表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/97

エミリアのカルチャーショック

「……グンナール様の、ウロコ……?」


 思いがけない言葉に、エミリアは戸惑いを隠せなかった。

 グンナールの膝から降りて彼の正面に座り直し、受け取ったウロコをまじまじと眺める。

 黒い花びらのような、固く薄いひとひら。鈍く艶めくそれは、先に例の竜人族の青年にもらったカケラにとても良く似ていた。形状も、表面の筋の入り方も、薄いところがうっすら赤く見えるところもまったく同じ。

 彼女はずっとあのウロコを力を象徴するものとして、愛鳥パールと共に崇めていた。

 しっかり覚えているつもりだったが……どうやら見間違ったらしい。


(……でも、そういえば、グンナールお義兄様のウロコも同じ色……)


 エミリアは、グンナールの顔を見た。

 その頬を覆うウロコは、確かに手のひらのうえのものと色彩が同じ。

 義兄の言葉を疑わないエミリアは、そうなのか、と、小さな落胆。


 一瞬あの親切な青年からもらったウロコが見つかったのかと喜んだが……ではやはり、彼がくれた“力の象徴”は、あの広い海のどこかに落としたままなのだ。そう思うと、罪悪感がぐっと彼女の胸を重くする。つい気持ちが墜落しそうになるが……それを義兄の声が引き留めた。


「……エミリア」

「あ、は、はい」


 そうだった、と、エミリアは慌てて背筋を伸ばす。今は愛しい義兄と話している途中。落ち込んでいる場合ではない。

 正面から見上げると、義兄はじっと彼女を見つめている。心配そうな視線は海で救われてからずっとだが、エミリアはふと思った。


(もしや……グンナール様はわたしの落胆を見抜いて……?)


 彼女はそれを、義兄の気遣いかもしれないと考えた。

 ウロコの紛失に落ち込む自分をなぐさめようと、代わりに彼のそれを与えてくれているのだろうかと。それを気遣いと受け取ったエミリアは、その気持ちがしみじみ嬉しい。


(グンナール様……やっぱりお優しい……)


 義兄のあたたかで慈悲深い処置に、なんだか嬉しいやら申し訳ないやらで。しょもり……と、覇気なく微笑むエミリア、に。


 その実、気遣ってはいるものの、慈悲とかなぐさめとか。現在そういったものどころではなく彼女をハラハラ見つめていたグンナールは、やはり打ち明けねばと胸が痛い。

 出会ってからこのかた何かと前のめりだったエミリア。その勢いが、今はあまりにもなさすぎる。こんな状態で、自分や家族のいない学園に送り出すのは非常に心配だった。

 グンナールは決心して、エミリアの前で姿勢を正す。なんだかこんな緊張は久々だ。それもそのはず。これから彼が言おうとしていることは、愛の告白に等しい。昨晩は場の流れで自然と言えたことも、こう改まるといろいろ考えてしまって駄目だった。

 戦場で培った勇敢さも、こういう危機にはあまり役に立たない。耳のそばで鳴るような心臓の音を聞きながら、グンナールは切り出した。


「実はだな……このウロコは、本来……求婚したい相手に贈るものなんだ……」


 彼はエミリアの反応を恐れるような気持ちで、それをやっと口にした。

 ……しかし……。


 落胆やら感謝やら疲労やらで、しなびたキュウリみたいな顔をしていた彼の義妹には、一瞬、その言葉の意味が届かなかったようだった。


「ぁ……そう、なんですか……? へえ……キュウコン……キュウコン……、……、……、……ん……? 求、婚………………?」


 と、ここでやっとエミリアの動きが止まる。


「……、……え……? え?」


 ミントグリーンの瞳は、数回瞬きしてから義兄を見て。自分の手のひらのうえに視線を落とす。そこにある黒いウロコをまじまじと見て、それから、再び、え? と、義兄を見た。

 大きく見開かれた二つの玉のような双眸にポカンと見つめられたグンナールは、今にも顔から火が出そうだった。

 と、エミリアがつぶやく。


「え……でも……これは……力の象徴、で……は……」

「………………それは……おそらくパール君の勘違いだな……」

「え……?」


 言われてエミリアは再びポカン。

 彼女はその愛鳥からの誤情報を、すっかり信じ込んでいた。

 なんの根拠もない話ではあったが、他にあの宝石のような美しいものを与えられる心当たりもなく……ましてや今義兄が言ったような特別な意味があるだなんて。恋愛で手ひどい裏切りを受けたばかりの彼女には、そんな乙女な発想はなかった。

 

「………………」


 眉間に困惑の谷を刻み、すっかり黙り込んでしまったエミリアに、グンナールが続ける。


「……すまない。もっと早くに君たちの勘違いを解くべきだった……わたし達の国の、古くからの風習なんだ」


 深々と頭を下げる義兄を見て、エミリアは困惑のまなざしで問う。


「……え? で、は……あの方は……まさか……出会った日から……」

「……そうだ。君に、求婚していた」


 そう返すグンナールの顔は、限りなく面映ゆそう。これがもし人態の顔だとしたら、おそらく顔は火照り切っていただろう。しかし現在竜人態の彼のウロコに覆われた顔は、エミリアの目にはなんだかとても気まずそうに見えた。


「……………………」


 気まずそうな義兄に明かされたその事実に、エミリアはまずは唖然として……それからハッとして立ち上がる。


「で、では……もしや、わたしがあれを受け取ったりしたから、あの方によけいな気を持たせてしまったということですか⁉」

「ぐ……」


 その発言に、グンナールが苦悶の表情。


「わたしはあれを受け取るべきではなかった⁉ わたしの無知があの方を惑わせたと⁉」

「う……」


 よけいな気を持たせた、惑わせたという言葉に、グンナールが何やら次々ダメージを受けている。

 それはまるで……自分であるあの青年には、彼女に愛を受け取ってもらえる可能性が皆無だったと言われているようだった。それは、なんとなく傷つくではないか。

 青年は思わずうなだれる、が。

 しかし、竜人族文化とのカルチャーショックに驚き、頭を抱えるエミリアは、義兄の被弾には気がつかない。


「わ、わたしはまさか、一度求婚をお受けしたことになってしまっていた……⁉ あの方は、すでにわたしの婚約者であるお気持ちでいらしたと⁉」

「い、いや……そ、そこまで図々しくは……」


 三白眼をかっぴらいて問いかけてくるエミリアの驚愕に、ほとほと恥ずかしいグンナールである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ