆が」
なんと消費する芸術品をロヤテにぶつけるのではなく、彼の目前に投げて割り始めたのである。
「その行いで!世界がどれだけの損失を受けるのか分かっているのですか!?」
激怒するロヤテだったが、夏樹の態度は依然として変わらない。
「安心しろよ。請求書は聖方教会に送ってやる」
そのまま近くに置いてあった青緑の彫像を手で持ち上げると、まるで大剣のように血が流れ出している肩へと担ぎ込む。
「だが、投げてるだけじゃ勝てそうにはないな」
「ロアン作『旧石器時代』。まさか…」
直後、彫像を担いだまま夏樹がスタートを切った。
「そのまさかだ」
そのまま正面から向かってきた夏樹は彫像の足を手で掴んでおり、ロヤテの予感通り、武器として使おうとしているらしい。
その非道な行為が行われる前に夏樹を打ち倒そうと、ロヤテは後ろにあった影を前へと伸ばす。
夏樹に襲い掛かるのは、計三本の黒く細い影。しかし…手に持った彫像を横に薙ぐ事で夏樹は影を全て打ち払うのであった。
「やはり、お前の操る闇は物質化しているようだな」
ロヤテの夢覚<常闇>は地を這っている間こそ、ただの闇であるが、一度空気に触れた場合に限り物質化する特性が存在している。これは一番のメリットであると同時に、ある意味では弱点にもなり得る可能性を秘めていた。
影を打ち払った事により、ロヤテへの道が開けた夏樹。一度消されると再生に時間が掛かるらしく、その隙を狙って手に持った彫像を振り下ろそうとする。
「えぇ。貴方の仰る通りです。しかし、その応用方法は幾らでもあるのですよ」
しかし、その直前にロヤテは手に持っていた長槍を前に突き出す。閃光の如き速さで放たれたそれを、夏樹は彫像を構える事でガードした…が。
ー槍が繰り出された事によって、伸びた槍の影が夏樹の真下から襲い掛かる。
「またか」
「私に触れている影は全て私の制御下にあるのですよ」
ロヤテ自身、夏樹の事を殺すつもりはないらしく、その影は行動能力を奪うためのものであった。咄嗟に足をずらすものの、やはりダメージは避けられない。
「足…そうか俺の技を封じるつもりだったな?」
「そうですね。葉落一心流とやら、中々に厄介な技の様ですので」
「なら、とことん味合わせてやる」
一度、夏樹が身を引いた事で両者の間合いは再び開く。そのまま、彫像を構える夏樹だったが…
「貴方がその気ならば、私も見せてあげましょう。此方の"流派"を」
そう言って、ロヤテの影たちが蠢き出す。彼自身の影と長槍の影、それぞれが幾つかに分かれて宙へと伸びていく。そうして出来上がったのは、長槍を中心として構成される5つの影。まさにそれは。
「名付けて"六槍流"」
長槍も合わせて、計6つの武器を得たロヤテであった。ただ一つの長槍だけでも脅威であったのに、それが六倍など誰が対応できようか。
その刹那、ロヤテが先に動き夏樹へと攻撃を仕掛ける。
「ハァァァ!」
射程距離はそれ程長くないながらも、夥しい数の蓮撃が夏樹を襲う。それらに対し,手に持った彫像を振り回しての防戦一方となってしまう夏樹。
特に気をつけなければならないのは、ロヤテへの接近を許しすぎてはならない事だ。仮に自身の影もロヤテの制御下に入ってしまえば、再び後ろからの不意打ちが行われるだろう。
影を一つ振り払っても、直ぐに他の影が別方向から襲いかかる。それを払っても、また別の影が…どれだけ振り払い続けても終わらず、ましてやロヤテの放つ長槍によって彫像自体が削られ続けているのだ。
だからこそ、ここでリスクを承知の上、夏樹は賭けに出る。
「葉落一心流 『桜百景』」
四方から繰り出されるロヤテの六槍流に対応するため、夏樹が繰り出したのは五の極意「桜百景」。
襲いくる無数の影相手に2m近い彫像を縦横無尽に振り続ける夏樹。動きは拙いながらも、それは確かに影を払っていく。
この極意の本質は、いかなる体制からでも攻撃を放ち続けられる事にあった。本来、攻撃という物は一度行うと何もしない限り隙ができてしまうのだが、夏樹はその直後、即座に手を返す事で直ぐに次の攻撃へと繋げていた。そうして完成された攻撃は自然と縦横無尽になり、まさに百花繚乱の如き光景と化す。
しかし、これ程大きな彫像を何度も振り回し続けるのにはかなりの負担がいる。ましてや両肩を負傷している夏樹には極めて厳しい結果をもたらすだろう。だからこそ、ここで決める必要がある。
「アァァァ!」
魂の根底から叫び出し、振り回し続けた彫像はついにロヤテの影を5つとも払い落とした。そして、そのまま夏樹は前へ突っ込む。
「無駄ですよ」
しかし、非常にも帰ってきたのはロヤテによる長槍の一撃である。それは夏樹を無常にも貫こうとするが、なんと夏樹はそれすらも気にせずに前へと進み出した。
「ガァッ」
「なんと!」
長槍を身体で受けて、もはや限界に近い夏樹。それでも尚進む。
だが、ここでロヤテによる影が復活してしまった。そのまま伸びて来た影たちに夏樹の動きは止められ…
ーなかった。
「……!」
攻撃の直前、ロヤテの顔に何かが直撃する。
馬鹿な。相手はもう芸術品など何も持っていなかったはず、なのに一体何を顔にぶつけたいうのか。ダメージ自体はなかったが突然の予想外に、ロヤテの意識が奪われてしまう。それを良く見ると。
「…弾?」
そこにあったのは肉眼でようやく見えるかと言ったサイズの弾である。そしてその隙を狙う様に
「!!」
「やっと。辿り着いた」
一瞬動きの止めたロヤテの頭を、2mに近い銅の塊が狙っていた。
「ハァァッ!」
ガンッッ
ロヤテが気づいた時には、それはもう彼の漆黒の兜へと命中していた。その衝撃に彫像の頭は割れ、ロヤテもまた意識が一瞬飛ぶ。そのまま後ろへ傾く彼に追い討ちをかけるよう、夏樹による更なる追撃が放たれる。
「もう一発だ」
喧しい音を立てて、銅の塊もとい彫像がロヤテの腹へと激突する。
それは度重なる酷使による彫像の崩壊と同時に見事、クリーンヒットし、ロヤテを数m先まで吹き飛ばしていった。
そのまま、地面で何度かバウンドして後、ロヤテは止まったものの、動く気配はない。そんな様子を見て、夏樹は肩を押さえながら呟く。
「はぁ…中々の強敵だったが、ひとまずは倒せたか?」
倒れ込んだままのロヤテを見て、その場に夏樹は腰を下ろす。払った代償は大きかったが、ひとまずは制圧できた。予定通りならばここから…
「夏樹くん…」
「あぁ、来たか」
そこに現れたのはカノンであった。
「…もう。酷い怪我じゃないですか。直ぐに処置しないと」
「乙女の無邪気」
カノンは夢覚で白い花を呼び出すと、花と葉を揉み込んでから夏樹の負傷箇所へ塗っていく。
「ヒナギクには、止血や雑菌の侵入を予防する効果があるのでこれで暫くは大丈夫ですよ」
「助かった」
「…しばらくは無理しちゃダメですからね?」
簡易的な手当てを終えたカノンであるが、顔色は少し暗いようだ。そのまま地面に倒れ込んでいる漆黒の騎士へと目を向ける。
「それにしても…恐ろしい相手でした」
「あぁ。最初から殺す気で来られてたから勝ち目はなかったな」
夏樹は、相手がカノンを狙っている以上、居場所を聞くために本気で殺して来る事はないだろうと予想していた。しかし、充分過ぎる程に対策を行った上で、ここまで削られるとは、流石天聖騎士というべきだろう。
「後は予定通り奴を…」
「なんだ。ちゃんといるじゃないですか」
聴こえて来た声に、夏樹とカノンは驚愕し反射的に顔を向ける。その主は確かに、さっきまで倒れて動かなくなっていたはずの男。
「見事でしたよ。数々の冒涜に挑発。まさか、その全てが貴方に目を向けさせ、少女からの攻撃を隠すためだったとは」
「嘘だろ…もう動けるのか」
確かに致命打を与えられたはずのロヤテは、まるで何事もなかったかのように立ち上がっていた。
「しかし、彼女がいるならば話は別です。もはや殺さない理由はありませんね」
ー「影波」
その直後、ロヤテの影がロヤテを乗せて、前へと動き出した。そのまま、二人の方へと向かってくると…
「ーー!」
「夏樹くん!」
なんと、夏樹の影と重なった途端にロヤテの制御下に入った影が夏樹を包み込んでしまった。そのままロヤテと夏樹は影に乗って広場を飛び出して行く。
「ちっ。何をする気だ」
「直ぐに分かりますよ」
…やがて、二人は一つの場所へと辿り着く。
「ここならば私も多少は本領を発揮できますね」
それはコンジェルド広場の隣に位置する庭園の中であった。辺りは無数の木々によって囲まれる事で森のようになっており、地面全体が暗い影に覆われている。
ー「さぁ、ここからが本番ですよ」




