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16/21

16.夜会2

「セレス……」

声がした。

聞き覚えのある声だった。


振り返ると、元婚約者、アルベルトが立っていた。傍らにが義妹のエリーがいた。

エリーは私とシオン様を交互に見て、口をへの字に曲げていた。

私は何も言わなかった。

ただ、シオン様の腕を少しだけ強く抱きしめた。


「こ……婚約、おめでとう」

アルベルトが言った。


声がわずかに上擦っていた。視線が私の顔に、ドレスに、ネックレスに、と動いた。

何かを言いたげな表情だった。言葉にならないまま、アルベルトは続けた。

「あの、よければ今度……領地の方にも、ぜひ」


今更何なのか。

手紙や交流が重荷だっただの言い放っておいて、将来の宰相と婚約したら掌返しか。


父といいアルベルトといい、この浅ましさには反吐が出る。


ふと、シオン様が動いた。

私の腰にそっと手を回して、抱き寄せた。それからアルベルトを見た。

笑顔だった。素の笑顔とも、社交用の作った笑顔とも言えない、含みのある笑顔だった。


「君がセレスの元婚約者だね」

アルベルトの表情が強張った。何を言われるのかと身構えた。

しかしシオン様は笑顔のまま言った。


「お礼を言いたかったんだ」

「……礼?」

「君がセレスとの婚約を解消してくれたおかげで、僕は運命の相手を得ることができた」

シオン様は私を見た。穏やかな目だった。


「これほど理知的で美しい女性はいないよ。逃がしてくれて本当にありがとう」

アルベルトは何も言えなかった。

エリーが不快そうに顔を歪めたが、シオン様はすでに視線をアルベルトから外していた。


「それでは」

シオン様は私を促して、歩き出した。


---


アルベルトはしばらくその場に立っていた。

逃がしてくれてありがとう。


その言葉が、頭の中で繰り返された。

最近はおかしいと感じることが増えていた。


エリーとの会話が、続かない。

口を開けば欲しいものの話か、誰かへの不満か。

領地の話をしようとすると興味なさそうに視線を逸らす。勉強の話など論外だった。


セレスはそうではなかった。

義務感からだったとしても、手紙を書いてきた。交流しようと努力してきた。領地経営の話をすれば、的確な意見を返してきた。


重荷だと思っていた。

可愛げがないと思っていた。


でも。


「逃がした魚は……」

呟いた言葉は、会場の喧騒にかき消された。


隣でエリーが何か言っていた。

また、欲しいものの話だった。

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