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毒の親子

 自宅のどこにも望むものがないと理解したとき、壮絶に怒り狂っていた彼女は、荒れ果てた邸のなかで絶望の沈黙に沈んだ。

 素晴らしく豪勢だった邸内は、いまや悲惨な有様。

 収納用の家具は、小さな引き出しのついた机から、大箪笥までもが荒らされて、その中に収められていたものはすべて床に散らばっている。

 箱の類はもちろんのこと、調理場の奥に置いてあった食料品の袋、執事たちが厳重に管理していた宝物庫の中身までもが荒らされて。その価値に関わらず一様にゴミのように床に放り出されているさまはかなり異様。アダルギーシアの計り知れない執念深さをうかがわせていた。


 けれども、こうまでしてもなお、目当てのものが見つからなかったとあって彼女は荒れた。

 竜態の彼女に、邸の壁も床も、カーテンや柱にいたるまで、苛立ち紛れの破壊行為を受けて散々。美しかった邸はすっかり様変わりしている。もし邸に盗賊が押し入ったとて、こんなに調度品が破壊しつくされることはないだろうというほど。

 このすべてが一人の令嬢によって行われたとは、おそらく他所の者は信じないだろう。


 邸を探しつくし、怒り狂って終いには沈黙したアダルギーシアのまわりでは、使用人たちが怯えた顔で彼女を見守っている。

 そこに、ようやく職務中であった彼女の両親たちが駆けつけた。

 邸の変わり果てた有様を見て、毒の公と夫人は唖然。これは何事かと執事を怒鳴りつけて説明させようとすると、その声に反応したアダルギーシアが、涙を振りまき父に飛びついてくる。


「お父様! なんとかしてください!」

「アダルギーシア……これはいったいどうしたことだ⁉ なぜこんな……」


 いつもは娘に甘い公爵も、さすがにこれには言葉もない。

 しかし、父親にすがったアダルギーシアは泣きながら訴えた。


「だって! グンナール様がくださったはずの血紋ウロコが見つからないんですもの……! 絶対にあるはずなのに……! わたくしにくださったはずなのよ!」


 涙で絶叫する娘の言葉に、毒の公は「そうなのか?」と、怪訝そうに執事を振り返る、が……。

 執事は分かりません、何も知りませんと首を振るよりほかない。

 ずっと邸にいた彼は、もちろんそんな贈り物が届いていないことは分かっている。だが、怒り狂ってここまで邸を破壊した令嬢を前に、そんなことを言えるだろうか。恐ろしくて、とてもではないが真実を言えない。

 それは他の使用人たちも同じで、皆、恐々と首をすくめて沈黙するばかり。

 この態度に、アダルギーシアが苛立った。


「何を黙っているのよ……! わたくしの不在中に誰かが受け取ったはず! そうでしょう⁉」


 怒鳴りつけるが、横に並んだ者たちは、互いに困り果てた顔を見合わせるばかり。それを見たアダルギーシアは一瞬眉をひそめ──ここでハッとしたように「そうだわ……」と、父を仰ぎ見る。


「お父様……グンナール様の血紋ウロコは、きっとこの中の誰かに盗まれたんですわ!」

「何……?」

「お嬢様⁉」


 その発言に、毒の公は表情を険しくし、使用人たちは驚いて跳びあがった。


「きっとそうです! だっておかしいですわ、こんなに一生懸命探したのに出てこないなんて! おそらく愚かにもグンナール様に懸想している女がいて、その者があの方に求婚されたわたくしに嫉妬してウロコを盗んだのです! そうに違いありません!」


 アダルギーシアはそう決めつけて驚く使用人たちを睨みつけている。

 しかし、この盗人扱いには、ついに使用人たちが堪らず声を上げた。


「そんな……! ひどい言いがかりです!」

「そ、そうです旦那様! そもそもそんな贈り物は邸に届いていないのです! お嬢様が勝手にそう言っておられるだけで……わたしどもは本当に何も知りません!」

「地の公に確認なさってください! きっとお嬢様が勘違いなさっているだけで、あの方はおそらく血紋ウロコを別の女性に──」


 と、この反論にアダルギーシアが逆上した。


「お黙り‼」


 激しい怒号と共に、彼女の身からは一気に猛毒が噴き出し室内に充満。その猛毒の直撃を受けた使用人たちは、全員苦しそうに顔をゆがめてその場に崩れ落ちた。

 残されたのは、彼女の両親たちと、血族である執事だけ。

 これには夫人が仰天。


「アダルギーシア⁉ やめなさい!」


 夫人が慌てて止めに入るが、あとの祭り。床に伏した者たちはピクリとも動かない。

 公爵夫人は慌てて執事に命じ、医師と解読薬の手配を行っているが……当の娘は、父にすがって自分の毒に倒れたものたちを一瞥することすらもしなかった。


「お父様お父様! 絶対にあいつらが盗ったんです! あの者たちの部屋や、その実家も捜索させてください! 絶対にどこかにあるはずです!」


 憤慨して訴える娘に、毒の公は「落ち着きなさい」と、少し語尾を強めて命じた。


「アダルギーシアや、分かったから少し冷静になりなさい。まったく……また使用人の補充をせねばならないではないか……」

「だって! あの中にはかならず盗人がいるんですもの! 処罰されて当然です。庇った者も同罪ですわ!」


 呆れ顔で言う父に、アダルギーシアは汚いものを見る目で床に転がった者たちを見た。その顔は、明らかに、彼女たちを代わりのきくものと見なしている。さんざん彼女たちに世話をされておきながら、彼女たちの苦しげな顔にも、何も感じることはないらしい。

 しかしその父親も同じような感覚であるようで。毒の公がやれやれと困ったように見るのは、娘に破壊されつくした邸だけ。


「まったくお前ときたら……グンナールのこととなると見境がない。こんなに邸をボロボロにして、何がどこにあるかも分かったものではない……」

「お父様! そんなことはどうでもいいことです! それよりも今すぐグンナール様に、もう一度血紋ウロコをくださるように申し入れてください! わたくしが愛の印を失くしてしまったことは、きっとあの方を深く悲しませてしまうでしょうが……こうなっては仕方ありませんわ! ねぇお父様!」


 腕にすがってねだる娘に、公はため息。


「分かった分かった。……しかしアダルギーシアよ、もしも……もしもの話だが……あの者たちが言う通り、グンナールが他の娘に血紋ウロコを渡していたとしたら、どうするね……?」


 父は慎重な口ぶりで訊ねる。

 娘は自分がグンナールに愛されていると固く信じているが、その青年が彼女を避けていることを彼は知っている。

 ただ、この男はそれでもグンナールに娘の想いを受け入れさせるべきだと思っている。

 こんなに愛らしい娘に一途に想われているのだから、男はそれを受け入れて当然だと。何が不満なのだと本気で思っているのだから、ある意味娘よりたちが悪い。


 と、父親の言葉に、アダルギーシアは一瞬沈黙。父に見せていた甘えた顔を収め、双眸には暗い憎悪が漂った。


「……そんなことはあり得ない。でも、もしそんなことがあったら……相手の女はただじゃおかないわ……」


 アダルギーシアは己の爪を噛みながら、呪いを吐くようにブツブツと続ける。少しうつむいた表情には狂気がにじむ。


「その女を切り裂いて、痛めつけて、この世で一番醜い姿にしてグンナール様の前に引きずり出すわ……そうして彼にわたくしのほうがずっとずっと美しいと認めさせて、正気に返らせてあげるの……」


 でも、と、彼女はパッと表情を明るくする。


「そんなことは起こるはずがないわ。だってあの方が愛しているのはわたくしだもの。わたくしの深い愛を知っておられるあの方が、わたくしを裏切るはずがないわ」 


 言って娘はやはり父にグンナールへの働きかけを懇願する。

 その狂気じみた熱望を見て、毒の公は考える。


(……これは……もしグンナールが思い通りにならねばまた荒れるな……)


 そうなったとき、またこうして腹いせのように彼が築き上げた自慢の邸を破壊されてはたまらない。

 おまけに、と、毒の公は足元に転がっている使用人たちをチラリと見下ろす。

 娘に毒を与えられた者たちは、もうこれでは使い物になるまい。

 彼の娘のこうした行いはたびたびあることで、そのたび新しい使用人を探すのも一苦労。高額な賃金を約束しても、娘のわがままが知れ渡り、人が集まらないのである。

 これは彼としても悩ましいところ。


(貴族の娘が、十分な使用人も連れていないなど外聞が悪い……)


 彼の考えでは、自分たちの富貴や権威を示すためにもそれは絶対に必要な存在である。

 かといって、彼は使用人たちを害した娘のことはあまり叱る気もない。

 思うままに振舞えることが貴族階級の特権であるし、それを下々に見せつけてこそ、彼らが特別な存在であると周囲に示すことができる。

 ゆえに何かあったとき、態度を改めるべきなのは、彼や娘ではなく周りのほうなのである。

 ……これが彼やアダルギーシアが当たり前のことと信じる思考。まさに貴族至上主義。


 だから今回も当然のごとく、毒の公は娘ではなくグンナールのほうを動かさねばと考えた。

 グンナールも貴族ではあるが、そこは己たちのほうが大事。

 竜王国の公爵家としても、他家に負けるわけにはいかない。グンナールを従わせ、思うように動かすことは、彼が自身の偉大さを国に示すことにもつながるだろう。


(ふむ……これは調査が必要だな……)


 こたびのことがどういった経緯で起こったのか。娘の欲する血紋ウロコが、本当はどこにあるのか。

 まずはそれを調べなければならない。


 そしてもし……事実が娘の望むものでなければ。

 彼は自身の権力を使い、娘の信じるものを“事実”にしなければならない。

 もし、グンナールが己の娘を裏切り、別の娘に求婚などしているとなれば……。


(……娘が出るまでもない)


 彼は心の中で嘲笑った。

 毒を司るこの男にとって、暗殺などはたやすいことなのである。



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