雄弁と奪われたペンダント ②
慌てて手を伸ばしたが、届かなかった。
エミリアとヨシュアでは身長が違い過ぎる。ペンダントを持った手を頭上に持ち上げられると余計である。
しかも、相手はエミリアが慌てているのを面白がっているらしく、彼女の手が届くか届かないかというギリギリのところでペンダントを揺らしている。エミリアは、まるでペンダントに操られるように、あっちでぴょんぴょん、こっちでぴょん……。
悲しいかな……ひ弱なエミリアは跳躍力もあんまりない。
懸命にジャンプしても、目当てのものには届かず。空振りばかりで歯を食いしばっている彼女を見て、ヨシュアもミンディも肩を揺らして笑っていた。
こんな仕打ちにはとても腹が立つが……エミリアは、それ以上にペンダントを取り返さねばという気持ちが強かった。どんなに滑稽でも、なりふりなど構ってはいられない。
だってそれは亡き母の絵姿が収められたペンダントで、愛しの義兄のウロコが収められている大事な大事なものである。
この世に存在する物体のなかでは、エミリアが一番大事だと思うもの。
それが彼らの手に渡るなんて。これは最悪の事態である。
「ちょっと! ふざけていないで返してください!」
エミリアは憤慨してペンダントの返却を主張するが無駄だった。
ヨシュアは無情にも、笑いながらそれを姉のほうへ放る。空を舞ったペンダントを見て、エミリアが「あ!」と、驚くが。それを受け止めたミンディは、すぐさまロケットの蓋を開けて中を覗く。
「! プライバシーの侵害ですよ⁉ ミンディ・ハウン!」
自分の宝物を許可なく暴こうとする行為に、エミリアは大きく抗議。しかしそんな言葉は無視し、ミンディは眉間に大げさなしわ。
「え……これってウロコ……? もしかして……そのトカゲ人間の義兄のってこと?」
夕日の射しこむ廊下で、陽光を受けたそのウロコは黒曜石のように暗く輝く。その大切なウロコをミンディがためらいもなく指でつまんだのを見て、エミリアは慄いた。
「な、なぜ勝手に触るの⁉ ちょ……今すぐそれを返して!」
恋しいグンナールからもらったウロコは、彼に会えないエミリアの心のよりどころである。
義兄も同然と思って大切にあつかい、今日は馬車の中で三回磨いたし、暇があればずっと眺めていた。(※当然ニコラにはとても呆れられた)
それを……あんなふうに無造作に手に取られるなんて。エミリアは傷でもつけられたらどうしようと恐れ、いや、指紋すらつけてほしくないと切に思う。
しかし顔を真っ赤にして手を差し出すエミリアを、やはりミンディは無視する。
まるで、この場でどれだけエミリアをコケにできるかが一番重要だとでも考えているかのようだ。彼女はウロコを汚らわしそうに見ながらも、くすくすと笑う。
「何を大事そうに見ているのかと思ったら……ねぇ、これって亡くなった母親の絵姿でしょう? そんなところにトカゲのウロコを入れているの? 気持ちが悪い……母君が可哀想じゃない」
「な、なんてこと言うの! 気持ち悪くなんかないわよ! い、いいからウロコとペンダントを返してよ!」
先ほどの冷静さとは打って変わって、目に見えて焦っているエミリアを眺め、ミンディはとても気分がよさそうだった。
その細められた目は意味ありげに弟に向かい、姉と無言で視線を見交した弟は、にやりと笑って静かに彼女たちのそばを離れた。
ウロコを持つミンディを凝視していたエミリアは、どうやってそれを取り返すかで頭がいっぱいで。ヨシュアの不審な動きには気がつかなかった。
エミリアは、興奮のあまりゼイゼイ言いながらミンディを睨んでいる。
「と、飛び掛かります……飛び掛かりますよミンディ・ハウン! このままだとわたし、それを取り返すために貴女におもいきり飛び掛かります! 取っ組み合いになって床に転がりたいのですか⁉ とても格好悪いし、制服も汚れてしまいますよ⁉」
いや……それをやろうというのなら、きっと奇襲のほうが断然達成の可能性は高かった。だというのに……律儀に宣言し、手の内を明かしたエミリアを、やはりミンディは笑う。彼女はつまんでいたウロコを気取ったしぐさでペンダントの中に戻し、ジロジロとエミリアを眺める。
「あなたって本当に野蛮ねぇ、これが男爵令嬢だっていうのだから笑えるわ。そうまでしてこれを返してほしいの?」
言ってペンダントを揺らしているミンディに、エミリアは噛みつくように返す。当然すぎて腹が立って、その場で一瞬石が爆ぜるように跳ねてしまう。
「あ、当り前でしょう!」
「ふーん……じゃ、こっちに取りに来て?」
「え……?」
「わたしにちゃぁんと頭を下げてお願いしてくれたら、これ、返してあげる」
「!」
そう言われたエミリアは、秒でミンディのほうへ駆け寄った。ミンディに頭を下げるなどもちろんとても嫌だが、母のペンダントと義兄のウロコには変えられない。この素直な反応に、予想していたのだろう。ミンディは唇の端を持ち上げて。
「ミンディ」と、エミリアが彼女の正面で勢いよく頭を下げた瞬間に、その娘はにっこりと微笑んだ。
「あっ! 何をするのエミリア!」
「え⁉」
大きな悲鳴に、エミリアが驚いて下げていた顔を上げた。とたん、ミンディが持っていたペンダントを思い切りどこかへ放り投げた。勢いよく視界をよぎっていった銀色のきらめき。エミリアは唖然としてその姿を目で追う。と、ペンダントは、いつの間にか開けられていた廊下の窓から外へ消えていってしまった。その窓の隣には、飄々とした顔のヨシュアが立っていて、外に消えていったペンダントを見て忍び笑い。
「う──うわぁああああ⁉」
エミリアは思わず大きな声で叫んだ。が、ペンダントを追って駆け出そうとすると、何やら周囲が騒がしい。
「⁉」
気がつくと、廊下の先に幾人かの生徒たちの姿があった。
彼女たちはエミリアを見て、床に転んでいるミンディを見て、そして険しく咎めるような視線をエミリアに戻してきた。その顔を見てハッとした。
ミンディが、なぜか泣いているのだ。
「ひどいわエミリア! あなたが突き飛ばしたりするからペンダントがどこかへ行ってしまったわ……!」
「エミリア・レヴィン! 姉様に何をするんだ!」
「は、はぁ⁉」
ハウン家姉弟の抗議に、エミリアは唖然と目を瞠る。と、なぜだが腕を痛そうに抑えている娘は、弟にすがって弱々しく嘆く。
「仕方ないわヨシュア……エミリアはきっとまだ私のことが許せないのよ……まだドミニクが好きなんだわ……可哀そうよ許してあげましょう……?」
「そんな! 姉様は優しすぎます! ……おい! 横暴だぞエミリア・レヴィン! お前には人の心がないのか⁉」
シクシク泣くミンディと、その姉に寄り添ってエミリアを睨む弟。そして、ちょうどよく表れた観衆たち……。
「………………」
エミリアは全身が脱力するほどに──呆れた。
思ったのである。
また、か、と。
それでついガラの悪い顔をしてしまって。ついつい三白眼が尖ってしまう。
これが他の生徒たちに目撃されれば、悪役令嬢だ、令嬢の皮をかぶった悪党だなんだと言われるもとになるのだろう……とは思ったが……。
それでも極まった呆れと嫌悪感が、どうにもこうにも引っ込められなかった。
「……よくもまあ、またそんな同じような手口で……」
しかし言いかけてエミリアはハッとする。
こんな茶番に付き合っている場合ではなかった。
生徒たちがやってきたタイミングでこのようなことをするとは、つまりミンディたちは、またエミリアの悪評を悪化させたいのだろう。が、もうそんなことはどうだってよかった。エミリアの悪評はもうすでに広まっている。それよりも……
(ペンダント……お義兄様のウロコ!)
エミリアは、ミンディたちを無視して慌てて窓に飛びついた。
ここは幸い一階で、窓の外には青々とした低木の茂み。しかし、乗り出すようにして辺りを見ても、彼女のペンダントは見当たらなかった。
ミンディがペンダントを投げた勢いはかなり強かった。その勢いで低木の中にでも入ってしまったのだろうか。
低木の茂みは建物の影になっていて夕日も届いていない。さらにこれから陽が沈んでしまえば、余計に探すのは困難になるだろう。気持ちが焦ったエミリアは、外に出るためにこの場を去ろうとした、が。
「おい待て! 貴様姉様を突き飛ばしておいて謝りもしないつもりか⁉」
ヨシュアに行く手を阻まれて、エミリアは怒った猫のように憤怒。
「だまらっしゃい! そこをどいて! あなたたちになんか、もう構ってられないって言ってるでしょう!」
「なんだと⁉ この……! 悪党め!」
自分たちでエミリアを怒らせておいて、反論されると腹が立つのか……。それとも自分たちが演じている演目に酔って、本気で彼女を悪人だと思い込んでいるのか……。
ヨシュアはカッとなったように腕を振り上げる。
(っ⁉ ぶたれる!)
勢いよく自分に向かってくる手のひらを見て、エミリアはとっさに己の頭をかばうようにして腕を持ち上げた。ぎゅっと目をつぶり、首をすくめる──と。次の瞬間のことだった。
「はぁい、そこまでー」
「⁉」
「う?」
お読みいただきありがとうございます。
いつの間にやら100話更新に達していました(^^)




