愛鳥の変わり果てた姿…
エミリアは幸せな気分だった。
なんだかとても身体があたたかい。寒い日に、暖炉の前でふんわり布団に包まれているような、そんな安心感があった。
身体がとても疲れていて、眠くて眠くて目が開けられなかったけれど、ときどき何かがすりすりと頬ずりしてきて、その優しい感触にホッとする。ぼんやりパールかなと思いもしたけれど、すぐに違うなと分かる。
パールは頬ずりなんてしてこない。なでると気持ちよさそうに目を細めてくれることもあるが……彼からのコミュニケーションは、もっと荒々しい。せいぜいが、手や足をくちばしでツンツンしてくるくらいである。※結構痛い……。
そもそも彼は、父の領地に残してきたのである。ここに、いるわけがない。
優しい感触がなんなのか確かめたかったが、まぶたが重すぎた。彼女はとても疲れていた。
ドミニクに絡まれた時は、なんだか彼が底知れぬ邪悪な目で自分を見ているような気がして、恐怖のあまり、何かが自分の中から飛び出して行ってしまいそうだった。
それは襲ってきた何かに、とっさに出してしまったナイフのような……そんな恐ろしさをエミリア本人に感じさせるもの。こうして脅威が去ったあとでは、出さなくてよかったと、心底感じるようなものだった。
敵を退けるためであっても、自分で加減のできない力は恐ろしい。それは、相手に思わぬ大怪我を負わせてしまう可能性もある。たとえ相手がドミニクのような不埒者でも、過ぎたる怪我を負わせるようなことはしたくなかった。
(……怖かった……)
目を閉じたまま思わずため息すると、なぐさめるようにまた何かが頬をなでていく。
そこへ、ふっと何かが香った。
優しくて、清涼感があって、でもかすかに甘い香りには覚えがあった。
とたんエミリアはぴょんっと心が跳ねた気がした。
これは大好きな香りである。
エミリアは心をときめかせながら、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。香りの主の膝に頭を預けた日のことを思い出し、幸せなまどろみを味わった。
「………………え?」
そうして目が覚めた時。エミリアは、思い切り眉間にしわをよせて、言葉を失くす。
幸せな気持ちが一転。あまりに奇怪なものを見て困惑。尖った三白眼は疑問の表情であり、怪訝な気持ちの表れであった。
ドミニクとの追いかけっこから数時間後。
寝台の上で目が覚めたエミリアの部屋に、なぜか……父の領地に置いてきたはずの愛鳥がいるのである。
気を失って自室で目覚めるのはいつものこと。しかし……愛鳥の登場は解せなかった。
彼女は、泣く泣く愛鳥を手放した。
のどかなクロクストゥルムでのびのび暮らしてくれればいいなと願って。立派なニワトリ小屋も用意した。女中のイドナとマチルダにも哀願してその世話を頼んできたのである。
それなのに……。
何故か今、彼はそこでのんきにリンゴの皮をつついているのである。
「え? まぼ、ろし……?」
エミリアは一瞬見間違いかと思って、彼を凝視。だってなぜなのか……愛鳥の身体がぴかぴか光っているのだ。
白き羽毛が薄い金色の光を放っていて、なんだかトサカはバチバチいっていて怖い。
「…………何、あれ…………」
エミリアは怪訝なあまり、つい愛鳥を遠巻きにしてしまう。
彼は愛する家族であるが、なんだかのんきな顔をしてバチバチしているのがとっても怖い。
彼女もまだこのときは寝起きということもあって、うまく頭が回らず状況が理解できない。途方に暮れてしまった。
「…………パール?」
恐る恐る呼んでみると、愛鳥はコケッと短く鳴いて。いつもどおり首を小刻みに上下させながら彼女のほうに来る。
ただ、その身はやはりなんだかプラチナゴールドで。トサカはバチバチ。エミリアは、つい寝台から乗り出して聞く。
「ど、どうしたの? なぜ光って……え? まさか……ドミニクに金色の絵具でもぬられた⁉」
ここでやっと意識と記憶がリンクした彼女は、その者の不埒さを思い出して殺気立つ。
気を失う直前、彼にやりこめられていたのだと思い出し、思わずむかっ腹が立ったエミリアは、勢いよく寝台を飛び降りた。
「あの人でなしめ! 早速パールに手を出したのね⁉ ト……トサカはどうやってバチバチ言わせてるの……⁉」
戸惑いつつ、怒りつつ。許せないと部屋の扉に向かって一直線に駆け出したエミリアは……。
しかし、すぐに誰かに首根っこをつかまれ強制停止。
「っうぐ⁉」
「待った待ったお嬢様! パジャマパジャマ!」
常識的なことを忠告しながらエミリアをふん捕まえたのは、もちろんニコラ。
「あ! ニ、ニコラ、いいところに! パールがドミニクに金色にされちゃったのよ!」
慌てて訴える娘に、しかしニコラはなぜか生温かい表情。
「ああ……ええと……ま、とにかく落ち着いて。あれは、あの坊ちゃん野郎の仕業じゃないですから」
「え⁉ じゃあミンディなの⁉ それともヨシュア⁉」
犯人は誰だと、怒った猫のように殺気立つエミリアに、ニコラは諦観のまなざしで首を振る。
「大丈夫……多分、大丈夫ですよお嬢様。あれはね、グネル奥様のしわざです」
「え……?」
その名を聞いて、両手を握りしめていたエミリアの表情から、怒りがコロリと消えた。
「……、……グネルお義母様……?」
「あー……いえ、正味、あの方たちのウロコを『力の象徴だ!』とか言って騒いでねだった本鳥のせいなので、今件では誰も責められるものではないかと」
「?」
その説明に、エミリアは思い切り解せぬという顔。三白眼にグッと力をこめて自分を見上げてくる娘に、ニコラは「いいんです、いいんです」と、さらに首を振る。
「とりあえず、ゲレオン様が犠牲になっただけで、あいつはいつもどおり阿呆なのでご心配なく」
「……、……、……阿保、なの……?」
ヒヨコ婦人のため息交じりの説明に。エミリアは正直ぜんぜん状況がつかめず、それしか口から出なかった……。
そんな彼女に怪訝に見つめられる愛鳥は、やはりバチバチトサカを鳴らしながら、今度は菜っ葉をつついている。




