第10話 道化
晴天に恵まれた芸術都市フランのとある日。ついに3年に一度の大規模なオークションが開催されようとしていた。
「って、いつもとあまり変わりませんね?」
富豪や、裏社会の人間が世界中から集まると聞いていたわりに、普段と何も変わり映えしない街にカノンは拍子抜けしてしまう。
「バカ。仮にも"闇オークション"よ?そんなに目立って行われるわけないでしょ」
ピンク髪のサイドテールにベレー帽を被った少女。ショコラが呆れたように言う。その脇には布で覆い被せた絵画を挟み、もう一方の手で支えている。
「それにしても何とか期日までに完成させることができたわね…後は鑑定士の目を欺けば私たちの勝利よ」
「鑑定士ですか?」
「えぇ。誰でも匿名で出品できるのが、このオークションの特徴だけれども…大した価値のない商品を出品しようとしても、門前払いされるのが実際のところなの」
オークションには暗黙の了解があった。鑑定士による査定で価値なしと判断された物は出品することは出来ず、客もまた一定の財を持つ者か、警護に当たる者のみが入場することが出来る。しかし、それ故に世界中から人が集まる程の信用を得ていた。
「出品登録自体はとっくの前に済ませてあるから、鑑定までは問題なく行けるはずよ…見えて来たわね」
二人の目に映ったのは、大きなホールであった。「ガルデ美術会館」と呼ばれるこの建物は一見すると、どこにでもあるような会場である。
「ここは今日、表向きは金持ち達のパーティが開かれるということになっているわ…でも気をつけなさい」
ショコラが、カノンに目配せをする。すると、豪華なスーツに身を包んだジェントルマンや、身体にタトゥーを刻んだ男など、明らかに一般人ではない者達が散見される。しかし、特筆すべきは銃器を装備した人間だろう。
「ここで変な気を起こそうものなら即座に射殺されるわ」
会場のスタッフか、客の護衛かはわからない。だがその視線は鋭い目つきとともに周囲へ向けられていた。
「夢覚者らしき人もかなりいますね」
「個人での殲滅力なら銃を持った兵士より夢覚者の方が圧倒的に高いからでしょうね」
かつての戦争で、夢覚者の数が国家の武力を決定すると言われたように、夢覚を持つ人間の力は凄まじい。武装した護衛以外にも、そういった人間を多数従えているのは、流石、世界中から集まった有力者なだけあるといえるだろう。
二人が会場へ入ろうとすると、周りから嘲笑の声が聞こえてきた。
…クスクス
「あの見窄らしい子供たちはなんだね?」
「気持ち悪い。見ているだけで貧乏が移りそうだわ」
「早く消えてくれんかのう」
カノンたちに声が聞こえる事など全く気にもしていないらしく、そこにあるのは軽蔑と嫌悪のみである。
「…何ですか、あの人たち」
「気にすることないわ。行きましょ」
すると人々の中から一人の帽子を被った老年の紳士が現れる。
「お嬢さん方、迷子かい?ここは君たちのような子供が来るところではないのだよ」
表向きはにこやかな表情だが、笑顔で細められた目の奥には汚い物でも見るかのような侮蔑の色が宿っている。
「知っているわ。でも私たち出品者なの」
「ははは!出品者?まさかこねくり回した泥団子でも出すつもりかい!!おや?」
男が目を向けた先には、ショコラが脇に抱え込んでいる布で覆い被せたキャンパスがあった。
「何だね、それは」
「あんたには関係ない」
中身を見ようとする男に対して、ショコラはきっぱりと断る。しかし…
「一見絵画のようだが…いいから見せたまえ」
「辞めて!触らないでちょうだい!」
無理矢理見ようとする男に、ショコラは必死に抗う。
「私は"見せたまえ"と言ったんだ」
抵抗もむなしく、中々手を離さないショコラへ向けられたのは無数の銃口だった。
「ここでの揉め事は御法度だが…君たちのような人間が死ぬ事など、この世界では日常茶飯事。誰も気には止めないのだよ」
この男の護衛なのだろう。黒いスーツに身を包んだ男たちが銃をショコラとカノンへ向けている。
「夢覚…気高い」
「辞めなさい。カノン」
即座に夢覚で反撃に出ようとしたカノンだが、遮られてしまった。何故止めるのかとショコラの方を見るが…
「命には代えられないわ。仕方ないから見せてあげる」
警戒する護衛たちからの視線を浴びながら仕方なく男の方へと渡す。
「分かればいいのだよ」
そう言って、男は渡された絵画に覆い被された布を剥ぎ取る。そのまま中身を見るが
「どれどれ…… っ!まさかこれは!ありえるのか。そんなことが!!」
想像していた物と大きく異なった事に驚愕し、目を見開く男。ブツブツと独り言を言った後に、その顔を段々薄気味悪い笑顔へ変えていくと…
「フフフ!なるほど。まさか君たちのような、いかにも底辺階層に位置する子供が!こんな物を持っていたとは!」
興奮するあまり、本性を顕にする男。薄々見下されていることには気づいていたが、まさかこんなにも、あからさまにするとは。
「決めたよ!この絵は私が貰おう!」
そして突然、この絵を自身の所有物にすると言い出すのだった。
「…見るだけって言ったわよね」
「気が変わったのだよ。こんなにも素晴らしい絵画。君たちのような絵の価値もわからない者には到底過ぎた物だ!だからこの絵に相応しい私が貰うのは当然の事だろう!」
突然の暴論にショコラは空いた口が塞がらなかった。相手が善人でない事は少し話しただけでも既に分かってはいたが、まさかここまでとは…
いや、彼らにとっての善悪を決める位置にすら、まだ二人は立てていないのかもしれない。それは周囲の反応が物語っていた。
「あんたたちは…そんなに偉くなるまでに、もうたくさんの人から奪ってきたんでしょう?なのに、まだ私たちから奪い足りないって言うの!?」
「奪う?違うね。あるべき場所に戻すだけだ」
憤慨するショコラだったが、言葉が相手に届く決してない。
「この絵を私に届けてくれたことは心から感謝するよ」
男は感謝を述べる。しかし、そのまま周りの護衛たちに向けてハンドサインを出す。
「だが、少々五月蝿いな」
ショコラたちを閉じ込めるようにして、護衛たちに囲まれる。そのまま男の指示を受けた護衛たちによって二人は銃弾の雨で蜂の巣にされ…
「ちょ〜〜っと、待ちたまえ」
ズドンッ
引き金が引かれる寸前、男とショコラたちの間にいた護衛が、突然入り込んできた影に突き飛ばされた。予想外の展開に、カノンたちはおろか、周囲の観衆までもが衝撃を受ける。
「な、なんだね君は!」
反応からして、老年紳士の仲間ではないらしい。現れたのは小太りの頭頂部が禿げた男だった。
「まさか…あれは、マイム・パントファミリーの首領パク・カミョンか!!」
パク・カミョンと呼ばれるこの男はどうやら、その筋では有名な人物らしく。観衆は戦慄の表情を浮かべている。
「この世界では人が死ぬ事など日常茶飯事?最もな話だが、それが殺しを許す理由になるのかい?!?」
カミョンは男に肌と肌が触れる程顔を近づけて話す。
「いーやならないね!何故かって?なぜもかにも答えは当然に必然!この私が許さないから!なんせこの私は万物博愛主義者なのだから!!ハッハーハ!」
そのまま高笑いして、その場でバレリーナのようにクルクルと踊り出しては、回転の終わりと共に、カノンたちの方を振り向いた。
「おぉー!神よ。なんと。なんと!儚く詫びい少女たちなのでしょう!世界よ御賞味あれ!金も権力も持たない無名の少女たちが!こんなにも。社会の闇に押しつぶされようとしてもなお!戦う意志を失ってはいない。目に希望を失ってはいないで〜はあーりませんか!
これぞまさに、かつてのパルド・C・フレミスたちのよう…まさにまさにここで今!新たな芸術革命が起きると言うのですか!?!?歴史の転換点なのですか!?!?オーマイゴット!」
「な、なんなのコイツは…」
訳の分からないことを延々と話し続ける。目の前の狂人と言うべき男。明らかに不審者であるものの、周りの観衆達は、何故かその出方を伺うようにしているようだ。
「失礼。興奮のあまり高揚し過ぎてしまいました…さて本題に入りましょう!」
カミョンは男の方へ向き直ると再び話し出す。
「そこの老年的紳士風の貴方!絵を返して差し上げなさい!」
「な、何故だ!その絵は正しい者が持つべきで…」
「うるさい!!」
バンッ
直後銃声が響く。その音の方に目を向けると、どこから取り出したのか、銃を手に持ったカミョンが男の首を撃ち抜いていた。
そのまま男は地面へ倒れ込んでしまう。
「旦那様!貴様、一体何を!」
「黙れ!!私は今、この老年的紳士風の方と話しているのだ!」バンバンバンバンバンッ
再び銃声が響き、鳴り止む頃には男の護衛が皆倒れてしまう。
突然の出来事に誰も思考が追いつかない。ようやく周囲を認識し始めた時、広がっていたのは異常な光景であった。
「ご安心ください皆さん!今彼らに撃ったのは麻酔ですから!死んでませんから!」
そう主張するカミョン。ショコラが周りで倒れている護衛たちを見ると、確かに血は流れていないようだ。
「ちょっと!カミョンだか知らないけど、暴れないでくれる!絵に何かあったらどうするのよ!」
「おや?失礼致しました…確かに痛快にそうでございますねハッハーハ」
悪気もなく告げると、カミョンはそのまま男の手から絵画を取り返す。幸いにも、絵には何の異常もないようだった。
「全く!裕福でありながら貧しき民から奪おうとするなんて!実に不平!金持ちなら金持ちらしく、金で奪い合いましょうよ!それが公平!…さて、これをお返しいたしましょう」
「はぁ…ありがとう」
そのまま素直に絵をショコラへ渡してくれるカミョン。しかし不思議だ。なぜこれだけの騒ぎを起こしておきながらカミョンは誰からも手出しされないのか。
「時に少女よ!一つ聞きたい!」
「な、何よ?」
「あなたの夢は何ですか?」
カミョンは唐突に真面目な顔をして、ショコラに質問を投げかける。一体何が目的なのだろう。
「夢?そんなもの決まっているわ!ここで大儲けして、皆で一生幸せに暮らすことよ」
始めこそ驚いたものの、ショコラにとってそんな物一つしかない。故に答えは決まっていた。だが…
「なるほどなるほど!なんてありきたりで、素敵で、ドラマチックな願いなのでしょう!私感動のあまり、目から涙の豪雨が止まりません!…ですが」
まるで全てを見透かすかのように、カミョンは言い放った。
ーー「本当にそれがあなたの夢ですか?」
「…?そうだけど」
全く理解できない。この男がショコラの何を知っているというのだ。幸せになる事以外に夢なんてあるはずがないだろう。
「そうですか!それは申し訳ありません!どうぞどうぞここをお通り下さい」
そのままカミョンは、お辞儀をして会場への道を開けてくれた。
「ショコラさん…早く行きましょう」
「えぇ、そうね」
そのまま二人は前へ進み出す。残った者たちの目にもはや、少女たちは映っておらず、視線の全てが、カミョンへと向けられていた。
「何故こんなところに『災厄』がいるのだ!この街で何かが起きるとでもいうのか?」
だが、そんな周囲の不安を他所にして、当の本人はただ一人笑っている。
「さぁさぁ、脇役はここらで退場致しましょうか!私をきっと楽しませてくださいね?ハッハーハ!」
ーーーーーーー
「一体何者だったのかしら?」
「…分かりません。ただ、すごく気持ち悪かったです」
ハプニングに見舞われながらも、何とか会場へ入ってきたカノンたち。カミョンの銃声に釣られてか、中にいた警備員達は皆外に出て行くようで、二人とすれ違っていった。
「まぁいいわ。終わった事だし…あぁ。あそこが受け付けね」
視線の先に映ったのは、白い大理石の机に座るスーツ姿のスタッフ達だった。その雰囲気は何も知らないと、結婚式の受け付けかのように見えてしまう。…実際はそんなめでたい行事と真反対と言っていい、闇のオークションへ入場するための入り口であるのだが。
「失礼するわ。出品者No0031.ガトーバスクよ。受け付けと出品の確認をしてもらいたいのだけど」
ショコラは受け付けへと話しかける。入って来た時から違和感は合ったものの、まさか出品者だとは思っていなかったスタッフ達は面食らった表情を浮かべる。
「しゅっ、出品者?あんたらがか?ちょっと待ってくれ…No0031.ガトーバスク。確かに書いてあるな」
何度も手元のリストを確認した末に、ようやく納得してくれたようだ。
「納品については一度鑑定士を通す事になってる。今持っている"それ"が「静寂の畔」で間違いないな?すぐ担当が来るから、ここから曲がって左にある待ち合い室で待機しておいてくれ」
そのままスタッフの誘導通りに、待ち合い室へと向かう。中は壁一面に鏡の付いた化粧室のようであり、今回に限らず、このガルデ美術会館でイベントがある度に使われているらしい。
それから5分くらい経った頃、待ち合い室にモノクロを付けた初老の男性が入ってくる。
「君たちが出品者かね?見たところ子供のようだが…」
「えぇ。間違いないわよ。早く見てちょうだい」
ショコラは急かすようにして、絵を覆っていたカバーを剥ぎ取り、さっそく鑑定士へと見せる。
「ふむ…失礼だが、これはどこで?」
取り出された絵画を一瞥し、目を細めたのも束の間、すぐに訝しむような顔でこちらに振り向き、絵の出所について尋ねてきた。
「私の家の家宝よ。今は没落したのだけれど、昔は名の知れた名家でこういった財産を幾つも所有していたの」
全くの出まかせである。今言った言葉は全て即興で考えついた嘘であるものの、ショコラ自身に動揺はなく、そんな彼女を隣で見るカノンはショコラに詐欺師の才能でもあるのではないかと、つい感心してしまった。
「没落した名家ねぇ…つまり今回は生活の足しにするため、こちらを売りに来たと?」
「そうなるわね」
「なら、君の家の名前は?」
痛いところを突かれてしまった。ストリートチルドレンであるショコラが没落した名家など知るはずもない。仮にここで適当な名前を出したところで、目前の相手には恐らく通じないだろう。
「それは…言いたくないわ」
「はっ!本当にそれだけかい?怪しいな…本当に名家なのか?」
ネチネチとした声で、嫌味たらしく話す鑑定士。
「君のその服装からして、既に信用はないのだよ。本当にホーギャンの作品を得られる立場の人間なのか?とね。悪いが、この鑑定は無しということにさせて貰おう」
来て早々、鑑定士はショコラたちに背を向けて、そのまま出口に向かい歩き出す。このまま失敗に終わってしまうのかと、カノンは息を呑むが…
「あら?鑑定士様ともあろう方が、人を身分で決めつけてしまうのかしら?」
ショコラが放った一言により、鑑定士は足を止める。
「…何?」
「あぁ、失礼したわね。まさか鑑定士の見極める物が、作品ではなく、身分だとは夢にも思わなかったの。
そりゃそうよね…そんな曇ったモノクロじゃまともに真贋なんて判別出来るわけないもんね?」
自身の可愛い顔を悪意で盛大に歪め、ショコラはこれでもかと言う程に煽り始める。
「中身ではなく、表面上でしか物事を見れないなんて。なんて可哀想なお方なの!シクシク」
「…何が言いたい?」
「鑑定士なんて大層に名乗って起きながら、あなたも所詮は、人並みの凡人だったのね!」
なんともわざとらしく。鑑定士に向けて、同情の涙を流す芝居まで始めてしまう。
…この人はなんで絵描きなんてやっているのだろう。カノンはそう思わずにいられない。ついさっき、詐欺師の才能があると感心したところだが、もはや役者でも目指した方がいいんじゃなかろうか。
「そんな言葉で私の気が変わるとでも?」
「別に見てもらわなくてもいいわよ!私は皆に広めるだけだから。芸術都市の鑑定士様は差別意識に囚われて、目を曇らせた耄碌ジジイでしたって」
ついには脅迫までも行う。もはや持てる手札の全てを使って、ショコラは全力で鑑定士を止めにかかるようだ。
「…わかった。見てやるから、それだけはやめろ!」
「いいの?ありがとう!流石鑑定士様ね!」
「………忖度はせんからな」
ついに折れて自分から鑑定を申し出る男。さっきまでの悪意はどこへやら。満面の笑みを浮かべるショコラをよそにして、絵画に近づき鑑定を始めた。
鑑定士は最初こそ苛立ちを露わにしていたものの、その顔が段々と驚愕に変わっていく。
「卵黄をベースにしたテンペラ画だな。使われている顔料は、鉛、コキーユ虫、クロウメモドキ、コマツナギ、赤色土、それにムラサキツユクサか。どれも芸術革命以後のルド・ホーギャンが使用していた物と一致している」
そのまま、鑑定士はモノクロが絵にくっつく程顔を近づけて観察する。
「さらに注目すべきは、その描き方だ。一定のリズムによって描かれ、一つの視点ではなく多角的に見た印象から絵が構成されている。まるで、この目で捉えて見ている景色かのようだ。それほどまでに、ただの絵を現実へ近づけさせる技法。…信じ難い事だが、これは」
思わず息を呑む鑑定士。
ーー「もはや資料にしか残っていないはずの失われた絵画。『静寂の畔』そのものだ」
「つまり…本物でいいってことかしら?」
「あぁ、君の素性はわからないが、少なくともこの絵が、真作であることは学術的観点から見て、間違いないと言えよう」
贋作でありながら、鑑定士から真作のお墨付きをもらったショコラ作『静寂の畔』。鑑定士を欺いた優越感からか、或いは認められた達成感からか。作った当の本人は必死に平静を装うとしているものの、にやけ面を隠し切る事が出来ていない。
「これで納品の確認は終わった。後は私が責任を持って運んでおこう。オークションが始まるまで好きなところでくつろいでいたまえ」
それだけ残して、鑑定士は『静寂の畔』と共に去って行った。
「良かったですね!ショコラさん」
「えぇ、どうにか山場は乗り越えられたわ。これでもう失敗する事はないでしょうね!
…それじゃあ少しお祝いでもしましょうか。オークションが始まるまで、まだ時間はあるし、他の作品でも見に行かないかしら?ここは美術会館なだけあって、珍しい物も多いわ」
そう言って、彼女らもまた待機室を出る。オークションが始まるまでの間、二人は遊びに出かけるのであった。
ーーーそして、いよいよ闇のオークションが始まる
「さぁさぁ、やって参りました!芸術都市『闇のオークション大会』世界中が白熱するこの舞台も、今年でついに32回目でございまーす!!」
舞台上でマイクを持って話すのはバニーガール姿の女性だ。その大きな声と共に会場には大歓声と凄まじい熱気が蔓延る。
「凄い熱量ですね…」
「仮にも世界中から人が集まる大人気イベントなだけあるわ」
現在カノンとショコラの二人は会場、左側最前列の出品者専用席に座っていた。
本来、客席を取るためには並みの人間が得る生涯年収と同等の金額を払う必要があるものの、出品者は特例として既に席が用意されており、商品へ入札をすることも可能なのだ。
最も落札を目指すとなれば、そう上手くはいかないが…この二人にとってはあまり関係がないだろう。
「『静寂の畔』が出てくるまで時間はまだあるわ。このまま見学でもしていましょ」
そのままバニーガールによる説明が続く。だが、暫くして、隣の出品者達の話し声が聞こえて来た。
「おい、見ろよ!」
ショコラはまた今までのような、自分たちを見下す連中かと思い、若干不機嫌そうな顔で声の出所に振り向く。しかし、今回ばかりは違ったらしい。
「あの姿はまさか…「鉄杭会』会長のホーリー・デンジャラスじゃないか!?
それにあっちにいるのは『残酷兄弟』デスマンとキルマン!向こうの巨漢は『マイム・パントファミリー』のパク・カミョンだろ!どいつも有名所ばかりじゃねぇか…」
「チッ。出品者側だから、簡単に参加できたってのに、あんな奴らばかりじゃあ、今回は落札すらまともに出来なさそうだな」
どうやら今回のオークション。先程関わりのあったパク・カミョン以外にも、かなりの有名人が参加しているらしい。
「皆さん有名な方なのでしょうか…」
「裏の事はよく分からないけど、金持ちが多いのに越した事はないわね。その分、入札金も吊り上がるでしょうし」
「それもそうですね。あっ!もう始まるみたいですよ!」
スーツ姿のスタッフによって荷台に乗った最初の商品が運ばれて来る。会場が緊張に静まり返る中、設置が終わると同時に薄暗い会場でスポットライトが降り注ぐ。
「それではまず…一つ目の商品のご紹介です!」
バニーガールが覆っていた黒い布を取るのと同時、現れたのはスポットライトの光すら、目劣りする程に眩しく輝く、黄金の永久歯であった。
「今から約5000年前に存在した古代エジプティアの
主。クバラフ王の遺体から作成されたと言われる"遺器"の一つ」
「その名も『金色の牙狼』!」
会場から大きな声が上がる。エジプティア文明のクバラフ王と言えば、歴史書でも良く目にする著名な人物の一人だ。まさか、そんな人物の遺物すらオークションにかけられているとは
「初期価格は45億から!それでは…スタートです!!」
ーーーーーーー
「ショコラさん…私もうダメかもしれません」
「え、えぇそうね。流石に住んでいる世界が違うわ」
オークションが開始してから1時間ほど経った頃だろうか。カノンとショコラはもはや、次元の違うお金のやり取りに疲弊していた。
一つの商品につき、数十億で落札される事は当然ながら、物によっては一千億を超えて競り落とされる事もあったのだ。
「…!!起きなさいカノン!いよいよ私たちの番よ!」
カノンはショコラの声でなんとか意識を取り戻し、ステージの方を見ると、『静寂の畔』がスタッフによって運ばれている。
「…続きまして、登場致しますのは!かつての世界大戦で失われたとされる至高の絵画!ルド・ホーギャンがロズアルプ山脈のアンシー湖で描いたとされる一点」
「『静寂の畔』!!」
ついにその姿を露わにしたルド・ホーギャン…否。ショコラ作の「静寂の畔」。雄大な山を背景に、繊細なタッチで描かれた、本物の湖と見間違えてしまうほどに精巧な絵画。それは一目見ただけで、観客からの視線を一人占めにしてしまった。
「初期価格は20億から!それではスタート!」
バニーガールが競りの開始を告げた。そして、その掛け声とともに、客席からは一斉に札が掲げられていく。
「92番,35億!いきなり35億からです!いや、53番,40億!おっと227番,45億入りました!おや?105番。さらに55億だぁ!!」
初期価格の20億からあっという間に、その2倍を超える価格まで上がって行く。だが、その勢いはまだまだ止まる事がないようで…
「12番,60億!…!188番,75億!!75億出ました!」
「7、75億!?ショコラさん凄いですよ!もうこんな値段にまで!」
「これは予想以上の反響ね…!」
やはり失われた芸術品の一つであるからか、会場は大盛り上がりを見せ、ショコラが予想していたよりも遥かに上の金額へと辿り着く。
「他にはいませんか?75億…うん?…!!252番,95億!95億です!!」
「げっ!あいつは…!」
95億の札が掲げられる。ショコラが客席の方をを振り向くと、そこにいたのは、ついさっきショコラたちのことを底辺階層だのと好き放題罵って絵画を奪おうとした挙句、護衛に撃ち殺させようとした老年紳士の男性であった。
「もう目が覚めたって言うの!?ちっ、いくら95億とはいえ、流石にあいつが落札するのは…」
嫌悪感からか、ショコラは抵抗を見せる。この会場のせいで若干金銭感覚がおかしくなっているのもあるが、それはそうとして自分の嫌いな人間に奪われるのはプライドが許さないようだ。しかし、そんな不安を拭うかのように。
「…!! 105億出ました!!!51番,105億!ついに100億の壁を突破です!」
別の人物によって、なんとか落札が免れる。100億を超えた事も衝撃だが、それ以上に安心の方が勝るようで、ショコラはホッと息をつく。
「しかし、252番,107億です!!」
「はぁ〜!?なんでまだ続けるのよ!」
だが、再び老年紳士の男による入札が行われてしまった。…なんだが、趣旨がズレて来ている気もするが、これには、彼女も苛立ちを露わにしてしまう。
「252番、負けじと107億を入札しました!…いや、ここで」
51番もまた、札を掲げる。そこに書かれていたのは…
「51番,115億を入札!!ここで一気に決着をつけるつもりだぁ!!」
51番の男性により115億という破格の金額が入札された。これには流石の老年紳士も、打つ手がないようで、苦虫でも噛み潰したような顔を浮かべている。
「他に!他にはいませんか?……………ここで終〜了ー!!『静寂の畔』115億で落札です!」
ついに決着し、ショコラの描いた絵はもはや、数十億どころか、100億を超えるとてつもない価格で落札されるのであった。
「115億…もはや桁違いですね」
「これだけあれば…「パトロン相互会」のみんなで分けても、一生遊んで暮らせるわ!家に、お風呂に、温かい食事。うふふ」
これから先に待っている幸せな生活への夢を膨らませて、嬉しそうにするショコラ。
「それでは、落札者の51番さん!壇上へどうぞ!」
商品の確認も含め、51番の男性がステージへ呼ばれた。落札者の男性はかの252番と同じ、年老いた男性ではあるものの、その雰囲気にはどこか貴賓のような物が漂っている。
「ふむ。この辺で良かったかね」
「はい!構いませんよ!」
壇上へ上がった51番の男性は司会のバニーガールから、インタビューのような形式で質問を幾つか投げられている。
「今回、115億という大金で落札されたわけですが、何か特別な理由でもあったのでしょうか?」
「あぁ。わたしはこういった物が大好きなんだが、特にホーギャンの描いた作品には目がなくてね。この絵を遠くから見た時まるで雷が落ちたような衝撃を受けたよ。
どれ、もっと近くで見ていいかい?」
そのまま、男性は「静寂の畔」へと近づいていく。
「115億…115億。うふふ」
「もう、ショコラさんったら」
たがショコラはそんな事も気にせずに今はただ、この幸福を噛み締めて、だらしない顔をしているようだ。ーこの先に起こることなど露も知らず。
その間にも男性は絵画に向かい、遂には目の前へと辿り着いた。そして中をじっくり覗き込むとただ、一言。
「おや?これは贋作のようだね」
「……………………は?」
真実を暴いてしまうのだった。
「いっ、一体どういう事なんでしょうか!」
「有り得ないわ!なんで…」
男性の唐突な贋作宣言によって会場中が混乱に包まれる。
─だが、その直後
ドッカーーン!!!!
まるで大爆発でも起こったかのような、けたたましい破壊音が会場中へ鳴り響いた。
誰もが思わず驚き、その音の出処と思われる入口を振り向くと、会場の扉が木の破片と化し、破壊されている。
そのまま、薄暗い会場に外から日光が雪崩れ込むと、入り口には眩い光に照らされて、一つの人影が姿を現した。
「拝啓 極悪人の皆様 私"呪影の天聖騎士"ロヤテ・フィルヴィエンスと申します」
そこにいたのは頭が月の様に尖った漆黒の鎧に身を包む異質な格好の男。
「本日は皆様に死んでいただきたく参上致しました」
それは聖方教会 最高戦力が一人。
──呪影の天聖騎士




