ロコのおやつの活用法
その翌日から、エミリアは、ロコによる魔力強化の特訓を受けることとなった。
もちろん場所は、深夜の屋上である。
ニコラの見回りの件は見張りを立てて、彼女がやってき次第、ロコが素早くエミリアを布団の中に戻すことに。
……やはりロコの体格では、エミリアの身代わりは明らかに無理があると、いう結論になったわけだが
……さて。
そうしてロコに「見張り」として紹介された生物に、エミリアは複雑なまなざし。
「……、……、……ヤモリ、ですか……」
「はい、まあ、トカゲ人間、じゃないですけど、種族的に近いものがあるので、俺たち結構仲がいいんですよ」
自分たちを『トカゲ人間』と嘲笑ったミンディの言葉を思い出してのことなのだろう。少しニヤリとしながら言った青年の言葉に……。エミリア沈黙しながら罪悪感。
青年の手のひらの上に乗った小さな生き物は、つぶらな瞳で彼女を見ている。
エミリアは、とても気まずかった。
(……、……もう捕まえてパールのおやつにするのはやめよう……)
ごめんなさい、と、密かに胸に痛く誓う令嬢である。
まあ、ともあれ。
そうして小さな協力者を得て、彼女は安心してロコの指導を受けることとなった。
月明かりのもと、屋上に座り込んだエミリアは、正面に座ったドラゴン顔の青年の手元に見入る。
「魔力は常にお嬢様の内側から生まれ続けています。魔法とは、それをうまく活用してやった技ってことですね」
言いながら胸の前で両手をくるくる回転させるロコの手のひらのなかには、初めは小さな赤いつぶのような光が生まれ、それがしだいに大きくなって立派な炎に。その赤々とした輝きに、
「すごい……魔法って本当に不思議なものですねぇ……」
三白眼を見開いて言うエミリアに、ロコはくすぐったそうな顔。
「まあ、俺は本当は地の性質が大きいので、火を操るのはあまり得意ではないんですが。ここは地面は遠いですし、こう暗くては地の魔法は見えにくいですから。今回は火で」
「ほあぁ……」
エミリアは感嘆の声。
何もないところから火が出てくるなんて、と。その仕組みに興味は尽きないようだ。でも、とエミリア。
「こんな凄いこと……わたしにできますか……?」
不安半分、期待半分という顔のエミリアに、ロコは言う。
「まあ、お嬢様の魔力量ならできますよ。でも、あなたの場合、脳筋だから、」
「のうきん……?」※怪訝そう。自覚なし。
「こういう魔法っぽいのより、回復とか、肉体を強化するやつのほうがいいんじゃないかと思うんです」
エミリアの前のめりな性質的には、そっちの方があっているのではとロコ。
「だってお嬢様、魔法攻撃ができるようになっても、有事にはイノシシみたいに敵に頭突きとかで突っ込んでいくタイプでしょう?」
彼は、彼女と出会った時に己の手にガブッとやられたことを忘れていない。
あのときエミリアは、ロコにグンナールを誘拐されたと勘違いし、彼の、頑丈なウロコに覆われた手に躊躇なく噛みついた。※ものすごく痛かった……。※エミリアが。
その時の彼女を思い出すと、ロコは今となっては愉快でたまらないわけだが。
当時とても必死だった当の本人は、彼がそんなことをおもしろがっているとは思ってもみないようだった。
「?」
「(無自覚かぁ……)ええ、いえ、とにかく。やっぱりお嬢様は身体を強化する術を学んでおいたほうが無難です」
ロコはそう断言。
「そもそも、俺にはお嬢様の魔力が何の魔法に適性があるのか分からないんですよ。竜人族みたいに、血筋的に得意がはっきりしているならまだしも、人族のそこらへんを一個一個適性確認していくのは手間がかかるので……ひとまず、手っ取り早く身を守れるようになるために、これを扱えるようにしましょう」
これ、と言ってロコが懐から出してきたのは、ブドウの粒ほどの石。色は緑と水色をまぜたようなもので、内側に砂粒のような煌めきが見える。
これは、とエミリアは気がついた。それは本日の夕方、嘆く彼女を慰めようとしたロコが『魔法石』といって渡そうとしていたものであった。
「え……わたし、これを食べるんですか?」
その固そうな質感を見て、エミリアは不安そうな顔。
が、ロコは首を振る。
「いえ、まあそれでもいいんですけど。人族はアゴと歯が弱いとのことですので、装備するほうで使います」
ロコによれば、その魔法石には回復や肉体強化の効果があるらしく、地の性質の竜人族たちにはよく好んで食されているらしい。
「まあ、俺たちにとっては、エナジードリンクみたいなもんですよ」
「えなじーどりんく?」
聞きなれない言葉にエミリアが不思議そう。
その顔をロコが笑って「まあ、滋養強壮食とか、」と、例えた。
「食べれるなら食べて魔力を吸収してもいいし……でも、胃と顎の弱い人族なら、装備のほうが手軽ですね」
と言いながら、ロコは石をエミリアに手渡す。
魔法石は一見固くひんやりしているように見えたが、実際手に持つと不思議とあたたかかった。ロコが言う。
「同じものを明日街で加工させてきます。ペンダントはお持ちだし、指輪にでもして身につけますか」
「でも……身につけてさえいればいいわけではないのですよね?」
「はい。そこはうまく扱えるようになるように俺と訓練しましょう」
ロコによれば、人族が魔法を使う場合は思考の力を大いに必要とする。
「俺たちは魔力の強い種族で属性があり、そもそも血の力で魔法が扱えますが……人族はちょっと違うみたいなんですよねぇ……」
……と、いう青年が見ているのは、本日街で仕入れてきたらしい書物。
『みんなでちょうせん! ひとぞくのまほう』という……なんだかとても優しいタイトルを読んで、どうやらそれが子供向けの指南書であると見て、エミリアの顔がちょっと複雑そう。
が、それは置いておくとして。
人族の魔法には想像力が必須。
どのように魔法を使いたいかを、しっかり思い浮かべてこそ発現するが、エミリアのように魔法に慣れていないものは、そこがうまく行えないらしい、と、ロコ。
それを道筋立てて補助してくれるのが魔法道具である、と。
「例えば、炎の指輪をしていれば、炎を使うのだとイメージしやすいですし、道具の性質にひっぱられて魔力も返還されやすい」
炎を宿した魔法道具を使えば、使用者の魔力が燃料となり炎が出現する。
つまり、魔法道具は暖炉で、魔力は薪のような働きだ、と、ロコは指南書の可愛いイラストの図解をエミリアに見せてくる。
「……なる、ほど……」※理解はできるが、子ども扱いがやや納得できない。
ただ、魔法石の力を使って身を強化、守っていこうという試みには、エミリアも興味津々だった。
手のひらの上の魔法石はとてもきれいだ。このなかに、そんな不思議な力が秘められているのだと訊くと、とてもおもしろい。エミリアは俄然やる気になった。
今までの彼女にとっては、力と言えば、騎士たちのように剣や槍を駆使し、馬に乗るようなことだけだった。※そのどれも、貧弱すぎて習得できていないのだが……。
ゆえにエミリアにとっては、これはとても新鮮な教え。
ロコを見る目は、いつしか学園の教師たちを見るようなまなざしに変わっていた。おのず背筋も伸びて身も改まる。
己の話を正座で、前のめりになりつつ真剣に聞く彼女に、ロコも悪い気はしない。
饒舌になった彼は、魔力と魔法石の仕組み、扱い方のコツをエミリアに面白おかしく説明していった。
それを、彼の生徒と化したエミリアも、その言葉を一言も聞き漏らさぬようにしようと食い入るように聞いている。
彼女は学園では“令嬢の皮をかぶった悪党”などと呼ばれているが、その実とてもまじめで素直。知識の素地もあったことで、ロコの教えはするすると彼女の頭に刻まれていった。
さらに言えば、彼女を生来悩ませていた虚弱のもと──魔力の循環の悪さは、すでにグンナールの血紋ウロコが補っている。
現在ウロコはエミリアの手にはないが、それを密かに預かるロコが傍にいれば、その効果は有効のままである。
そこに加えてこの学びに対する熱心さがあれば、きっと彼女は小さな魔法石くらいなら、すぐに扱えるようになるだろうと、ロコは感心。この思いがけない有望な弟子の出現には、彼の目も知らず知らずのうちに喜びを湛えている。




