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受領の儀の難題 2 ハイトラー校の危機


 以前も述べたが、彼は女性に対し特に初心なたちでもない。

 力にあふれ、姿かたちもよく、温厚な性格であったから、国元ではそれなりに女性たちが彼に惹かれて集まった。職務優先と立ち回ることが多かった彼ではあるが、長い竜人生のなかでは、娘たちの誘いに応じて特別な関係になったこともある。


 ……ただ……今回は、どうにも勝手が違う。

 それは単純に、彼がはじめて自分から相手を好きになったからに他ならない。

 自分からエミリアに心底惚れ込んでしまい、本来ならよくよく考えてから渡すべき血紋ウロコも、まるで差し出すことが当然のことだと言わんばかり。そこには一片のためらいすらなかった。

 これまでは、彼が受け身であっても成立していた恋愛が、今回は、とてもではないが受け身でなど待っていられないのである。そんなことをしている気持ちの余裕は、ない。

 ゆえに彼は、今になってようやく分かった。

 今となってはなんとも申し訳ないことだが……昔、自分に気持ちを向けてくれた女性たちが、どうしていつもあんなに熱心で、感情的で、そして苦しげであったのか。

 以前の彼は、彼女たちの、時には周りにまで迷惑をかけるほどの激情が不思議でならなかったが……。

 今回、こうなってやっと、彼にも彼女たちの愛に飢えたようすが理解できるようになったのだった。

 今では彼も、エミリアには自分と同じように、自分に焦がれてほしいと願っている。

 いや、彼女の口からは、『義兄が好きすぎる』との言葉は貰ったわけだが……。

 なんとなく、それは自分の抑えがたい気持ちとは温度差があるような気がしてならない。


 グンナールは困惑している。

 彼女の『好き』は“恋焦がれている”というよりは“懐き”ではないか?

 子犬が主にかまわれたいとじゃれついてくるような、ヒヨコが母鳥のあとをピヨピヨ必死で追うような……。

 新しくできた義理の兄に、好かれたくて、かまわれたくて仕方がない。……そんな空気をエミリアからは、ひしひしと感じてしまうのである。

 彼女の『好き』は、恋の域には達していないのでは……?

 この懸念がある現状では、彼は彼女に自分の喉に口づけてほしい……などと、そんな要求ができる気がしない。

 恥ずかしいという以前に、それはとても利己的で、浅ましい行為だと思った。

 なぜならば、エミリアは非常に素直で、そして謎に潔い。

 義兄である彼が『そうしてくれ』と心底頼めば、やってくれそうな気がしてならない……。

 難題に挑むような顔で、眉間にしわをよせ『騎士ならできる!(※騎士じゃない……)』『成せば成る!』……とか奮起して。

 羞恥に耐えるその光景が、ありありと思い浮かぶだけに……グンナールは居たたまれず、ぐぬぬと苦悩の形相。


(だがそれは……彼女の好意につけこむ行為だぞ……)


 それだけは、絶対にやってはいけないことのような気がしてほとほと困る。

 彼は、本当に彼女が好きだ。その関係は、誠意のうえに築き上げたい。もうこれ以上騙すような真似はしたくない。

 ならば、と、グンナールは息をつく。


(……やはり……打ち明けねばならぬだろうな……)


 自分が、彼女に求愛した男なのだと。

 そのうえで、彼女自身に判断を仰ぐのである。

 はじめにそれを隠したのは、新しくできた家族の輪を壊したくなかったからで、彼女には婚約者がいて、身を引かねばならない状況であったから。

 でも、その婚約を彼女は捨てようとしている。……ということは、彼が正体を隠した理由の半分は取り除かれたことになる。母や叔父は今だに彼が義理の妹を慕っていることに反対しているが、彼の気持ちは、もはやそれで止められるようなものではなくなっている。

 どうあっても、彼女のそばにいたい。守りたい。

 けれども互いの事情がそれを阻む。であれば、せめてウロコの加護は高めておきたい。

 その安心がなければ、彼はもはや片時も彼女から離れたくない。今、己の膝に座っている彼女を、そこからだっておろしたくないくらいである。


(……愚かだ……)


 グンナールは自分に苦笑する。

 しかし、どうしようもないことに、それが偽りのない本心で。こたびの一件で、それをまざまざと感じた男は、心を決めた。

 彼女に言うのだ。

 騙して悪かった。彼の愛は、親愛ではなく恋愛だが、それでも好いていてくれるかと。

 ……もしかしたら、その告白で二人の関係が断ち切られることになるかもしれないが……その可能性は、どんな愛の告白にも付いてまわるものだろう。

 己が誠実でいるためにそれを覚悟し、激しい苦しみを予想した彼は、ふっと瞳を陰らせる。

 もし、彼女に拒絶されたら……。

 それは想像だけでもつらく気が闇に沈みそうだが……。


(……そのときは……、……、……エミリアの学び舎を乗っ取るか……)


 ……つらすぎるあまりか、なんだかとても不穏なことを本気で企てようとしているグンナールであった。




 エミリアは、布団の中でほかほか、くらくら。


(グ、グンナールお義兄様……好き……あ、暑い……恥ずかしい、あ、暑い……)


 グンナールの膝の上のエミリアが、ほてって、茹だって、限界を感じはじめた頃。

 ふいに、彼女の義兄が背後で重い口を開く。


「……エミリア」

「は、はひ……?」


 エミリアは、反射的に頼りない返事をしてからハッとする。

 ずっと何かに思い悩むように沈黙していた義兄が、やっと口を利いてくれていた。

 慌てて顔を上げて後ろを振り返ると……彼女を見つめる義兄のドラゴン顔は、なんだかとても硬い。赤黒い瞳はどこか気まずそうでもあり、緊張がにじむ。

 まだ心配しているのだろうかとエミリアが申し訳なく思ったとき、彼は言った。


「……身体はどうだ? 寒くはないか? 悪寒はあるか?」

「あ、はい……もう……もう十分です……」


 むしろ暑くて沸騰しそうです……と思いつつ答えると、グンナールのこわばっていた顔がほんのすこし和らいだ。しかしその表情はすぐに硬さを取り戻してしまう。


「……グンナール様……?」


 義兄はエミリアの顔を見ながら一瞬ためらいを見せ、それから自分の衣服から何かを取り出した。


「エミリア、これを……」

「はい?」


 柔らかく広げた手のひらで差し出されたものを見て、エミリアが、あ! と、声を上げた。

 そこには、黒と赤がグラデーションした艶やかな一片。見覚えのあるその薄い一枚に、エミリアの表情が輝いた。


「これは……あの方のウロ──」

「違う」


 歓喜してそれを受取ろうとした彼女の言葉を遮って、グンナールが首を振る。


「……え?」


 エミリアがキョトンと義兄の顔を見上げると、彼は真剣な瞳でゆっくりと告げる。


「……エミリア、これは、わたしのウロコだ」


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