第9話 贋作師
「私は『贋作師』ショコラ・ヴェリテよ」
今、カノンに自身の正体を告げた彼女、ショコラ・ヴェリテ。贋作師という自身の罪を明かして尚、その目には一切の後ろめたさもなく、堂々と立っていた。
「贋作師?それって偽物の絵を本物と偽って描く人の事ですよね…それって犯罪なんじゃ」
戸惑うカノン。無理もない、いきなりの犯罪告白など誰が受け入れてることが出来ようか。そもそも、『パトロン相互会」を結成しておきながら、何故そういった行為に手を染めているのか疑問は全く尽きない。
「そうね。犯罪よ」
迷い一つなくショコラは言い切る
「でも、それがなんなのかしら?私たちのような絵しか取り柄のない子供が生きるための、まともな仕事なんてこの街にはないのよ」
確かあの青年も言っていた。この街の人は誰しもが裕福ではないのだと。
「そんなに絵を上手く描けるのなら。自分で描いて売ればいいんじゃ」
「絵の良し悪しで儲かるなら、それはまさに夢のようね。けど夢を見ている間もお腹は減るし、喉は渇くのよ」
確かにショコラの言うことも一理あるのかもしれない。しかし、困るのは贋作を掴まされる人たちだろう。
「だけど…それじゃあ騙されて絵を買う人が可哀想じゃないですか!」
だが返ってきたのは、嘲笑う声のみだった。
「可哀想?絵を買う連中が欲しいのはただのステータスなのよ!」
「絵の中身なんて誰も気にしないわ。著名な画家の絵を所有している自分を見せびらかしたいだけ。それ以外に、ルド・ホーギャンの絵が豪華な額縁に飾られる一方で、彼と肩を並べた無名の画家の作品がゴミのように捨てられる理由なんてないでしょうね」
カノンが思い返すのは駅前に置かれていたマルコ・テルシャンの「噴水」だ。
あの作品は、ただのトイレにサインを刻んだだけでありながらも、公衆の面前に飾られる程に高く評価されていた。しかしこの街には、より時間がかけられた作品が無数にありながらも、道を歩く人たちからすれば、それらはただの落書きに過ぎない。
…芸術というものが益々分からなくなって来た。人の目に留まらなければ、価値なんてないのだろうか。
「少なくとも、芸術革命の時代に、画家達が望んでいたのは人から評価されることではなかった」
顔に影が宿る。カノンはこの街の歴史にそれほど詳しいわけではないが、ショコラにとっては何か思うところがあるようだ。
「彼らにとっての存在証明とは、彼らの生きたこの美しい世界に、何かを遺したい。それだけなのよ」
何も言い返すことの出来ないカノンを見て、ショコラは話を続ける。
「今から3日後、この街で三年に一度の大きな闇オークションが開かれる。そこでこの絵を売りに行くの」
光があるところには影がある。芸術都市は芸術のシンボルである一方、3年に一度。世界中から金持ちや裏社会の人間が集まる闇のオークションが行われていた。
「この『静寂の畔』は世界大戦の時代に失われた作品の一つとされているわ。もしそんな物が見つかったとなれば数十億は下らない値で売れる。そうすれば私たちはもう明日を憂う必要がなくなる」
オークションでは完全匿名で誰でも出品することが出来る。当然、偽物も多く出回るが、表には出ない"消えたはずの"本物も多く出る。
審査に合格さえすれば、基本的には本物と見做され、凄まじい値段で落札されることも多々あった。
「今までは適当な贋作を無知な観光客に売り付けて稼ぐだけだったけど、今回成功したらそんな生活ともおさらばね!」
それは一見、無謀な計画ではあるものの、ショコラが描いた「静寂の畔」にはそう思わせるだけの何かがある。
「結局嘘なんだからいつかは、バレるんじゃないですか?」
「嘘も最後まで隠し通せば本物と変わらないわ。あんたの花が9日しか持たないのが唯一の懸念点だけれども、絵の価値しか見ない人間はきっとそんなことにも気づかない。だからね、カノン」
ーー「私がやるべきは『完璧』な贋作を作ることよ」
「完璧な贋作…」
「えぇ、作家の技法、当時使われていた絵の具、何より作家の込めた思い。その全てを再現した後に、古く見せるための擬装を施す」
ショコラがカバンに手を入れて、何かを取り出す。現れたのは、カノンが夢覚で呼び出したムラサキツユクサだ。
「当時、北方区域では西方区域との交易が盛んになったこともあり、ホーギャンは北方区域原産のムラサキツユクサの花から絵の具を精製して使っていたとされているわ。その再現のためにこれが必要だったの」
すると、花びらを掴み取り、それをすり鉢の中に入れて絵の具を作るための準備を進めていく。
「今から、3日…いいえ2日で終わらせるわ。ところであんたはこれからどうするの?」
「私は…せっかくですし、もう少し見ています」
「好きにしなさい」
ムラサキツユクサは次第に色鮮やかな紫色の液体へと変わっていった。そして出来上がった絵の具をパレットに移すと…
「わぁ!綺麗…」
絵の具を筆にとって、惚れ惚れするような手付きでスラリとキャンパスに描いていく。
ーーーーーーー
「完成したわ。これが『静寂の畔』よ」
ムラサキツユクサが手に入ったことで、ついに完成した絵。それは素人目に見て、ルド・ホーギャンの物と全く同じだった。
「後は乾かして、それから明日。擬装する工程に入るわ」
一仕事を終え、額から汗を流しているショコラ。周囲を見渡して見ると日はとっくに沈んでいた。『パトロン相互会』のメンバーも皆、硬い地面の上で横になって、寝ているようだ。
「もう、こんな時間…あんたは住んでる家があるの?」
「私は旅人なので、家は遠いところにあるんです」
カノンの言葉を聞き、ショコラは少し考え込んだ後、床に座り込む。
「なら、今日は泊まって行くといいわ」
そう言うと、ショコラは自分の隣をポンポンと手で叩く。
「こんな、窮屈なところだけれど、他の場所よりはきっと安全だから」
その言葉に甘えて、カノンは隣へ座り込む。そしてすぐ、一緒に寝転んだ。しばらく沈黙が続いたものの、やがてショコラが口を開く。
「ねぇ…あんたは何で旅なんかしているの?」
「私はいなくなったお姉ちゃんを探しているんです。あの人は私の唯一の家族ですから」
カノンにとっての姉は、最後の肉親であり、身を粉にしてでもカノンのため働いてくれた恩人でもある。そんな姉を探すことこそ、この旅の一番の目的だった。
「…あんたも今は一人なのね」
「いえ、一人ではありませんよ!夏樹くんって言う男の子と一緒に旅をしているんです!」
「男…へぇ。彼氏?」
「なっ!違いますよ!」
するとショコラはクスクスと笑ってみせる。
「冗談よ。冗談。でもあんた、そいつのことを信頼しているのね」
「?」
「だって、名前を出した途端、頬が緩んだみたい」
言われて手を当ててみると、確かに強張っていたはずの頬っぺたが、少し柔らかくなっていた。
「じゃあ聞かせてよ。そいつのこと」
「…夏樹くんは、無愛想で勝手な人です」
カノンは眉を顰める。しかしすぐ、どうしようもないように笑った。
「でも本当は私と同じで、ただ寂しいだけなんですよ。だから、放っては置けないんです」
夏樹の事は全て知っているわけじゃない。それでも、出会ってから数週間、ずっと一緒にいて少しずつ分かってきているのだ。
「今ははぐれちゃったんですけど、きっとまた会えますよ。だって帰ってくるって約束してくれたんですから」
そんなカノンを見て、ショコラもどこか嬉しそうにする。
「いいわね。帰る場所があって」
「ショコラさんにとってはここがそうなんじゃないですか?」
「…確かにそうね。もうみんなと暮らし始めて2年くらい経つのかしら。いつまでもこんな日が続けばいいのに」
空を見上げると、街の中でありながらも星が幾つか浮かんでいた。それは満天の星空には敵わないが、とても美しく、一生の記憶に残るだろう。きっと明日の星空も、明後日の星空も。
「じゃ、そろそろ寝ましょうか」
「はい。おやすみなさい」
こうして二人は眠りに入るのだった。




