第15話 芸術消費社会
太陽が空の天辺を通り過ぎた頃、芸術都市フラン。その中心部に位置する摩天楼から、都市全域を見渡す男がいた。
「全く…上の考えている事は分かりませんね」
一人呟く漆黒の騎士ロヤテ・フィルヴィエンス。
「この任務を与えられた時点で覚悟はしていましたが、私はただの捨て駒なのでしょうか」
聖方教会。その最高戦力と呼ばれる天聖騎士の一人に選ばれる程の実力者である彼だったが、それでも所詮は一兵士でしかなく、上層部の意向について詳しくは知らされていなかった。
「まぁ…構いませんが。私は教会に拾われた時から、正義の光では担う事の出来ない、影として生きる事を決めたのですから」
今回彼の引き起こした大虐殺は、世界中にとてつもない衝撃と混乱を与えている。何せ、表や裏の重要人物たちが一日にして殺害されたのだ。
正義の元に、悪人たちの断罪を遂行した彼ではあるが、その影響が必ずしも良い方向へ向かうとは限らないと理解できない程、ロヤテは愚かではなかった。
「…しかし、あの少女に関しては恐らく。…いえ、余計な詮索はやめておきましょう」
自分のような者に余計な思考はいらない。ただ、一心不乱に任務を遂行すればいいだけだ。ロヤテがそう考えたのも束の間、彼の目が一つの動きを捉える。
「おや。あの少年はまさか」
そこにいたのは、深傷でを負わせた事で生きていたとしても、当分は動けなかったはずの少年。異変を察知したロヤテは、即座に塔を下り追跡を開始するのであった。
ーーーー
「そろそろ来る筈だがな」
夏樹は人通りのなくなった市街地に立ち込んでいた。ロヤテは街から脱走しようとする者がいれば、危害を加えようとしていたとのことだっため、恐らく高い場所から、街全体を見下ろしているはずなのだ。
そして、その予想に応えるように…
「ようやくか」
「拝啓まさか、もう動けるようになっていたとは…予想外です」
ロヤテが広場へと姿を現した。
「それで、あの少女はどこへ?貴方には特に用がないのですが」
カノンの行方を問う。
「お前にあいつは渡さん」
「そうですか。ならば…」
どの道ダメ元で聞いた事。分かりきっていた答えに特に驚きもせず、ロヤテは手に持っていた長槍を構える。
ー「死になさい」
直後、ロヤテが神速の如きスピードで、飛び出した。
夏樹は手に何も持っておらず、その攻撃を受け止める手段はなかった。そのまま身体ごと貫かれるのかと思われたが。
「なに!?」
なんと、ロヤテに背を向けて逃げ出すのであった。
「また逃走ですか?大人しく閉じこもっていれば良かったものを…」
当然ロヤテも夏樹を追いかけて市街地を駆け抜けていく。
ーーーー
「フンっ!」
夏樹に辿り着きつつあったロヤテが鋭い刺突を放つ。だが、
トン
背に迫りつつあった長槍を、横にき直った夏樹が後方に宙返りして回避。そのまま、細い柱を伝って近くの店の前に掛かっていたオーニングへと飛び移る。
夏樹はそれをトランポリンのように使うと、更に屋根の上へ乗り込んだ。
「ちっ。小癪な」
ロヤテも直ぐに追いかけるため、手に持っていた長槍を地面に強く立てた。そのまま棒高跳びの要領で高くジャンプをし、彼もまた屋根の上に向かう。
辿り着いたロヤテが見たのは、再び逃げ続ける夏樹の姿。今の攻防で発生したタイムロスの影響により、二人の距離は遠ざかっていた。
「微妙に私の能力が届かないですね」
太陽に照らされ、影一つない家々の屋根の上。もしかすると、あの少年は自身の能力に気づいてここに誘い出したのかと思ったが、そうではなかったらしい。単なる時間稼ぎか、或いは別の目的があるのか。何れにせよ…
「彼には、少女の居場所を吐いてもらわなければなりませんからね」
再度、追跡が開始される。
ここは、屋根の上と言うこともあり、家屋から次の家屋へと移るのに一々ジャンプを要する。そのため、ロヤテ自身の機動力が生かされにくかった。
「それに対しあの少年。やけに慣れていますね」
だが夏樹はそんな手間を気にする様子もなく、スピードを一切落とさずに、駆け抜けていた。距離は更に開いていく。
「私の誘導が目的ではない…?ただ逃げているだけですか。いや、違う。彼は既に深傷を負っていて加減する余裕がないのでしょう」
幾ら夏樹といえど、天聖騎士たるロヤテの攻撃を今の状態で躱しつづけられる余裕はないのだろうと判断する。ならば、やるべき事は一つ。
「彼の体力が無くなるまで追いかけ続けるだけです」
ギンギラに輝く灼熱の光の中、二人は疾風の如き速さで駆けていく。
それから少しして、ロヤテの目論見がやはり功を奏したのか。夏樹とロヤテの距離が段々と近づいていった。
「この暑さの中、やはり身体が持ちませんでしたか」
明らかにスピードを減らしていく夏樹を見て確信を得たロヤテは一気に距離を詰めて、この下らない鬼ごっこを終わらせにかかる。…が
「…!!またですか!」
攻撃の直前、夏樹は屋根の上から飛び降りるのであった。もどかしさを覚えながら、ロヤテも直ぐ下へ降りる。
その先で見たのは目を見開く光景であった。
「ここは…!」
ー広がっていたのは、無数の芸術品に囲まれた噴水広場。
「なるほど。コンジェルド広場ですか!」
それは、かつて芸術革命で王族含む貴族たちが、民衆によって処刑された場所であり、現在はフランの役所によって彫像や絵画といった無数の芸術品が並べられている世界的にも有名な広場。その名も「コンジェルド広場」であった。
しかし周囲を見渡すと、いつもより置かれている芸術品の数が増えているようだ。
「こんな場所に来て、一体何をするつもりで?」
やはり自分は誘導されていたようだ。それに気づいたロヤテが問うと、夏樹は不敵に笑う。
「ここなら、その"力"は使えないんだろ?」
夏樹の話は続く。
「最初は、そのまま死体を操るだけの能力だと思っていた。だがあいつらの話と、お前の異名を聞いて漸く分かったよ」
ー「呪影の天聖騎士。お前が持つのは闇を操る力だ」
その答えに、ロヤテもまた不気味に笑う。
「ご名答!それこそまさに私の夢覚 <常闇>。影のような光の当たらぬ闇を操作する事の出来る能力です」
ロヤテ・フィルヴィエンスの持つ夢覚 <常闇>は自身と接触している闇を操るだけの能力。それは夜のような光が一切当たらぬ暗闇の中や、以前暴れたガルデ美術会館のように薄暗い場所でこそ真価を発揮する事が出来る。
応用は多岐に渡り、死んだ人々を死体人形として操っていたのも、その内に闇を入らせる事で行った芸当であった。
「しかし、私の夢覚を封じた所で手負の貴方には何も出来ませんよ」
それは間違っていなかった。今の夏樹がロヤテを倒せる確率は極めて低いだろう。だが彼の目はまるで死んでおらず、ロヤテに再び問う。
「天聖騎士。お前は芸術とは何だと思う?」
唐突に戦闘とは無関係の質問を投げかける夏樹。不思議に思いながらもロヤテはその問いに答えた。
「芸術ですか?これでも私は、そういった物を好んでいましてね。特に芸術革命時代の信者なんですよ。人々が王族の圧政に屈さず、自由と芸術を勝ち取るまでの物語。そこからかなり影響を受けているんです」
ペラペラと喋るロヤテ。
「つまり、私にとって芸術とは人の生きた存在証明そのものなのです!」
かつての芸術革命から続く古い言葉。それを答えとした彼に対し、夏樹は…
「そうか、それがお前の芸術なんだな。悪くはない。が…」
夏樹は近くの壁に掛けてあった絵画へ手を伸ばす。
「俺にとっての芸術とは"消費"だ!」
その直後、掴んでロヤテの方へと投げ飛ばした。
「…!」
ロヤテは驚きながらも回避する。瞬間、絵画は地面へと落ち、ガラスが割れたような音を鳴らした。ロヤテが覗き込むと、その絵は…
「これは…フレアメール作『血に染まる女』!」
投げつけられた絵画に視線を奪われたロヤテ。その隙を狙って夏樹は壁際に置いてあったショーケースを拳で破壊し、中に置いてあった茶碗を手に取る。
「プレゼントだ」
そのまま、ロヤテに向かって再度投げ飛ばす。それは完全に油断していたロヤテの兜へと命中し割れてしまった。
「…極東の至宝。大海天目茶碗!」
海のように色鮮やかな色をした茶碗だった物を見て、ロヤテの身体が震え出す。
「あ、貴、…貴方は」
以前の襲撃時にすら感じた事がない程の殺気がロヤテから放たれた。
「貴方は!!何をやっているんですかぁぁぁ!!!」
いつもの冷静な様子は何処へやら凄まじい怒りを露わにしている。
「何って。消費しているんだ」
「ふざけるな!!芸術とは人の思いその物なのですよ!それを…それを貴方は、何を!踏み躙っているのです!」
糾弾するロヤテであるが、それに対して夏樹は何でも無い事のように言い返した。
「せっかくの芸術、見ているだけなんて可哀想だろ。ちゃんと使ってやらないとな」
「何という傲慢!そんなものが、ただ一人の人間による我儘で大勢によって積み上げられた歴史を破壊していい理由になりません!」
「ただ一人の…か」
カノンも似た様な事を言っていた。一人の人間の犠牲で大勢が救えるなら大儲けなのだと。確かに一人の価値など、大衆の価値に遠く及ばないのかもしれない。
だが夏樹にとってそんな事は重要じゃなかった。
「俺は全てを捨ててでも、今ある一つさえ守れればそれでいい」
夏樹はかつて、全てを犠牲にしてでも復讐を達成しようと思っていたし、今でもその思い自体は変わらない。
しかし、この旅の中でたった一つだけ。守りたい物が出来たのだ。
「お前があいつに手出しするなら、俺はどんな手段でも使う。だから…」
そのままロヤテを見据えると、宣言する。
ー「かかって来い」




