ドミニクとの再会
そのころ。
学園側から緊急の呼び出しを受けたニコラとロコは、事務室でそれを見て絶句での呆れ。
「え…………?」
「………………マジ……?」
思わず顔を見合わせる鳥人族の婦人と竜人族の青年は、二度見でその“贈り物”を凝視。
その箱を抱いている竜人族の使いもなんだかとても困った顔。
「……すみません、グネル様からです……」
「ぇえぇ……?」※ニコラ
「……でしょうね……」※ロコ
それは、とてもとても神々しい輝きをはなっていた……。
さて、こちらは久方ぶりにドミニクと邂逅したエミリア。
その姿を見たとたん、エミリア、フルの警戒。
「⁉」
この青年に、突き放された日のことを思い出した。
別の娘に寄り添う姿を見せつけられて、抱いていた愛情を切り裂かれたことを思い出し、三白眼が吊り上がる。全身からは、全力の『近寄るなオーラ』が噴き出す。
身構えた手足はドミニクがいつつかみ掛かって来てもいいよう防御の姿勢。──いや、むしろこっちから飛び掛かりそうな彼女の手は、まるで獲物をわしづかまんと狙う鷹の趾のようだった。
「何⁉ なんですか⁉」
「いや、あの……元気にしてるかなって」
へらりと笑う顔は、以前のままだった。が、その言葉を聞いて、エミリアがドン引く。
それが、無理やり婚約破棄を仕掛けた側の言葉だろうか。
しかし、もちろんエミリアは、元気がないなんて言ってやらない。
「はぁ⁉ 元気ですけど何か!?」
「そ、そんなに怒らないでよ。久しぶりに会ったんだからさ!」
「⁉」
苦笑しながら言われた言葉に、エミリアは驚く。
いやおいなんだとこら、わたしが怒らねば、いったい誰が怒るというのだ。
お前は自分たちの所業を忘れたのか。久しぶりとか関係あるもんか。怒りは時を超越するんだぞ。
──と、そういった感情がエミリアの中で高速で駆け回ったが。
それはあまりに呆れの嵐過ぎて言葉にはならなかった。
あまりにあまりに腹が立って、どこから手を付けていいか分からず、この時点で疲れ果ててしまったと言っていい。
ゆえにエミリアは沈黙し、ドミニクを睨むにとどまった。
そして思い出した。
この男は昔からこういう無神経なところがあった。
それを、恋愛の力で大目に見てきたところがあったのだと、エミリアは今更ながらに気がついた。
「………………(恋愛って怖い……)」※げっそり
「ね、元気にしてた? ずっと気になってたんだ、ほら、あのあと、エミリア、すぐ父君のところに帰ってしまっただろ? 長旅で倒れてないか心配だった。エミリア、馬車移動苦手でしょう?」
大丈夫だったの? と、当たり前の顔で問われてイラっと来た。
無駄に自分のことをよく分かっている男が腹が立つ。そんなもの、もうなんの役にも立たないのに、今更ひけらかしてくる言葉が忌まわしい。
「……お気遣いどうも。ではわたしはこれで」
相手にするのも馬鹿らしく、エミリアはさっさとそばを離れてしまおうと思った。けれども足を踏み出すと、何故か彼はそんなエミリアの隣を歩く。
「⁉ ちょ、ちょっと⁉ なぜついてくるのですか⁉」
「え、だってもう少し話がしたいし」
「⁉ 話などございませんが⁉」
「え? わたしはあるよ?」
「⁉」
この図々しさにはウッとするが、これがドミニクという男だった。そう思いだした。
勉強で忙しいと交際の申し入れを断っても、こうやって子犬のようにまとわりついて、懐き倒し、結局エミリアが諭されて折れるまでそれを続けた。そういう奴である。
けれども今では状況が変わった。ゆえに、エミリアは正直にキレた。
「ちょっと! ぶん殴るわよ⁉ こんなところをミンディに見られたらどうするの⁉ 恋人なんでしょう⁉」
「あはは、エミリア、殴るって。君に殴られても痛くもかゆくもないしなぁ」
「⁉」
笑い飛ばされたことにエミリアは仰天するが、ここでドミニクが深々とため息。
「ミンディかぁ……あの子、最近束縛が激しくていやになるんだよね。ちょっと別の女の子の話題を出すと不機嫌になるし、君の話をしようものなら真っ赤になって怒ってさ、高価な贈り物をしないと絶対に機嫌が直らない。なんだか疲れるんだよね……」
「は……⁉」
エミリアは目を剥いた。ミンディにではない、なんだかとても被害者面をしているこの男に。
ミンディが富豪の娘で贅沢好きなのは昔から。そんな娘を選んだのは自分ではないのか。
おまけに、そちらがそんな状況ならば、現状の彼とエミリアをもしその娘が目撃したら、恐ろしい事態になるとは思わないのか。
これにはエミリアは憤怒して地団太。
「っそんなこと、あなたと婚約を破棄したわたしに言うべきこと⁉ 愚痴なら他で言って!」
「ええ? 冷たいこと言わないでよ。君とわたしの仲じゃない」
「⁉ ⁉」
平然とそんなことを言う男に、エミリアは空いた口がふさがらない。
人間ここまで自分の所業を忘れ去れるものか。
相手がそれによってどんなに傷つくか、腹が立っているかも忘れ去り、こんなに堂々としていられる人間がいるとは。
と、ここで彼女は気がついた。つまり、ドミニクは彼女に頼ることに慣れ切っている。
入学当時から彼女のあとをついてまわり、試験のたびに勉強を教えてと頼り切りだった。
そうした時間が何年もあったゆえに、彼にとって、エミリアに頼ることは息をするように自然なことと化しているのだろう。あんなことをしでかしておいてさえも、だ。
けれどもそれは、エミリアにとっては、
「め、めいわく……だわ⁉」
「え? 何が?」
愕然とするエミリアに、ドミニクはあっけらかんとしている。その顔に、エミリアは信じられないものを見る思い。
「……世の中が広すぎる……こんな思考の男がいるとは……多様性の世の中だとは言っても、いくらなんでも……い、いえ⁉ そうではなくて!」
一瞬、途方に暮れすぎて、世界の不思議に宇宙を見てしまったが。虚無っている場合ではなかった。
ドミニクが厚かましかろうが、底抜けの無神経男だろうが、もうエミリアには関係ないのである。
彼女はとにかく、この自分勝手な男からさっさと離れなければと焦った。
この、理解しがたい男からさっさと離れ、正常な思考を取り戻し、日々の日課に勤しまねば。
(お、義兄様のウロコを探さねばならないのに……!)
いや、もしここで、彼が自分に謝ろうとか、そういう殊勝な素振りがあるのなら、エミリアも相手にするかもしれないが……現状ここまでのドミニクには、そんな素振りは皆無。
ただひたすらに、過去のことをなあなあで済ませ、何やら愚痴を吐き出そうとしているだけの男など、相手にしていられない。さっさと逃げだしてしまいたかった。
けれども、残念なことに……
エミリアは足が遅い。
これまでも、彼に付きまとわれたことは何度もあるが、その一度として逃げられたことがないのは、それが原因の一つである。
ドミニクは座学の成績は悪いが、足は速い……。
昔はそれが素敵に思えたが、今となってはうっとうしい。そして、とても悔しい。
「! なんたる屈辱! こんな時にも虚弱が足を引っ張るのね⁉」
「ちょっと待ってよエミリア!」
「ぃいいいっやよ!」
エミリアは歯を食いしばり、躍起になってドミニクから逃げ回る。
なんとかまこうとして、あちこち歩き回り、目的地であるいつもの廊下とはまったく別の方向へ向かっていたし、ロコたちからもどんどん離れて行ってしまっていたが……気がつかなかった。
「ちょっと! ついてこないで!」
「待ってよエミリア! 昨日もさ、あの子わたしの本を粗末に扱ってさ、それを指摘しても謝りもしないんだよ……」
どう思う? と、不満げに訊かれて。知ったこっちゃあるかい⁉ と、心の中で叫びつつエミリア。
(な、なんなのよ! なんなのこの男は!)
延々愚痴を口にしながら追いかけてくる元婚約者のしつこさに。エミリアは次第に恐怖すら覚えはじめていた。




