おまけ話 ─ペアリング③─
◇◇◇
「明日からの三連休、東京に行ってくるね」
今日は月初の業務で忙しく残業して帰ってきた。そして母が作ってくれた晩御飯を一人で食べながら、キッチンで片付けをしている母とリビングでテレビを観ている父に、東京へ行くことを報告した。
「えっ!東京へ行くの!?大丈夫?」
母が大袈裟じゃないかと思う位に驚いて勢い良く振り返った。
「大丈夫だよ。二泊三日で行ってくるから」
「東京って、何かあるのか?」
「えっ!う、うん」
父に何かあるのかって聞かれ、彼氏に会いに行くって言おうかどうしようか迷った。
元カレの一件から親が大層過保護になり、大学に通う為に東京へ行くことすらとても心配された。「東京まで付いていくわ」と言う母を何度も説得したものだ。毎度毎度付いてくるなんて、未成年でもあるまいし、新幹線代だって掛かる。まあ、実際に付いてきちゃったことは何度かあったんだけれど。
親がそんな調子なので新しい彼氏が出来たなんて言ったらどうなるのだろう。絶対私の選ぶ目を信用しない気がする。そして見定めるとか言って連れてこいとか言われそう……。
「どこに泊まるの?ホテル?」
ぎくっとする。
「大学の、友達のところに……」
嘘ついてごめんなさい。
大学時代まで友達だった人のところに、が正解だ。
「あら、じゃあ何か手土産持っていかなきゃね。二泊もお世話になるんだから」
お母様、律儀です。
「明日の朝、駅で何か買ってから新幹線に乗るよ」
「あら、そんなので良いの?ちゃんとした和菓子屋さんの菓子折りの方が……」
「大丈夫、大丈夫!一人暮らしだし量が多いものや日持ちしないものは避けたいし。それに今の時期連休や端午の節句で和菓子屋は混んでそうだしねっ」
福島も同じ地元だから知ってる和菓子屋のもの買って行ってもな……。好みもまだよく知らないし。
「まあ、若い子だからな。友達の好みはお前の方がよく分かってるだろ。くれぐれも気をつけて行ってこいよ」
「うん。ありがとう、お父さん」
何かぼろが出ない内にと、晩御飯をさっと食べ終え逃げるように自室に行った。食器の片付けもせずに任せてしまいごめんなさい、と思いながらも深く追及されなくて良かったと安堵した。
スマホを手に取り福島に電話をした。なかなか出ず切ろうとしたところで繋がった。飲んでいるので家に帰ったら電話を掛け直してくれると言ってくれたので一旦切った。
(三十分、何してよう……)
お風呂にでも入るか。でも間に合わずに電話に出られなかったら申し訳無い。
明日の準備をするにも、実は連休中に殆ど済ませてしまっていた。荷物の準備は万端だったのに、親への報告を先送りにしていたのだ。
(親に福島のこと言った方が良いよね……)
今回はもう嘘ついちゃったし言わずに行こうと思うけれど、次回からどうしたら良いだろうかと悩む。これからどのくらいの頻度で東京へ行くかは分からないけれど、そんなに頻繁に行くとなると親も怪しむのでは無いだろうか。
怪しまれてからではそんな隠さなくてはならない様な相手なのかと訝しく思われるかもしれない。きちんと報告はすべきなのだろう。
(福島はどう思うだろうか)
もし親に連れてこいなんて言われたら、福島はどんな反応をするのだろう。
それに親は福島を見てどんな反応をするのだろう。
(ああっ!逃げたい……!!)
福島に面倒だと思われるのは辛いものがある。
親に福島を否定されるのも辛いし。
しかも彼氏を紹介して承諾を貰うなんて、結婚報告とか同棲前挨拶とかみたいじゃないか。やはり元カレの一件から私の自由度の高い恋愛は無理なのかもしれないと思ってしまう。
それでも逃げたいからと言って逃げてばかりいては印象が悪くなるだけだ。ここはやはり一度福島に相談をすべきだろう。
……電話で?
いや、電話はちょっと。
東京へ行ったらそれとなく話してみようか。
そんなことを行ったりきたりと何度も考えていたら、意外にもあっという間に時間が過ぎてしまい、福島から電話が掛かってきた。
福島は『東京駅まで迎えに行くから』と言ってくれた。申し訳無いなと思いながらもその優しさが嬉しくもあった。
福島なら大丈夫ではないかと思った。これは甘えなのかもしれないけれど、様々な事情を理解してくれているからこそ受け入れてくれるのではないだろうか。プレッシャーには感じさせてしまうかもしれないけれど、面倒だとは思われない気がする。
電話を切ってから、東京へ行ったら福島にちゃんと相談をしようと、気合いを入れ直した。
次の日、予定通りの新幹線に乗って東京へ向かった。もう何度も乗っているのに、今日は初めて乗車した時みたいにソワソワと落ち着かず、緊張していた。
福島に会うのにこんなにも緊張したこと、今まで無かったのに。
会ったら何を話そう。
どこに行こう。
三日も一緒にいる予定だけれど、そう言えばどこに行くかなんて話は全くしなかった。何か候補を考えておいた方が良いのだろうか。どうしようかって言って、ただぼーっとして三日過ぎてしまうかもしれない。まあ、それはそれで良いけれど。四年間東京で暮らしていたのだから、今さら観光で行きたいところも思いつかない。
趣味も分からない。
ああ、野球が好きだっけ。一緒に野球観戦も面白いかもしれない。でも大型連休だしチケット取れるだろうか。取れてもそんなに良い席は空いていないだろうし、凄く混んでいそうだ。
そんな感じで私は新幹線の中での暇潰しにと本を持ってきたのに、考え事ばかりして一頁も読まなかった。
そうこうしている内に東京駅に着いた。さすが大型連休なだけあり大変な混み具合だった。借りられる物は福島に借りようの精神でかなり頑張って荷物を減らし小さめのボストンバッグで来たのだが、新幹線のホームには大きなスーツケースをガラガラと転がしている人が大勢いた。そんな人達に紛れて改札口まで行く。
(福島、どこだろう……?)
改札を出ても人、人、人。ただでさえ人が多いのに多くの人が大きな荷物を持っていたり背負っているので、余計に駅構内が混雑しているように感じる。
(まだ来てないのかな)
迎えに来てくれると言っていたけれど、キョロキョロと辺りを見渡しても福島の姿が見つけられない。
東京駅に着いたと連絡を入れた方が良いかもしれないと思い、歩く人の邪魔にならないように端に移動しようとした時、ガシッと腕を掴まれた。
「宮崎」
振り返ると福島がいた。
約一ヶ月振りに会う福島に、ドキッとしてしまった。
「福島。良かった~、人が凄くて見つけられなくて」
福島ってこんなに格好良かったっけ、と思ってしまい、誤魔化すように言葉が勝手に出てきた。これが恋愛マジックと言うヤツだろうか。イケメンだとは思っていたけど、こんなにドキドキとはしなかった。
「……東京まで、ありがとな」
「ううん。こちらこそお迎えありがとう」
何だかぎこちない。
「鞄、持つよ」
「え、いいよ。そんなに重くないし」
「いいから貸して」
福島が私のボストンバッグをヒョイと手から奪ってしまった。相変わらず優しいのだ。ギクシャクした感はあるけれど。
「ありがとう」
「……こんくらい、いいって」
目が合わない。照れているのだろうか。そんな反応をされるとこちらまで恥ずかしくなってしまう。
「今日はこの後どこかに行く?それとも福島のアパートに荷物を置きに行く?」
福島はそんなに口数が多くは無いので、私がきっかけを作らなければと責任感を感じてしまい、とにかく確認をしようと思った。
「……あ、のさ」
「うん?」
福島は落ち着かないのか首の裏を触っている。
「ペアリングを買わないか」
耳を真っ赤にして言った福島。
「ペアリング?」
予想もしてない単語に驚いてオウム返しをしてしまったら、福島が更に照れてしまった。それが可愛らしく見えてしまい、からかいたい衝動がムクムクと沸き上がってきた。いや、でもからかったら怒るかもしれない。
「嬉しいけど、いいの?」
「俺からの提案なんだからいいに決まってる」
だよね~。
「今から買いに行く?」
「……ああ。俺はよく分からないから、宮崎の好きなブランドがあればそこの店で」
「どこでもいいの?」
「ああ」
全くこの人は。またそんなことを言う。
電話だっていつ掛けてきてもいいって言うし、今回もどこでもいいって言う。
私がハイブランドの指輪にしたいなんて言ったらどうするつもりなのだろう。
適当に言っているの?それとも私が節度を保って無茶を言わないと信じてくれているの?ただ私の希望を優先しようとしてくれているだけ?
「ご予算は?」
「……相場がよく分からない」
確かにピンキリだ。同じブランドでも素材やデザインで価格も大きく変わる。きっと福島はある程度自分で調べたことだろう。けれど、私の好みも分からないし情報ばかりが多く、分からなくなってしまったのだろう。
「じゃあ、取り敢えず新宿に行って色々見てみる?」
「……そうだな」
二人並んで東京駅構内を歩き出した。
(指輪、かぁ……)
福島がそんなことを言うとは思わなかった。
勿論嬉しい。一ヶ月前に福島とセックスした時、何も証が残らなかった。遠距離で離れている間、私の願望から生み出した夢だったのではないかと何度も不安になった。でも、指輪が嵌まった手を見ることが出来れば夢ではないと思える気がする。
(こんな欲張りなことを思ってしまうなんて、やっぱり遠距離だからかな)
脳内で一人浮かれて考え事をしていたら、いつの間にか福島との間に人が割り込んでいた。大型連休の混雑具合を甘く見てはいけないと、人混みを掻き分けて福島に追いつこうとした。
(わー!待ってー)
心の声が届いたのかそれとも偶然か、福島が振り返って離れてしまった私に気がつくと立ち止まって待ってくれた。
「ごめん」
「いや、俺の方がごめん」
福島は私のボストンバッグを持っているのと反対の手を伸ばして私の手を握った。一ヶ月前、ここに来るまでもこうやって手を繋いでくれていたっけ。
「迷子防止?」
「……それもある」
違う意味もあるらしい。何?なんて聞いたら駄目なんだろうな。
迷子防止なら人混みを抜けたら手を繋ぐ必要が無くなってしまう。私も繋いでいたいのだから聞かずに握っていよう。
会わなかった一ヶ月の間に、私達は少し純情になってしまっていたのかもしれない。ただ手を繋ぐだけでこんなにも緊張して照れてしまう。もうお互いの裸だって見せ合っているというのに。
私達は電車に乗り指輪を買いに行った。電車も当然混んでいて、人が大勢乗ってきた駅を発車した後なんかは体を密着させて揺られていた。平日の通勤時間帯に比べればマシなのだろうけれど、純情カップルになってしまった私達にはそれにもいちいちどぎまぎしてしまった。人混みのせいなのか、福島に照れてなのか、私は顔が火照ってしまっていた。
新宿駅で降りて比較的リーズナブルなジュエリーショップへ行った。福島とお揃いで、そして福島も着けやすいようなシンプルなデザインが良かったので、殆ど迷わず即決してしまった。何度も「本当にこれでいいのか?」って聞かれたけれど、私にとって石や意匠は重要ではないのだ。
そして福島が着ける指輪分は私がお金を出すと譲らなかった。福島は当然のように両方出すと言ったけれど、私も贈りたい気持ちがあるのだから、そこは強く主張させてもらった。お店の店員さんがいる手前言い合いになるのを避けたかったのか、福島は渋々ながら了承してくれた。
刻印サービスは数週間後の引き取りになると言われたので断った。私が東京にいるのなら問題なかったけれど、また直ぐに地元に戻るのだ。直ぐに着けて帰りたかった。だから指に福島とお揃いの指輪を通してお店を出た。指輪をした手で福島の手を繋いでいることが、嬉しくて仕方なかった。
福島が指輪をした手でスマホを確認しているのを見るだけでも嬉しかった。もしかしてこれは独占欲なのかもしれない。お金を出したかったのも、私が買った指輪を着けさせることで、私の彼氏なんだぞと主張しているような感覚になり、独占欲は勿論、所有欲の表れでもあるのかもしれないなと思った。
ペアリングも無事に購入し終わり、適当なお店でランチをすることにした。
福島がバイトしていたお店も良いなと思ったけれど、「また今度」と言われてしまった。恥ずかしかったのかもしれない。ペアリングしてるし。
ご飯を食べながら福島に気になっていたことを聞いてみることにした。
「ペアリング、どうして買おうって言ってくれたの?」
「あ──……」
そっぽを向いて言葉が続かない様子。言いづらいのか、恥ずかしいのか。
「凄く嬉しかったんだけどね、イメージとして付き合って三ヶ月とか一年の記念で買うものかなって思っていたし、突然福島が言うからびっくりしたんだよね。だからなんでかなって思って」
「そう、なんだ……」
口を押さえて頬杖をついてそっぽを向いている。無意識に顔を隠してしまっているのは笑いを堪えているのか。でもどちらかと言うと照れているのかもしれない。
「言いづらかったら無理に聞かないけど」
「いや……同期がしてて」
「同期?会社の?」
「すげーイケメンで人気のある同期がある日防衛の為にってペアリングをしてきたら、それを見た女子が落胆してた」
「成る程。福島も防衛したかったの?」
「俺じゃねぇよ」
「どういうこと?」
「お前のだよ」
へ?私?
福島は若干ぶっきらぼうな話し振りに加え、耳もちょっと赤い。
「いやいや、私防衛する必要無いよ?同期は居ないし職場は殆ど既婚者だし」
「……分かんねぇだろ。中途で入ってきたり、来年新卒で入ることもあるだろうし。それに仕事関係で知り合うこともあるだろうし。たとえ既婚者でも言い寄られるかもしれないだろ」
成る程。心配をしてくれていたのか。
何だかくすぐったくて仕方がない。嬉しいのに心配している福島が面白くて笑えてきてしまう。
私の防衛と言うことは、つまりさっき私が福島に感じた独占欲や所有欲を、福島も同じ様に感じていたのではないだろうか。
「ふふっ」
「何で笑ってんだよ」
「福島もそのイケメンの同期と同じく女の子に言い寄られたの?」
「…………」
否定しないと言うことはそうなのだろう。
「女避けになるといいな」
「……どうせ顔しか見てない女だ。学歴が低い俺にはもう興味を示さねぇよ」
何かあったようだ。
「福島の良いところに気がつけないなんて勿体無いね。でもそれなら私は安心だけどな」
私の知らないところで美女に言い寄られてクラッと誘惑に負けてしまっても、私にはきっと何も出来ないだろう。側には居られないのだから。信じることしか出来ないのだから。
指輪をしていることでその機会が少しでも減るのなら女避けとして役立って欲しいものだ。
「……なあ。宮崎のこと、教えて欲しい」
恥ずかしそうにしてはいるけれど、真剣な目をしていた。
「私のこと?どんなこと?」
「仲の良い同期に彼女はどんな子だって聞かれて、あまり答えられなくて、俺は宮崎のことをそんなに知らないんだなって思って。あと……」
「あと?」
「……やっぱなんでも無い」
「えー!気になる」
「だからっ!何が好きとか、趣味とか。今の職場を選んだ理由とか。あと、家族のこととか」
福島が何を言おうとして止めたのか分からないけれど、誤魔化しているのを見る限り恥ずかしくて止めたのだろうなと推測は出来た。
「趣味は読書と料理かな。職場は親と地元で就職をするって話し合って決めていたから、地元で家からもそんなに離れていなくて事務系の職種で募集があったところっていうだけなんだけど。あと、業績が悪くないところを選んだかな」
「やりたい仕事だったとかではないのか?」
「地元は新卒採用自体が少ないからね。一応簿記持ってるし役立てる事務系なら何でもって思って受けたよ」
「そうか」
「福島の様な格好良い理由は無いんだ」
「まあ、俺も就活で利用した表向きの理由は格好良いかもしれないけれど、単純に給料の良い大企業を選んだだけだよ」
フォローしてくれたんだろうか。
「初任給はどうしたの?何かした?」
「ああ、実家に肉送った」
「わあ、お肉!?」
「昨年の夏に帰省した時に内定のお祝いでご馳走を作って貰ったから、そのお返しも込めて焼き肉用の肉を送った。俺は次帰省するのは夏になるだろうから、どっかの店に連れてくとなると先になってしまうから」
帰省するのは、夏……
それを聞いて福島に相談をしようと思っていたことを思い出した。
「あのね、相談があるんだけど」
「うん?」
何となく福島の顔を真っ直ぐ見られなくて下を向いてしまう。
「今回ね、親に東京に行くって言う時、彼氏のところに泊まるって言いづらくて……大学の友達のところに泊まるって言っちゃって」
「ああ……」
「福島がどうってことじゃなくてね、元カレのことで親が心配しているから新しい彼氏が出来たって言いづらくて。これからも東京に来たいのに頻繁に出掛けたら怪しく思われるかなって。その都度嘘つくのも良くないかなとも思うし……」
ああ、要領を得ない言い方をしてしまっている。「親に会って欲しい」の一言が言えない。
「だから、その……」
「そうだな。宮崎の両親に挨拶に行こう」
思わず下を向いていた顔を上げて福島の顔を見つめてしまった。福島は真剣な顔をしていた。
「……いいの?」
「その方が良いだろう?両親が心配する気持ちも分かる」
「大丈夫?」
「宮崎の両親に反対されないよう頑張るよ」
「面倒で、ごめんね」
「面倒じゃない。大切で必要なことだろう?」
福島は両親に会うことを大切なことだと思ってくれるんだ。嬉しかった。そんな風に思ってくれる福島を好きになれて良かった。そんな福島の彼女に選んで貰えたことも幸せなことだと思った。
「ありがとう」
私の方が逃げたいなんて考えて面倒に思っていた。「ありがとう」の一言で済ますのが申し訳ないと思う程、やっぱり福島は大丈夫だったし受け入れてくれた。
福島は私に沢山のモノをくれる。指輪という証をくれ、いつでも電話をしても良いという安心感もくれ、そして愛おしさもくれた。




