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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
冀求の種子
31/179

<10>

 突然目の前が紅く染まった。

 すり鉢を取り囲む崖の縁を紅蓮の炎が走り、瞬く間に赤々と夜の闇を染め上げていく。

「……村が!」

 ローレンの悲痛な声が響く。

「最悪だな。やっぱりこれを狙っていやがったか」

 舌打ちしたギルバートは、鋭く視線を巡らせながら相棒を呼んだ。

「ソフィア」

「分かってる」

 煙草を手にしたソフィアの手から生み出された炎の球が、まるで柔らかな綿の玉のようにソフィアの手の中でみるみるうちに縮む。

 炎の球は大きい時とは比べものにならないほどに白熱した明るさになり、片手に収まるほど小さくなった。

「どこ?」

「あそこだ」

 ギルバートが指さしたのは、すり鉢になった崖の一点だった。ソフィアは片手で煙草をくわえてから、落ち着いて頷く。

「了解。行くよ、ギル」

「派手に食らわせ」

 ソフィアはためらいなくそれをギルバートの指さした方向に向かって放る。

 矢のような早さで飛ぶ炎の球は、燃えさかる炎を突き抜け、崖の上に当たって巨大な爆発を起こした。爆風に全員が自らを庇う中、ただ一人その方角に向かって駆けたのは、ギルバートだ。

 唖然とするリッツの耳に聞こえてきたのは、爆風の中でも平然と指示を飛ばしているギルバートの声だった。

「ソフィア、マルヴィルのところに行って、村人たちの道を開いてやれ。火が燃えちまえばお前の炎は解禁だ」

「了解。先に脱出してる」

「おう。任せたぜ!」

 もうもうと上がる土煙が少しずつ収まってくると、リッツは目の前の光景に目を見張った。目の前にそびえ立っていた崖のような地面が、えぐれて低くなり、その一角の炎が消えていたのである。

「……炎には炎か」

 隣にいたエドワードが呟いた。

「何それ」

「燃え広がった炎は巨大な炎で吹き飛ばせるんだ。理屈では知っていたが、本当に出来るとは思わなかった」

「……ソフィアって、ただもんじゃねぇ……」

 だが感心している時間はない。

確かにここに炎のない抜け道が出来たが、炎が村中に廻ってしまえば、このすり鉢を抜けたとしても炎に捲かれてしまう。

「行くぞ、リッツ」

 先に立って走り出したエドワードに続き、リッツも走り出す。その後ろにローレンが付いてくる。

炎が廻るのが先か、リッツたちがシャスタを探し出すのが先か、時間との勝負だ。

 ギルバートが消えた方向を目指して駆けるリッツの耳に響いてきたのは、剣と剣がぶつかり合う音だった。間違いなくこの先には敵がいる。

ギルバートと渡り合っているから、オフェリル貴族ではなく、彼らを動かしていた敵に違いない。

「エド!」

 大声で呼びかけてから、リッツはエドワードの前に出た。

「何だ?」

「誰かが戦ってる。たぶんギルと、さっき言ってた曲芸団の奴だ」

 ギルバートは闇雲に目標を付けてソフィアに炎の球を打たせたのではなかったのだ。きっと敵がいる方向が分かってこの場を攻撃させたのだろう。

だが敵は多数のはずだ。ギルバート一人を戦わせておくわけにもいかない。 

「俺が先に行くから、ローレンを守って」

 言いながらもリッツは足を止めることなく走る。

もしこの場で長く敵と抗戦状態になってしまったら、炎の中にいるかも知れない子供たちが危ない。少しでも早くギルバートと合流して、敵を殲滅せねばらないだろう。

 エドワードの返事を待たずに、リッツは更に足を速めた。吹き付ける風が熱を帯びて、鼻腔を焦げ臭い匂いが刺激する。

炎は確実に広がりつつあるのだ。

 ソフィアの起こした土煙が少しづつ晴れ、視界の先に二人の人影が映った。

一人はギルバートで、もう一人は女のようだ。

「ギル!」

 迷いなく剣を抜き、リッツはギルバートが対していた敵に斬りつけた。女はしなやかに体を捻ってリッツの一撃を避けた。

「あらら。援軍が来ちゃったみたいね」

 動きやすさを重視した露出の高い防具を身につけた女は、楽しげにそう言って微笑んだ。

何処かすごみすらも感じる、妖艶な微笑みだ。

 炎の熱さにさらされたリッツだったが、この女の笑みを見た瞬間、不気味な寒気が背筋を這い上がる。

 どうとは言えないが、危険な香りがする。

「そのようだな。これで二対二というわけだ」

 平然と笑いながら、ギルバートがそういった。

「二対二?」

 小さく呟くと、未だ収まらぬ炎から上がる煙に紛れて男が姿を現した。男の顔を見てリッツは眉をしかめる。

男は顔の半分に仮面を付けていたのだ。

 警戒しながら剣を構えると、仮面の男はリッツに向かって楽しげに自らの得物を向けた。リッツは息をのむ。

男の得物は槍だ。その槍に見覚えがあった。

「……あんた、あの時の……」

「覚えていてくれたとは嬉しいものだ」

 リッツは呻いた。男に全く歯が立たず、なぶり殺されかけた記憶が蘇る。

だがリッツは奥歯を噛みしめて男をにらみ返した。あの時よりも格段に強くなっているはずだ。

 あの時のように無様にやられたりしない。

「君のお陰で仮面の男になってしまったが、これはこれで都合がいい。だが借りは返させて貰うことにしよう」

 そういった瞬間、男は槍を構えてこちらへと走り込んできた。長いリーチから繰り出される槍の攻撃を、素早く避けて剣を交えた。

 槍は剣と違う。切り裂くための道具ではなく突くのがメインの武器だ。

だから突かれなければ致命傷は避けられる。横凪にされたとしても、距離さえとれれば避けられる。

 冷静に分析しながら、リッツは繰り出される槍の攻撃を身軽に避けつつ、敵の間合いに入るタイミングを狙う。

 前に対峙した時はとてつもなく強かったが、こうして向き合えば自分の実力が上がっているのが分かった。防戦一方だった前回とは違い、攻撃の一手を考える余裕があった。

 だがリッツの実力は、まだこの男を超えていない。

 幾度も打ち合ったが、お互いに一撃が決まらない。その間にも炎は刻一刻と村に燃え広がっていくのが分かった。

 風が吹く度に、リッツに吹き付ける風の温度は上がっていく。熱風がこの場に吹き付けてきているのだ。時折目の前に火の粉が飛んできては、微かな音を立てて消えていく。

 風が吹く度、炎は生き物のように身をくねらせ、大きく成長していくようだ。このまま風が強く吹き続ければ、更に火事は拡大していく。

 村の家々は石造りだが、ほとんどの屋根は木材と茅で出来ている。家は燃えずとも屋根は燃え落ちてしまう。ここ数日乾いた天気が続いていたから、屋根に燃え移った炎は次々に隣の家へ延焼していく。

 ソフィアの作った一筋の道も今は炎の浸食されてきて、後にも先にも逃げ道が見つからない。

 リッツの心に徐々に焦りが生まれてきた。焦ると負けだ、落ち着けと心に言い聞かせても、荒れ狂う炎が起こす熱風が届く度に心が乱れる。この熱風の中で子供たちが苦しんでいるのかと思うと気が気でない。

 仮面の男とじりじりと距離をとっていると、隣で短い悲鳴が上がった。それと同時に剣が落ちる音がする。

「リッツ、こっちは終わりだ。手伝うか?」

 悠々と余裕を滲ませたギルバートの声を聞き、リッツは視線を仮面の男に向けたまま頷く。

「うん。早くしないと間に合わなくなる!」

「よしきた」

 楽しげにギルバートがリッツと仮面の男の前に割り込んだ。手傷一つも負っていないギルバートは、まっすぐ仮面の男に斬りかかる。

 仮面の男が槍を振りかざして応戦した。リッツの時とは違い、大剣と槍の激しい応酬が繰り返される。リッツは仮面の男が実力を出していなかったことを悟った。

 まだあの男に及ばない。

 悔しさに奥歯を噛みしめた時、仮面の男と距離をとったギルバートが、楽しげに男に掛けた声が聞こえた。

「あれは、あんたの女か?」

 ギルバートが指さした方に目をやると、先ほどの女が二本の剣を取り落として座り込んでいる。両腕ともだらりと下がり、止めどなく血が流れ出していた。

「仲間だ」

「そうか。なら連れてこの場を去っちゃどうだ? 放っておけば死ぬぜ? 炎だってかなり回り始めたしな。俺たちと心中したいってんならとめやしねえけどな」

 今まで構えていた抜き身のままの大剣を、悠々と自分の肩に当てて軽く叩きながら、ギルバートがのんびりと仮面の男に声を告げた。聞いていたリッツの頭にカッと血が上った。

「ギル! こいつ村を燃したんだぞ! 逃がすのかよ!」

 リッツはギルバートに食ってかかっていた。これだけのことをされて逃がすなんて許せない。だがギルバートは冷静だった。

「こいつらは二人じゃねえ。もっといるはずだ。少なくとも大技を使う精霊使いが潜んでるんだ」

「あ……」

「そいつら全員を相手にしてたら、こいつら共々俺たちも焼け死ぬ。邪魔者にはこの辺りで退出願った方がありがてえだろ」

「だけど!」

「お前にはやらなきゃならねえ事があったろう?」

「!」

 リッツは唇を噛んだ。後ろを振り返ると、エドワードとローレンの姿があった。この状況が危険すぎて、村の中には入れないのだと言うことが分かる。

 リッツはギュッと目を閉じた。シャスタとマルヴィルの三人の娘たち。

この幼い四人の命を失うわけにはいかない。

「くそっ!」

 リッツは地面に剣を突き立てた。

 ギルバートの言うとおりだ。このままでは時間がなさ過ぎる。

唇を噛みしめたまま俯くと、ギルバートがのんびりと、だが抜け目ない口調で静かに仮面の男に話しかけているのが聞こえた。

「お前を倒すことは簡単だ。それはお前も感じただろう?」

「……確かに」

 穏やかに槍を引きながら仮面の男が頷く。先ほどまでの数回の打ち合いでお互いの実力を確認したようだった。

「でもあれだな。お前を殺しても精霊使いがいて、俺たちや村の連中を狙ってんだろ?」

 ギルバートの言葉にハッとする。

そうだ。敵はこの場でリッツたちだけを待ち受けているのではないのだ。

このすり鉢の中にはまだ村人がたくさん取り残されている。

 顔を上げて仮面の男を見据えると、口元が緩んでいるのが分かった。

やはりそうなのだ。この男を斬ったなら村人が死ぬ。

「それが分かるってのに、お前を殺すような馬鹿はしねえ。そんなもんは一ギルツの得にもならねえからな。だが妥協しなけりゃ、あんたらも逃げ道が無くなる。俺らはお前らと一緒に心中だ。綺麗な女の集団ならまだしも、俺はお前らと心中するなんざ願い下げだ」

 いいながらギルバートは大剣を構えた。

「お前が否というなら仕方ねえ。そこの女共々殺して精霊使いを捜し出すまでだ。こっちの方が分が悪いが全滅するよかましだろう。お互いのために、ここいらで幕引きってのも悪い提案でもあるまい?」

 しばらく黙ってギルバートを見つめていた仮面の男だったが、楽しげに仮面から見える片側の口元を綻ばせた。

「さすがはダグラス中将だ。そのために彼女を殺さないでおいてくれたというわけですね」

「どうかな。俺の好みだっただけかも知れないぜ?」

「ふっ……楽しい方だ」

「男に褒められたって嬉しかねえな」

 大剣を構えたまま不敵に笑うギルバートに、仮面の男は静かに笑みを浮かべて槍を手元に引き寄せた。

引き上げる体勢に入ったようだった。

「私の目的が、そこにいる若者二人を殺す事だったとしたら……どうしますか、中将」

 衝撃的な言葉に、リッツは剣を構え直した。そうならば命を賭けてでもエドワードを逃がさねばならない。

だがあっさりとギルバートはそれを否定した。

「それはないな」

「ほう……何故です?」

「お前らがこいつらを遠ざけようと移民の間にもめ事を起こしたからさ。お前らはこの村を滅ぼし、こいつらやモーガン候への見せしめにするつもりだったんだろうからな。おおかた裏にいるのは王妃様あたりだろう?」

 ギルバートのまっすぐな視線を受け止めた仮面の男は、微かに俯いて口元を緩めた。

「全く……かないませんね。ではここで失礼しましょう。私の役割は終わりました」

 笑うと仮面の男は槍を引き、血だまりに横たわる女の元へ歩み寄った。

女が顔を上げる。

「ごめんねぇ、アノニマス」

「ユリスラ軍の猛将では相手が悪かった。引き上げることにしよう」

 仮面の男は女を片腕に抱く。

「ではまた何処かで」

 その言葉と同時に地面が激しく鳴動し、リッツたちの目の前で地が裂けた。

「な……」

 よろめいたリッツの目の前に現れたのは、巨大な土で出来た竜だった。

 男は身軽に竜に飛び乗る。竜の上にはもう二人男がいるのが分かった。

土竜は地面を砕きながらまっすぐに村の外に向かっていく。炎など物ともしない。

「……竜使いがいたのか。通りで大技だと思ったぜ」

 呟いたギルバートが振り返る。

 精霊の頂点に立つといわれるのは竜だ。精霊魔法を使う人々の中でも最上位の精霊力を持ち合わせていないと使えないと言われる技である。

 呆然と立ち尽くしていると、ギルバートに肩を力強く叩かれた。

「ぼんやりしてる場合か? とりあえずあいつらは消えた。はやくガキどもを探すんだ」

 その声に弾かれたようにローレンが顔を上げ、エドワードが頷く。

リッツも頷きローレンを見つめる。

「どこに行ったらいいの、ローレン?」

「マルヴィルの家よ。そこにいなかったらマルヴィルの農機具小屋、それでもいなければ学校だわ」

「じゃあ、最初に家に行けばいい?」

「ええ」

 頷いたローレンの手をエドワードが取った。

「ローレン、炎の勢いが増してきてる。気をつけて」

「分かってるわ、エド。ありがとう」

 柔らかく微笑んだローレンの表情は、母親だった。

「俺がこの炎を切り裂いてやる。リッツ、てめえが道を指図しろ」

「分かった!」

 リッツは大剣を構えて命じたギルバートの隣に駆け寄る。

「エドワード、ご婦人の手を放さすに付いてこい」

「了解だ」

 ギルバートにせかされて、全員が炎に捲かれつつあるティルスの村を駆ける。

すり鉢から出さなくするために炎を掛けられたのかと思ったが、炎は村を徐々に浸食している。

 初めからこの村を焼き尽くすことが目的であったかのように、オイル灯の炎はまんべんなく村中を覆っていた。

 先ほどのギルバートと男の会話を思い出した。

 見せしめのための焼き討ち……。

 権力者は人の命を何とも思わないのだろうか。

この村にはたくさんの人々がいて、皆それぞれに幸せな生活を送っていたというのに。

 見せしめという言葉で人々の生活を奪う権利を、王族という一族は持ち合わせているというのか。

 ぶつける先のない苛立ちを抱えながらも、リッツはギルバートの後に続いてティルスの村を走る。

 見慣れた村の光景が、炎に捲かれているだけで全く見知らぬ光景に見える。

 初めて買い物をした商店が、見知った人々の住む家が、村のみんなで共有している農機具小屋が、穀物もたっぷり積まれていたはずの倉庫が……燃え落ちていく。

 燃えさかる炎から発せられる煙に、リッツは幾度も咳き込んだ。

 とにかく熱い。じりじりと全身が炎に炙られていく。時折吹く強い風も、もはや熱風でしかない。

 こんな中に子供四人だけいる……。

 無事だろうか。

 子供と言ってもシャスタとサリーは十四歳だ。もしかしたら機転を利かせて逃げているかも知れない。

 いや、そうあって欲しい。

 熱さに捲かれながらもリッツに出来ることは精一杯走ることと、そう祈ることだけだ。

 すり鉢の縁から始まった炎は、徐々に街を中央から飲み込んでいく。風に渦巻く炎はまるで一個の生き物のようだ。

 街の崩壊が背後から迫る気配を感じつつも、苦しい息の中で、四人はようやくマルヴィルの家の前にたどり着いた。

 マルヴィルの家は既に炎に囲まれていた。

 息をのむリッツの横で、ローレンが声を張り上げる。

「シャス! いたら返事をしなさい!」

 炎のはぜる音にかき消されそうになりながらも、ローレンは必死に息子の名前を呼ぶ。

「シャスタ!」

 気がつくとリッツもエドワードも一緒に声を張り上げていた。

 二人にとってもシャスタは大切な弟なのだ。

「シャスタ!」

 幾度めかの叫びに答えるように、二回の窓に、細い腕が映った。

 細い腕は必死に窓ガラスを叩いていた。

「いた! 二階だ!」

 指さすと、エドワードとローレンが同時に飛び込もうとした。

「俺が行こう」

 ギルバートがそう言って剣を手にした。

「この炎では無理だろう」

 だがそれを押しとどめたのは、ローレンだった。

「駄目よ、ギル。あなたにもしものことがあったら、どうやってここから村の外までみんなを逃がすの?」

「ローレン……」

「子供たちを助けても、逃げ道を切り開けなくては誰も助からないわ!」

 冷静に、だが確固たる信念をもってローレンはそう告げた。

「じゃあ俺が行く。それならいいだろう、ローレン」

 静かに切り出したのはエドワードだったが、ローレンはそれをもう拒絶した。

「冗談じゃないわエド。私たちの希望をこんなところで失えない。あなたがいてこそ、この国を変えられる力を我々が手にすることが出来るのよ。あなたは目の前の些事ではなくこの国の未来を見なさい」

 厳しい言葉にエドワードが俯き、唇を噛む。

 エドワードは自分でも分かっているのだ。その身が既に自分一人の者ではないことに。

 ここで失えば王国の未来自体が失われるのだということも。

「それにエド、あなたを失ったら、ルイーズにも申し訳が立たない。あなたはあの子が命を賭けて守った子ですもの」

 静かな言葉には、まるでエドワードを突き放しているような響きがあった。

 その冷静さはまるで命を賭けてもルイーズが守ろうとしているのは、実の子シャスタであり、エドワードに関わるなといっているようだ。

 でもリッツはなんとなくローレンの気持ちが分かった。

 リッツと同じだ。ローレンはエドワードを守りたいのだ。

 だから反論できないように厳しい言葉を掛け、この場に足止めしようとしている。

 エドワードから視線を逸らしたローレンは静かにリッツを見つめた。

「ごめんね、リッツ。一緒に来て。私一人で四人は救えない」

 ローレンの気持ちはちゃんと分かっている。だから真摯なローレンの瞳を見つめて、リッツは笑顔で頷いた。

 ローレンにはたくさん世話になったし、シャスタはいつも一人留守番をするリッツと一緒に色々な事をしてきた。

 一人っ子だったリッツに取って、口うるさいが楽しい弟だ。

 リッツに取って今一番大切なのは、命を預けている親友のエドワードではあるが、そのエドワードのためにも、そして大切な第二のふるさとの家族のためにもやれるべき事はやりたい。

「うん。俺の命なら使ってもいいよ。俺の背には何も乗ってないしね」

「ありがとう」

 涙を浮かべて頷いたローレンは、その涙を振り切るように強い意志を瞳に閃かせて井戸へと走った。

 リッツもそちらへと早足で向かう。

「リッツ!」

 悲痛な呻きにも似た声で、エドワードがリッツを呼ぶ。

 そんなエドワードに振り返りながら笑いかけた。

「そんな声出すなってエド。俺、結構運がいいんだ。だってさ、行き倒れたらエドに拾って貰えたじゃん」

「リッツ……」

「シャスタたちを背負って出てきてやるって。そしたら美味い飯喰わせろよな」

 エドワードを見つめると、エドワードが唇を噛みしめて俯いていたが、やがて顔を上げて笑った。

「分かった。俺の一月分の給料で喰わせてやる」

「すっげぇ豪華じゃん」

「だから必ず子供たちを救ってお前も戻ってこい」

「りょーかい!」

「リッツ」

 ギルバートにも呼ばれた。

「何、ギル?」

「娼館の女王を奢る約束はまだ有効だぞ」

「ホント? うわぁ、やる気出ちゃったなぁ」

 軽く返事をすると二人に軽く手を振って、ローレンの元に駆け寄り汲み上げた水を頭からかぶる。

 ローレンも既に準備万端だ。

「いい、リッツ」

「いつでも!」

「行くわよ!」

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