第5話⑤ 少年よ、ヒーローであれ
「ありがとう…グッドマン!」
「ん〜グッドォ!」
母親と手を繋ぐ子供に背を向けながら、親指を突き立ててグッドマンが颯爽と去っていく。
先程までは親とはぐれて泣いていた子供が、今では満面の笑みを浮かべて、グッドマンへの礼を言っているが、グッドマンはそれを決して誇らない。
何故ならば、これが彼の仕事であり、ヒーローとして果たすべき責務。
──グッドマンは普段、朝7時には街へと繰り出して、夜の9時までパトロールを行う。
…理由は諸説あるが、日によっては昼過ぎにパトロールを始めることもある。しかし、それでも夜9時までの活動は変わらないため、彼がヒーローとしての志を持つ証明は依然として不動といえよう。
だが、ヒーローとしての仕事は時に理解され難いものである。
一部の人間は彼を面白がったりして、ケータイなんてハイテクなもので撮影し、テレビで配信。とやらをするようだが、グッドマンはそんな野次にも決して負けない!
たとえ世界中の人々に馬鹿にされようとも、皆んなの笑顔を守るために戦い続ける。それでこそ、我らがグッドマン。
もっとも、それは野次馬に限った話ではなく、警察組織からの妨害を受けることも多々あり、週に2〜3度は粘着質な住民や、訪れた観光客からの通報で職務質問や、取り調べを受けることになる。
だが、そういった行為に関してもグッドマンはへこたれずに、勇気とグッドパワーで抗い続けた。
総括すると、彼はこの街の平和を守り、弱き人々を助け、悪を打ち砕く、まさに勧善懲悪の象徴たるスーパーヒーロー。
すなわちグッドマンとは、正体は誰も知らないが、この荒んだ世の中に現れた救世主なのだ。
それから、時刻はしばらく経って夜。
グッドマンはパトロールを続けており、街の中に隅々まで目を光らせていた。
夜とは、一般人たちが家に帰って眠りにつく最中、それを狙うかのようにして、外で悪人たちの活動が最も盛んになるのは時間帯。
だからグッドマンのようなヒーローが見回りをしなければ、水面下で悪が動き続けてしまう可能性がある。
グッドマンは夜型ではないので、深夜遅くまでは動けない。が…それでも街の犯罪を減らして、人々を守るためには、たとえ夜であっても精力的に活動しなければならないのだ。
車の走る音だけが響き渡る街中を風変わりなヒーローコスチュームを着たグッドマンが歩く。
途中途中で、不審がるような視線を浴びながらもグッドマンは正義のために進む。
そうして、グッドマンがパトロールを続けながら、電気の切れかかっている暗い歩道へやって来た頃。
──グッドマンの耳に不穏な音が入る。
「〜〜! 〜…」
誰かが怒鳴りつけているかのような騒がしい人の声らしき何か。この時間帯であれば、酔っ払いどうしの喧嘩だろう。
そう思ったグッドマンは街の平和を守るため、音の出る方向へ走り出す。
ーーーーーーーー
「オラァ!いつまでも粘ってんじゃねぇぞ!」
「くはぁっ!」
路地裏の片隅にて。
そこでは現在、壮絶なリンチが行われていた。
一人の気弱そうな少年を囲うようにして、三人の厳つい風貌をした男女たちが壁に押し付けた少年に、暴力を振るっている。
「ちょっと〜、面倒くさいし、はやく行かないー」
「ダメだろ!コイツぁ俺にぶつかった分際で、誠意を見せてこねぇ!」
「そうっすよ。二ィ君の面子潰れたままっすよ!」
怒気を爆発させながら、話し合う三人。
そんな彼らに対し、少年は痛みに震えながらも声を必死に出そうと…
「ごめ………い」
「ん〜?だから聞こえねぇんだわ!」
直後、リーダーらしき男の拳が少年の腹に叩きこまれる。
「がぁぁっ!」
「おいガキ!あんまニィ君舐めてんじゃねえぞ。ちゃんと誠意見せろや!」
「あのさぁ?早くしてんくんないかな。そんなあたしら暇じゃないしー」
追い討ちをかけるようにして、胸ぐらを掴み、手を出す男と女。
「ごめん、なさ…い!」
「はぁ!それで済むと思ってんの?謝罪ってさぁ、別に誠意じゃないよねぇ!?」
「もっとあるだろ。誠意ってさぁ、『ごめんなさい。これからパシリとして頑張るのでどうか許してください』つって、土下座するとか!」
「…いや、です」
「嫌ですじゃねぇんだわ!!テメェ舐めてんじゃねぇぞ!まだ分かって…」
『───止めたまえ!』
辺り一面に、突如声が響き渡った。
荒くれ者の三人が驚いて振り向くと、風変わりな格好をした男が立っている。
「とう!正義のヒーロー、グッドマン…見参!」
握りしめた右拳に親指だけ突き立てて、混沌とした現場に現れたグッドマンがポーズを決めた。
その異様さのあまり、荒くれ者たちは状況に脳の処理が追い付かず、唖然としたままグッドマンのことを見つめる。
「君たち、弱い者いじめとは感心せん!今すぐにその子を解放したまえ」
「………あぁ?なんだお前」
気取った声に、不快感を表す男。
「グッド!それが私グッドマン!いいから早く解放するのだ」
「嫌だわ!気持ち悪ぃ…お前に何の権利があって、そんなこと言えよだぁ?誠意がねぇ!」
「突然出てきて、俺たちに命令すんな!変態野郎」
グッドマンに向かって叫ばれる暴言の嵐に、グッドマンは呆れたように再びポーズを取った。
「やれやれ…君たちは私の正義を理解しないのか。ならば私もそれ相応の実力行使に出なければならないな」
拳を前にして、グッドマンが場合によっては戦いも辞さないと、脅迫の態勢に入る。
それに男たちは、眉をしかめた。
「上等じゃあ!誰だかしらねぇがテメェにも誠意を分からせてやんよ」
「そうか。それは残念だ…」
掴んでいた少年を離して、荒くれ者たちがグッドマンへ向かい合う。
そのまま両者睨み合うと……
「ならばヒーローとして、グッドじゃない君たちに正義の鉄槌を食らわせてやる」
グッドマンが、地面を蹴って飛び出す。
「──必殺」
『グッドパンチ!』
ーーーーーーー
───トニー・へドロ
年齢 37歳
職業 無職(自称ヒーロー)
街を定期的にお騒がせするグッドマンの正体であり、社会から爪弾きにされた除け者。
彼がどうしてヒーローになったのかについては、今から三十年近く時間を遡る必要がある。
元々、彼はこの街の学校に通う小学生だった──
『おぉ〜!すげぇ!!』
教室の黒板前で騒ぐ男子たち。
「なぁ…もう一回、今のやってくれよ!」
その中心に居るヘドロは、彼らに言われるがまま"能力"を発動する。
「変身!夢覚 <英雄>」
光に包まれるのとともに、ヘドロの身体がコスチュームに覆われていく。
眩しさのあまり目を閉じてしまった男子たちが目を開けると…
「街を襲う悪を穿つ!お助けヒーロー『バーニングレッドマン』参上!」
そして、教室に現れたヒーローの登場に教室中は大盛り上がりになる。
「うぉぉぉ!」
「かっけぇ〜」
まだグッドマンを名乗り始める前の、赤い衣を身に纏った小さな彼に歓声が集まる。
「テレビのバーニングレッドマンそっくり!」
「ははは!そっくりなんかじゃない。俺はバーニングレッドマンそのものなのだ!」
彼が夢覚を使うことで着用するコスチュームの元となった戦隊ヒーローの名前を呼ばれ、ヘドロは誇らしい様子で、両腕を腰に当てながら胸を張った。
「─諸君、安心したまえ。このバーニングレッドマンが来たからには、もう安心だ」
ギザなセリフを、いちいちくどいとすら感じるポーズを取りながら、ヘドロは話す。
「へっ、何が安心だよ。中身がヘドロじゃ、ただの腰抜けだろ」
「でも見た目は格好いいよなー」
口々に話す男子たちを見て、その時のヘドロはどこか快感を覚えていた。
「その夢覚って将来の夢で手に入れられたりするんだよな?じゃあヘドロはバーニングレッドマンになりたいのか?」
その男子のうちの一人がヘドロへ、尋ねると。
「ふふん、そうだな。…というか俺は大人になったら、お助けヒーローになるのさ」
ヘドロは堂々と恥ずかしげもなく言い放った。
それは思春期を迎えていない幼き少年であるからこそ、許される彼らだけの特権。
「だけど大人になったら、みんなサラリーマンになったりするんだぞ。そんな夢って実現可能じゃないだろ」
この小さな時代にしては珍しく現実的な思考を抱いた少年が、冷静に考えられる結論を述べる。
「…まぁ大丈夫だろ!大人になればもっと強くなるんだし、ヒーローなんて余裕に決まってる」
そう。この時のヘドロは、自分がヒーローになると信じて疑っていなかった。
──しかし、それから15年後。
「お前、なんでこんなことも出来ねぇんだ!」
「……申し訳ございません」
社会人になったヘドロは、ヒーローになることも出来ずにサラリーマンとして、普通の企業に就職することを選び、働いていた。
だが彼を待っていたのは、ろくに仕事もこなせずに上司からの叱責を受け続けるだけの退廃的な日々。
「ヘドロ君、今年で入って何年目だっけ。いまだにこのレベルってヤバいぞ」
「……申し訳ございません」
「お前…それしか言わねぇよな。何回謝んの?」
上司の苛立った声が頭に響き続け、ヘドロの精神を蝕んでいく。
「一向に変わらないしさぁ…なんか謝罪してる意味あんのか、お前」
「…以後、改善いたします」
「だから、そう言うことじゃねぇんだよ!」
何故、自分がこんな目に合わないといけないのか…そんな思考がヘドロの頭の中を掠めていった。
ヘドロだって真面目にやっているだけなのだ。
「もしかしてだけどさ…お前が仕事できないのって、ずっとカスみたいな夢を見てるからなんじゃね?」
「…………」
「<英雄>だっけ?その歳でまだヒーロー目指してるって、普通に恥ずかしいよね」
それは幾度となく聞かされた。
履歴書だったかに書かされて夢覚のことを、いつまでも蒸し返されて仕事が出来ない理由と結び付けられる。
別に誰がどんな夢を見ようと自由なはずだろう。
「ヒーローって漫画の話だよな。妄想にふけてないで、仕事を優先してくれないかな」
「…やってますよ」
「やれてないから怒られてんだわ!話聞いてたか!?」
「いや、僕は」
「言い訳は要らねぇから!いい加減、自分の現実と向き合え!!」
ヘドロはヒーローを目指していたはずだ。
なのにこの惨状は一体なんだというのか…こんな意味もなく怒られて、自分が社会に埋もれるだけなんてあっていいわけがない。
そもそもヘドロはこの会社にだって、入りたくて入ったわけではないのである。
自分はヒーローになりたかったのに、それを許さない社会に無理やり就職させられただけなのだ。
…最初から、ヘドロが本当になりたいのはヒーロー。ただ、それだけ。
だからこそ、こんなところで止まっていられない。
屈辱に悶え苦しみながら、自分を理解してくれない現状へ日々、鬱憤を抱き続けた果て。
それから少しすると、ヘドロは会社を退職した。
自分の夢を追いかけるためには、時間を1秒たりとも下らない上司たちの自己満足のためなんかに、無駄にするわけにはいかないのだ。
親の反対も押し切り夢覚でコスチュームを着込んで、ヘドロはヒーローとして活動していくことを決意する。
──こうしてグッドマンは誕生した。
かつて知り合いだった人間から白い目を向けられながらも、街の平和を守り、弱き人々を助け、悪を打ち砕くために動く。
それがグッドマンの日常であり、果たすべき使命。
たとえ世界中が彼を拒絶しようとも、一部の人がグッドマンのおかげで笑顔になればいい。
グッドマンはそう信じて、パトロールを行ってきた。
自分の正義を貫き通すためには、必要なことだった。
自分はヒーローなのだから。
そんな理由から、これからもグッドマンの活動を続けていこうと、彼は希望に満ち溢れながらヒーローとしての日々を過ごしていたのだ。
今日、この日まで……
『──ぐはぁっ』
グッドパンチを放ったグッドマンが、荒くれ者からのカウンターを受けて、壁へ吹き飛ぶ。
「弱ぇ!なんだコイツ」
荒くれ者の嗤い声が響き渡るのとともに、ぶつかった衝撃で地面へグッドマンが倒れた。
だが彼はこんなところで負けてなどいられないため、すぐに立ち上がって次の攻撃へ移る。
「まだだ!グッドキーック!」
放たれた渾身の蹴り。
大袈裟なまでの身振りで荒くれ者の腹を狙った一撃だったが…
「──!」
「頭悪ぃんじゃねぇの」
簡単に足を掴まれてしまう。
そのまま再度投げ飛ばされる身体。
そしてグッドマンは叩きつけられて、上手く着地できなかった足に鋭い痛みが走りながら這いつくばるも、まだ戦えるといわんばかりに。
「あ?まだやんの」
「ちょっと!ガチキモじゃん。ニィ君早くやっつけてよ〜」
荒くれ者からの気持ち悪がるような嘲笑を浴びながらもグッドマンはヒーローとして負けていられないと、立って今自分が出来ることを考えながら、叫び立てる。
「そこの君!早く逃げるんだ」
「──!」
「…テメェ、何勝手に言ってやがる!」
「お前の相手は私だ。食らえダブルグッドパンチ!」
「ざけんな!」
なんとか少年だけでも逃がそうと、混沌とした路地裏の中でグッドマンが叫び、時間稼ぎをするために荒くれ者へ大して意味があるかも考えずに両腕を突き出して襲いかかるも、逆に顔面を殴り飛ばされてしまう。
だが、グッドマンは飛びかけた意識を保ちながら、荒くれ者のリーダーへタックルを決める。
「がぁぁぁ……早く逃げたまえ!」
「…でも!」
「でも、じゃない。逃げるんだ!」
「お前、大概にしろよ」
少年との問答の最中にも関わらず、荒くれ者はグッドマンを引き剥がそうと殴りつける。
その間に、他の二人も仲間を助けようとして、そそくさとグッドマンの近くへ集まってくるが。
「いいから逃げろ!」
「──はい!」
グッドマンはヒーローであるのだから、自分がどんなに不利な状況に立たされていようと、それでも困った弱者を助けることを優先する。
それがグッドマンが抱く理想のヒーロー像なのだから。
少年もまた、そんな彼に感化されてか赤く腫れた頬を押さえながら、逃げることを選ぶ。
「……! おい、ガキが逃げるぞ!」
「待て、この…」
リーダーの近くに居た男が、すぐにでも走り出した少年を捕まえようと追いかける。
彼に逃げられてしまえば、荒くれ者たちが果たそうとしていた目的が台無しになってしまうのだ。だから荒くれ者の男は奮起する。
しかし──
「私が許さんぞ!」
「あぁぁ!邪魔だ変態野郎が!」
「グッドパワァァァ!」
その前にリーダーに掴まれながらも、グッドマンが男へ突っ込んで、みじめな姿になりながらも全身を大きく動かしながら暴れて、追跡を防ぐ。
そうしている間に少年はすぐに路地裏の外へと出て行った。
「くそ…!逃げられたじゃねぇか。まだ誠意を見せてもらってねぇのに、テメェのせいだ!」
今から追いつくのは難しいと判断した、荒くれ者が戻ってくるのを確認するとリーダーの男が怒りを叫び、グッドマンの身体へ拳を突き立てる。
始まる暴力の嵐。
そこから間髪入れずに他の二人も参戦して、殴る蹴る踏みつけるといった惨憺たる光景が路地裏の片隅で行われた。
「あぁっ…ぐぅぅ、」
骨こそ折れていないが、脳の興奮だけでは到底庇いきれないほどの痛みがグッドマンを襲う。
首から込み上げて胃酸に、喉が焼かれかけそうになりながらも口から溢れ出さないよう耐え抜いて、反撃をしようと、グッドマンは拳を振り上げる。
「悪には屈さん!…君たちが改心しないと言うのならば、街のためにも私が倒す!」
少年を助けるという当初の目的は達成できたが、彼にとって、重要なのはヒーローらしいことをしてみせるということであり、グッドマンが悪を倒すのは避けて通れない定めなのだ。
「グッドアッ──がばあっ!」
だが、荒くれ者たちの一人を顎を狙って放ったアッパーだったが、その前に顔面を狙われて防がれてしまった。
「テメェ、さっきからグッド、グッドうるせぇんだわ!」
容赦なく叩き込まれる荒くれ者たちの拳。
数の暴力の前にはグッドマンとて、抗う術を一切持ち合わせていない。
「俺たちの邪魔して粋がってんじゃねぇ!」
「ぶぅー、ばっかみたい!ほらほら、ニィくんたち、もっとやっちゃってよー!ギャハハ」
グッドマンが必死に腕を挟み込みながら、繰り出される連続攻撃をガードしようとするも間に合わず、石壁に響くのは荒くれ者たちの高笑いのみ。
「どうしたどうした!ヒーローだってんなら、反撃でもしてみろよ!」
彼らの煽る声に釣られて、グッドマンのプライドが刺激され、心に潜む炎を燃え上がらせるとグッドマンが何発か貰うのを覚悟して攻勢に転じる。
この状況なら一発入れられればいい。一撃でも入ればヒーローである自分なら、必ずテレビで見るような逆転の奇跡を、そこから起こせられるだろう。
「グッドウィーーップ!」
大振りに振られた腕の鞭のようにしなる一撃を、荒くれ者の頭上目掛けて振り下ろす。
──だが。
「ぐふっ」
僅かな隙間を狙うように放たれる荒くれ者の正拳突きがヘドロの胸を砕いた。
溢れる大きな衝撃に、ヘドロは血を吐いて身体に力を入れても、入りきらない感覚に襲われる。
「(わた…私は……)」
意思に反し、身体が足から崩れ落ちて、ヘドロは悔しさを感じながら硬い地面に前から倒れてしまった。
そして、意識は闇の中へ──
…………
「ヘドロ君〜。またいつものアレ、やってよー」
グッドマンになる以前に勤めていた会社での飲み会。
そこで毎回のように繰り広げられた定例行事。
「僕は…」
「いいじゃん別に減るもんじゃないし」
上役からの要求に逆らえずに、ヘドロは自分のプライドをかなぐり捨ててまで行なってしまう。
「…変身!夢覚<英雄>」
居酒屋中に溢れ出した光が輝き、やがて眩しさが消えると、赤いコスチュームを着たヘドロが全員の前に現れた。
「街を襲う悪を穿つ!お助けヒーロー『バーニングレッドマン』参上!」
そうして、ヘドロがいつものポーズを決めると…
「ぶ、ぶほぉ」
「あ〜ひゃっはっは」
店全体に大きな笑い声が響き渡った。
口を必死に抑える同僚や、手を叩いて爆笑を堪えきれない上司たち。
「いやーヘドロ君は面白いね」
「は…はは。ありがとうございます……」
「そうだ!あとさ、なんでそんなの持ってるんだっけ?また教えてよ」
にやけながら、こちらに視線を送ってくる彼らにヘドロは、覆面の奥底で嫌悪に顔を歪めながら声を振り絞る。
「──僕はヒーローになりたいんです」
屈辱を必死に隠して呟くヘドロの言葉を聞いたのと同時に、互いに顔を合わせる会社の人間たち。
そして…
「……ぶっ」
視線がヘドロに集まる。
『あーーーーっはっはっはっは!!!』
その後には、ただ笑い声だけが響き渡った。
…ヘドロは悔しかった。
純粋に、自分が幼い頃に抱いた憧れを追いかけて進み続けていただけなのに、それを理解しようともせず自分を馬鹿にしてくる連中が憎い。
子供の頃に見た夢を追いかけることさえ諦めてしまった馬鹿どものくせに、人の夢だけは一丁前に嘲笑ってきて、なんの意味があるというのか。
自分はこんな連中とは違うのだ。
ヒーローに成らなければならなくて、遠い昔から知るあのバーニングレッドマンのように、格好良くヒーローとしての使命を果たす。
「──あんた。いつまで人様に迷惑をかけるつもり?」
家族からの批判もあるが、それでもヘドロはヒーローとして進み続けた。
自分は誰かに迷惑をかけたつもりなど毛頭もないし、正義の人気者には必ずといっていいほど嫉妬にかられる悪がつくのだから仕方ないのだ。
「──ヘドロ…俺たち、もういい大人なんだぞ」
昔は一緒に同じ夢を抱えていた同志なのに、生活だの、家庭だの、社会的責任だのを理由にして、とっくに夢を捨ててしまった友人たち。
なら、そこでずっと止まって、自分がヒーローになるのを見ていればいい。夢を諦めたりはしないし、どんな障害物にだって負けたりはしない。
誰がどれだけ自分の夢を否定してこようが、必ず夢を叶えてみせる。
無理だと笑われた夢を実現させて、僕はお前らが見下した愚か者などではなかったことを理解させてやる。
…自分は、自分は何一つ間違っていなかったのだと。
『テレッテッテレー♪ 出たな!悪の怪人シーザーマン!ここは正義のお助けヒーロー、バーニングレッドマンが相手してやる!』
それは、テレビで何度も見た憧れのヒーローの勇姿。
悪を前にしても絶対に屈さずに、街や人を守るために戦うバーニングレッドマン。
子供の頃はただ彼みたいな格好良い存在になりたかっただけのはずだ。
別に…街を守る高潔な意志も、弱き人々を守る優しさも、悪を打ち砕く強さも、本当はどうでもいい。
僕はヒーローになりたい。
ただ、それだけを願っていた。
それだけでも、叶えばよかった。
なのに、いつからだ。
夢がヒーローになることから、自分を否定する社会に己を認めさせることへ変わったのは。
厳しい社会の荒波に呑まれるうちに、自分の夢を粉々に打ち砕かれ、気づけば恨みを積もらせながら、自己を証明するために好き勝手する毎日。
誰かの迷惑も考えずに、グッドマンという名前を声高に叫んで、その活躍を堂々とアピールして、善意を無理矢理に押し付けて。
…これがヒーローなのか?望んでいたヒーローとしての姿はこういったものだったのか?
違うだろう。
憧れた彼はそんな人間じゃなかった。何かを守るため、諦めずに戦う正義の味方であるはずだ。
なら、今やるべきは──
……………
「ちっ、コイツのせいで気分萎えたわ」
倒れたまま動くなったグッドマンの頭を踏みつけて、荒くれ者の一人が蔑むように悪態をつく。
「まぁニィ君にかかれば余裕したっね!」
「こんな雑魚に俺たちがやられるかよ」
鼻息を鳴らしながら、彼らはそう笑い合った。
「…てかさ〜、このキモい変態ってなんか前にテレビとかで出てたやつじゃない」
「グッドマンとか言ってましたよね。多分街で有名な変わり者のやつっすよ」
「はっ、気持ち悪いな」
口々に浴びせられる罵声であるが、それでもグッドマンが動くことはない。
それを確認すると、リーダーの男が彼のコスチュームを見て視線を送る。
「ヒーローとか言ってるわりに、それっぽいのは見た目だけで、カスじゃねぇか」
特に苦戦することもなく、簡単に倒しされてしまった見せかけだけのグッドマンへ、拍子抜けしたように吐き捨てられる言葉。
「むしろ変態を倒してあたしらのが正義の味方って感じ〜?」
「これが誠意ってもんよ」
好き放題に言われて、グッドマンの身体が一瞬震えるも動かない。
「つーかさ。コイツのせいでガキ逃したし、どうしようかね」
踏みつけている頭に向かって、荒くれ者はつま先に力を入れて押しながら足を回す。
「ニィ君なら、またパシリ見つけりゃいいだけっしょ!」
「ここ空気キモいし、さっさと気分上げにこ〜」
やがて足を頭から話すと、背を向ける荒くれ者たち。
「もう俺たちに楯突くんじゃねぇぞ。雑魚のヒーロー気取りがよぉ」
大して興味もなさそうに言い残して、倒れたままのグッドマンに背を向けながら、三人は路地裏から去っていく。
段々と路地裏から消えていく彼らだったが。
「……!? おいおい、まだ立つのかよ」
狭い空間で反響した音に、違和感を感じた荒くれ者たちが後ろを振り向くと、今にも崩れ落ちそうな身体で暗闇の中、『ヘドロ』は立ちあがろうとしていた。
「そこまでしたって、なんもねぇだろ。テメェの頭はお花畑なんか?」
荒くれ者が冷ややかな笑いを飛ばしてくる。
だが、ヘドロが狂気さえ感じさせる執着を帯びた目で、荒くれ者の姿を一心に捉えながら、声も返さずに正面を見つめる。
やがて足取りがおぼつかない状態で、前に向かって、歩みを進め始めると。
その直後、最後の力を絞って地面を蹴った。
「──!」
荒くれ者が思いがけず目を見開くも、すぐにその腕を前にして、反撃の準備に写ろうとする。が…
「…夢覚 <英雄> 解除」
ヘドロの身体から眩い光が溢れ出して、闇を照らしながら周囲を覆う。そのままわけが分からずに、目を瞑る荒くれ者たち。
光が収まって、彼らが目を開ける頃には。
その眼前へ、コスチュームを脱ぎ捨てて無精髭の生え散らかした顔を露わにするヘドロが迫っていた。
血まみれになった年相応の顔面を前へ向け、赤くなった腫れのせいで閉じかける目を必死に開き、焦点のずれてしまいそうな瞳を荒くれ者に合わせる。
華やかなコスチュームなんて消えてしまった不恰好で汚らしい惨めな服装。
これでは到底、彼が憧れた存在から程遠い姿であり、端から見れば、見るに堪えないほどに憐れなだけの腐り切った中年男性に過ぎないのかもしれない。
しかし、そんなことを理由にヘドロは止まらない。
腕を引き、拳を強く握りしめながら、荒くれ者へ向かって一心不乱に進み続ける。何故なら…
───それが、ヒーローなのだから。
硬い拳を振り抜き、驚いて凍りついたままの荒くれ者の顔面が瞬く間に撃ち抜かれる。
勢いのままに体重を乗せただけの弱くも、重さの込められた強烈なヘドロの一撃を受けて、耐えきれずに仰け反ってしまう荒くれ者。
その限界を超えた信念の攻撃を最後にして、ヘドロは……糸が切れたように力が抜け落ち、地面へ倒れる。
「………っ!」
その一部始終を見て、荒くれ者が血を流しながら、撃ち抜かれた鼻を抑え、眼前のヘドロを凝視する。
遅れてやってくる痛みに顔が赤く染まっていくと。
「テメェ!!ふざけんじゃねぇぞ!!!」
腹の底から煮え繰り返ってきた怒りで叫び、正気を失った目つきで憤った。
「このクソ野郎がぁぁ!!」
足を持ち上げて、倒れたまま力が入らなくなったヘドロを夢中で踏みつける。
腕も身体も足も、場所など関係なく行われる荒くれ者の気が済むまでは止まることがないだろう蹂躙。
「うぉ!ニィ君。それ以上はやばいですって!」
「ヤバイヤバイ!こいつ死ぬから!流石にもう置いとこ!」
「うるせぇ!俺が良くねぇ!!!」
もはや痛みすら感じなくなった身体を嬲られながら、ヘドロは自分の結末を予期する。
ぼやける視界の中、体温だけが冷たく凍りつき、思考が頭から遠のいていく。まぁ、自分にしては上出来だっただろうと思い。
『──ちょっと!そこの人たち!何をやってるんですか!?』
その声を最後に、ヘドロの意識は途絶えたのだった。
ーーーーーーー
「もう…なんなんですか!これは!」
暗い路地裏の中で、カノンが怒りに満ちた声を上げながら、気絶した荒くれ者三人に向かって視線をぶつける。
「…勝手に行くなよ」
「だって、何か危なそうな気配がしたんですもん!」
両手を素早く擦って、汚れを振り払うような動作を取りながら、鼻の息を止める夏樹の声に、周囲に刺激臭の香る花を咲かせたその中心でカノンが焦りを浮かべて言葉を返した。
「これが君の言ってた、怖い人たちなんですよね?」
カノンが後ろを振り向いた先に立つのは。
全身を傷だらけにして怯え切った様子の少年。
「う、うん」
「ひどいですね!こんな身体になるまで人を殴り続けるなんて」
自分たちも気絶させた以上、あまり人のことはいえなかったが、それでも凄惨たる惨状に怒りを露わにするカノン。
目の前に映るのは、先程ヘドロによって助け出された少年であり、夏樹とカノンは、彼が逃げた先で偶然出くわしていた。
そのまま少年は二人に助けを求めてくるも、夏樹は無視しようとしたが、カノンは放っておけず、結局二人でこの路地裏へ援護にやってきたのだ。
「それで…君の身代わりになって、助けてくれたっていう人は……」
少年から聞いた情報をもとに、さっきまで荒くれ者たちに殴られていたであろう人に目を向けると。
「……! 夏樹さん、この人って」
「あぁ、こいつは…」
素顔は一瞬見ただけであったが、それでも記憶に新しい後ろ姿と服装に、グッドマンの中に居たヘドロであると気づいた二人。
「昼間のグッドマンさん、ですよね?ということは、君を助けに入ったのが」
「多分……このおじさん」
「…………」
少年にとって、コスチュームを着ていないため、これは記憶にない姿であるが、困惑しながらも傷から判断して二人へ肯定の意を返す。
そんな明らかに重傷を負っているだろう彼を見て、カノンは悲惨な状態にショックを受けているが、その側で夏樹はヘドロを静かに観察していた。
「…だから、ヒーローなんてものに意味はない。こんな目に合うくらいならな」
「───!」
吐き捨てられた夏樹の言葉に驚くカノン。
普段から口の悪い夏樹であるが、流石に今、それだけはダメだろうと、現状と見比べながら思い、注意しようと夏樹に顔を向ける。
…だがそこで、その目に宿っている感情が軽蔑とは違うものであることに気づいた。
「…………」
喉まで出かけた言葉がせきとめられるカノン。
今の夏樹がヘドロを見て、何を考えているのか、カノンには分からない。
そもそもヒーローという存在に対してやけに冷たいのは、夏樹か、夏樹に近しい失った誰かがかつて同じような夢を抱いていたからなのか。
夏樹の遠くへ向けられるような、悲しい視線をみていると、カノンはなんとなくそう感じる。
しかし、これだけは言っておくべきだろう。
「意味がないなんてことはありませんよ。少なくとも、それで救われた人が居るんですから」
近くでヘドロの顔を覗き込む少年を見ながら、カノンが呟いた。
「誰かを助けるために、ボロボロになるまで戦い続けて…立派なヒーローです。キラキラした衣装を着てなくたって、そのことは変わらないと思います」
憂鬱な顔を浮かべるカノンに、夏樹は目を向けると小さく声を漏らす。
「…どうだろうな」
やがて後ろを振り返り、背中を向けるとカノンへ。
「そのうち警察どもが来るだろ。俺たちも捕まれば厄介なことになる。早く行くぞ」
まだ確認できたわけではないが、自分たちもお尋ね者の身であるのだから、逮捕される前に逃げるべきだと夏樹が話す。
それにカノンは──
「…待ってください。あと少しだけ時間を貰えませんか?」
背を向けたままの夏樹へ、まだ行かないようにお願いをした。
すると、カノンの我儘を耳に入れて、表情は分からないものの夏樹が冷淡に問いを投げかける。
「何故だ」
「せめて、この人に軽くでもいいから手当てしてあげたいんです」
カノンの不安に満ちた声。
夏樹はそんな彼女を一瞬拒絶しようとしたが、少し考えると、カノンを肯定するわけでも、否定するわけでもなく、ただ声だけを紡いだ。
「…余裕はないぞ」
「大丈夫です!手間はかかりませんし、すぐに終わるので」
カノンは明るく笑ってそう言いながら、顔や腕などの目立った外傷に対して薬草に使われる花を呼び出し、簡単な応急処置を始める。
…別にカノンたちに、見知らぬ誰かを治療する義務なんてものは一つもない。しかし──
「私は、この人たちの間で起こった出来事なんて何一つ知らないですよ」
「…………」
静かにこちらを見て、自分のわがままを許してくれた夏樹へ向かい、カノンは優しい声で話す。
「もしかしたら、夏樹さんの言う通り、自分が傷ついてまでする善行なんて、悲しいだけかもしれません。…それでも」
カノンは信念を持って語る。
『──グッドマンさんのやったことはきっと、誰かに讃えられるべきなんですから』
ーーーーーーー
それから日は経ち…
「……はっ」
ヘドロの意識が突然明瞭になり、目が覚めて飛び起きた。
「ここは…」
ヘドロが周囲を見渡すと、日差しの差し込む窓に、見覚えのない機械や、液体が入ったようなパックを吊りたてる鉄の棒が目に映った。
そして自分か白い壁に覆われた部屋に居ることに気づく。
下を見渡してみれば、白いシーツの引かれた柔らかいベッドの上に座っているようだ。
「──うっ」
頭に頭痛を響かせながら、段々と記憶が帰ってきた。朧気ではあるが、自分はグッドマンとしてヒーロー活動を行っていたところ、争いになった挙句、負けてしまいそこで意識が途切れていたことを思い出す。
「そうだ…彼らは」
「目が覚めましたか」
耳に声が入って、ヘドロが振り向くと。
大きな扉の前に白衣を着込んだ、頭にメガネをかける男性が立っていた。
「まだ意識が曖昧でしょうが、簡単に説明すると、ここは病院です」
「君は…」
「…私は医者です。あなたが運ばれてきた際に担当をさせていただきました」
ヘドロが医者を名乗るその男の言葉を聞き、自分の服装に目を通してみると、青いパジャマのような服を着ていた。
「そうなのか…?だが、私は戦っていたはずだ。あのものたちはどうした?。……あぁ、違う。今すぐ戻らないと!」
「落ち着いてください!あなたを負傷させたと見られる方々はすでに警察からの取り調べを受けています」
錯乱して叫び立てるヘドロへ、医者が慌てて止めに入る。
「──?」
「発見された際、彼らもあなた同様に気絶した状態で見つかったのですよ。幸い目立った外傷はなかったのですぐに退院して連れて行かれましたが」
「馬鹿な。私の記憶にそんな事実はない」
覚えている限り、最後は朦朧としたまま荒くれ者の一人の顔へパンチを打ち込み、すぐに地面に倒れたのがヘドロの認識している事実のはずだ。
…或いは、意識が消えたあとに自分の中の特別な力が目覚めて倒したのか。とでも一瞬考えてしまう。
「なんでも証言によれば、突然見知らぬ人間の声が聞こえて痛みが走ると、衝撃が身体に響き渡り倒れたのだとか」
「私以外の誰かがやったということか?それは」
ヘドロが不自由に感じる身体を起こして尋ねると、医者は腕の中でカルテを抱えながら、悩むような顔を浮かべた。
「さぁ…私は当事者ではありませんので。しかし、第三者の介入は高かったと見られています」
そのままカルテを目の前まで持ってくると、目を通しながら、ヘドロへ話しかける。
「ここにあなたが運ばれてきた時、腕や頭などの服に覆われていない部分には、粗末ではあるものの、すでに簡易的な処置が施されているようでしたので」
「……私に?」
「えぇ」
わけの分からない状況にヘドロが困惑する。
自分が意識を失っている間に、何があったというのか。誰が自分を助けてくれたというのか。
すると、ヘドロのそんな様子を見て、医者が何かを思い出したように声を上げた。
「あぁ…それと。あなたへ贈り物があるそうですよ。ほら」
そう言われて、ヘドロが医者の指差すほうを見ると、ベッドの横の丸い机の上に。
──黄色い花と、一通の手紙が添えられていた。
「………!」
呆然とするヘドロ。
「手紙のほうはあなたに助けられたという少年が書いたものですが、花については……現場であなたの前に添えられていたのだとか」
医者は淡々と説明を続ける。
少年は警察から取り調べを受けても、荒くれ者たちを気絶させた犯人について、ほとんど答えなかった。
しかし、この花だけは例の第三者がどこかへ消える前に、ヘドロに残したものであると断言したという。
彼の言葉を信じるならば、これはグッドマンに対する献花…なのだろうか。
……それから時間が経ち、簡単な診察を終えると、医者は扉から出て行った。
閑静に包まれて、再び病室で一人になるヘドロ。
身体がまだまだ痛む中、腕を机へ伸ばし、自分に宛られた手紙を取る。
可愛らしいヒーローの絵柄で閉ざされたシールの封を開けて、中を覗くと白い紙が半分に折りたたまれており。
ヘドロが紙を広げ、その内容を読むと。
──そこには、少年からグッドマンへの感謝の言葉。少年が逃げた先で出会った二人。彼らが自分に付いて来てグッドマンを助けてくれたこと。治療を施した後に花を添えていたこと。
…最後に、彼らが去る前に教えてくれた、その花の"意味"が手紙に書かれていた。
ヘドロは少年からのプレゼントを丁寧に元の場所へ仕舞い、黄色い花に目を向けると、頭の中で何度も繰り返して考え込む。
「……私は誰かに救われた、ということなのか?」
手紙の内容を見る限り、どこの誰とも知らない男女二人が荒くれ者を倒し、敗北した自分を助けてくれたことになる。
ヒーローであったのは自分のはずなのに、これではグッドマンの背が立たないだろう。
「それも私と違い、瞬く間に悪を倒して」
胸の奥底から溢れ出す感情を必死に堪えようと、ヘドロは黄色い花を手に取った。
「おまけに、私を救っておきながら名乗りもせずに帰っていったと」
まるで誰かに認めてもらいたくて、ヒーローをしていた誰かとは大違いで、何も出来なかっただけのヘドロを讃えて、どこかへと消えた。
そんな彼らはまさに──
「ふふふ!ははははは!!…全く」
病室中に響き渡るヘドロの笑い声。
目から屈辱の涙を流しながら、顔を手で覆い、かつて憧れた存在を思い出す。
「強いな。ヒーローというものは」




