最強のニワトリ
ここでようやくゲレオンは、エミリアが抱いていた白く太々しい顔の鶏を思い出したようだった。
だが、その雄鶏に、自分のウロコを与えるという妹の発言は、彼に更なる驚愕を与える。
ただのウロコではない。血紋ウロコを、と、妹は言っているのである。
それは、彼らの種族にとっては、時に婚約の申し込みや義兄弟の契りなどに使われるほど特別な親愛の証。
血と魔力をこめて、相手をこの先ずっと守るという決意表明なのである。
その極めて貴重なものを、名もよく覚えていなかったような相手……というかニワトリに軽々しく与えるなどできるはずもなく……。
ゆえにゲレオンは、泡を食って妹を見た。あまりの要求に絶句していたいが、文句を言わねばとても気がすまぬという怒りの顔だ。
「な、ば……っ、何を言っている……⁉」
「だぁってほら、パールを手放してバルドハートはとても悲しんでいたでしょう? あの子のために、パールを最強のニワトリにするのよ」
エミリアは、パールがドミニクやミンディに害されるのではないかと恐れて領地に残していった。
しかし、彼はエミリアにとっては可愛い愛鳥。ヒヨコの頃から世話したパールはエミリアの宝である。
ゆえに、自分たちの兄妹ゲンカに彼女を巻き込んだ償いのためにそうするのだと、そうしたらパールは何者にも害される心配がなくなるでしょう? と。
平然と説明するグネルに、ゲレオンは唖然。
けれどもその反対に、彼の絶句の隣では、グネルの息子が納得の表情。
「……なるほど、その手がありましたね」
「おい⁉」
真剣に同調して手を打つ甥に、ゲレオンがギョッとしている。
「な、ば、馬鹿な⁉ なぜわたしがそんなことをしなければならない⁉ 貴様がやればいいだろう⁉」
当然の如くゲレオンは拒絶を示すが、そんなことを、継子愛に燃えたグネルが訊くはずがなかった……。
彼女はもちろん兄を一喝。口から炎を噴き出しながら反論。
「お黙り! わたしのウロコは頭の先からつま先まで、すべてアルフォンス様のものよ! 新婚の新妻になんて無粋なことを言っているのかしら……失礼しちゃうわ!」
いかにも当然だろうという顔でプンスカ怒っているらしい妹に、ゲレオンはもう……なんと返せばいいか分からない。額に手を触れ、呆れの表情。これにはグンナールも同じような呆れは感じたものの、彼は沈黙を選ぶ。放っておこうと思った。母の強引さには呆れるが、彼もパールを最強のニワトリにする案には賛成。……というか、ここまで荒ぶる母を止められる者は、おそらく現在の竜王国にはいない。それこそアルフォンスかエミリアを連れてこねば無理であろう。
「……(諦め)」※息子
「いや、お前、あのな……」
「あのな、じゃないのよ、お兄様? いいからさっさと血紋ウロコをよこしなさい!」
「っ貴様はわたしを誰だと思っているんだ⁉」
ゲレオンは激昂して妹に怒鳴る、が……聞く相手が悪すぎた。
怒りを向けてきた兄に、グネルは、はぁ? というチンピラ顔で鼻を鳴らす。
「は! またそれ⁉ 竜人族の貴族が何が偉いっていうのよ! 始祖の血を引いてちょっと魔力が強くて長寿でウロコが固いからって、他の種族を下に見て……馬鹿馬鹿しい血族主義はもううんざり!」
軽蔑したような妹の物言いにゲレオンは困惑を見せるが、そんな兄に彼女はどこか誇らしげに訴える。
「わたしのアルフォンス様を見てごらんなさいよ! 強いウロコも魔力もなくても勇敢で、雄大な空のようにお優しくって、懐も海のように深い。わたしのことを助けて負傷したのに、男爵位程度の礼しか許さなかったアンタの突然の訪問にも礼節を尽くしてくださって! 異種族のわたしのことも、偏見なしにとぉおおおおっても大事にして下さる!」
うっとり熱弁するグネルに、グンナールもうんうんと頭を上下させて同意。まったくもってそれである。こんなに乱暴な母を御し、優しく愛で包み込めるアルフォンスは、彼にとっても本当に得難い得難い貴重な存在だ。
さらに言えば、母はいささか強引過ぎるが、言っていることは案外まとも。
種族をまとめる貴族の存在は国にとって必要ではあるが、必要以上には偉ぶる必要はないし、他種族のことも尊重してしかるべき。
彼女を助けたアルフォンスの引退時のこともその通りで、彼に男爵位と小領が与えられたのは、人族の王とゲレオンとの取り決めだったのである。これをまだ不足だと不服に思っていることもあって、グネルは顎を上げて兄に向って叩きつける。
「あれこそが本当の高貴さよ! あの方はわたくしの宝! そんな旦那様とその娘を守ろうとして何が悪い⁉」
そう言い渡すグネルの口からは、黒煙が上がり、火が爆ぜる。そんな妹に、ゲレオンはムッとして。何かを言い返そうとグンナールの背中の後ろから出てきた、が……。
おそろしき火山鬼は、兄の反論を折る。
「我々はただの竜人族貴族では──」
「っうるさい! アンタにどんな肩書があろうとね! アンタは新妻のわたしの兄で、バルドハートきゅんの義理の伯父よ! いつまでもガッタガッタ抜かしていると、パールをわたしの養子に迎え入れて、お前をパールの義理の伯父にしてやるわよ⁉」
「な……っ⁉ ……な……な……っなにぃっっっ!?!?!?」
グネルによってバーンと言い渡されたとんでもない脅しに。憐れゲレオンは、あまりのことにクラリと来たらしい。
「こ、高貴なるわたしが……ニワトリの……義理、伯父……⁉」
「……」
呆然としてよろめいた伯父を、グンナールが無言で受け止め支える。
……さすが母。
思ってもみない角度から攻めてきたものである。
内心感心(※呆れ八割)しつつ、彼は真面目に応じる。
「……鳥族との養子縁組は我が国では前例はありませんが、ゆえにできぬとも言い難い。法の穴を突けば、なんとかなるやも」
「なんとかなるじゃないの、やるの」
ドきっぱり言って返すグネルはさすがである。
が、そんな親子の恐ろしい会話に、その間にいたゲレオンはワナワナ震えだす。
「っ愚か者! 鳥族……あれはただのニワトリぞ⁉」
彼は青い顔で力一杯主張したが……グネルは冷淡な顔で兄を見下ろすばかり。
「だから何よ? あんた偉いんでしょう? やりなさいよ」
「………………」
まさに、横暴の火山鬼。
彼女に上から睨まれた兄は……もう精神がもたなかった。
彼はこのあとげっそりしながら妹に白旗を上げ『ニワトリの義理伯父にされるくらいなら……』と、ウロコに泣く泣く力をこめた。
……と、いうような経緯で。
かの呑気な雄鶏は、恐ろしきグネルとの養子縁組を免れ、ゲレオンの血紋ウロコを手に入れた。
そしてグネルに命じられた者によって学園に送り届けられた彼は、胸にあの気の毒な竜人族の男から得た《力の象徴》を燦然と輝かせている。
これは、ニワトリ界では初の快挙!
高貴なる竜人族の恩寵たる血紋ウロコを、その界隈で初めて得た英雄(?)。
その名をパール。
これは、ニワトリ界の歴史に深く刻まれることと……は、ならなかったが。
とりあえず彼は、窮地にあった主を救うことに。
彼は黄金に輝く翼を広げ、主をいじめていた男に襲い掛かった。まずはその顔面に蹴りをいれ、慌てて逃げていく背中にドスドスと追撃。
その蹴りは、そのままでもまあまあ痛いが、さらにそこに血紋主ゲレオンの魔力付加で、電撃が加わり相当な痛みを不埒者に与える。
彼は満足だった。
やはりこれは《力の象徴》だった。
「……コ……コケエエエエエエエッ(我、力ヲエタリィイイイッ)!」
「っやめなさいお馬鹿! お嬢様が起きちゃうでしょ!」
歓喜の雄たけびを上げた雄鶏は。しかし、直後ニコラに『これでも食ってろ!』と、リンゴの皮をもらう。彼はそれをつつくのに一生懸命になり、自分が最強のニワトリであることなどさっさと忘れてしまったという。




