第12話 圧倒
夏樹とロヤテ、互いに持つ武器同士が交差し合う。
「…夏樹くん!」
カノンは思いもよらない救援の登場に驚愕していた。何故彼がここにいるのだろう。
ガンッ
直後、ぶつかり合っていた鉄同士が、互いの大きな力に反発し合い、両者後ろへと引く。
「無事か?お前」
「は、はい!私はなんとか」
「…ならいい。もう勝手にいなくなるなよ」
どうやら、カノンの事を探しにここへ来てくれたらしい。カノンの視点では夏樹こそ行方不明になっていたのだが、彼にとってはその真逆だったのだろう。
そして今、会場内で響き渡り続けた戦いの轟音を頼りにして、この場所へ辿り着いたといったところだろうか。
依然として頭の理解は追い付いてはないが、これだけは、はっきり分かった。
ー約束を守ってくれていたのだと。
「拝啓。敵と、いうことで間違いありませんね?」
「お前もな」
瞬間、ロヤテが動く。飛び上がって、長槍を半回転させる。一度刃先を天へと向けると、そのまま重力に任せて、槍を真下へ振り下す。それはまさに唐竹割りとも言うべき技であった。しかし…
「軽い」
手に持っていた斧で容易く受け止められてしまう。
「当然でしょう。フェイントですよ」
だが、ロヤテはすぐに長槍を自分の元へ引き抜く。そして今度は真っ直ぐ一直線に夏樹の心臓を突くが…
「…?確かに貫いたはずでしたが」
そこに夏樹の姿はなかった。まるで蜃気楼のように揺らめいて消えた"それは"
「葉落一心流 『陽炎』」
直後、後ろに回り込んでいた夏樹が着地したロヤテの後頭骨を目掛け、斧を振るう。
「フンッ」
が、ロヤテは即座に後ろを振り向き、その長い槍の刃先を持って、斧を受け止める。刹那ぶつかり合った武器同士で火花を散らしあった。
「すごい…互角に渡り合ってる」
さっきまで世界中から集まった精鋭たちすら圧倒していた天聖騎士ロヤテ・フィルヴィエンス。しかし夏樹がそんな相手に一歩も引かず戦えている事実にカノンは驚いてしまう。
「ハァッ!」
「フンッ」
その後も、激しい攻防が続いた。ロヤテによる閃光の如き薙ぎ払いが行われるものの、斧で受け止められる。今度は夏樹が顎を狙って振り上げるも、長槍の柄で止められてしまう。
そういった状況が何度か繰り返された後、この動かぬ状況を打破するため、夏樹が次の手へと出る。
「…!!中々に面白い動きですね」
それは"葉落一心流"特有の動き。舞い落ちる葉の如く不規則に、ロヤテへと迫っていく。
「だが私の目は欺けず!!」
ロヤテは咄嗟に長槍を前へと突き出す。それは、確かに夏樹の姿を捉えた一撃であったが、夏樹は槍の下へ潜り込んで、攻撃を回避してしまう。
しかし、そこまではロヤテの狙い通りであった。すぐに、今自分の前で一直線となっている槍を、縦向きに回転させたのだ。そして、愚かにも自身に向かってくる者の骨を叩き割ろうとする。
だが、夏樹はミキサーのように回転しながら、迫ってくる長槍を恐れてなどいなかった。スライディングの勢いに身を任せて、止まらない身体を、腹筋を使って起き上がらせたことにより宙で1回転し、攻撃を躱したのだ。
「やっと、一撃だな」
そのまま、長槍を振るったことにより、隙が生まれたロヤテの首筋を狙って、斧から重い一撃を放つ。
ドンッ!
それは鈍い音を立てて直撃した。けれどもその音は決して骨を折った音などではなく、ただ鎧に少しの凹みを入れただけの音である。
「…少々、痛みましたよ。私も本腰を入れなければいけないですね」
夏樹は再び歩み出す。ただし、その動きはロヤテを中心とした円運動のような動きだった。依然、不規則な身体の動きであるためロヤテは今回も夏樹を捉え切る事ができない。
ーそのはずだった。
「一つ、興味深い話をしてあげましょう。この世界は縦、横、高さ。3つの要素から構成される三次元世界だと言われていますが、…本当にそうなのでしょうか?」
突然、意味不明な哲学的話題を話し出す。
「神は星の引力という制限を、世界に掛けました。縦や横へ向かうだけならば、ただ歩みを進めればいい。しかし、私たちは神の思し召し『重力』故、"高さ"に辿り着く事は決して出来ないのです!」
夏樹は様子がおかしくなったロヤテの事を無視して、そのまま近づいていく。そして、背後から斧で切り伏せようと…
「神よ!お許しください。私は神意を超えて、解脱致します!そして今あなたが禁じた世界へと…辿り着く」
その瞬間、ロヤテは宙へと飛び上がった。
「葉落一心流と言いましたね?素晴らしい技ですが、その弱点は単純です」
会場の天井に届くかと言うほど、大きくジャンプをしたロヤテ。そのまま、手に持った長槍を肩に背負う。
「それは神の視点から見れば、ただの御遊戯に過ぎないと言うことですよ」
瞬間、放たれるのは天から落ちる雷の如き、閃光の長槍。
実際ロヤテの推測は間違っていなかった。夏樹の"葉落一心流"は簡単に言えば、立体的な動きによって敵を翻弄する極東の流派である。
流派としての本来の在り方はそうではないが、少なくとも相手が自分より上の位置に立ってしまえば、地面でも掘り進むか、相手より上にでも行かない限り、"高さ"を利用した回避が封じられることに間違いはなく、明確な弱点であったと言える。
それでも並の相手なら夏樹は対応はできるはずであった。しかし残った、縦と横の要素だけで回避を行うには、ロヤテの放った長槍は余りにも速く、剛すぎた。そのままなす術もなく、夏樹の身体は容赦なく穿たれしまうのだろう。だが、それは一人だった時の話だ。
「触れないで」
ロヤテの放った長槍は、夏樹の前に突如現れた棘棘の丸い球体によって遮られてしまった。綺麗なピンクの花を咲かせるそれはカノンの呼び出したオニアザミだ。
カノンは夏樹の前へと出てくる。
「もう!油断しすぎですよ」
「あぁ…助かった」
「…相手は前に夏樹くんが言っていた天聖騎士らしいですけど、勝算はあるんですか?」
「わからん。だがお前がいるなら問題はない」
「ふふっ、そうですね。負ける気は不思議としません!」
そのまま立ち上がった夏樹はカノンと肩を並べて、前方の、大ジャンプから着地を終えたロヤテ相手に、二人で身体を向ける。
「その小娘…夢覚者だったのですか。斧使いの少年に、花の付いた植物を出す少女…まさか!」
ロヤテもまた、二人に向かって長槍を構え戦闘態勢へ入る。
「ひとまず確かめて見るとしましょう。弱者が一人から二人になったところで何も変わりはしません」
ロヤテは再び、その場で大ジャンプを繰り出す。先程はオニアザミに邪魔をされてしまったが、あの花の本懐は花の周りに生えている棘の守りにある。すなわち、長槍で貫く事自体は不可能ではないのだ。
だからこそ、今一度飛び上がり二人とも貫こうと…
「夏樹くんの足りない分は私が補いますから。だから私を信じて、前へ進んでください!」
夏樹はその言葉を信じて、前に向かいスタートを切る。それと同時、カノンの周囲からはあらたな花が開き出した。
「嫉妬の炸裂」
咲いたのは朱色をした綺麗な花々。一つの茎につき、幾つかの花が生えており今カノンの周囲に咲いたのは計3つの茎。花の数は総計7つ。その姿は細長く、今から数百年前に使われたとされる火縄銃を思わせる見た目をしている。それが全て、天上のロヤテへと向いていた。
「攻撃よーい…発射です!」
カノンの呼び声と共に、花の先端にあったトリガーのような部分が、まるで引き金を引くように下へと移動する。
その瞬間、辺り一面を爆発音が包んだ。
ドカンッッ!
突然、花びらの中が爆ぜて、丸い粒が溢れ出す。それらがロヤテの方に向かって一斉に炸裂。
「……!!」
空中で既に攻撃体制へ入っていたロヤテには何も対処の仕様がなく、そのまま大量の丸い粒。いや、もはや弾丸と呼ぶべきそれを食らってしまった。
「良くやった」
本来ならばロヤテの長槍によって貫かれていたはずの夏樹。しかし、カノンの援護射撃によりその凶行が行われる事はなく、今ロヤテはバランスを崩して、地に落ちようとしている。
その隙を狙い、夏樹もまた飛び上がった。そしてロヤテへと、斧による連打が繰り出される。
ロヤテはすぐに手に持った長槍で反撃に出ようとしたがバランスが余りにも悪過ぎた。
「ハァァァァ!」
まるでスクラップにでもするかのような、身体の至る所を狙った蓮撃。それらの攻撃をまともに喰らってしまい、そのまま地面へ大きな音ともに落下する。
「くっ、この程度で私を取れはしませんよ!」
だが、流石は天聖騎士といったところか、鎧に幾つかの損傷は見られるものの即座に立ち上がってしまった。
「だが、もう空には逃げられん」
夏樹は再び、ロヤテに向かって走り出す。しかし、その動きには"葉落一心流"特有の動きはなく、ただ一直線に最速で敵を目指していた。それもそのはず…
「もう一度発射です!」
カノンによる援護射撃を信じていたからである。
ヒペニア・マクランサ。それは西方区域の南東部で発見された花の一種である。一見すれば何の変哲もない花である物の、これには世界中を探してもたった一つしかないある特性が備わっていた。
それは花粉の爆発的発射である。花の中に、特定の刺激を受けることで、まるで大砲のように爆発し、花粉を一気に散布する事が出来るのだ。
しかし、カノン自身の素質と、人の背丈以上の大きさとなって呼び出されたことにより、これはもはや兵器さながら、まるで散弾銃の様に巨大化した花粉を高速で放つ事を可能としていた。
「嫉妬の炸裂」による散弾が再び命中し、ロヤテの動きを止める。そのまま、前へと突っ込み続けた夏樹によって、正面から唐竹割りが繰り出された。
カンッ。ロヤテは柄で受け止めようとしたものの、反応が半歩遅れ、頭部の三日月のように尖った部分へと斧が命中してしまう。
「ちっ、通らんな。頭の髪飾りはそのためのもんか?」
「そんなわけがないでしょう。光と影、太陽と月。これは我が存在そのものなのです」
ロヤテが突っ込んできて、長槍による斬撃を振り下ろそうとする。しかし、すんでの所でまた、カノンの援護射撃が降り注ぐ。
それと同時に起こるのは当然、夏樹による反撃だ。一つ一つは微力ながらも確かにロヤテの鎧を削って来ていた。
「私たち、あんな強敵相手に圧倒していますよ!」
「あぁ。これなら…勝てる」
二人の目には希望が宿り始めた。このまま行けば、勝利するのは間違いなく夏樹たちであると。そんな夢にも似た希望が。
ーだが、それがロヤテの誇りに傷をつけてしまった。その刹那、会場中に今までとは比べ物にならない濃密な殺気がばら撒かれていく。
「ふふふ…はっはっは!勝てる?この私に勝てると?自惚れが過ぎますね!」
漆黒の鎧は会場の闇に染まり、放つ黒い殺気も加わって、より漆黒へ変化していくように感じさせる。そして、ロヤテは遂に真の力を解き放つ。
「まだ青く、未熟な少年たちよ。君たちは今、現実を知る事になる」
その言葉と同時、地面が揺らぎ始めた。
「これこそ、私が"呪影の天聖騎士"と呼ばれる所以です。甦りなさい『死人形』」
刹那、会場内で死んでいたはずの数百体に及ぶ屍がその身体を動かし始めた。
首無しの屍、腹から腸を出し落とした屍。肩が裂け血を流す屍。目に生気の宿らぬそれらはマリオネットのようにして、こちらへ向かって来る。
「これが奴の夢覚か?」
「死んだはずの人たちが動いて…待って下さい。ということは、ショコラさん!!」
カノンが目を向けると、ついさっきショコラを守って命を落とした51番の男性が、その場に座り込んで虚な目になっているショコラへ襲い掛かろうとしていた。
「早く行かないと…」
カノンは直ぐにショコラを助けに行こうとした。だがその意思に反し、彼女の足は動く事はなかった。
「なん、で…」
早くしなければ、自分の友人が悲惨な目に遭ってしまうかもしれないのに全く動けないのだ。気づくとその目には、身体の至る場所から血を流して蠢く死者たちが映っていた。
「どうして、動けないの!」
ついさっきまでは自身の目の前で惨殺が行われようとも、その状況を理解しきれなかったため何の問題もなかった。しかし今、死んだはずの人間たちが凄惨な見た目のまま動き始めたことで、カノンに掛かっていた魔法が解けてしまう。
カノンを襲うのは恐怖、不安、怯え。自分に向かって来る死人たちは、死を知らぬ彼女に、人の死という現実を教えるには十分過ぎた。
かつての彼女にとってテレビや新聞で見る人の訃報など遠い世界の話でしかなく、心の何処かでここは、誰も命を落とす事がない平和な世界なのだと信じ込んでいた。なのに今、気づいてしまった。ここは決してネバーランドではなかったのだと。
死の恐怖に支配された世界で、彼女のようにちっぽけな存在など、腕を抱え込んで震える事しか出来なかった。そうしている間にも、カノンに向かって逃れない死が押し寄せてきようと…
「カノン!」
迫り来る長槍によって、命を散らそうとしたカノンの前に夏樹が飛び込んできて彼女を庇う。
だがその代償は大きく、夏樹の右腹部が抉られてしまった。
「グッ」
「仲間とは強さ、そして弱さでも有るのです」
血が止まる事なく、流れ続ける身体を奮起させて、夏樹はロヤテに向かい、斧を掲げる。そのまま真下に振り落とそうと…
ゴトッ。
「漸く鈍りましたね」
しかし、斧が下される前に、ロヤテの長槍によって柄から切断されてしまった。その後には刃が地に落ちた音だけが空虚にも響き渡る。
「……!!」
衝撃に固まる夏樹。その隙を狙いロヤテは再び長槍を構え、袈裟に振り下ろす。夏樹は反応が遅れたものの、すんでの所で躱した。"はずだったのだ"。不可解な事に、その攻撃は夏樹の肩に掛けて斬り裂いてしまう。
もはや敗北は時間の問題だった。
夏樹は今にも倒れそうな身体を何とか持ち直しある決断を下す。
「夏樹…くん」
後ろで震えたまま、立ち尽くすカノンを持ち上げて、肩に担ぎ逃走を図ったのだ。
「逃すわけないでしょう」
だがロヤテが許すはずもなく、即座に長槍を抱えて追跡を開始する。そのまますぐに追いついて、恐るべき刺突を二人へ放つ。
「…『慌て者』!」
本能的にか、カノンが両者の間に夢覚を発動する。現れたのは天に向かって伸びる茶色い花穂を持った物体。ガマと呼ばれる花だ。
ロヤテの刺突が大きな花帆に触れたその瞬間。爆ぜて、中から凄まじい数の白い綿毛が飛び出して来た。
「小賢しい!」
会場が綿毛に覆われていき、あまりの物量に前へと進めず、長槍を振っても振っても、視界が晴れる事はない。
それから暫くしてようやく外の様子を認識できるようになった時、会場にはロヤテと屍たちを残して誰もいなかった。
「いない。あの少年たちだけではなく、ベレー帽を被った少女まで…まぁいい。あの傷ですから、今から追いかければ問題はないでしょう」
再び、歩みを進めようとロヤテは歩き出す。重症を負った彼らに対し,ロヤテ自身の外傷は鎧を除いて、一つもない。このまま追跡を行えば、追いつくのは時間の問題だった。
…しかし、思わぬ邪魔が入ってしまう。それは"確かに誰もいなかったはずの会場"からロヤテの前へ現れた。
「それはご遠慮願おう」
直後ロヤテに向かい拳が飛んでくる。ロヤテは長槍を持って迎撃に移るも、貫き通すことが出来ず、轟音に近い衝撃波を発生させて、拳と長槍が交差する。
「おーやお〜や!貫いたつもりが、危うく貫かれるところでした。実に卓越した武。簡単に感嘆してしまいましたよ!」
「あなたは確か…何の用でしょう?」
ロヤテの前に立ち塞がったのは、マイム・パントファミリーの「首領」にして、「災厄」と称される程に人々から恐れられる男。パク・カミョンであった。
「何用かって?敵討ちですよ!見殺しにしたくなる程に愛しい私のマイム・パントファミリーのメンバーを惨殺したあなたへの!…とでも言えばどうか?」
「…?見殺し?敵討ち?全く意味が繋がらないのですが」
困惑するロヤテ。
「ハッハーハ!軽いジョークも通じないとは!仕方がないのでネタバラシをしてあげましょう!助けに来たのですよ…あの愉快痛快雨あられな少年少女諸君をね?何せ、プロローグで終わらせるには勿体無いストーリーでしたのでね!」
相も変わらず、理解不能な言葉を淡々と並べるカミョン。その太った図体を左右に揺らしながら大袈裟に手を広げる。
「"彼"にはもっと素晴らしい死に方がある!それはもう、ダイナミックな程に!!素敵なほどに!!あなた如きに殺されるには勿体無い役者なのですよ!」
口数を減らす事のないカミョンに対し、痺れを切らしたのかロヤテが口を開く。
「して、私に何をしようと?」
「この脇役めの時間稼ぎに付き合って頂きましょう!」
カミョンは薄ら笑いを浮かべて告げた。
ー「私と踊って行きなさい。天聖騎士」




