エミリアの願望と不穏な協力依頼
日も暮れてしまい、寮の門限間際となってしまったエミリアは、絶望を背負いながらとぼとぼと歩いていた。
また、贈り物のウロコを失くしてしまった。
しかも、今回は、大切な、愛しい義兄からもらったウロコなのである。
エミリアは、悲しくて悲しくてならない。
瞳に涙を溜めながら歩く彼女の後ろには、これまた罪悪感に打ちのめされそうなロコが続く。
先ほどエミリアは、匂いでグンナールのウロコを嗅ぎ分けた。もし、その嗅覚がもっと強ければ、あのウロコが、この男の胸のポケットにちゃっかり収められていることが分かっただろう。
しかし、人族の娘でしかないエミリアにそんな犬族並みの超嗅覚が備わっているわけもなく……。
彼女は、涙をぽとぽとと廊下の床に滴り落としながら歩くしかなかったのである。
そんな落胆しきった彼女を、偶然廊下を通りかかって見かけた者たちは、皆一様に戸惑いのまなざしで見る。
現在、彼女はこの学園内では一番の“悪役令嬢”。
いじめが暴かれ、それでものうのうと学園に居座っている太々しいはずの悪女が、うつむき加減にしょんもり廊下を歩く姿はとても奇異だった。
彼女は春陽祭の日、皆の前で豪快にドレスを脱ぎ、床に叩きつけて尖って見せていたのである。
まわりには彼女の味方をする者もなく、大勢に糾弾されて。それでも三白眼を吊り上げて泣かなかった彼女が──。
こうして落ち込んだ幼子のような顔で、周りの目も気にせずに泣いている姿はとても奇妙だった。
その背には悲壮感が漂っていて、おまけに何故か全身砂まみれ。目撃者のなかでも、特に気立ての優しい者たちは、思わず彼女に駆けよってしまいたくなった、が……。
──ただ。
そんな令嬢の後ろには、なぜか仰々しい竜人族の男がぴったり張り付くように付き従っている。
これには学生も教師も及び腰。
なんで学園内に竜人族が⁉ という驚きもあって。その存在は、エミリアから周りの者を遠ざける結果になった。
そしてその厳めしいツノと翼のある最強種の男は──……
「お、お、お嬢様、あ、あの、気晴らしにお菓子でも食いますか⁉ 俺、歯ごたえのいい魔法石を持っているんですよ!」※ロコのおやつ
「それともうまい夜食とか……大きな肉を町で買ってきましょうか⁉」
「あ! そうだ空中散歩とかします⁉ 夜間の飛行はなかなか夜景がおつですよ⁉」
……何やら、とてもエミリアに気をつかっている。
竜人青年は焦りの顔で、しょんもり背中をまるめて歩く令嬢の顔を覗きこむようにまとわりついている。……が、彼が何か提案するたびに、それはボソリと令嬢に断られてしまう。
「……ロコさん……わたし、残念ながら、石を食べれられるほどの強靭な歯は持ち合わせておりませんし、食欲もございません……」
「……もう寮の門限です。外出はいけません……」
「そ、そうですけどぉ……っ!」
ロコはこの事態に頭を抱えた。
彼はどうやら彼女を励まそうとしているらしいが、正直どの提案も微妙。
ただ、その一生懸命さだけはエミリアに伝わって。悲しみのあまり気力がなかった彼女も、ほんの少し慰められて足を止める。彼を安心させるために笑ってやることまではできなかったが、とりあえずその顔を見るために顔を上げることはできた。
「ロコさん……大丈夫ですからもうそんなに気をつかわないでください……」
「いや、でも……」
悲しげな瞳で見上げられたロコは、苦い顔。
上からの命令とはいえ、エミリアを悲しませているのは自分。ロコとしては、彼女を“ちびっ子”と認識していることもあってどうにも胸が痛い。
けれども、尚も何かを提案しようとするロコに、エミリアは落胆顔を横に振る。
彼女からすると、彼はペンダントを見つけてくれた恩人。ウロコは見つからなかったが、それは本当にありがたかった。
「わたしがいけなかったのです……ミンディたちを前に警戒を怠った……。注意していたつもりでしたが、足りなかったのです……」
「うぅぅ……」
エミリアの殊勝な態度が、余計にロコを苛んでいる──が、そんなことは分からない彼女はため息交じりに続ける。
「わたしの手がペンダントに届かなかったばっかりに……」
あのとき、もし自分の体格がヨシュアに勝っていたならば、きっとこんなことにはならなかった。
海であの恩人竜人族青年のウロコを見ていた時のこともそうだ。
自分が屈強で風になど負けぬ足腰を備えていたのなら。
それを考えはじめると、なんだかまた悲しくなってきて。エミリアはついグッと顔を歪めた。悔しさと情けなさが心の底から湧きあがり堪えられない。
「わ──わたしが──ッチビだったばっかりにぃぃいいっ!」
「⁉」
そして再びの大号泣。
天井に向かって思い切り感情を吐き出す姿を見て、ロコ仰天。
「あ⁉ ちょ、ぜ、全然大丈夫じゃないじゃないですか⁉ お嬢様落ち着いて!?」
「背が……背が高くなりたい……! 学園で一番高くなって、わたしのことを“チビの白蛇”とか笑った子たちを全員見返してやりたい!」
エミリア、魂の叫び。
ない物ねだりと分かっているが、欲しいものは欲しい。育たない自分、つかない筋肉、丈夫になれない身体。それが積年の願いであるだけに、彼女の悔しさはひとしおである。
しかし、これにはまたロコが慌てた。
このままではまた血紋竜が出てきてしまう。その前になんとか彼女を宥めなければならなかった。
「の、伸びます! 伸びますよきっと! お、お嬢様はまだ人族では幼児でしょう⁉」
「………………」
……その最後の言葉がいらなかった……。
励まそうとしてはくれるものの、いまいちまだ人族に対して理解の足りないロコ。
案の定、その言葉を聞いたエミリアの顔には憂い。
彼女はがっくり肩を落とし、恨めしそうにロコを見上げる。ただし、この恨めしさは彼に対するものではない。
「……ロコさん……わたしはもう幼児ではありません。もうぐんぐん伸びるお年頃ではないので、そのお言葉はわたしを落ち込ませるだけなのです」
「え……? す、すんません……」
「………………」
慌てて謝る青年の顔をまじまじと見て、エミリアは密かに息を吐く。
(……情けない。感情のままに振舞って人を困らせるなんて、これではロコさんの言う通り幼児も同然だわ……)
身体は育たずとも、心は父のように勇敢でなければと思った。その為には、いつまでも泣いていてはいけないのである。
エミリアは、拳を握り締めて青年を見た。
「──いいえ。わたしこそ悲しさのあまり己の願望を垂れ流しすぎでした。すみません」
自分のことを“幼児”というからには、彼はその認識ということ。
ならば、泣きわめく子供の世話をしなければならない彼も大変だっただろう。
「背はもう伸びないとしても、騎士として(※騎士じゃない……)、せめて強く慈悲深くあらねば……ヨシュアにいつまでも抵抗できないなんて、その高みを目指すものとしてあまりにも情けない……」
エミリアは固めた拳で涙をぬぐい、奥歯をかみしめて決意する。
強くなければ、こうして大切なものもあっさりと他人に奪われてしまう。
泣いてなどいる場合ではない。
ウロコは見つかるまで再度探すとしても、まずは、もう二度とヨシュアなどにいいようにされないように力をつけなければいけなかった。
どうしたらいいだろうか、と、沈黙して考え込んだエミリアに、ロコがおずおずと声をかける。
「あの、本当に俺にできることがあったらおっしゃってくださいね……?」
そう申し出る竜人族の青年を見て、エミリアはふとあることを思いついて彼に問う。
「……ロコさん、もしよろしければ協力していただきたいことがあるのですが……あの、ニコラには内緒で……」
何やら声を潜めて話を聞いてくれますかと見つめてくるエミリアに、ロコはドラゴン顔をブンブンと縦に振っている、の、だが……。
あの心配性ニコラに内緒、というところが何やらとても悪い予感のする協力依頼である。




