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溺愛の空 5 白波の下

 

 昨晩の一件があり、グンナールとしては、今はエミリアとは顔を合わせづらい状況だった。

 まず気持ちの整理がついていない。

 客人たちの見送りはおろそかにできない役目ゆえに、ああしてきっちりこなしたが、やはり昨日の戸惑いはまだそのままだった。

 冷静な顔をしていても、理性が恋情に阻害されるような悩みはそう簡単には片付かない。状況が許さぬと分かっていても、なんとかエミリアの傍にいることを選ぼうとする自分がいる。

 ただ、状況が状況だ……。

 自分に対する告白を、あんな形で聞いてしまったあとでは、どんな顔をして彼女に会えばいいかが難しい。

 いや、会いたいのだ。彼女に好意を向けられていると知って、むしろ諸手を挙げて、しっぽを振りまくって会いに行きたい。

 ……が……。あまりにも居たたまれない……。

 何しろエミリアは、あの告白を、まさかグンナール本人にぶちまけてしまったのだとは思ってもいないだろう。


『──わたくしめ、義理のお兄様が好きすぎてたまらないんです』

『ですから、申し訳ありませんが、わたしはあなたのお気持ちには応えられません。わたしは現在、優しくてお強いグンナールお義兄様に夢中です』


 あれは何度思い出しても、小気味いいほどにきっぱりとした言葉だった。

 でも、あの正々堂々とした告白は、あくまでも“名も知らぬ竜人族の求愛者”に向けられたもの。

 彼女の“グンナールお義兄様”に、向けられたものではない。

 これは、非常に気まずい。

 もしエミリアが、グンナール本人にそれをぶちまけてしまったのだと知ったらどう思うだろう。それを考えはじめると、彼は昨日に引き続き非常にハラハラしてしまうのである。

 あの感情豊かでひ弱な彼女のこと。跳び上がって驚いて、そのまま羞恥に耐えられず倒れてしまうのではないか。これはきっと、考え過ぎなどではない。グンナールは心配で心配で胃が痛かった。

 彼は地の性質の竜人族らしく、生来とても鷹揚な男で。何事も悠然と構えて対処できる性格であったはずが……。

 エミリアとの出会いで、どうやらすっかり心配性になってしまったらしい。

 ……まあ、無理もない。あのひ弱なのに、何事にも前のめりで体当たりな娘が相手では。


 けれども、そうして彼が悩んでいる間に、エミリアは母と叔父のケンカに同行させられてしまった。

 これは大変なことである。

 もちろん母や叔父が、彼女を進んで危険にさらすようなことはないだろうが、頭に血が上りやすい二人のこと。あの巨体で暴れているうちに周りが見えなくなって、不測の事態に彼女が巻き込まれないという保証はない。

 グンナールは焦燥感をなんとか堪え、彼女たちの行方を追った。

 クロクストゥルム上空に漂うエミリアたちの気配は薄い。これは彼女たちがかなり遠くへ行ってしまったことを示唆する。

 おそらくそれは、彼の母グネルの、愛しの夫の領地を巻き込まぬための計らいなのだろう。その判断は賢明だが、ただ距離が離れすぎるとグンナールには気配がつかみにくい。

 しかし彼はけして慌てなかった。

 町の上で滞空して周囲を見回すと、遠い南の空がやけに暗い。その不機嫌そうな色を見た瞬間、グンナールはその雲に向かって力一杯羽ばたいた。

 持ちうる力の限りに風を切って空を進み、ほどなくして海の鈍い煌めきが彼の視界に入ったとき。彼は水平線に重なるようにして、海上で殴り合っている母と叔父を見つけた。

 炎を吐き、雷で応戦……という派手な戦いを経て、結局最後は拳と爪、尾での直接的な乱闘になるのがこの兄妹のいきつくところ。……ちなみに二人とも無傷。これもまた見慣れた光景であった。


「いい加減にしなさいよゲレオン! このお節介の仕切りたがり! わたしの新生活を邪魔する気なの⁉」

「邪魔などしておらん! お前こそなんでいつもそう自分勝手なのだ⁉ 少しは立場というものを考えよ!」

「そんなもの気にしたところで何になるっていうのよ! バルドハートに『好き♡』って言ってもらえるの⁉ ほほほ! ならその立場とやらで、わたしよりあの子に好かれてごらんなさいよ! そうしたら逆立ちして踊り狂いながら謝ってやるわ! まあ無理でしょうけど!」

「キー‼」


 ……怒鳴り合うグネルらのケンカは子供のよう。だが、本日のグンナールには、いつものように二人の仲裁をする余裕はなかった。

 叔父と殴り合う母の腕の中に、彼女が連れて行ったというエミリアがいない。

 ホッとすると同時に不安に襲われる。あの小さな身が争いの渦中にないことはよかったが、行方が分からないことには心が騒ぐ。急いであたりの気配を探り──とたんグンナールは息をのんだ。

 そこから少し離れた下──海中に、彼は自分の魔力を感じて目を疑う。

「⁉」

 思わず身がすくんだ。

 眼下の灰がかった青い海は、大気を荒らす二頭のドラゴンたちのせいで大きく波打っている。激しい白波の下、そこから感じる気配は──まぎれもなく、彼がエミリアに渡した血紋ウロコの気配だった。

「ッエミリア⁉」

 喉がちぎれるかというような声でその名を叫んだグンナールは、次の瞬間、我を忘れて海の中に飛び込んでいた。



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