ロコのドン引き
もう数歩行けば寮の玄関、というところで打ち明けられた頼み事に、ロコは、え、と、声を漏らしてエミリアを見た。
「え……俺に協力してほしいことって……それですか……?」
真面目くさった顔で自分を見つめる娘に思わず問い返すが、彼の戸惑いを見ても、彼女の顔は一切変わらなかった。当然そうである、と、白い頭が上下する。
「はいそうです。わたしがニコラに隠れて鍛えている間、ロコさんはわたしの寝台の中で身代わりをしてください」
「えー………………」
ロコは思わず自分と令嬢の体格差を見比べているが、エミリアはかまわず続ける。ちょっと無理があるお願いごとにしか聞こえないが、ひとまずここは話を聞いておかねばとドラゴン顔の青年も改まる。
「ニコラはわたしと同じ階で寝起きしているのですが、夜間に必ず一度はわたしがきちんと寝ているかを確かめにきます。その時に、バレないように、わたしのフリをしていてほしいのです」
病弱なエミリアのために、特例的に寮に住まうことが許されたニコラは、彼女と同じフロアの、元は物置部屋だった場所を改装し、そこで寝起きをしている。
つまり、エミリアがロコに頼みたいのは、ニコラが毎夜様子を見に来るので、そのときに彼女の寝台で布団にくるまって身代わりをしてくれという話らしかった。
いや、でも、と、やはりロコはひっかかるわけだ。
「……あの、体格が……俺の背、お嬢様の頭ふたつ分はデカいんですが……」
絶対バレますという顔の男に、エミリアは真顔で返す。
「そこはあれです、手足をキュッとしておいてください」
「キュッと………………」
ロコ、沈黙。
いや、たとえ手足をまるめて縮こまったにせよ、ロコの背丈がエミリアよりかなり大きいことはかわらない。それで布団の膨らみの大きさの違いがごまかせるだろうか……。
けれどもエミリアは、とても真剣な眼を青年に向ける。その輝きの純粋さにロコが怯んでいる。
「成せば成りますロコさん。それに、鳥族のニコラは、夜はあまり視力が高くありません。わたしの眠りを妨げないように、小さな灯りしか持ってきませんし……大丈夫、十分ごまかせます!」
「はあ……(ほ、本当かなぁ……)」
不安は感じたものの、ロコは了承するよりほかないのである。
何せ、エミリアはグネル法に守られたロコの主。彼はその“下僕”なのである。
その手法が通用するかは極めて怪しいが、密かに彼女のウロコを取り上げたこともあって、彼女が望むのならば、ロコはそれを実行しなければならない。……ただし、もちろん彼女の方法で、本当に彼女の望みが叶うのかは、要検討である。
「ええと……それで、俺に身代わりをつとめさせて、お嬢様は何がしたいんですか……? 夜間外出?」
どこに行こうというのかと問うと、エミリアは、いえいえと首を振る。
「夜間に寮の外に出ることは禁じられています。わたしが行きたいのは寮の、屋上です」
「屋上……?」
その答えに、ロコは目の前の建物の上を見る。
レンガ造りの古い学生寮は、四階建て。外観から判断するに、地上から三階分は学生用の部屋。その上は屋根裏部屋がいくつかあるようだ。
ロコと同じく階上を見上げたエミリアが説明する。
「あの屋根裏部屋には、今は誰も住んでいません。以前は寮の職員の部屋だったのですが、学生たちの間で幽霊を見たという噂が広まってしまって……」
「え? ああ、職員が怖がってしまったんですか」と、応じるロコに、エミリアは首を振る。
「いえ、学生たちがあまりにも幽霊に興味津々で。皆がこぞって肝試しにくるので、職員が『毎晩毎晩プライベートも何もあったもんじゃない!』と、お怒りになりまして。現在はただの物置です」
「…………なるほど。人族のお子様も、そういった怪談話が好きなんですね……」
思わず苦笑したロコに、エミリアは、それで、と話を戻す。
「ですから屋上でなら、多少運動しても、誰にもバレないと思うのです。わたしの部屋は、三階ですし、もし、ロコさんが翼でわたしを窓から屋上に輸送してくだされば、より人目にもつきにくいと思うのです」
ロコは先だって、『学園に忍び込むのなんかチョロい』と豪語していた。
これまでも、彼はエミリアを抱いて何度も空を飛んでいる。その軽々とした様子を考えると、十分可能だろう。
「はあ、つまり、そこで身体を鍛えてやろうって話ですか?」
「はい。部屋で運動していればニコラに咎められます。本当は早朝にしたかったんです。でも、鳥族のニコラはすごく早起きです。いつも夜明けよりもだいぶ早く起きています。ですから、夜に屋上で勤しむしかないかなと……」
「なるほど……」
しかし、言ってロコは「うーん」と考えるそぶり。懸念の浮かぶ顔に、エミリアはおずおずと訊ねる。
「だめでしょうか……?」
「いや……そりゃ、俺はお嬢様を上に連れてくくらい楽なもんですし、かまいませんけど……お嬢様ってかなりひ弱なんじゃなかったですっけ? 体調を崩させたりするとグネル法で俺が裁かれる……」
火山口に叩き込まれるのはいやだなぁという顔の竜人青年に、エミリアは必死。
「た、体調壊しません! 無理はしないようにします! ロコさんに迷惑かけないようにしますからっ!」
「でもなぁ……」
渋るロコを見たエミリアは、なんだかとても悲しげな顔をした。
「もう、わたしにはロコさんしか協力者がいないんです……ニコラはわたしが運動するのにいい顔をしません。パールもいないし……」
そもそもその雄鶏は、エミリアの筋トレに協力など欠片もしないが……。
わびしくなってしまったらしい彼女の頭と肩は、徐々に徐々に下に落ちていく。声のトーンもダウンした。
「わたし、“ハイトラーの悪役令嬢”なので、友達もいなくなってしまいましたし……」
「う……や、やめてくださいよ、切なすぎて聞いてられません……」
「だって……」
言って落ち込んだように沈黙してしまう人族の娘に、ロコは仕方なしに頷いてやる。
「……分かりました分かりました! だからそんなに下向かないでくださいよ!」
「⁉」
次の瞬間、エミリアはロコに脇から持ち上げられて、彼の肩の上に。たくましい肩に座らされ、目を白黒させていると、彼女にロコが言った。
「屋上の件は承知しました。……でも、それってつまり、お嬢様が強くなれたらいいって話ですよね?」
「え? それは……ぇえ、そうですけど……?」
怪訝そうなエミリアに、ロコはもう一度頷いた。
「なら、俺、いい考えがあります」
「いい考え……いい筋トレでも伝授してくれるのですか?」
それは有難い! と、ミントグリーンの瞳を輝かせて前のめる娘に。ロコは、しかしニカッと笑って首を振る。
「いえ。俺がやる竜人族式の筋トレなんかバルドハート様には無理っす」
「⁉ “竜人族式の筋トレ”っ⁉ な、なんですかそれは⁉」
「え? いや……そうではなくってですね……それよりも、お嬢様はまず魔力のほうにアプローチしてみましょうよ」
ロコから見ても、彼女には明らかに腕力よりも魔法力のほうに適性がある。
ゆえに、彼はそう提案し、己の肩の上のエミリアを見る、が。
彼女は何やら戸惑いと興奮の表情。
どうやらエミリアは……脳筋なるエミリアは。ロコが口にした“竜人族式の筋トレ”ほうが気になりすぎて、ちょっと彼の提案が耳に入らなかったらしい。
「りゅ、りゅ、竜人族の筋トレ……⁉ 竜人族の……⁉ この、すばらしき肉体を作り上げる……秘術⁉」
「……、……、……いや、ちょ……そ、そこにそんな食いつかないでくださいよ……」
両目をかっぴらいて自分をガン見してくる令嬢に、竜人族の青年が思い切りドン引いている。




