エミリアのド宣言
その言葉を聞いてエミリアは、しぶぅい顔になった。
彼女と再会したら、きっとこういうことを言われるだろうなぁと思っていた。
ゆえに、なんとか顔を合わさないようにしたい、もし合わせてしまうにしても他の学生がいるところで……と思っていた。
どうやら彼女はよほど他者の目が気になるらしく、他の生徒がいるところではあまり辛辣なことは言ってこない。おそらく、表向きの『悪役令嬢被害者』という立場、物語で言うところの『ヒロイン』という立ち位置を崩したくはないのだろう。ご苦労なことだ、と、エミリアはため息。
まわりの目が気になるのは分かる。エミリアだって本当はまわりに『悪役令嬢極まってる』とか言われたくない。
でも、それは誰かを押しのけてまで叶えたいことではない。そこが、エミリアとミンディの決定的な違いであった。
(しまった……ロコさんのことばかり考えていて周りを見ていなかった……う……ヨシュアまでいる……最悪のシチュエーションだわ……)
エミリアは、ミンディの背中を守るように立っている青年を苦々しく見た。
彼はとにかく姉を慕っているようで、エミリアには当たりがきつい。体格もよく力もあって、ひ弱な彼女にとっては、ミンディとはまた違った意味で厄介な相手である。
エミリアがミンディと仲が良かったころは姉の友として普通に接してくれていたが、今ではこの通り。まるで親の仇のように睨まれて──いや、実際彼からしたら、エミリアは姉の仇も同然なのだろう。そのことには非常に納得がいかないが、姉を信じる彼には何を言っても無駄だろう。身内びいきは世の常である。
ともかく、困ったことに長い廊下には他には誰もいない。
こういうときミンディはいっそう攻撃的で、ヨシュアも然り。
もちろんあの春陽祭の折、ヨシュアに手ひどく突き飛ばされたことを忘れていないエミリアは、これはまずいことになったと思った。
その警戒顔を見たミンディは、やはりくすくすと笑う。
「相変わらず蛇みたいな顔ねぇ。せっかく再会したのに挨拶もないの? クロクストゥルムなんて田舎にいすぎてお嬢様は礼儀も忘れちゃったのかしら?」
「……」
父の領地を馬鹿にする口ぶりも、まるで田舎が悪いような言葉にも納得がいかないが、ひとまずエミリアは沈黙した。
このまま言わせておくのは癪だが、幼稚な言葉にいちいち付き合うのもむなしい。
どうせこれは意味のない当てこすり。迎え撃つだけ損だとエミリアはもうわかっていた。
言い返したらきっとその倍は悪態が返ってくるし、たとえ言い負かしたとしても、二人にはよけいに恨まれるのだろう。
(……不毛だわ……)
そう感じたエミリアはここは落ち着こうと自分をなだめる。
相手が父の領地を田舎だと侮るのなら、本当の意味でそれが間違っていると証明するためにも、自分は礼儀正しくなければならない。たとえ相手がミンディでも。
というか……そもそも長時間の馬車移動の疲れもあって、今のエミリアには彼女らの相手をする気力がないのである。
全身は節々がガタガタ。どうしてなのか以前のように乗り物酔いで吐き気に苦しまされるようなことはなかったが、それでも疲労感はある。今は嫌みをかわすだけで精一杯。
エミリアは憤りを堪え、表情なく二人に軽く会釈した。
「ごきげんよう。──では、わたしは先を急ぎますので」
極めて他人扱いで、エミリアはさっさと二人のそばを通り抜けようとした。
再会して秒で嫌みを言ってくるような相手には、それでも十分すぎる対応だと思う。けれども……。
そんなエミリアのそそくさとした態度が気にくわなかったのだろう。自分の横を通り過ぎていこうとする彼女の腕を、ミンディがすかさず握る。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「っ……」
二の腕が痛んでエミリアは一瞬わずかに顔を歪めた。服越しにミンディの爪が皮膚に食い込んでいた。が、どうやらそれもわざとである。
ミンディの目は鋭く「逃がさない」と言っているようだった。
「まだ話は終わっていないでしょ! 出迎えた友人に向かってそれはないんじゃないの?」
……誰が友人か……? と一瞬呆れるあまり脳裏に宇宙。いや……ひとまずそれは胸に収める。
「……話? なんでしょうか?」
無感情に返すと、ミンディの顔がいっそう歪んだ。
……実はこのとき彼女は非常にいら立っていた。
この勝気な顔をした元友人から奪い取ったドミニクは、ここのところ頻繁にその影を感じさせる行動をとる。
二人で出かけていても、あら何かを見ているなと視線を追うと、その先にはエミリアと似た背格好の娘がいたり、彼女の好物が並んだ商店だったりする。
話していても、うっかりその名前を出してくることも何度もあるし、それでケンカになったときも、『エミリアだったらこれくらい許してくれるのに……』と、不満そうに漏らしたりする。その言葉を聞いたときの、ミンディの屈辱感は相当なものだった。
そりゃあ彼とエミリアとの付き合いは長かった。
人生において、もっとも他人からの影響を受けやすいだろう思春期。その時代に好きだった相手の存在が、彼の節々に感じられるのはごく自然なこと。エミリアはドミニクの初恋なのである。
しかし、自分のほうがドミニクにふさわしい、愛されるべきは自分だと信じるミンディにはそれが分からないし、分かりたくもない。
(っ本当に……忌々しい!)
以前のドミニクは、エミリアに構われたくてうずうずしている子犬のようだった。まとわりつき、ちょっかいを出し、贈り物をして関心を得ようと必死。それが、彼を好きなミンディはずっと心底羨ましかった。
それなのに……いざドミニクを奪い取ってみても、今の彼にはその熱心さがない。はじめこそ蠱惑的に迫った彼女に彼も情熱的であったが、それも今では次第に落ち着いてきた。
ミンディは、それが彼の自分へ対する感心の薄れのように感じて不安でならない。
こんなことでは、彼がエミリアのところへ戻ってしまうのではないか。そんな疑心暗鬼に駆られると、彼女のドミニクへの束縛は激しくなって、いっそう彼は窮屈そうな表情を見せるようになった。そんな彼を見て、彼女はさらに不安と苛立ちを募らせて……。
まったくの負の連鎖。
もちろん対外的には二人とも『悪役令嬢から真実の愛を勝ち得たカップル』として完璧にふるまってはいる。が、二人の中には確実に、小さなひずみが生じていた。
それを感じているからこそ、ミンディは焦っている。それもこれもすべてエミリアのせい、この女がいるからだという苛立ちは高まる一方なのである。
ゆえにそれをエミリアにぶつけるという理不尽も、ミンディにとっては当然のこと。だって全部エミリアのせいなのだから。
「……なんなのよその話し方は……わたしを馬鹿にしているの⁉」
自分に対し冷静な顔を見せるエミリアが憎たらしくて。睨んで怒鳴ると弟のヨシュアも後ろから加勢。
「お前……無礼だぞ! 国王陛下のお情けで貴族になれたからっていい気になるな! 貴族と言っても王都からも遠い、ひなびた小領の田舎貴族のくせに!」
「……」
この言われように、エミリアは眉間にしわを寄せて「はぁ?」という顔。
いや、これ以上どう対応せよというのだ。
彼女の敵意丸出しの態度に迎え撃てというのだろうか? そっちは背後に(もし姉に何かしたらぶん殴ってやる)……みたいな顔した弟を従えておいて?
これだけでも十分理不尽で馬鹿な話だと思ったエミリアは、ミンディの言葉を否定はしなかった。そして内心で首をひねる。
(なんだろう……この子……何かの妄執にとらわれてる気がする……)
エミリアとしては、彼女たちとはもう一切関わり合いたくない。
父の顔を見て区切りもついたことであるし、ここは彼女たちとの一切を忘れ、将来のために勉強に勤しみたい。
新しくできた家族たちは想像以上の愛しさ。彼らに誇れる自分であるためにも、こんな不毛なやり取りとはさっさと縁を切りたかった。
そう思ったエミリアは。根が正直な彼女は、不毛と思いつつ、つい率直に言ってしまう。
「あの、わたし、もうあなたたちとは関わりたくありません。春陽祭の夜、そうはっきり申し上げましたよね? わたしはもうドミニクを好きではありませんし、あなたのことも友達とも思っていません。こうして断りもなく腕をつかんでくるなんてことのほうが無礼です。わたしたち、もうそんな仲ではないはずです」
「はぁ⁉」
「ご理解ください。わたしにとっては、すでに馬鹿にする価値もないことなのです。あなた方は、勝手に婚約して、結婚して、二人で幸せになればいいではないですか。わたしにはもう関係のない話です」
きっぱりと言った瞬間、ミンディの顔が歪み、ヨシュアの額に青筋が浮かんだように見えた。
おそらく、彼女たちなりに苦労して(……というにはあまりにも卑怯ではあるが……)奪い取ったドミニクという存在を、エミリアが軽んじているように聞こえたのだろう。
そうは察したが、エミリアはやはり納得がいかない。
なんだっていうんだ本当に。
彼女はもう望む者を手に入れたはずなのに、そのうえで何故こんなにも自分に絡んでくるのか。
あんな仕打ちをしておいて、まさか今まで通り自分たちがエミリアに尊重してもらえるとでも思っているのだろうか?
自分たちを傷つけぬよう、不快にせぬよう、丁寧に接してもらえるとでも思っているのだろうか。
エミリアは、そんな気はさらさらないと思い、現状が限りなく嫌になった彼女は……。
「っ馬鹿にする価値もないってですって⁉ な、なんなの! だいたいあんたは──っ」と、何かを言いかけたミンディの言葉を「……っわたし‼」と、遮る。
「「!?」」
急に大きな声を上げ(※手も上げた)彼女を見て、ミンディとヨシュアが顔をしかめたが無視した。
エミリアはミントグリーンの三白眼を、大きく大きくかっぴらいてド宣言。
「わたし! ドミニクよりも! もっと! ずっとずっと素敵なお方を見つけたので! あんな浮気な男になど、もう絶対! これっぽっちも! みじんも執着いたしません!」




