18.後悔
「ねえ、聞いてる?」
エリーの声がした。
「ああ、聞いてる」
アルベルトは書類から目を上げた。
エリーはソファに腰かけて、雑誌のような冊子を広げていた。王都の流行を紹介する類のものだ。最
近よく手にしている。
「このドレス、欲しいって言ってるのよ」
「先月も買っただろう」
「先月のは色が気に入らなかったの。それにお義姉様が社交界で素敵なドレスを着ていたって聞いたわ。私だって負けたくない」
またその話か。
アルベルトは内心でため息をついて、書類に目を戻した。
今月の収支報告だった。数字を眺めるたびに頭が痛くなる。
先月のドレス代、先々月のアクセサリー代、それから新調した馬車の調度品。
積み重なった出費が、じわじわと家計を圧迫していた。
「アルベルト、聞いてる?」
「聞いてる」
「欲しいのよ。お願いだから買って」
「……少し待ってくれ。今月は出費が多かった」
「また?いつもそればっかり」
エリーは冊子を閉じて、不満そうに唇を尖らせた。
「お義姉様はシオン様にアクセサリーもドレスも買ってもらえるのに。私はどうして我慢しなきゃいけないの」
その名前が出るたびに、アルベルトの胸に何かが刺さった。
「比べても仕方ないだろう」
「だって悔しいじゃない。あんな地味で愛想のない人が、あんな素敵な方と婚約して」
エリーはまた冊子を開いた。
機嫌の悪さは明らかだった。
アルベルトは書類に視線を落とした。
数字が頭に入ってこなかった。
セレス。
気づいたら、その名前を思い浮かべていた。
もしセレスと結婚していたら。
こんな我儘はまず言わなかっただろう。それは確かだった。
家の収支を把握して、必要なものと不要なものを静かに整理する。
そういうことを、彼女は自然にやってのけたはずだ。
領地経営についても、的確な助言をくれただろう。学生時代でさえ、彼女の知識は周囲より頭一つ抜けていた。農政や交易の話を持ち出せば、すぐに本質を突いた言葉が返ってきた。
手紙がうざいと思ったのは本当のことだった。
交流が重荷だったのも本当だった。
でも。
今になって思えば、あれは彼女なりに歩み寄ろうとした結果だったのだ。
苦手だったかもしれない。
義務感があったかもしれない。
それでも彼女は続けていた。
手紙を書き、機会があれば顔を合わせ、こちらを知ろうとしていた。
では自分はどうだったか。
応えようとしたか。
彼女を知ろうとしたか。
答えは否。
していなかった。一度も。
「アルベルト、これはどう?」
エリーが冊子を向けてきた。アクセサリーのページだった。
「……少し考えさせてくれ」
「もう、いつもそれ」
エリーはまた冊子に目を戻した。
アルベルトは書類を眺めたまま、動けなかった。
もし彼女に歩み寄っていたら。知ろうとしていたら。
そう思うたびに、後悔が止まらなかった。
『逃がしてくれてありがとう』
あの時、社交界であの男が言った言葉が、また頭の中で響いた。
あの言葉の意味が、痛いほどわかった。




