第7話 芸術とは芸術である
「ふむふむ。中々に美味しいですね」
ブルステンの駅で買ったサンドイッチを頬張るカノン。現在二人は山岳鉄道に乗って芸術都市フランへ向かおうとしていた。
「しかし、危なかったですねーもう少しで列車に乗り遅れるところでした」
「たかだかサンドイッチに、あそこまで時間をかけるとは思わなかった」
「むっ、たかだかとはなんですか!食べ物もまた旅の大切な思い出ですから慎重に選びたいんです」
つい先程、カノンは駅に持ち込むためのサンドイッチを選ぶだけで30分もかけてしまっていた。そのため余裕を持って駅へ辿り着いたはずが、気づけばあと数秒で列車を逃してしまいかけたのだ。
本人曰く先の主張どおりだが、いまいち夏樹には理解できなかった。トマトとレタスが乗ったサンドイッチと、卵とレタスが乗ったサンドイッチ、そんなに悩む程なのだろうか…
しかし、本人にとっては大事な事だったようで、列車の席に腰を下ろしながら、窓から外を眺めてご満悦の表情だ。
「窓の外の絶景を眺めながら食べるトマトとレタスのサンドイッチ、これこそ私の求めていたものです」
「…?今まで芸術都市に行ったことはなかったのか?」
やけに初々しい反応をするカノン。マメール山脈に住んでいたのだから、何度かこの列車に乗っていると思っていたが違うらしい。
「んー、私はこの歳になるまで一度も村を出た事がなかったんですよ。だから今回が初めてですね」
なるほど。まさかあの村から出た事がなかったとは。熱狂都市で初めて会った時から少しズレているところはあったが、そういう理由だったのかと納得する夏樹。
…最も仮に出ていたところで、カノンは今と同じままな気もするが
「これから向かう芸術都市も本で読んだ事しかなかったのですごく楽しみです!」
芸術都市フランはハラペーニュ地方に位置する都市だ。この地域は古くから農業が盛んな場所であり、北方区域において、食の流通を支える要といえる。
そんな地方の中心にあるフランが芸術都市と呼ばれるようになった理由については、その歴史的背景が影響していた。
兼ねてより、この場所では芸術家たちが集まり、世界が統一される以前から芸術が発展していた。貧しい庶民たちにとって、絵を描くための紙や筆、絵の具などは高価であったものの、西方区域との交易網の確立や、肥沃な土地にあったこともあり、他の地域に比べ芸術活動を行うハードルが低かったためだ。
しかし今から200年前、近辺を支配していた王族によりある命令が出される。それは庶民による、あらゆる芸術的行動を禁止するというものだ。
当時の王たちは芸術に対して、過ぎ去った世界の時を一枚のキャンパスに閉じ込める神聖な行いと考えており、それは貴族のような特権階級の選ばれ者だけが行うべき行動と考えていた。
当然庶民たちは反発したが、凡人たちの集まりに王や貴族たちを打倒するほどの武力はなかったのだ。次第に弾圧され投獄されていく市民たち。深く絶望した彼らが創作への意欲を手放すのはもはや時間の問題と思われていたが、ある時、予想外の事態が起こる。
貴族たちの弾圧に対し屈するどころか、さらに芸術への思いを膨らませ、遂には「夢を覚えし者」に目覚める人間たちが現れ始めた。
後に稀代の芸術家と称されるパルド・C・フレミスや
ルド・ホーギャンを含むリライバーたちは芸術を人が生きた証明。世界の記憶そのものと捉え、後世に“芸術革命“と呼ばれる大規模な革命を引き起こした。
結果として王たちは倒され、国という共同体がなくなった今でも、この地域は芸術のシンボルとして世界中から人が集まっている。
「ここが、芸術都市!どこもかしこもイラストだらけですね!」
列車を降りて、芸術都市フランへ辿り着いたカノンたち。目の前に広がるのは無数の絵だ。風景画からキャラクターのイラスト、中には人に見せられないような言葉の絵まで多種多様な物が壁に描かれている。
「あ!あれは何ですか?」
視線の先に映るのはただの洋式トイレだった。
「芸術都市ではこんなに人がいる中で用を足すんですかね?」
「流石に違うだろ…」
よく見ると、洋式トイレには人の名前と思しきサインが刻まれている。
「えーと、なになに。これはマルコ・テルシャンによる現代アート作品「噴水」をランベル美術館から、こちらへ移動させた物です。ですって」
隣に置いてあった看板をそのまま読み上げるカノン
「へぇー!こんなのもアートなんですね。芸術って奥が深い!」
何も分かっていないがとりあえず分かった事にする。芸術都市というだけあって、中々に個性的な都市のようだ。
「さて、これからどうしましょうか?」
ひとまず駅を抜け、街へ出てきた夏樹たち。目的地は永世平和都市ジュネイスであるため、特に立ち止まる理由もないが…
「この町の聖方教会を…」
「ダメですよ?」
言い切る前に止められてしまった。先日の熱狂都市で起こした事を考えれば当然である。
「なら少し調べ物をしてくる」
カノンは正直、夏樹を一人にする事に抵抗があった。また何か仕出かすのではないかという不安もなくはないが、一番の懸念は、姉のようにまた自分を置いて何処かへ消えてしまうのではないかという事だ。
しかし彼には彼の道がある。
今までは不安で、ずっと自分のそばに居てもらったが、夏樹も少しは自由にさせてあげないと不便だろう。
何よりカノンは、今の夏樹ならきっと、初めて会った時のように、もう自分を置いていかないだろうと信じている。
「…ちゃんと夜までには帰ってきてくださいね」
「そんなに時間はかからん」
帰ってきた言葉に少し安堵するカノン。そのまま夏樹がどこかへ向かっていくのを見守った後、自分もまた聞き込みを始めようと、出かける準備をするが、その時一つのことに気づく。
「そういえば、私たち待ち合わせ場所決めてましたっけ?」
ーーーーーーー
芸術都市フラン東部
カノンは聞き込みをしながらも、周囲を見渡していた。
「しかし、本当に自由な街ですね」
街の様々なところに絵が描かれている他、歩道には色んなアーティストの作品などが設置されている。流石に車道には何もないが、それでも他の町ならば迷惑防止条例に引っかかりそうな行為が平然と行われているのを見ると、かなり拘束が緩いと言えよう。
「んー。いい匂〜い」
歩いていると店からはパンの芳しい香りがしてきた。そのまま匂いの方へ向かうとクロワッサンやバゲットが並んでいた。
「これは、中々に美味しそうですね」
「お、目が高いねお嬢さん。これは都市近郊の肥沃な農地で取れた小麦を使っているから味・栄養ともに抜群だよ」
試しに幾らか買ってみたカノン。早速バゲットを口に入れてみる。
「外はカリッとしているのに、中はモチモチしていて新感覚ですね〜」
他にも面白そうな店を見つけたので試しに入る。
「これが服?…なんというか独特だな〜」
服屋に入ってみるものの、やはり芸術都市。実用性を度外視した服が多い。異様に長いシルクハットに、全身が鋭利なもので傷つけられたスーツ、他にはガラスの服などもある。
メイド服やゴスロリの様に他と比べればマシな物も置いてあったが、一人で着るには少し恥ずかしかったのでスルーする事にした。
それからもカノンは色んな店を回って堪能する。せっかく購入しても旅には持ってはいけないが、少しくらいならいいだろう。
「さてさて、次はどこへ行こっか…うん?」
道を歩いていると、何か話し声が聞こえてきた。
「だーかーらー。私前々から言ってたよね?ちゃんと用意しておいてって!」
ふと気になって覗いてみると、そこは絵の具屋のようだ。中ではカノンと同じ歳くらいの女の子が、店主に文句を言っている。
「残念だが、"あれ"の生育する西方区域はあんたも知っての通り、絶望行軍の侵攻を受けてやがる。だから素材の調達ができないんだ」
「ふんっ、何が絶望行軍よ!戦線の連中は何をやってるのかしら。自分たちの役割すら満足に果たせないなんて…」
悪態をつく女の子。絶望行軍というものはよく分からないが、何やら困っているらしい。ひとまず話を聞いてみる
「それに関しては俺も同感だが、ヤツらの戦力は凄まじい。すでに西方区域では氷遊都市メティス、古代都市アラル、信仰都市ムーといった主要な都市が陥落した。もはやあの亡者どもは止まらんよ」
「チッ。もう時間がないってのに」
「…まだあんなことを続けてるのかい?いつまでも続きはせんぞ」
「それでも、私は止めないわ」
女の子はかなり真剣な眼差しをしている。芸術都市の人間であるから、それなりに拘りはあるのだろうが、そんなに切羽詰まる程なのか
「あーあ、どこかに"ムラサキツユクサ"を持っている人でもいないかしら」
「あのー」
見兼ねて声をかけるカノン。店主と女の子は驚いた顔を浮かべている。
「あぁ…お客さんか。すまないがもう少し…」
「ムラサキツユクサなら出せますよ。私」
カノンは手を前にして、イメージを浮かべ、花を呼び出す。想像するのは以前、秘密の花園で見かけた3枚の鮮やかな赤紫色をした花弁を持つ花だ。
「ひとときの幸せ」
すると、イメージ通りの花がカノンの手のひらに現れる。
「あんた、夢覚者だったの…いやそれよりも本物?これ!」
「一応、ほぼ本物です!まぁ時間が経てば消えちゃうんですけどね」
すると、女の子は少し考え込む。
「どれくらい持つの?」
「私が頑張れば、9日は持ちますよ!」
その答えを聞いた女の子は今までの顰めっ面から一変し、満面の笑みを浮かべる。
「それだけあれば充分よ。ありがとう!あ、あと悪いけど9日間ずっと頑張っててくれるかしら?ごめんね!」
それだけ残して去って行ってしまった。
「何だったんでしょう。あの子」
基本的な地形は現実世界と同じです。今居るのはフランス




