親孝行と悪役感
「……不本意だわ……」
ハイトラー学園に戻って来たエミリアは、一人寮を目指して進みながら嘆いていた。
長い廊下はすでに夕日色に染まっている。
早朝に男爵領を出て、先ほどようやく王都にたどり着いた。
長時間馬車に揺られた身体は疲れ果てていたが、今彼女を気落ちさせているのはそんなことではない。
現在、学園の事務局で、ニコラに付き添われて滞在許可申請を行っている新入りのロコ。
彼はエミリアの父の推薦状を持ってはいるが、認められるには学園長らの許可が必要。
まあ……それはおそらくすぐには認められないだろうと、エミリアはふんでいる。
そりゃあそうである。
ここは学び舎で、大勢の子供たちが暮らしている場所。中には良家の子女もいて、誰かが滞在したいと申し出て、簡単にそれが叶う場所ではない。
それに、これはある種の差別かもしれないが……見るからに屈強そうな竜人族のロコは、かわいいヒヨコ顔の婦人ニコラのようにはいかないはず。
彼はずっとエミリアに人態で同行しているゆえ、独特の威圧感は半減してはいるものの……いつも口元に笑みを浮かべていている割に目が笑ってないことが多い。そこからエミリアが受けている彼の印象は、(なんとなくうさん臭さい……)である。
もちろんエミリアは、グネルの寄越した者を疑ってはいないが、それは他人には通じない。
学園の教師たちは、彼を見てきっと(本当に学園に入れて大丈夫か……?)と、不安になるに違いない。ロコは『チョロい』などと豪語していたが、おそらく彼が学園に出入りの許可をもらえるまでには数日はかかるだろう。
廊下の途中でエミリアはため息。
「……王都に宿を手配してあげないと……やれやれ……」
長旅のあとだ。すぐにでも私室のベッドにダイブしたいところへきて、改めて町へ出るのはとても疲れるが……彼のことはしっかり面倒を見なければいけない。
そしてぜひ、その学園滞在許可が得られるまでの数日で、彼ができるだけ学園で“悪役令嬢の一味”などという不当な扱いをここで受けぬよう対策を練らなくてはいけなかった。
ただでさえ、竜人族は見た目が厳めしい。
その容姿だけでも他の生徒たちを怖がらせる可能性もあり、そうなれば苦情が出て、滞在許可が下りてもすぐ取り消されてしまうかもしれない。
それは困る。
彼はエミリアが敬愛する継母グネルから預かった。
もちろんグネルはエミリアを守る目的で彼をよこしたわけだが……エミリアの考えでは、それは賊や事故といった事象のため。自分のせいで学園に湧く悪評から、継母たちに連なる彼を守るのは、自分の役目である。
「……彼、どうにか見た目だけでも可愛らしくして皆に怖がられないようにしないと……厳めしい装備の類は脱がせて、素敵な服でも着てもらう……?」
困ったことに、彼ら竜人族はどこにいてもとにかく目立つ。
王都にはたくさん他種族もいるが、それでも彼らからあふれる最強種感はとびぬけている。
実際、エミリアたちの馬車が王都に入ったときも、彼女たちは非常に目立ってしまった。
……ロコが、『俺は護衛なんで、外で警戒してま~す』とか言って、よりによって馬車の屋根に乗っていたからである……。
そりゃあ彼が上に乗ってれば、賊も何も襲ってはこないだろう。しかし……どんな絵面よ……と、エミリアの顔は虚無を見る。
御者の証言によれば、ロコは馬車上で実に悠々としていたらしい。
大きな黒い翼をもつ竜人を、屋根に搭載した黒塗りの馬車……悲しいくらいに異様だ。
「……っ馬車ももっとかわいいのにしたらよかったっ‼」
エミリア、嘆く。あれを学園の誰かに目撃されていたらどうしよう。
そんな道中のあれこれもあって、彼女は今げっそりしているのである。
本当に、彼ら竜人族は、人態でも、竜人態でも、竜態でもとにかく目立つ。
しかし学園ですでに悪評高いエミリアは、正直目立ちたくないわけだ。
やっとの思いで学園にたどり着いても、やっぱりまわりのヒソヒソ話は健在で。それらを耳にすると、やはりエミリアはついふてくされた顔をしてしまう。
そんなガラの悪い自分が、背後に鋭い牙や大きなコウモリのような翼をもった竜人族なんて引き連れていたら……。
「……、……、……」
想像してしまったエミリアは、ずーんと落ち込む。
(……絵面が……禍々しすぎる……より悪役令嬢的に……)
まわりからの視線が気になるお年頃。そこへきての不本意なる悪の一味感の増加。
そんな物々しい自分たちを見て、これまでも散々好き勝手言っていた周りがどんな噂話をするかなんて分かりきっていた。間違いなく『悪役令嬢が悪の手下を連れてきた』とか言われるに違いない。
エミリアは、人気のない廊下の真ん中で再び大きなため息。
学園の皆には、ドミニクやミンディとのことなんかさっさと忘れてほしいというのに、自ら噂を延長させてしまうような真似をしてしまうとは。
でも『ロコをエミリアに』と願ったのは、彼女の愛する継母なわけで。継母が自分のことをとても心配してくれているのだろうと思うと……エミリアは、あの男を継母に突き返すわけにもいかない。エミリアは、しょもりと肩を落とす。
当の愛しい継母には、今朝男爵領を離れる時にも会えなかった。
父によれば、エミリアのために何かしようとどこかへ行ってしまったらしい。
なんだかよく分からないが……エミリアはグネルが恋しかった。思わず声がもれる。
「う……グネルお義母様……グンナール様……」
脳裏に浮かぶのは新しくできた二人の家族。
そのどちらとも別れの挨拶をしないままなのがとても気がかり。こうなってくると、彼女はグネルの手配したロコのことだっていっそう無下にはできない。
(つまり……これはある種の親孝行なのよ。あの方を護衛にすることでグネルお義母様が安心なさるのなら、この過保護は甘んじて受けるしかない……)
では、もうあれこれ悩むより、どうにか現状を改善せねばとエミリア。
(ひとまず……あの黒々した皮鎧は脱いでもらいましょう……もっとポップかメルヘン寄りの服を着てもらえないか彼と交渉を……)
エミリアはそんなふうに、長い廊下を新人ロコについて悩みながら歩いていた。慣れた廊下ということもあって、あまり前を見ず、うんうん唸りつつ進んでいると──ふいに前方から歩いてきた誰かが「あら」と足を止めた気配。
やや下を向いていたエミリアは、その短い声を聞いてギクリと足を止める。
「誰かと思ったら……エミリアじゃない……」
「ひぃ! ミンディ……⁉」
虚を突かれたエミリアが慌てて顔を上げると、案の定、廊下の先にミンディが立っていた。さらに気まずいことに、その後ろには彼女の弟ヨシュア。彼はエミリアを見ると、険しい表情であごを上げ、高圧的な顔。
そんな相も変わらず敵意がむき出しの青年を見て、エミリアの三白眼のうえの眉間にも警戒の筋がグッと刻まれる。場には一気に緊張感が走り、その様相はまるでチビ蛇とマングースが睨み合っているかのようだった。
と、そんなエミリアを、ミンディがせせら笑った。
「なぁんだ。随分姿を見ないから、もうとっくに退学にでもなったのかと思ってたわ。あなた、まだいたのね」
意外だわ、と、微笑んで。上目遣いで肩をすくめるしぐさは、最高にわざとらしかった。




