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受領の儀の難題


 海から引き揚げられたエミリアは、すぐさまグンナールによって近隣の町の医院まで運び込まれた。

 そこで彼女はテキパキと処置され、女性看護人に着替えさせてもらい、医師の診察を受けた。

 エミリアを診た老医師は、「まあ……疲労と身体が冷えている以外は特に異常はありませんな」と言い、とにかく身体をあたためてゆっくりさせるように指示した。

 かくして彼女は、義兄が手配した宿亭へ。

 客室では、暖炉の火が赤々と燃えている。その炉辺に敷かれた絨毯の上で、現在エミリアは布団にくるまれ、グンナールの膝の上。

 唯一布団から出ている頭は先ほど湯で洗ってからまだ乾いておらず、義兄が布とクシとで丁寧に乾かしてくれている真っ最中。

 これらはすべて、海水と海風にさらされ身が冷えてしまった彼女を温めるためなのだが……。

 居たたまれないのは、ここに来てからずっと義兄が黙り込んだままであることだった。

 彼はエミリアの世話を甲斐甲斐しく焼きながらも、重苦しい表情で口を閉ざし続けている。

 その様子は明らかに怒りを耐えているようで。エミリアは申し訳なさ過ぎて、自分でやりますと、おずおずと申し出るも……。すると義兄は眉間を険しくして、ダメだと叱るように彼女を見る。これではエミリアは、されるままになるほかない。

 エミリアは布団の中で困惑の表情。眉尻を下げ、眉間にしわをよせて、ハラハラと考える。

(……グンナール様……怒っておいでなのかしら……わたしが無鉄砲に海に突っ込んだから……)

 確かに、泳力もないのに海に突進したのは無謀過ぎた。

 でもあのときは、彼の自分を呼ぶ声があまりにも悲痛で。あの胸が引き裂かれるような声を聞いては、自分が泳げるとか泳げないとか、そんな些事を考えている余裕はなかった。

(……でも、考えるべきだったわ。確かに危なかったんだもの)

 あんなことをして、もし義兄が自分がおぼれていることに気がついてくれていなければ、今頃彼女は海の藻屑。己の未熟さため息が出るエミリアだが……しかし現在彼女は、そればっかりを考えてはいられない。

 義兄に心配をかけたことには反省しきりだが……それを上回るのがこの状況への困惑。

 現在エミリアは、義兄が猛烈に好きだ。

 正直なところ、こんなに甲斐甲斐しくされたうえ、膝の上に鎮座させられては。暖炉の火にあたるまでもなく照れですでに全身は高温。

(いえ……それどころかゆだってしまいそうなのよ……)

 エミリアは、くらくらしながらグンナールの膝の上で耐えていた。

 内外両方からの熱でどうにも熱くて仕方がない。が……エミリアは、自分が義兄にとても心配をかけてしまったのだとは分かっている。ゆえに、なかなか『熱い』とは言い出せない。

 というか、この状況が天国過ぎて──いささか暑すぎる天国だが……どうにもこうにも身動きができないのである。



 ……今は片時も彼女を放したくない気分だった。

 波間でコロコロと波に翻弄されていた彼女を見つけたときは、本当に肝が冷えた。

 しかしそれも、その身が海底に沈んでいるのではと恐怖したことに比べればずいぶんマシ。

 不安のあまり、かなりの無茶をしてしまったが、彼女が無事だと分かった今、彼にとってそれはどうでもいいことだった。

 後始末はどうとでもなる。命はこの世でもっとも尊いものの一つだが、時としてそれはあっけなく奪われてしまう。失った後で後悔しても遅いのだから。多少の無茶は、天も精霊も寛容に受け止めてほしいところである。

(エミリア……よかった……)

 グンナールは、しみじみと安堵して布団越しの義理の妹をしっかりと抱きしめた。……これには布団だんご状態のエミリアが、彼の腕の中で(ヒッ⁉)と、さらに顔を赤くしたが……彼は気がつかなかった。

 ともかく彼としては、これではいよいよ彼女と離れがたくなってしまった。

 そもそもの話、彼女には自分のウロコを捧げておいたのだ。今回は海底にそれがあることに仰天し、そのことを失念していたわけだが……もし、それがきちんとエミリアの手元にあれば、命の危険にはそれが彼女を守ったはずである。

 グンナールはどうしたものかとエミリアの頭を見下ろす。

(……受領の儀を行えれば……ウロコが彼女のそばを離れることはなくなるのだが……)

 それを考えはじめると、緊張でつい顔がこわばった。(←これを見てエミリアが困惑)

 血紋ウロコの受領の儀。

 それはつまり、特別な意味を持つそのウロコを受けた者が、婚約の承諾を表明するために行う行為のことを指す。

 それさえすめば、血紋ウロコは正式に相手のものとなり、その身の一部となる。

 ただ……その行為というのが、現在のグンナールにとってはややハードルが高い。

(う……)

 無性に恥ずかしくなった彼はつい、己の喉に手をやる。

 エミリアに捧げたウロコがもともとあった、そこ。ウロコの欠けた、彼の首。

 受け取りの儀で、ここに相手からしてもらわなければならないのは…………


 “くちづけ”


「──ぐ……っ」

「⁉」※エミリア、唐突な義兄の苦悩に訳もわからずギョッとする。


 そのことを考えたグンナールはいっそう顔をこわばらせる。そんなことを、自分がエミリアにしてもらうことを想像すると……自分がそんなことを彼女に要求するさまを想像すると。

 とたん彼は言いようのない羞恥に、自分の竜人態の身体が内部からぼっと破裂して、全身のウロコが弾け飛びそうな気すらするのである……。


(……、……、……どうしたら…………)※グンナール苦悩。

(……グ、グンナール様……? い、怒り心頭が極まっておしまいになられたの……⁉)


 受領の儀の難題の前に、義兄は熱に惑い、義妹の誤解は加速する。





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