エミリアの朝活夜活
毒々しい竜人族の娘が己の邸でグンナールの血紋ウロコを血眼で探していた頃。
人の都、王都のハイトラー学園でもまた、ある娘がそれを必死で探していた。
その娘……エミリアは、今日も今日とて穴を掘る。
「……、……、……ない……」
「……、……、……(すんません…………)」
掘り起こした土のうえで、げっそりしたエミリア。じんわりメソる彼女の背後で、同じくそれを探すフリをするしかない竜人族の男が罪悪感に苛まれている。
自分が探すからといっても、どうしてもやると言ってきかないエミリアに付き合いながら、密かにため息する彼は、本日は人態。その全身は、何故かここに来た時とは服装がかなり変わっている。
ダボっとしたショートケープの下に、小さなフリルのついた白い縦襟のブラウスとオレンジ色のベスト。下は細身の白いスラックス。首元には同じ色の大きなリボンが結ばれていて、なんだかとても可愛らしい出で立ち。ここに来た時の全身真っ黒だった服装からすると、かなりの変化である。
しかしもちろんこれは、竜人族の戦士たるロコが好んでやっていることではない。
そこで穴を掘っているエミリアが、彼がここで生活するうえで、
『(ロコさんはいかついので、学生たちを怖がらせないために)学園ではもっとかわいい恰好をしてください』と、希望。
彼女の好みですべてがコーディネートされた結果がこれであった。
ロコは正直、こんな格好は恥ずかしいのだが……グネル法により彼女の下僕となったからには拒めない。
おまけに彼は今、エミリアに大いに罪悪感を抱いている。
それがいかにメルヘンな服装であろうとも、彼は耐えるよりほかなかった。
ともあれ、そんな彼らが現在居るここは例の現場。
エミリアが、グンナールのウロコを紛失してしまったあの廊下の外である。
新たに主従となった彼女たちにとって、このいささか複雑な捜索活動はもはや日課となっていた。
エミリアは、毎朝寮の外出可能時刻になると、ここへきてウロコを捜索。
義兄のウロコを探して地面を掘り、植木に引っかかっていないか丁寧に確かめて、もう一度地面を確かめる──という地道な作業のループ。
これをもう何回繰り返したか分からないが、それでもウロコは見つからない。
「………………どうして………………?」
エミリアは、途方に暮れて頭を抱えた。
「ここまでしても見つからないなんて……もしかして……もうとっくに誰かに拾われてしまった……?」
「…………」
エミリアの呆然とした疑問に、ロコはもちろん答えてやれない。
「どうしよう、そりゃああんなに美しいウロコ、見つけたら誰だって自分の宝物にしたくなるわ……どうしよう……」
あああぁぁ……っ、地に身を折って唸る娘の苦悩に、ロコは胃が痛い。と、その背後でニコラが言う。こちらの鳥顔も土まみれである。
「お嬢様、もう諦めて若旦那様にもう一度ウロコを頂いてはどうですか? お優しい若旦那様ならきっとまたくださいますよ……」
ニコラも疲れた表情で言うが。しかし、エミリアは、手伝ってくれる彼女とロコに悪いとは思いつつも、その提案をよしとしなかった。令嬢はこぶしを握って力一杯の反論。
「ダメよ! 絶対探し出さなきゃ! 誰かが拾っているならまだしも……グンナール様のあの美しいウロコが土に埋まっているかも、雨ざらしになってるかもしれないと思うと……い、いたたたた……っ」
「お、お嬢様⁉」
痛そうに腹を押さえるエミリアに、ニコラが慌て、ロコが沈痛の面持ち。
「ぅう……やっぱり駄目よ、諦められない……」
はぁはぁ息を荒らしながら、ウロコを探すエミリアのこの朝活。
だが、もちろんそれが現場から発見されることはないわけで……。
結局エミリアは、毎朝泣く泣く時間に阻まれてこの場をあとにすることになる。
その後はげっそりして朝食を食べ、授業を受けて、放課後はまたウロコ捜索。
そしてまた落胆のなか食事をとって就寝……のフリをして、体力強化のためにロコと魔力の授業。
これでは、身体の弱いエミリアがいつ倒れてもおかしくないが……しかし、そこは彼女のグンナールに向ける思慕と、魔力の上達が功を奏す。
エミリアは、魔法石を握りしめ、必死の形相。※魔法石、割れそう……。
「お義兄様のウロコを……! お義兄様のウロコを、絶対に探し出す‼ そのためには倒れてなんかいられない……! 絶対に、魔力を安定させて体力を回復させ続けてやる……‼」
あらん限りに見開かれたミントグリーンの三白眼。
自身のなかにあるブラコン魂を、注げるだけ魔法石に注ごうとするそれは……なんだか回復とは別の力をそこに生んでしまいそう。
ただ、この燃えるような、しがみつくような熱意は、彼女の魔力の修練にはかなりのプラスに働いた。
教えるロコとしては居たたまれないが、メキメキ上達するエミリアを見ていると嬉しくもあるから困りもの。
「……で、でも、さすがに毎晩やるのはお嬢様、身体を壊しますって……」
心配するロコに、しかしそこはやはり前のめりなエミリアが謎の自信を見せる。
「大丈夫ですよ、ロコさん。そこはギリギリ魔法石での回復が勝っているようです、有り難いことです。これはぜひ続けていかなければ……!」
「で、でもぉ……(居たたまれねぇっ!)」
「(ロコさん、何か苦悩している……?)あら……なら、ロコさんは、わたしに付き合うことありません。わたしの寝台で眠っていてくださっていいのですよ?」
もうコツはつかんだから、あなたはニコラ対策さえしていてくれればいいですとエミリア。
「わたしは絶対に強くなって! お義兄様のウロコを見つけるのです! ウロコをこの手に取り戻すまで、わたしは絶対に立ち止まりません!」
うぉおおおお……! と。
前のめりなのはいいし、彼女の魔法石を扱う腕も上がっているのは幸いだが。
ロコとしては、これはこのままやらせておくのは心が痛む。もちろん彼女を置いて眠る気になどなれようはずがない。
「……俺……本当にどうしたら………………」
「? 寝てください?」
そんなこんななエミリアたちの朝活夜活の日々に。変化が訪れたのは数日後のことだった。
この日もエミリアは、授業が終わると、急ぎ教室を出る。
周りの者たちの反応は相変わらず。ペンダントを奪われた日の騒動もあって、またミンディたちがあれこれと噂を流したらしく、新しい悪役令嬢の話題を手に入れた学生たちはエミリアを遠巻きにしてコソコソ話。注がれるまなざしも冷たいが、でも、今のエミリアにはそんなものにかまっている暇はない。
一刻も早くウロコを見つけなければと、その紛失現場に急ぎ、ニコラやロコがやってくるのも待たずに駆け出した、のだが。
そんなエミリアを、おずおずと呼び止めるものがあった。
「……エミリア……」
その声に、思わず彼女の足が止まる。
校舎を出た先にある歩廊の柱の前に立っていたのは、ドミニクであった。
「……ドミニク……?」
彼女がその名を怪訝につぶやくと、彼は片手を上げて少し気まずそうに笑った。




