20.結婚式
結婚式は厳かに執り行われた。
出席者の多さに圧倒されそうになったが、式そのものは思っていたより落ち着いていた。
バージンロードは、腹をくくって父と歩いた。
ふと、シオン様の言葉を思い出した。
じゃあ僕と歩こう。
あの言葉がおかしくて、笑ってしまって。
だから今、意外と心が穏やかだった。
祭壇の前でシオン様と目が合った。シオン様は、ただ静かに笑っていた。いつものあの笑顔で。
歓談の時間になると、会場は少しずつざわめきを取り戻した。
シオン様が方々から声をかけられる中、私は少し離れたところで現宰相と話をしていた。
白髪の、穏やかな目をした方だった。
「おめでとう、セレス嬢。いや、もうラングヴェルト夫人か」
「ありがとうございます」
「シオンをよく支えてやってくれ。あれはいい男だが、自由すぎるところがある」
「……よく存じております」
ええ、嫌というほど実感しています。
宰相は少し笑って、会場を見渡した。
「実はね、そろそろ一線を退こうかと思っているんだよ」
私は少し背筋が伸びた。
「そうなれば、次は当然シオンだ。そしておそらく君が宰相補佐になる。今の仕事の延長線上ではあるが、規模が全然違う」
「……はい」
身が引き締まる思いだった。
今まで宰相候補の補佐として働いてきた。しかしそれが現実のものになるとなると、また話が違う。
「覚悟はできているか?」
「もちろん、精進いたします」
宰相は満足そうに頷いた。
その会話をいつの間にか隣で聞いていたシオン様が口を開いた。
「あのさ」
「ん?」
「もうちょっとだけ頑張ってくれない?」
宰相が目を瞬いた。
「新婚生活楽しみたいし、新婚旅行もまだだし。もうちょっとだけ」
「はい?」
「お願い!次の隣国との会談、例の関税の条件飲ませるから。それと引き換えに、もうちょっとだけ現役でいてよ」
宰相はしばらく沈黙した。
それから、腹の底から笑い出した。
「はっはっは!相変わらず自由な小僧だな、お前は!」
「僕は本気だよ」
「わかっとる、わかっとる。だからおかしいんだ」
宰相は目元を拭いながら、私を見た。
「苦労するぞ、この男と生きていくのは」
「……存じております」
「でも退屈はしないだろう」
「それも存じております」
宰相はまたおかしそうに笑った。
シオン様はといえば、至って真剣な顔でいた。
「関税の条件、本当に飲ませるから。任せて」
「お前ならやるだろうな。それが腹立たしい」
宰相はため息をついたが、口元は笑っていた。
私はシオン様の横顔を見た。
本気だった。飄々としているが、本気だった。
そしておそらく本当にやり遂げる。
彼はそういう男だ。
「シオン様」
「うん」
「新婚旅行はどこへ行くつもりですか」
「セレスの行きたいところ。どこがいい?」
「……北部に行ってみたいです」
「え、なんで」
「ヴェルタ峠を見てみたいので」
シオン様は少し固まってから、吹き出した。
「やっぱりセレスが好きだ」
「なんと、視察仕事と観光を兼ねられます」
「兼ねなくていい!新婚旅行だよ!?」
宰相がまた笑い出した。
会場の光が、温かく降り注いでいた。




