おまけ話 ─ペアリング④─
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昼ご飯を食べ終わってからもカフェに移動して、俺が知らなかった宮崎のことを色々と教えて貰った。きっとまだまだ沢山ある。これから一つずつ知っていきたい。
一先ず家族の話を教えて貰った。来月は俺が地元に赴いて宮崎の家族に会う予定だからだ。不良だった俺を信用して貰えるのかどうか不安ではあるけれど、今更取り繕うことも出来ないのだから、ありのまま見て貰うしか無いだろう。
本当は写真も欲しかった。でもやっぱり恥ずかしくなって言えなかった。旅行とか何か理由でもないと撮ろうという雰囲気にならない。皆はどうやって撮っているんだ?
カフェを出て話をしながらぶらぶらと新宿の町を歩いた。話をしたいのもあって賑やかな繁華街とは反対のオフィス街を、少し傾いた日差しの中影を伸ばし、手を繋いで歩いた。
東京駅で再会した時は緊張してぎこちなかったけれど、やっと肩を並べ手を繋いで歩くことが自然な雰囲気になった。
本当は抱き寄せてキスしたい。
俺に笑い掛けてくれるだけで愛おしさで胸が苦しくなるし、風で髪が靡くと手を伸ばしたくなった。楽しそうに笑う声にもっと近づきたくなる。
メッセージのやりとりでも電話でも無い、生身の宮崎がここにいる。嬉しいのに切ないのは、触れたくて仕方がないのに人目のあるところでのスキンシップに抵抗があるからだ。
家に直ぐにでも連れ帰りたい。でもそうしたら触れるのを我慢出来なくなるだろう。話をするどころではなくなる自信しかない。いかにも性欲をぶつけるような触れ合いはどうだろうかとも思う。
一ヶ月前、「大好き」と言ってくれたのが嬉しくて感情の盛り上がりそのままに連れ帰り、それまでずっと我慢してきた欲情を抑えられずに抱いてしまった。気持ちを通わせたばかりなんだから、その日に体まで重ねてしまったのは早すぎたのではと反省した。でも翌日から遠距離になってしまうと思うと、どうしても手に入れたくなった。それはまるで雄が雌にフェロモンを擦り付け他の雄を寄せ付けないようにする本能の様なものなのかもしれない。
それに宮崎は嫌がっている様子も拒む雰囲気も無く、寧ろ俺を受け入れ体を寄せてくる姿に優しくしたいのに昂りばかりを煽られた。
大切にしたい。
直ぐに体を求めてはそれが目当てだと思われてしまうかもしれない。怖がらせてしまうかもしれない。宮崎に嫌われたくないことを思えば雄の欲くらい我慢して抑え込みたいと思う。一緒に暮らしたあの数日間の様に。やっと手を伸ばして捕まえたんだ。初めて自分から求めた人なのだから、手離したくない。
「あ。あれ、私初めて見た」
ふと、宮崎が前を向いて言った。視線の先には高い建物の前に存在感強めに置かれている赤いオブジェ。フォトスポットなのか若い女の子達が写真を撮っている。
「あれって、あのオブジェ?」
「そうそう。海外にも同じものがあるんでしょ」
「へー」
「ドラマのロケ地だったり。知らない?」
「知らない」
申し訳ない位にそういうものに疎いのだ。正直ドラマなんて殆ど見たことがない。
「そっか。残念」
「残念?」
「うん……」
「何が?」
「……何でも無いよ。行こっか」
何でも無いと言う宮崎の様子は何でも無くは無さそうに見える。
「気になる」
「お。気になっちゃいました?言葉のチョイスを失敗しちゃっただけで、本当に何でも無いよ」
友人という関係であれば俺はそれ以上は聞かなかっただろう。誤魔化そうとしているのに無理に聞き出すのは、踏み込まないでと言われているのに土足で踏み込むのと一緒だと思うから。
でも今は友人ではない。多少は踏み込まないと理解もし合えない。俺はもっと宮崎を知りたいし、宮崎にとって最も近しい人でありたい。
何より誤魔化し方が我慢しているように思えた。
だから立ち止まった。
「宮崎。我慢してないか?」
「え……我慢?」
俺が立ち止まったから手を繋いで歩いている宮崎も立ち止まる。
「俺には遠慮しないで何でも言って欲しい。俺の顔色を伺うようなことはしないで欲しい」
「…………」
「何が残念なんだ?」
宮崎は元カレに対して我慢をして、何をされても寧ろ自分が悪いと思っていた。そして傷ついてきた。
我慢をして欲しくない、内側に溜め込んで欲しくない、俺の顔色を伺い気を遣ってばかりいて欲しくない。
「……俺がこのオブジェが出てくるドラマを知らないことが残念なのか?それともさっきの女の子達みたいに写真を撮りたいのなら、俺が撮るけど?」
「……違うよ」
「じゃあ何だ?」
「福島に撮って貰うんじゃ無くて、一緒に、撮りたいなって」
“一緒に、撮りたい……”
頭の中で宮崎の言葉がリピートされ、あっ、と思った。
「でも福島が興味無いなら、一緒に撮っても……福島は優しいから無理して私に付き合って写真撮ってくれるかもしれないけど、無理して欲しくは無くて。だから、何でも無いって言ったんだけど、ね……」
俺が問い質す様に聞いたせいか、どこか言い訳めいた言い回しだった。それに若干の申し訳無さを感じつつも、聞きながら気持ちが逸っていくのが分かった。
「無理じゃない」
「気を遣わなくて良いよ。福島も私の顔色を伺わないでよ?」
そう返されるとは。まあ、宮崎らしいけれど。
「違う。正直、オブジェ自体には興味無いけど……あの……宮崎と一緒に撮った写真は、欲しい……」
ちゃんと気持ちを言ってくれた宮崎に対して、俺もちゃんと伝えるべきだと思い言った。どうにも恥ずかしくて言葉尻は小さくなってしまったけれど。
「……本当?」
「こんな恥ずかしい嘘を態々つかねぇよ」
宮崎は笑った。いつものように、少しだけ意地悪そうに。俺のことを「良いヤツだ」と言う時や、からかっている時に見せる笑顔と一緒。
俺の顔が赤いからだろうなと思う。
恥ずかしかったけれど、同じことを考えていたのかと思うと顔が緩んでしまいそうだった。
ご飯を食べながら話している時に、ちゃんと言えば良かったかもしれない。あの時「何でも無い」と誤魔化してしまった。今の宮崎と一緒だ。宮崎に「遠慮しないで何でも言って欲しい」と言っておきながら、俺は宮崎に何でも言えていない。遠慮と言うか、ただ恥ずかしくて言えないのだけれど。今更格好つけてどうするのか。格好悪くても今みたいに宮崎は笑って受け入れてくれるのだから。
そして一緒に写真を撮った。改めて体がひっつくとドキドキとした。宮崎の髪が俺の頬に当たるだけで体がぞわっとする。
写真に写る俺は勿論笑顔では無かったけれど、宮崎は「福島らしいからこれが良い」と言ってくれた。
さらに宮崎は「記念に潜ってみよう」と言ってオブジェの間を俺の手を引いて潜った。どう記念になるのか分からないけれど、宮崎が「満足」と言って少し照れながら笑っていたその顔が可愛かったので、まあいっか、と思った。
その後俺のアパートの最寄駅まで行き、晩ご飯を食べてからアパートに帰った。
一日触れることを我慢してきたし、晩ご飯で少しお酒を飲んで理性の箍が緩んでしまっていたせいか、部屋に入るなり電気もつけずに玄関で宮崎を抱き締めてしまった。
今、腕の中に宮崎がいる。一ヶ月前に知ったこの温もりと愛おしさ。遠距離で心変わりしてしまわずに、ちゃんとここに帰ってきた。
宮崎の手が俺の背中に回り抱き締め返してくれたので、嬉しくて首に手を添えキスをした。お酒の味がした。酔いが回りそうだった。
更に宮崎の手が俺の背中をスルリと動き、俺の胸の上に置かれ、ああ、受け入れてくれているのだと思え、気持ちが昂りキスが深くなる。宮崎が欲しくて堪らない。
呼吸が荒くなるまでキスをした。月明かりの薄暗い部屋の中、宮崎の吐息に欲情した。
でも、やっぱり怖がらせたくなくて必死に耐える。
「ごめん……」
「ううん……」
「疲れてるよな。上がろう」
「うん……」
部屋の明かりをつけ、宮崎の鞄を部屋に置いた。「トイレ行くわ」と言ってトイレに入るなり、ゴンッと扉に頭をぶつけた。
(冷静になれ、俺)
大切にしたいんじゃなかったのか。完全に酔った勢いで手荒なことをしようとしてしまった。
ぶつけた額がじんじんと痛む。少しは酔いが覚めただろうか。
トイレから出ると宮崎に「凄い音したけど大丈夫?」と聞かれてしまった。
「ちょっと、酔っぱらって……大丈夫」
じんじんとする額を手で抑えた。自分でやったとはさすがに言えない。
「おでこ、赤いよ?」
まあ、こんだけ痛ければ赤いだろうな。
宮崎はキッチンに行って水を流してから直ぐに戻ってきて、俺の額に濡れタオルを当てた。
「ちゃんと冷やしなよ」
顔を近づけて言うものだから、せっかく我慢しているのにドキドキしてしまって仕方がない。
「……ありがと。風呂、先入って、ゆっくりして」
「うん、分かった」
近づくのが怖くて風呂を勧めたのに、いざ宮崎が風呂に入るとシャワーの音を聞くだけでまたドキドキしてしまう。
一緒に暮らしていた時は、宮崎は俺が出掛けている時に風呂に入っていた。一ヶ月前に連れ帰ってきた時は、翌朝にシャワーを浴びた。
だから何か期待している状態でこんな想像が膨らむような生の音を聞くのは、かなり辛かった。
部屋の扉を閉めても耳が音を拾おうとする。だから誤魔化すようにテレビをつけた。普段殆ど見ないのに。音は聞こえなくなったけれど、テレビの内容は全然入ってこなかった。
暫くして宮崎が風呂から出てきたが、その姿にもドキドキしてしまった。濡れた髪に火照った顔、そしてラフな格好。
(酔っているせいか?酔っているせいだと思いたい)
こんな初めて女を知るガキのような反応をいちいちしてしまう。
「出たよ。福島も入ってね」
「ああ……」
また頭をぶつけたかったが、せっかく宮崎がタオルを濡らして当ててくれ心配してくれたのだ。痛みが引いてきたのにまたぶつけたら申し訳ない。低めの温度のシャワーを頭から浴びて、酔いも熱も多少は冷ますことが出来た。
「ねえ。福島に聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
風呂から出ると、宮崎が同居していた時にいつも座っていたベッドの横に同じように座って、髪を梳かしていた。髪を乾かし終えたばかりなのだろう。髪は艶がありサラサラとしている。昼間、写真を撮る時にあの髪が頬にあたり、ゾワッとしたのを思い出す。
「何だ?」
冷ました筈の熱がまた復活しそうだったけれど、何でも無いのを装い返答を返す。
「福島は、いつから私のことを好きだったの?」
「えっ……!」
そんなことを聞いてくるものだから、結局全身の熱が上がってしまった。
「何でも言って欲しいって福島が言ってくれたから、聞いてみたんだけど」
確かに、言ったな……。
「言いたくないなら言わなくても良いよ?でも、気になってたの。ここで居候させて貰っていた時はそんな素振りなかったから」
同居していた時は必死に抑えていたからな。分からなかったのなら良かった。あの頃は宮崎を困らせたく無かったし、怖がらせたくなかったから。
しかし、全く気がつかないのは宮崎が鈍感なだけじゃないだろうか。
心を決めて俺も座る。宮崎の隣、でもちょっと間を空けて。
「……お前も言うか?」
「私?いつ福島のことを好きになったか?」
ドキドキしながら頷いた。
俺も聞いてみたかった。「大好き」と言われて嬉しかった。でもいつからだったのか分からない。その前は半年会えなかったし、夏地元で会った時はハッキリと「友人」と言われたのだ。
「いいよ。でも、自分でもはっきりこれって言うのは無いんだ。福島は大切な友人で、そして恩人だった。ここで一緒に暮らしていて側にいて居心地が良かった。でも夏に地元で会った時、女の人と会ったでしょ。あの時、胸がざわってして息が詰まったの。福島が他の女の人と一緒にいるのを見て、多分、嫉妬したんだろうね」
あの時、嫉妬していた……?
そんな素振りは全く無かったけれど。宮崎は上手くあの場を治めてくれた。きっと俺では無理だっただろう。
「それから会わなかった半年の間、考えてたんだ。私はいつまで福島に甘えているんだろうって。福島もいずれ彼女が出来た時に私が甘えたままでは邪魔になる。彼女も不安になるだろうって。しかも福島は東京で、私は地元で就職。離れてしまえば会う機会もどんどん減って、いつか私のことも忘れるだろうって。忘れられることを怖がるくらいなら、引っ越しを機にもう会わなければその日が来るのを恐れなくて済むなって」
俺が宮崎を忘れることなんて無いだろう。俺の気持ちに気がつかなかったのだから、そんなことも分かる筈は無いのだろうけれど。
「だから『さよなら』って言ったの。でも、そんな風に思う時点で福島のことが好きなんだろうなって。当たり前だよね。福島は私にとっては助け出してくれた人だし、居心地の良い場所を作って側にいてくれた人で、昔からずっと変わらず良いヤツだ。そんな人を好きにならない訳無いよ」
恥ずかしげなのに俺の目をしっかりと見て言ってくれる。そんな宮崎に、俺はまた惹かれてしまう。
「ほら、私は言ったぞ?」
宮崎は俺に近寄ってツンと俺の肩をつついた。
ちょっと間を空けていたのに何故近づいたのか。危機感を持って欲しいと思ってしまう。警戒心が弱いのか、それとも俺に近づきたかったのか。もしも後者なら、俺は……もう、触れることを我慢出来なくなるだろう。
「……俺は」
じっと見つめてくる。好奇心で溢れたような目で真っ直ぐに。
「お前に初めて好きだと伝えた小三の頃から、ずっと好きだ」
宮崎の目は次第に驚きの色へと変わっていく。
初恋を拗らせた俺を気持ち悪いと思うか?
それとも格好悪いと思うか?
もしかしたら可哀想で不憫だと思うかもしれない。
それでも格好つけて嘘を言うより良いと思うのだ。
「え……ずっと?」
「ああ」
「でも、福島彼女いたんでしょ?」
「小学生の頃は恋愛とかよく分からなかった。中学生になって俺は不良でお前は優等生で、立場が違い過ぎてはなから無理だと諦めていた。だから好きな気持ちを自分で認められなかった。卒業してもう会わないだろうと思ってそれから何人かと告白され付き合った。でも、誰にも本気になれなくて、殆ど長続きせずに相手に飽きられて別れてきた。……軽蔑するだろ?」
宮崎は小さく首を振った。
でも俺は自分でも酷い男だと思う。好きでもないのに付き合って、やることはやって欲求だけ満たしていたんだ。勝手に好意を持たれて近づいてきて、俺に飽きたら離れていく女なんてと思っていた時期もあるが、ちゃんと向き合いもせず形だけの恋人だった俺に嫌気をさすのも当然だろう。結局女のせいにしていた。自分が初恋を拗らせていたばかりに元カノ達を傷つけてきたのに。俺はずっと、貧乏で不良になったことも、彼女と直ぐに別れてしまうことも、他人のせいにして生きてきたのだろう。
「もう暫くは彼女とかいらないなって思っていた時に、同窓会でお前に再会したんだ。一気に奥底に隠していた感情が噴き出してきた。まあ、直ぐに彼氏がいるって知って必死に蓋を閉めたんだけど」
宮崎の元カレの話をするのは、辛い過去を思い出させてしまうかもしれないので話題に出したくなかった。けれど、どうしても触れずに避けて話を進めることは出来ない。
「お前はここで同居していた時、そんな素振りは無かったと言ったな。でも、俺は好きな女がずっと目の前にいたんだぞ。お前を怖がらせたり傷つけたりしたくなくて、触れたくて手を伸ばしたかったのを我慢していたんだ」
そっと宮崎の頬に手を伸ばす。あの時は我慢していたけれど、今は触れる資格がある。少し顔を赤らめながら、俺の手を振りほどくこともなく受け入れてくれている。
宮崎の頬に当てられた俺の手には、今日買った指輪が嵌めてある。反対の手で宮崎の右手を取る。そこにはお揃いの指輪が嵌めてある。
「ごめん、ね……?」
何の謝罪だろうか。我慢させてしまったから?俺の気持ちに気がつかずに、居候をお願いしてしまったからか?
確かに我慢の日々は辛くもあったけれど、共に暮らしたあの毎日はかけがえのない時間だった。あれがあったから宮崎が俺に好意を持ってくれたのだとしたら、我慢した甲斐があったと言うものだ。
頬に触れていた手で今度は髪を撫でた。柔らかく触り心地の良い髪。気持ち良さそうに目を細める宮崎が可愛くて、ゆっくり顔を近づけた。唇が触れる直前、目を伏せて顔を上げる様子に、受け入れられているのだと安心できてキスをした。
もう良いだろうか、と思う。今日、結構我慢した。寧ろこの雰囲気で手を出さないとか、逆にヘタレだとかポンコツだとか思われるだろう。
唇を離して宮崎の瞳を覗く。真っ直ぐに返してくれる目に拒否の色は見られない。だから宮崎の手を引いて体を抱き寄せてもう一度キスを……ムグッ。
「…………」
宮崎に口を抑えられてしまい、見事に拒否られた。
「あ……、続きは、歯磨きの後で……」
育ちが良いな、おい。
無理強いが出来ない俺は、宮崎がそう言うのなら従うしかない。恥ずかしさから若干心が折れそうではあったけれど、「続きは」と言われたのだからその先をしても問題は無いことに安堵し、抱き締めていた手を離した。そして宮崎も俺の口から手を離す。
「……俺、口臭いか?」
「ちがうちがうっ!そうじゃなくてっ!あのまま流されたら歯を磨くタイミングが……」
真面目か。
宮崎が真面目なのは昔から知っているけれど。
まあでも二人で洗面台に並んで歯を磨くのも悪くなかった。寧ろ、いつかこれが当たり前の日常になる日が来たら良いのにと思う。
その後のキスは、俺がいつも使っている歯磨き粉の味がした。
ペアリングの話は以上です。
お読みくださりありがとうございました。




