第13話 敗戦会議
「ん…ここは」
眠りから覚めた夏樹。目を開けると、そこに見えたのは、風に揺れる大きな木の葉っぱたちであった。自分は何故こんなところにいるのかと、ふと疑問に思う。
「あ…やっと、目が覚めたんですね」
夏樹の耳に、どこか馴染みのある声が入って来る。状況は分からないが、その声音を聞いているだけで、何だか安心感に包まれて行ってしまう。少なくとも敵ではないらしい。だからこそ声に身を任せて、再び眠りへと…
「ちょっ、ちょっと!また寝ちゃうのはダメですよ」
身体を軽く揺さぶられてしまった。仕方がないので、再び目を開くと、エーデルワイスを髪につけた茶髪の少女。カノンがそこにいた。
「…カノン。俺たちは何をしていたんだったか」
「覚えてないんですか?それもそうですよね…あんな事があった後ですし」
いまいち、眠る前に何をしていたのか思い出す事が出来ない夏樹に、カノンはある事実を告げる。
「私たちは"呪影の天聖騎士"に負けてしまったんです」
呪影の天聖騎士…そうだ。自分たちは、あの漆黒の鎧に身を包んだ騎士と戦った末に、逃走を余儀なくされ、何とか逃げ出したのだった。
「あの時、夏樹くんは私の事を庇ってくれた上、抱えて外まで連れて行ってくれたんです。でも…その後直ぐに倒れちゃって…」
強がるように話すカノンだったが、必死に堪えようとしているのを隠し切れてはいない。
「すみません…私がもっとちゃんとしていれば、夏樹くんが大怪我で3日も寝込まずに済んだのに」
「いや…俺が好きでやった事だからお前が気にする事は…待て。今何て言った?」
カノンに気負わせてしまった事も非常に重要なのだが、それと同じくらい聞き逃せない事を今話していた気がする。夏樹の聞き間違いでなければ確か…
『"3日"も』
3日…そんなに倒れていたと言うのか、今までにも怪我で倒れ込む事自体はあったが、そんなに長く倒れ込んだのは初めての経験であった。試しに身体を動かそうとすると、ズキズキと痛みが襲って来た。
「くっ」
「まだ動いちゃダメですよ!」
カノンに静止させられる。痛みの原因…特に右肩と左腹部がかなりの怪我らしく、目を向けると包帯が巻かれており、その中では糸が縫合されているようだ。
頑張れば動けない事もないが、ベストな状態には程遠いと言っていいだろう。それでも、夏樹が負った怪我の大きさにしては、奇跡的な状況ではあるが…
「簡単な処置の他に、私の夢覚で応急手当てもしましたけど、傷が完全には塞がっていないので、しばらくは安静にしていて下さい」
「そうか、ありがとうな」
「これくらい…当然ですよ。それよりも夏樹くんは…」
「にゃはは〜!目が覚めたんだにゃ!」
何か言いかけたカノンだったが、突如間に割り込んで来た声に遮られてしまう。
現れたのは、バニーガールの服を来た赤髪の女だった。
「いやー中々、目を覚さないから心配したのにゃ!」
「…誰だコイツ」
見覚えの無い相手の登場につい困惑してしまう。そのためカノンがカバーに入った。
「この人は、『パトロン相互会』の方です。たまたまあの会場で働いていたみたいで、倒れていた夏樹くんと、ショコラさん…あの時私の後ろにいたベレー帽の女の子をここまで運んで来てくれたんです」
「パトロン相互会?」
「はい。ここはショコラさんが作った絵を描く人たちの集まる組織。そのアジトなんですよ」
大きな木が生えているから、外かと思っていたのだが、周りを見ると、周囲は街壁に囲まれている。どうやら夏樹たちは路地裏の中にいたようだ。
「何はともあれ…助けてくれた事、感謝する」
「別にいいのにゃ〜。それにしても、あの時は大変だったのにゃ…大怪我の男の子に、震えて動けないカノンさん!それに、呆然としたまま動かないショコラさんまで。この私じゃにゃいと、どうしようもなかったのにゃ!」
切れ目を細めて、どこか無邪気な顔で笑うバニーガール。「パトロン相互会」や、ショコラと言う人物の事も気になるが、今一番気になるのは一つ。
「…何でバニーガールなのに、猫の物真似ばかりしているんだ?」
「それ、私も気になってたんですよね」
兎の格好をしながら、猫語を話し続ける目前の女の事であった。…こんな話し方で仕事がもらえるとはあまり思えないが、働く時は文字通り猫でも被っていたんだろうか?
「別に、兎がにゃんって鳴いちゃダメなんて決まりはないのにゃ」
返ってきたのは正論だった。いや、正論なのだろうか?良く分からないが、この話題はひとまず置いておくとしよう。
「ショコラさんは、どうですか?」
「うーん、まだまだダメそうだにゃ」
カノンの質問に対し、首を振るバニーガール。初日に別れてからの事はあまり知らないが、カノンの反応を見るに、ショコラというのは新しく出来た友達だったのかもしれない。
そうこう話していると、アジトに続く狭い道から一人の青年が入って来た。
「おやや〜?シェパードが帰ってきたのにゃ」
シェパードと呼ばれる彼は、最初にカノンが訪れた時に案内をしていた青年である。夏樹は次々と訪れる初顔にあまり事態が飲み込めていない。
「そちらの人は…なるほど」
夏樹のことを見て、納得するシェパード。今、夏樹たちの周囲にいる子供たちもそうだが、皆「パトロン相互会」のメンバーらしく、思ったより規模の大きい組織のようである。
「シェパード!街の様子はどうだったにゃ?」
「…あまり良いとは言えないね。何せ、呪影の天聖騎士が起こした事件は、もはや単なる一都市の殺人事件では片付けられる範疇を優に超えている。名を馳せていた表の大富豪から裏社会のドンたちまで、根こそぎ殺害されてしまったのだから」
シェパードはかなり深刻そうな顔で考え込む。
「今は夜じゃないから、"死体人形"の動きも制限されているが、それも時間の問題だろう」
「なら、街を脱出するなら今かにゃ?」
「…既にそれを試みた人たちは、呪影の天聖騎士の手で新しい死体人形になったよ。生存の可能性がないわけではないが、子供たちを連れて出るには余りに厳しすぎる」
あまり状況は飲み込めないが、呪影の天聖騎士はあの後、会場にいた死体、或いは新たに増えたであろう死者たちを操り、街を封鎖していたらしい。
「街を出なければならない程、厳しい状況なのか?」
「分からない…だが世界中の要人が殺されたんだ。やつが世界に与えた衝撃は想像を絶する。百年前に起こったオヴァレア事件と同じで最悪、新たな世界大戦の発生に繋がる可能性だってあるんだ…そうなれば、ここは間違いなく戦火に包まれてしまう」
オヴァレア事件…確かある国の要人が殺害されたことをきっかけとして、連鎖的に戦火の火種が広がっていき、最終的に世界大戦まで拡大した大事件だ。
今でこそ、世界の国はほぼ統一されたものの、水面下で動く不穏分子の数自体は計り知れない。そういった者たちが表へ飛び出し、さらなる混乱を招く可能性は間違いなく存在する。何より、世界統一戦線と聖方教会の対立はもはや確実と言えるだろう。
「外との情報が遮断されているから、断言は出来ないけど、これだけの事件なら間違いなく戦線の『師団長』級が動き出していると思う…ただ、いつになるか分からない以上、早めに逃げ出さなければ…」
焦燥からか、青年の顔に青年らしい余裕など一切なく、疲労からか、老け込んで見える。状況は夏樹の想像以上に深刻であるらしい。
「ふむ。アイツの目的がよく分からんな。殺人はともかく、孤立無縁の中、籠城を続ける意味がないだろ」
「それに関しては…多分。そちらのお嬢さんの口から聞いた方が早いだろうね」
「カノンから、か?」
ロヤテの目的が分からず疑問を覚えた夏樹。そもそも、途中から乱入してきた彼からすれば、何のために、天聖騎士が会場を襲撃していたのかも知らないのだ。しかし、青年によるとその話はカノンから聞いた方が良いらしく、どういう事かとカノンの方へ身体を向ける。
「…初めに、あのロヤテと言う人が襲撃した時は、悪人を断罪するためだと言っていました」
初め…つまりはロヤテが会場で数百人にも及ぶ人々を惨殺した時の事だ。
「その目的が達成された後は、どうやら一度この街を去ったみたいなんです」
「俺も含め、街ではかなりの人が目撃していたからね。それは間違いないよ」
カノンの話は続く。
「でも、次の日にまた芸術都市に帰ってきて…街を封鎖した後、ある要求をして来たんです」
「要求?」
「はい。それは…」
ー「花を操る夢覚を持った少女の拘束。及び引渡し」
…………
「花を操る、つまり」
「…私、カノン・エーデルスの事だと思います」
夏樹は訳が分からなかった。もし、呪影の天聖騎士があの戦いの事を根に持っているのだとすれば、カノンだけでなく夏樹も指名されるはずなのだ。
「理由は分かりませんが、私の何かが、彼の逆鱗に触れたのかもしれません」
どことなく、思い詰めたような表情を浮かべるカノンに対し、夏樹は違和感を覚える。この都市の惨状を考えると、カノンが選ぼうとしている答えは、恐らく…
「…それで、お前はどうするつもりなんだ?」
「その事について、少し話したい事があるんです。…しばらく二人きりになってもいいですか?」
カノンの言葉を聞いて、シェパードとバニーガールの二人は直ぐに退散していった。
周囲で子供たちの大きな話し声が響き渡る中、カノンは「パトロン相互会」の木の根元で、夏樹の隣に腰を下ろす。
「こうやって、二人一緒なのもちょっと久しぶりですね〜」
「お前が勝手に消えたからな」
「む。勝手にどっか行っちゃったのは夏樹くんの方じゃないですか」
「…いや、俺はちゃんと戻って来た」
「それを言うなら私だって…あはは。こういうのも少し懐かしいですね」
口に手を当てて、カノンはその髪を揺らしながら小さく笑う。
「思えば、私たちまだ出会って1ヶ月なんですよ?たったの1ヶ月。私が生きて来た15年に比べたら、ほんの僅かな時間です」
熱狂都市ルカで、カノンと初めて出会ったのは、5月下旬。そして今が6月の終わる頃だろうか。確かに、まだ1ヶ月しか経っていないのだ。
「けど、あなたと一緒に過ごした。その僅かな時間がどれも忘れ難くて、なんだか不思議な気持ちになっちゃいます」
「…………」
「こんな日が、これからも続くといいですね」
「…あぁ、きっと終わらないさ。俺もお前も、まだ旅の目的を果たせていないんだからな」
真剣な眼差しで話す夏樹に対し、カノンは目を逸らすように少し下の方を向いていた。
「旅…ですか。そうですね、この街を出ればまた夏樹くんと旅を続けたいです」
その言葉とは裏腹に、顔はどこか暗い表情を浮かべている。
「もし…夏樹くんなら、自分の身一つで、大勢の命が救えるとすればどうしますか?」
「…カノン。それは」
「私は、むしろ良い事だと思います」
カノンは何でもない事かのように、口角を上げて笑顔を作るものの、どこかぎこちない。
「今までは遠い場所で誰が死のうと、何処か他人事で…きっとこの世界は平和なんだって信じていました」
アールグレイ村という閉鎖的な環境で育ったカノンにとっては、外の事を知る手段など限られており、物心付く前に死んだ両親を除いて、誰かが亡くなる事もなかっため、その幻想を抱え続けられていた。
「けどあの時、たくさんの人が死んだんだって事を理解して、やっと気づいたんです。そんなのはただの絵空事だったんだって…人の死という悲劇が私たちのずっと身近にあるのを知ってしまったんです」
その結果が、あの怯え様なのだろう。ロヤテの死体人形に囲まれてしまった時、カノンは一歩も動けなくなってしまっていた。今でこそ、少しマシな状態になったようだが、その出来事が彼女に与えたであろう影響は想像に難くない。
「私だって死ぬ事は怖いですよ?長槍に貫かれそうになった時だって…今でも思い出すと震えて来ちゃいますし、でも今それ以上に怖いのは…」
ー「私のせいで誰かが死ぬ事です」
「私のせいって…あの天聖騎士が勝手に殺すだけで、お前が悪い訳じゃ」
「そうですね。けど、私が捕まれば、これから殺される人も、不安に怯える人もいなくなるんですよ」
今、カノンの中に存在する全てのネガティブな気持ちを押しのけ、強い決意を持って宣言する。
「一人の犠牲で大勢が救われるなら、等価交換どころか大儲けじゃないですか。それって凄く良い事だと思うんです!…だから私はこれから"呪影の天聖騎士"の元へ向かおうと思います」
その言葉を聞いて、何か言いたそうにする夏樹。そんな彼にカノンは優しく語りかけた。
「本当はもっと早く決めるべきだったんですけど、最後に夏樹くんが元気になった姿を見ておきたくて…まだまだ元気とは程遠いかもしれませんが、でもあなたと話せて良かったです」
そのまま、カノンはその場を後にしようと立ち上がる。しかし…
「なら、俺がお前の代わりに犠牲になると言えばどうだ?」
夏樹の言葉に止められてしまった。
「夏樹くんが?そんなの絶対ダメですよ」
「お前が犠牲になるのは良いのにか」
すると、カノンは少しの沈黙の後、その問いに答えた。
「それと、これは別ですよ。…私は他人を犠牲にしてまで、生きていたくないんです」
少し前屈みになって立ち尽くす今のカノンの姿は、どこか哀愁を漂わせている。そんな彼女を見て、夏樹もまた、ある決断を下す。
「…だったら俺が全部解決してやる」
そう話す彼の目には強い炎にも似た輝き。それはまさに、"復讐"の話しをする時と同じような執念の光であるものの、決して同じではない、そんな明るい色が宿っていた。
「気持ちは嬉しいです…けど」
「1時間だ。1時間もあればいい。だから…」
「まだ、いなくなるなよ」
力強い声で呟く夏樹。カノンはその言葉に驚いたような表情を浮かべる。が、それと同時、ダメだと分かっているのに、つい頬が緩んでいってしまう。
必死に取り繕うと口元に力を込めるも、何故か胸から溢れ出てくる歓喜の念を抑え込むことができない。
そうこうしている内に理由は分からないが、夏樹は痛む身体を抑え込んでパトロン相互会のメンバーが集まっている場所に歩いて行ってしまった。
木の根元に一人、残されたカノンは喜びと罪悪感の混ざった気持ちに包まれながら言葉を漏らす。
「なんで。私は私の命なんて、他の人のためなら捨てられた。そのはずだったのに」
カノンは理解ができなかった。誰かを犠牲にするくらいなら、自分の命なんていらない。それは紛う事なき本心である。なのに、今溢れているこの気持ちは
「私は…ただ、あの人に止めてもらいたかっただけ?…ごめんなさい。ごめんなさい。…私は最低な子ですね」
誰もいない木の下、気づいた本音。自分のエゴに巻き込んでしまった全ての誰かに向かって、ひたすら懺悔の言葉を唱え続けるのであった。




