グネルの償い
獰猛な顔のその竜人は、愛する者に燃えるような目で言った。血走った眼を見開き、美しい唇からはもうもうと黒煙が上がり、口の中には炎が爆ぜている。
「わたし……償います……」
どうしたらいいのかしら、と、荒い息で吐きだす顔は鬼気迫る。
「私の寝床だった火山の下にある魔石宝石類を根こそぎ掘り起こさせて、すべてバルドハートに贈る!? 多分国ひとつくらい買えるくらいにはなると思うのですけど……どうかしら⁉ それとも……いっそわたしがあの子の使役竜にでもなって一生守りましょうか⁉ それともそれとも……単純に今からどこぞの国でも落としてあの子に捧げたほうが⁉」
気候の穏やかな土地がいいですわね⁉ と、剣を手にする人態の妻を見て。アルフォンスは……ひとまず止めた。
「グネル、落ち着いて」
「でも……でも……わたしのせいで、あの子にひどい迷惑が……守るべき子供を危険にさらしたなんて! 申し訳なさ過ぎて……もう何かさせてもらわねば、わたしはここにいられません!」
わっと嘆く妻の肩をなでさすりながら、アルフォンスは困り顔。
どうやらグネルは今回のことを強烈に気に病んでいる。
もう明日にはここを出立することの決まった継子。滋養食を作るだけでは、とても気がすまぬのだろう。
彼女は夫に肩を抱かれたまま、はぁはぁと荒い息。そうすると、やはり口からは黒煙がもれ出る。
「あの子の望みを叶えてあげなくては……どう……どうしたら……どうしたら……」
「グネル、大丈夫ですからそう思い詰めないで……バルドハートは身体は弱いが、あれでなかなか精神が頑健です。すぐに元気になりますから……」
特に継母たる彼女グネルのことはたいへん気に入ったようだから、彼女が励ませば、きっと……と、アルフォンスは思うのだが。
当のグネルは夫になだめられても、目を血走らせ、決死の顔で考えをめぐらせているようす。
どうやらよほどエミリアのことを大切に想ってくれているらしいなと感じて、父は目じりを下げる、が。
そのときグネルの赤い瞳が突然ハッとした。
「っそうだわ!」
「グネル?」
何かの閃きを得たらしい彼女は、心配そうな夫に向きなおるとその両手をガッシリ握る。
「?」
「申し訳ありませんアルフォンス様! わたし……少し家をあけます! 待っていてくださいね!」
「え? ええ? は、い……?」
妻に熱いまなざしで両手を握られたアルフォンスは戸惑った顔をしていたが、グネルは彼が頷くのを見るなり雄々しい顔で部屋を出ていった。
剣を携え、あっという間に走り去った妻に、一瞬あっけに取られていたアルフォンスは……はっとして。彼は不自由な脚を懸命に動かして窓際へ。ガラス越しの遠い空の上には、すでに豆粒のように小さくなった妻の赤い竜態の背中が辛うじて見えた。これにはアルフォンスは慌てる。
方角からして、おそらく竜王国に戻ろうとしているのだろうとは予想できたものの……彼女の気合いのはいりまくった顔を思い出し、アルフォンスはなんだかとても不安。
我が子をとても愛してくれているのは嬉しいが……先ほどのグネルの『国をひとつ』とか、『火山の底の……』といった言葉を考えると、なんだかこれは、とても大げさなことになりそうな予感がしてならない。
「ロコ殿!」
「あ、旦那様……」
エミリアの部屋にアルフォンスが慌ててやって来た。
ノック音に扉を開けたニコラの肩越しに、アルフォンスはそこでお粥の入った器とスプーンを握って振り返った青年に声をかける。
「ん?」という顔の彼は、例の誘拐犯の手先疑惑のあった竜人族の青年だ。
髪はキャロットオレンジと黒が混じったサビ猫のような色。そこから突き出たツノと瞳はアンバーである。
彼はグネルが作った粥をしおしおした顔のエミリアに食べさせているところだった。自分を呼ぶアルフォンスを見て、彼は不思議そうな顔。
「おや、お呼びですかアルフォンス様」
「すまないロコ殿! 妻がバルドハートのために、どうやらゲレオン様のところに向かったようなんだ! 何かが起こりそうな気がする……申し訳ないが、君、追いかけて止めてくれないか⁉」
ニコラに支えられたアルフォンスは、不安そうな顔で彼に頼んだが……。
しかし、彼はへらりと頬を持ち上げ首を振る。
「あ、無理っす。俺、グネル様に今回の償いのために、バルドハート様の下僕になれって言われてるんで」
この発言には二人がギョッとする。
「な、なんですと……?」
「は……?」※ニコラ、ヒヨコ顔が険しい……。
突然何やら重めなことを言い出した竜人族に、二人は唖然としている。だが彼はどこ吹く風。メソメソしているエミリアに次の匙をすすめながら飄々と言う。
「あはは、『一生わたしの継子のそばから離れるな!』って命じられちゃったんでねぇ。お嬢様のそばを離れるわけにはいかないっす」
「いや……そ、そんな……」
そんな馬鹿なと思うものの……グネルの先ほどの思いつめた様子を考えると、とても言いそうな気がしてアルフォンスは困惑。
「いくらなんでもそんなことをさせられません、一生下僕など……」
しかし当の青年はさして気にしたふうもない。
「いえいえ別に楽勝っす。それにグネル様のほうなら多分大丈夫ですよ。あっちにはとめる同胞も大勢いますし、竜王国はここに比べるとはるかに頑丈ですから」
あっちならご兄妹が暴れてもいつものことなんでお気遣い無用です。と、軽く言ってよこす男に、アルフォンスとニコラは顔を見合わせている。
……と、そこへ、ぼそぼそとした声。
「……わたし……下僕なんて……必要ないわ……」
男から差し出される粥を気力のない顔で素直にすすっていたエミリアが、しょもしょもと口を動かしていた。
「心配してくださるお義母様の気持ちは嬉しいけれど……わたしはただの学生だもの。付き人はニコラだけで十分ですし……立派過ぎる護衛なんて、お給金払えないわ……」
下僕という言葉がなんだか好きになれず、エミリアはあえて彼を護衛と言った、が。
そんなことはどちらでもいいらしい男はやはり軽く肩をすくめる。
「給金? ああ、俺の俸禄はゲレオン様がくれますし。それにお嬢様、グネル様の命令が解除できるのは、ご本人かゲレオン様だけなんで無理っすよ」
自分の家系は彼女たちの配下家ゆえ、従うのは絶対なのだとロコは明るく言って笑う。
「だいたい人族の一生ってせいぜい百年くらいでしょう? お嬢様は……今五十歳くらい……? あ、人族だと竜人族とは歳の取り方が違うのか……ああ、十代ですか? なら、あと80年ちょっとかぁ~短い短い、あはははは」
己の顔をじっと見てからケラケラ笑って銀の匙を振っているロコを見て、エミリアは微妙そうな三白眼。※ガラ悪い。
「…………学園には許可がない者は入れないです……」
そう言ってみるもロコはケロリとして「チョロいっす」と即答。狡猾な猫のような顔で自信満々に言ってよこす顔に、エミリアは呆れ。
何をどうしたら『チョロい』のか、聞くのが怖い軽さである……。
配下家系か何か知らないが、どうやら少しも譲る気がないらしい男に、エミリアはちょっとイラっとして……ほんの少し気力を取り戻した。
エミリアは口の端に粥の粒をつけたまま、座っていた椅子を立ち上がり男をぐっと睨んだ。
「……ついてきたら後悔しますよ……⁉ わたし──学園では『ハイトラーの悪役令嬢』とか『学園一の悪女』とか呼ばれているんですからね⁉ そんなわたしなんかと一緒に来たら、あなたなんか悪の手先みたいに言われて散々な目にあいますよ⁉」
どうだまいったか! とでも言いたげに、エミリアは謎に鼻息荒く意気高い。
しかし男は「へー」「俺、悪役令嬢とかはじめてみたかもー」……と。どこか愉快そうですらある。(※実際おもしろかった。そんなことを胸を張って言うエミリアが)
……と、まあ、男の反応はさておき。
お忘れかもしれないが……この部屋には、まだその『ハイトラーの悪役令嬢云々』を聞かされていなかった御仁が。
そのことに気がついたニコラが、「あ……」という顔をした。その視線が恐る恐る見た男は、エミリアの言葉を聞いて温和な顔をピシリと強張らせている。
「……ハイトラーの……悪役令嬢……?」
「……あ⁉」
そのつぶやきを聞いて、エミリアがしまったという顔で叫んだ。
部屋の戸口でニコラに支えられていた父アルフォンスが、目を瞠って彼女を凝視している。
「……バ、バルドハート……? ハイトラーの悪役令嬢とは……? ど、どういうことだ……? な、なぜそんな……」
「あ、わ……⁉」
父の驚きを見て、そうだったとエミリアは跳びあがった。
彼女はいろいろあって、まだその不名誉な称号に関するあれこれを父に打ち明けてはいなかった。
絶対に父を失望させてしまう話である。どうにかこうにか父をガッカリさせないような形で、ドミニクとの婚約破棄の件も伝えようと……思っていた……の、だが……。
ロコに対抗するため、うっかり父の前で己が学園で悪役令嬢をやらされていることを匂わせてしまった。
(し、しま──っ⁉)
この失態に、エミリア、思い切り動揺。
思わず後退って、あわあわと父を見るが……。彼の愕然とした顔は蒼白で、事態がもうすでに手遅れであるということを報せていた。……父の隣のニコラは、あちゃーという顔で額を押さえている。
「あ、あ……えっと……そ、その……べ、別にあの……蛇っこ令嬢とかは呼ばれてませんよ⁉」
「蛇っこ⁉ ……バルドハート!?」
うろたえすぎて、ついいらんことまで口走り始めたエミリアは、父に迫られて泣きそうである。
(グ、グンナール様っ! た、助けて──⁉)
ひぃんと心の中で助けを求めるが──。
結局エミリアは、この後長々と父に捕まり、学園での断罪劇、その後のやさぐれ生活を白状せざるを得なくなった。(※白状しなければならないことが多すぎて夜までかかった……)
そのような有様では。ライトに下僕宣言したロコの申し出を断る暇などなく。……というか、父のエミリアへの心配が極まってしまって。アルフォンスはむしろ『ロコ殿よろしくお願いします!』と……かなり前のめりで彼の同行を許可する姿勢に転じてしまった……。
そうしてエミリアは、なんだかわけが分からないうちに……納得いかないまま、変な竜人族の護衛をつれて学園に帰ることになってしまったのだった。




