雄弁と奪われたペンダント
「な、なんですって……?」
ツーンと顎をあげて言うと、ミンディがいっそう険しい顔。これを侮辱と受け取ったのだろう。額までを赤くした彼女にエミリアは壮絶に睨まれたが、それをあえて無視して続ける。もういい加減こうして絡まれるのはほとほと迷惑で、この先もずっとこれが続くというのなら、ぶっちゃけてしまったほうがマシだと思った。
「わたしは新しくできた義理のお兄様に、すっかり、おもいっきり夢中なのです! もうほかの男になどかまっている暇などございませんの! あしからず!」
「⁉」
ドーンぴしゃりと力一杯宣言したエミリアに、何かを怒鳴り返そうとしていたミンディが一瞬絶句。
「……、……え? ……義理の……兄……? 何……? え? い、いったいなんの話よ⁉」
「?……わたしが将来的には義理のお兄様の妻の座を狙っているから忙しいという話です」
「⁉ ⁉ はぁ……⁉」
堂々たるブラコン宣言。
ミンディたちは、エミリアの発言の意図が分からず目を白黒させている。エミリアがあまりにも当然という顔であるから余計である。
しかしそんなミンディたちの一瞬の沈黙を見て、エミリアは内心でハッとした。
なんだかよく分からないが……敵の勢いが(呆れて)かなり弱まっている。
(──チャンスだわ、この話題ならば、ミンディたちの気勢を削げるのかも……)
そうなれば、このしつこい敵意からも逃げる隙ができるのではないか。そう考えたエミリアは、ミンディたちの勢いが戻る前にと、己の中にある義兄への想いを一生懸命まくしたてた。
「っわたくしの新しい義理のお兄様はそれはそれは美しく屈強なる竜人族の御仁で! しっかり筋肉のついた肩はたくましく、胸板は厚く、大きな手は見ているだけで垂涎ものの愛しさ。丸く赤い瞳はキリリとしていながらも愛らしくて、しっぽの先まで王者の覇気に満ちており……」
「しっぽ⁉ は……な……りゅ、竜人族……?」
「そうなのです! 人類最強種と謳われるお義兄様の頑健な肉体はわたくしめの理想で、まさに生まれ変わってみたい人物ナンバーワンと言いますか……とにかく好きです!」
堂々言って、エミリアは自分でも驚いていた。
ミンディたちを煙に巻いてさっさと逃げてやろうと思ってのことだったが……義兄を称賛する言葉は次々にするする口から出ていった。これにはしみじみと、すっかり義兄に魅了されている己を実感する。
(……はぁ、どうしよう、まだまだ言い足りないわ……)
その熱量は、語っても語っても尽きない泉のようだった。エミリアは、義兄に想いを馳せてため息。
この切なげなため息を聞いて、ミンディは戸惑いの最中。思わずエミリアを凝視する。
ずっと、自分たちには無表情で冷たいまなざしを向け続けていた娘が、いきなりミントグリーンの瞳を見開いてものすごい勢いで語りはじめた。その口調は熱烈で──とにかく早口。ミンディはずっと彼女の二の腕をつかんでいるのだが、それすらも忘れているかのような恍惚とした表情には唖然としてしまう。
エミリアは両手を組み合わせ、うっとりと続ける。
「お義兄様のツノは長く鋭く表面にある螺旋は見事な彫刻のごとしで」
「……ちょっ……」
「ウロコは艶々と宝石のようなんです! わたし、先日竜人族の殿方に噛みついてみたんですが……」
「っ⁉ 何やってんの⁉」
ほよほよと嬉しそうに告げられた、とても令嬢の行いとは思えぬ所業にミンディがつい突っ込む。
普通、年頃の娘が他人の手に噛みつくような機会はそうそう無い。それが……相手は竜人族だというのだから……驚愕が彼女を嘲笑いたい気持ちを上回ってしまった。
しかしエミリアは、驚く彼女にかまわず「言いたいのはそこではないです」と話を押し進める。
「あの方々のウロコは非常に固いのです。魚のウロコくらいの強度かと侮っていたわたしは愚か者です。本当に歯と顎が砕けるかと思いました。でもね、お義兄様の身体がそんな強固な天然の鎧に覆われているなんて……感動でしょう⁉ 防御力の高さが人族とはけた違いです。素晴らしいと思いませんか⁉」
「………………」
言いながら、エミリアは幸せそうに胸元のペンダントを手に取った。
そこに収められているのは、義兄からもらったウロコ。
あの見知らぬ青年のウロコを失くしてしまったことは悲しいが、新たに義兄がウロコを与えてくれたのは非常に嬉しい。グンナールが自分のことをきちんと義妹と認めてくれたような気がするのである。
「……そうです。ウロコを下さったんですもの。きっとずっと仲良くしてくださるってことに間違いないわ……」
にっこり微笑んでそうつぶやく娘を、ミンディは……奥歯を噛み締めて睨んでいた。
くすぐったそうに語られる言葉が、なんだかとても耳障り。
(この子……なんでこんなに幸せそうなの⁉)
みんなの前で婚約者を奪ってやったのに、エミリアの頭の中には、本当にもうドミニクに対する特別な情も、あの時の苦痛も残ってはいないようだった。
すでに目の前にいるミンディのことすら眼中にないのか、義兄のことを語る瞳はキラキラと輝いている。
幸福感に満ちたミントグリーンの瞳の明るさは、悔しいほどに晴れやかできれいだった。
てっきり失意の底という顔で学園に戻ってくると思っていたのに……こんなことは予想外。胸が、とても、ムカムカした。幸せそうな顔が得意げに見えて、憎しみのトゲが心に刺さり、脳が怒りでパンクしそうだった。
(なん、なのよ……もっとドミニクに執着してみっともないところを晒しさいよ! なんで私に嫉妬しないの……⁉)
そうであればこそ、自分の鬱憤も晴れるのに。ドミニクを奪って正解だったと自分の自尊心も守られるのに。これではまったく意味がない。
そんな状況が許せず、ミンディは厳しい口調で吐き捨てた。
「なんなのよ……何が義兄よ! 竜人族ですって⁉ は!」
ミンディは憤りを嘲りに変えてやれやれとわざとらしく首をふる。いかにも自分は常識人と言わんばかりの顔で。
「あんなのはただのトカゲ人間じゃない! つまり、あんたの父親はトカゲを後妻に迎えたってことね! 気持ちが悪い!」
その嘲笑を聞いて、微笑んでペンダントを見つめていたエミリアが眉間にしわを寄せてミンディを見た。
「……差別発言ですよ、ミンディ・ハウン……竜人族の方にもトカゲにも失礼です」
「何が差別よ。だって事実じゃない。トカゲの兄ができたなんて、さすが“白蛇令嬢”。あなたにはお似合いよねぇ」
ミンディは、頬をひきつらせるようにしてヒステリックな顔で笑っている。その表情を見たエミリアは、グッと口を引き結んだ。
目の前の娘が、どうあっても今自分を貶めたいのだと気がついた。
トカゲなどと嘲笑っているが、本当はそこは重要ではなく、彼女は己がエミリアより上だとここで示すことができればなんでもいいのだろう。屈して欲しいのだ。きっと。
なんとなくそれを察したエミリアは、しかしそんなミンディの自己満足に付き合う義理はないと思った。ただ、ポツリとひと言。
「……お気の毒に……あの方々がどんなにお美しいかも知らぬとは……(トカゲだってかわいいのに)」
ちなみにだが、エミリアはミミズを触れるのと同じくトカゲも平気である。というか、トカゲの顔はよく見ると愛鳥パールと少し似ているので好きである。……まあ……パールは、トカゲを見つけるとすぐ食べてしまうからアレなのだが……。
まあ、それはともかく。
静かにつぶやいた娘にミンディは更に顔を歪めた。挑発してもぜんぜん同じ土俵に上がってこない娘に腹が立ち、いっそう強い言葉が口から出た。
「はあ? トカゲ人間のいったいどこが美しいっていうの⁉ おかしな子! あんなのと私のドミニクとを比べようなんてなんて図々しい!」
「トカゲ族ではありません。お義兄様は竜人族です。あと、ドミニクとも比べてもおりません」
どうあってもエミリアの言葉を悪く受け取りたいらしいミンディに、エミリアは内心げんなりした。
「ともかく──そのようなわけで。わたしはとても忙しいのです。お義兄様に好かれるためにも善行をつまねばならぬので、あなたたちといつまでも不毛なやり取りを続けたくありません」
そう言ってエミリアは、いまだ自分の腕を鷲づかみにしたままのミンディをままっすぐに見る。
「どうぞ、あなたはもう私のことなどお忘れになってください」
そうであってこそ、お互い平和でしょう? と、穏やかに言いつつも、口調はきっぱりとしていた。この拒絶にミンディはカッとなった。
この女は自分に屈服するべきなのに。いつまでも未練がましくドミニクを見て、周りに笑われつつ、私のことを羨望のまなざしで見続けなければならないのに。周りも巻き込み、ドミニクも巻き込み、策を弄したのに……それがいつまでも叶わない。ミンディは折れぬエミリアの気骨を前に、腹の底から燃えるように悔しくなった。
その感情のままに、ミンディはつかんでいたエミリアの腕を投げ捨てるように解放。もう頭には、エミリアを侮辱することしかなかった。
「なんなのこの女……! ちょっと田舎に帰って頭がおかしくなったんじゃない⁉ ああ気持ちが悪い! トカゲなんかと家族になるなんて!」
「……ミンディ・ハウンもうそのくらいにしてください。あなたがなんと言おうと、あの方たちの価値が変わることも、わたしがあなたにひれ伏すこともありません」
ゆるぎない言葉だった。そのミンディの行いと思惑の核心を突く言葉に、それを突きつけられた娘はカッとなった。
「っ! っ! あんたは本当にいけ好かない! 話にならないわ! ヨシュア! この女をなんとかして!」
「!」
ミンディがエミリアの鬼の形相で指差した瞬間、姉の後ろにいたヨシュアがぐいっと前に出てきた。その腕が強く突き出されるのを見て、エミリアは咄嗟に──以前、春陽祭の時に、この青年に突き飛ばされたことを思い出した。
──あの夜、彼女はドミニクに見せるために久々のおしゃれをしていた。
親友から贈られたドレスにもとても気を使っていて、どこかにひっかけて破いてしまわぬよう、裾を踏んでしまわぬよう細心の注意を払いながら、それでも心弾ませて彼が待つはずの宴の場へ出向いたのだ。
……それなのに。
直後、彼女はあの断罪劇の真っただ中に放り出され、ヨシュアに思い切り突き飛ばされる。
冷たい床に投げ出され、念入りに整えていた髪も崩れた。ドレスの高価な布地は床にこすられ汚された。
何故そんな悲惨なことが我が身に降りかかっていたのか、それすらも理解できぬうちに、この青年や大勢の男子生徒たちに取り囲まれて上から睨まれた恐怖を、エミリアは今でも鮮明に覚えている。
そのつらい記憶が脳裏をよぎり、エミリアは、とっさに身がすくんで動くことができなかった。
ヨシュアは棒のように立ち尽くすエミリアに手を伸ばすと、その胸にぶら下がっていたペンダントをつかみ、チェーンの輪をエミリアの頭から抜き去る。
「あ!」
瞬間、髪がどこかにひっかかって、頭皮にチリッと小さな痛み。
エミリアは思わず声を上げて、愕然と彼女の大切なペンダントを奪っていった青年を見た。
「! 何をするの! か、返して!」




