エミリアの嫉妬、再び
しかしニコラがパールに辛口なのはいつものこと。それが返って愛鳥の無事を証明してくれているな気がして、ひとまずエミリアは落ち着きを取り戻した。
でも、と、その指先は、寝台の横で眠そうにしているパールに向かう。どこかこわごわとしているのは、トサカのパチパチ音のせいだろう……。
「でも……あの色は? お、お風呂に入れたほうがいいんじゃないかしら……? それか砂浴びとか……」
パールは普段乾燥した砂で土浴びをすることで身体の清潔さを保っている。
心配そうにパールを見ているエミリアに、ニコラはいえいえと首を振る。
「あれ、とれません」
「ええ⁉」
そんな、と、愕然とするエミリアは、どうやら愛鳥がきんぴかであることが相当気になるらしい。が、ニコラはそれより、と、エミリアの顔をじっと見る。
「お嬢様、お身体は? 具合の悪いところはないんですか?」
その思考から、さっさとのんきな雄鶏のことを追い出してしまったらしい婦人は、愛らしいヒヨコ顔を険しくして、心配そうにエミリアの顔色を見て、それから全身を検めている。まだパールが気になって仕方がないエミリアではあったが、あらどうかしら? と、自分の身を見下ろした。
「……ええと、特に不調はないみたい……」
それどころか、なんだかとても元気な気がする。あんなに怖い思いをしたのに、その余韻すら感じない。ここで彼女はついさっきまで見ていた夢の幸せな気持ちを思い出し、じんわり微笑む。
と、そのときだった。自分の胸を見下ろした彼女は、ふとあるものに気がつく。
「あら……?」
己の胸に下がっている、母の絵姿を収めたペンダント。そこから何やら不思議な気配。吸い寄せられるようにそのロケットペンダントの蓋を開け、エミリアは、あっと叫んだ。
「! ウロコ!? え⁉」
そこには、黒と赤のグラデーションの小さな欠片。
けれどもそれは、失くしてしまった義兄のものとはやや形状が違う気がして。
エミリアは、素早くウロコを鼻に近づけ……あれ? と、瞳を瞬いた。
「……お義兄様の匂いがする……」
「まあ……やっぱりお嬢様の前世は犬族か何かなんでしょうかねぇ……」
エミリアの言葉に、ニコラが感心(?)。いや、犬族云々は置いておいて。
「よくお分かりになりますね。わたしにはロコさんのウロコとちっとも見分けがつきませよ……はい、そうです。それは、あの黄金の阿呆(※パール)と一緒に、こっそり添えて贈られてきました。……若旦那様からだそうですよ」
ニコラの言葉に、エミリアはやっぱり! と、破顔。
「そうだと思ったわ! だってグンナール様の匂いがするんですもの!」
それは夢の中でも感じた香りと同じもの。エミリアは嬉しそうに、とても大切そうに小さなウロコを胸にかき抱く。
けれどもひとしきり喜んだあと、エミリアは首をかしげた。
「あら……? でも……グンナール様はどうしてもう一度ウロコをくださったのかしら……?」
こんなにタイミングがよく、まるでエミリアがウロコを失くしたのを知っていたかのようにそれが贈られて来たのがとても不思議。
エミリアはハッとした。
もしや自分は、義兄の目にものすごいうっかり者と映っていたのか。だから失くすことを見越し、予備とか……そういうつもりで贈ってくれたのか。
その懸念に、エミリアは困惑のまなざし。だって大好きな義理の兄に、そんな粗忽者と思われたくない。だが、ニコラもその答えは知らない。
「さあ……? でも、お手紙も添えられいました。そちらに理由が書いてあるのでは? テーブルに置いおきましたので、お読みになられてはいかがで──」
すか、と。ニコラが言いかけた時には、もうそこにエミリアは既にいなかった。
義兄からの手紙、と聞いて。すぐさま部屋の奥にUターンしていった素早さに、ニコラはやれやれと呆れ顔。
……そんな二人と一羽のようすを、窓の外からこっそりうかがっているものがあった。
ロコである。
闇夜に紛れるようにしてエミリアの部屋の中をのぞいていた竜人族の青年は、テーブルに置いてあった手紙にかじりつくようにして、それを読んでいるエミリアを確認し両手で顔面を覆った。
(よ──よかったぁあああああっ!)
彼は心の中でグンナールに感謝し、大いに称賛した。
実はかの竜人族の青年からは、彼宛にも短い密書が届いている。
それは、ゲレオンとグネルの二重の命令を下されたロコの窮状を正確に読み取ったうえでの配慮である。
きっとゲレオンにウロコを取り返せと言われているのだろうから、それとは別にもう一枚血紋ウロコをエミリアに贈るゆえ内密にせよ。最初のウロコは主に届けてくれて構わない、と。
この差配にはロコは惚れ惚れ。
(さすが坊ちゃん! 本当に……っ、有難い!)
ロコとしても、そのウロコを失くして必死で探し回るエミリアに弱り果てていたところである。
悲しみながら土を掘り、枯葉をかき分ける姿を、無駄と分かって見ているのは本当につらい。そのウロコがすでに彼によって密かに回収されていることもあって罪悪感が半端なかったのである。
ちなみにだが、その血紋ウロコは今回グネルの使いでやって来た同族に託し、ゲレオンのもとへ届けられる予定である。
丁寧に梱包したグンナールの血紋ウロコを同族に渡すときは、まだ青年の差配を知らなかったロコは、非常に葛藤した。
これを渡してしまえば、エミリアがどんなに悲しむかと思うと手が震えるほどであった。
……が、そこへあの贈り物の登場である。
血紋ウロコの魔力がゲレオンに察知されぬよう、しっかり魔力を遮断する箱に収められたそれは、ニコラによって定位置だったエミリアのペンダントの中に収められた。
闇の中、ロコは、感謝の涙がせり上がってくる目頭を押さえて、長い長いため息。
これでやっと幼子(?)を騙しているような罪悪感から解放される。
彼は思った。
(……やっぱり……ついてくなら断然グンナール様だな……)
「はー……マジ助かった。ありがとう坊ちゃん!」
ロコは両手を組み合わせて煌めく星空を拝んだ。
……が、しかし。
「え………………?」
翌朝、ロコは絶句した。
やったあ、これでもうあの痛々しい令嬢のウロコ探しからは解放される! と、喜んでいたところ。
しかし早朝に寮の外に出てきたエミリアは、小首を傾げて言うのである。
「え? グンナール様のウロコ? 今日も探しますけど?」
「ええ⁉ な、なんでですか⁉ だ、だって……坊ちゃ……グンナール様から新しいウロコ、貰ったんですよね⁉」
キョトンとしたエミリアの胸には、ロケットペンダント。そこからはグンナールの血紋ウロコの気配がプンプンしているのに。
エミリアは驚くロコに、当然のごとく言う。
「だって……大切なお義兄様のウロコを行方不明のままになんてできません。どこかで土にまみれているのではと考えるだけで悲しいですし、もし、他の人に拾われて、きれいな宝ものになんてされていたらどうします⁉」
「え、え、え……ど、どうするんですか……?」
ほとほとと汗を滴らせながら問い返すと、エミリアは、ド真剣な三白眼で答えるのだ。
「嫉妬で死にそうになります。わたしが」
「……………………」
この返しには、ロコはもう、言葉もない……。




