ソーシャルワーカーとの面談
施設が決まったというので、遥香はこもれび病院へ向かっていた。
総司自身は流しの武士か剣道道場の住み込みで生きていけると思っていたようだ。
幕末ならそれでよかったのだろうが、現代ではそれも難しい。
指定された病院の一室で待った。
部屋には真一だけがいた。
「最近どうだ元交際相手は」
「たまにいたずら電話みたいのがくるけど、出てないよ」
「おい、大丈夫なのかそれ。諦めてないんじゃ……」
「平気平気、総司くんには言わないでね」
総司の名前を出したら、なんだか真一の表情が暗くなった。
「総司くんなにかあった?」
「なんでも抱え込むんだよなぁ。体調悪くても正直に言わないし」
風邪を引いたと、オンライン面会時に総司から聞いていた。
看護師さんに伝えてと遥香が言ったのに、総司は結局言い出さずに、巡回の検温で発熱が発覚したのだという。
真一も手を焼いているようだ。
「でもそうか……総司くんは誰にも頼れないと思ってたけど遥香には言うのか」
――コンコン
ノックの音とともにソーシャルワーカーと総司が入ってきた。
忙しくて一週間ほど総司に会えていなかったからそわそわする。
総司はドアを開けて遥香を見るなり、ふわっと笑う。すぐにきりっとした表情に戻して、遥香の真向かいに座った。
遥香もひらひらと、テーブルの上で小さく手を振り、ソーシャルワーカーの細枝から配られた資料に目を通した。
職員の顔写真が載っている。皆優しそうで、こじんまりしたアットホームな雰囲気だ。
食事はついているが、洗濯は個々に行い、部屋は相部屋だという。
(総司くんできるかな。他の人ともうまくやれるのかなぁ……)
総司はボールペンでメモを取っている。
「細枝殿、ご厚情感謝申し上げます」
「あ、施設は集団生活なので……かしこまった言葉より、出来るだけ皆に伝わるように簡単で大丈夫ですよ。後、文字も崩さないで書けます?」
総司のメモは流れるような行書だった。
「練習いたします、細枝どの……さん」
細枝は、総司が幕末の人間だということを知らない。少し変わった記憶喪失者として総司に接している。
細枝は息子に向けるような笑顔を見せた。
「大丈夫、総司さんならすぐに馴染みます。大事なのは、困ったら抱え込まないですぐに助けを求めることよ」
「助けを求める……」
繰り返して総司は「承知しました」と頭を下げた。
では、考えておいてください。と細枝は席を立った。
総司は細枝を見送るとすぐにルールを読んで、早速字を楷書で書いてみている。
彼が書いているのは、現代では失った「沖田 総司」のフルネームだった。
遥香は何も言えず、真一も黙ったままそれを見ていた。
総司はハッと顔を上げて、
「申し訳ありません。お二人がいるのに、夢中になってしまいました」
そして遥香に向かって
「お久しぶりですね、遥香"さん"」
と、少しぎこちなく言って微笑んだ。
(駄目だ)
きっと彼は施設に入った後、
こうやって、ぎこちない笑顔で頑張りすぎてしまうだろう。
遥香は腿上で手を握りしめた。
「総司くん、私と一緒に住もう」
「え……」
「すぐに江戸に帰ることになるかもしれないのに、短い間だけ施設にいることもないんじゃない?」
「遥香」
真一はたしなめるように妹へ声をかけた。
「私、総司くんが無理するの見たくないの」
真一はパンフレットに目を落とした。
「確かに集団生活は総司くんには負担が大きい。医者としてもそこは見逃せない」
了承するかと思いきや、真一は机に肘をつき、頭を抱えて悩み始めた。
「俺はオンコールで家にほとんどいないしなぁ……」
ぶつぶつ口の中で何か言っている。
他に可能性がないか探っては、打ち消している。
「私もう27歳だよ? お兄ちゃん心配しすぎ。総司くんは、どうしたい」
「僕は……ですが、遥香さんはお若い女性です。得体の知れぬ男と住めば、名誉に傷が付きます」
「ここは令和なの。誰もそんなこと気にしないって」
真一は椅子に持たれて天井を仰いでいたが、
じきに、ぎっ、と椅子を軋ませて元の位置に座った。
「総司くん、君が良ければ妹と住んでやってくれ。君が施設で暮らすのは正直心配だ。それに……俺も最近、遥香を一人にしておくのが気掛かりでな」
「お兄ちゃんそれは言わないでって」
真一の言葉に、総司が心配そうに眉根を寄せる。
真一は立ち上がり、
「今すぐ決めなくてもいい。二人でよく考えてくれ。もし同居するなら、節度だけは守れ。それだけだ」
パタンと戸を閉めて出て行った。
静かになった部屋で、口を開いたのは総司だった。
「……まだあの男が来ているのですか?」
低い声に、遥香は顔を伏せた。
「何もないよ、お兄ちゃんが心配してるだけ」
「なぜ、嘘をつくのです」
怒ってる――
睨まれたわけではないけれど、伝わる空気がぴりぴりしていて、そうわかった。
「……電話が来てるだけ。言わなかったのは、総司くんに心配かけたくなかったの」
総司は動かないまま遥香を見つめていた。彼の後ろにある窓から強い西日が差し込んで、テーブルに影を作る。
結い髪の影が、揺れた。
「あなたを護るという約束を、果たさせください」
「じゃあ……?」
総司はふと表情を和らげ、頭を下げた。
「お世話になります、遥香殿」
"殿"に、戻っている。遥香は笑顔で立ち上がって頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
右手を差し出すと、総司は意図を汲み取れず自身の左手を出した。
幕末には握手の習慣はない。
右手と左手同士で握り合う。
握手にはなっていないが、それで十分だった。
総司の手は、骨ばってごつごつと温かかった。
退院はもうすぐ。
間もなく、同居生活が始まろうとしていた。




