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私に初めて告白してきた人  作者: 知香


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19/21

おまけ話 ─ペアリング②─

◇◇◇



初任給が入った。

地元のあまり大きくは無い会社に入社し、始めこそ庶務や会社のことを覚えるくらいでいつも定時には退社していたが、結構早くから事務仕事を教え込まれ戦力としてがっつり使われていた。仕方がない、業績が悪い訳では無いが少数精鋭で余裕等あまり無いのだから。


その週の週末に職場の方達と飲みに行った。今日は締め日だったし明日から大型連休の前半ということもあり、居酒屋は大盛況の様で混んでるしテンションの高い客で賑わっていた。


先輩から「月末締め処理大変だったけど月初もほんと忙しいから」なんて脅されながらも「仕事分担して貰えて助かる」とも言って貰えて、こんな新入社員にまで感謝をして貰い嬉しいことだと思った。


「初任給は何に使うのか」と聞かれ「皆さんはどうされました?」なんて言って返して、私は話すこと無く昔話を沢山聞いた。


飲み会から家に帰ると十時を過ぎたところだった。福島もまだ寝てはいないだろう。


初任給の一部は東京に行くのに使いたかった。大型連休に何泊か出来たら良いなって考えていた。会いに行ったら福島は喜んでくれるだろうか。福島の予定を確認しないとと、酔いもあり浮かれてスマホを手に取った。通話ボタンを押しそうになって、ふと我に返る。


(電話って……迷惑?)


元カレの先輩とは電話をすることが多かった。心配性と言いながらただ束縛されていたのだ。メッセージだと嘘を言っていても分かりにくいが、電話なら相手の意表を突けるので誤魔化しが難しく、行動の監視になったのだろう。


福島とは未だに電話をしたことが無かった。私に気を遣ってくれているのか、それとも電話が苦手なのかが分からない。メッセージなら都合の良いタイミングで確認出来るし返信も出来るが、電話は完全にその時間を自分勝手に奪うことになる。


(普通の恋愛も、こんなにも気を遣うものだっけ……)


大人になったからだろうか。それとも他の恋愛を経験してきて考え過ぎているだけだろうか。もしくは、大切にしたい想いが強くて臆病になっているのかもしれない。遠距離恋愛という特殊な状況で相手が分からなくなって、その不安から相手の様子を伺っている気もする。


取り敢えず通話アプリを閉じ、メッセージを送ることにした。『連休後半の三連休かその後の土日にそっちに遊びに行ってもいい?』と打って送り、ハタと気づく。


(泊めてって、言うべき……?)


泊めてなんて、いかにも期待しているみたいじゃない!でも付き合ってるんだし、泊まるのは何もおかしくはないし、もうやってるし……。むしろ当たり前で確認する程でも無いのかな?いや、でも当日「え?泊まるの!?」ってなっても迷惑掛けちゃうし、ちゃんと確認することや伝えることは大切だよね!?


そんなことを悶々と考えていたら、スマホのメッセージの受信音がしてビクッとなってしまった。


福島からだった。思いの外早い返信だった。『いいよ』『どっちでも問題ないよ』と。福島は普段の会話と同じくメッセージでも簡潔だ。

『じゃあ三連休に行きたい』と送った。土日じゃ二日だけだ。金曜の夜から行くという手もあるけれど、やっぱり少しでも長い方が一緒にいられる時間が長くなる。折角会いに行くのだから多くの時間を共有したい。


さらに『泊めて』とメッセージを送ろうか、いやでもどうしようかと迷っていると返信が返ってきた。『うちに泊まるの?』って。


ドキッとしてしまった。


言いづらいことを聞いてくれて有難いけれど、やっぱり恥ずかしくなってしまう。考えに考えて『泊めてくれるの?』と送った。ちょっと狡かったかもしれない。相手に決断させるような言い方。そして相手の好意に甘えるような言い方だ。


福島からの返信は『いいよ』『掃除しとく』って。

福島はどんな感情でどんな表情をしてこのメッセージを送ってくれたのだろう。私は一人でドキドキして慌てていたのに、福島はいつも通りだ。少し悔しいような、でも福島らしさにホッとした。


来週になれば会える。でも今会いたいのが本音。

せめて声が聞きたい。そんなことを言って迷惑になったりしないだろうか。結局そこに考えが戻ってしまう。


何か特別なことがあった訳ではない。慰めて欲しいとか元気付けて欲しい訳でもない。


会う約束が出来たことで気持ちが昂ったのだろうか。タタタッとスマホを叩いた。頭で考えるより感情で動くなんて、酔いが残っていたからかもしれない。『電話したら迷惑かな?』って。


送って直ぐだった。着信音が鳴った。


「……もしもし」


『……どうかしたか?』


自分の胸の音で聞き取りづらく感じた。


「声、聞きたくなったの」


『……そうか』


福島の電話越しの声はこんな感じなんだと、ちょっとくすぐったくも感じた。


「ありがとう」


結局優しい福島に甘えてしまった。駄目だなんて言う訳がないのが分かっている。電話を掛けて欲しいって言っている様なもの。


『いつでも掛けてきていいから』


電話越しに耳に届く声が優しくて、体が痺れる。耳に神経を集中させているからだろうか。会っている時よりも福島を感じてしまう。ソワソワして前髪を弄ってしまう。


「いつでも?」


『いつでも。出られなかったら必ず掛け直すから』


そんな甘いことを言って、束縛されちゃっても良いのかしら。するつもりなんて無いけれど。


「福島も掛けてくれる?」


『……嫌じゃないのか?』


きっと元カレのことを気にしているのだろう。同じことをしてしまわないように気を遣ってくれているのだ。福島はそういうヤツだから。


「嫌じゃない。寧ろ、多分……嬉しいと思う」


『───……』


福島が無言になってしまった。照れているのだろうか?黙るなんて狡いな。電話は言葉にしてくれないと相手の反応が完全には掴めない。


「でも、程々でお願いします」


『……そうだな。程々で』


一緒に笑ってしまった。

いつまでも電話を繋げていたい気もするけれど、恥ずかしさもあって結局「おやすみ」と言って切った。切ってからもまだドキドキとしていた。


(来週になったら、会えるんだ……)


早く会いたい。会って抱き締めて貰いたい。あの優しく温かい腕に包まれたい。


(はっ!下着……!)


引っ越しの日、新幹線の中で反省したのを思い出した。色気の無い下着、厳禁。かと言って気合い入れ過ぎていてもがっついてる女だと思われてしまうかもしれない。


(明日からの連休中、買いに行こうかな)


私が可愛い下着を着けたところで福島が喜ぶタイプかどうかは分からない。好みも知らないし。

これは見栄なのか。それとも喜ばせたいという奉仕精神なのか。はたまた色気の無い下着に幻滅されたくない、嫌われたくない自己武装なのか。


福島は前回、私を優しく抱いてくれた。痣が出来る程に強く握られることも、痛みが残る程に強引に繋がることも無く、私にとって久し振りのセックスだから多少の疲労感があっただけで直ぐに体は元気になった。私の体に残った痣を気にしてか、強く吸い付いてキスマークを残すということも無かった。


つまり、事実であったことなのに、証が何も残らなかった。まるで一夜の夢物語の様だった。あの記憶は夢だったのではと思えてしまう。優し過ぎる扱いに不安になるなんて、私の感覚はおかしくなってしまったのかもしれない。


もう一度福島に抱かれたい。あれは夢では無く本当だと、体を触れ合って確認したい。


そして福島が私のことを好きであると全身で感じたい。相手の愛を欲するなんてどれだけ欲張りなんだろう。




◆◆◆



女は何故噂話が好きなのだろう。


会議室での研修が終わり、香川と通路を歩いていると休憩所から甲高い声が聞こえてきた。いつもなら気にせず通り過ぎるのだが、俺の名前が聞こえてきて出られなくなってしまった。


「福島くんってS大なんでしょ。この会社であんまりいないよねぇ」


気まずいので香川に別の通路から帰ろうと促すが、香川が「気になるじゃん」とか言って立ち止まった。立ち聞きなんて趣味じゃないから一人行こうとしたら腕を掴まれた。


「格好良いけど彼氏にするには学歴のインパクト弱いかなぁ。やっぱり自分と同等か上の方が良いよねぇ」


悪かったな、と思ってしまう。


「耳、ピアスの跡あるしね。結構やんちゃしてたんじゃない」


「ね!真面目そうに見えて実は女とっかえひっかえだったりして」


否定出来ないな、と思ってしまった。


こんな話を聞いても何の得にもならないので、俺の腕を掴んでいる香川を逆に引き摺る様に去ろうと後ろを向いたら、なんと島根が立っていた。


島根は俺達の横を通って噂話をしている女達の中に入っていった。


「あなた達、男をアクセサリーとでも思ってるの?」


「なあに、島根サン。貴女だって気に入った男にばっかり飲みの声掛けてて、似たようなものでしょ?」


「そうそう。格好良かったり、頭が良かったりする男ばっかり」


「私は将来有望そうな人に声掛けてるの。だから男だとか女だとかに関係無く、今後仕事をする上で使えそうで頼れそうな人を誘ってるの」


「何それー!偉そうじゃない!?」


「あなた達も相当偉そうよね。彼氏にするにはって、どれだけ上から目線なのよ。福島くんにもうこの間の飲み会で拒否られたくせに。ああ、その腹いせに陰口叩いてるの?」


「何よ。やたらと突っ掛かってくるじゃない」


「その陰口、本人に言ってあげれば?あ、そっか。本人に言う勇気が無いから陰口を言うしかないのか」


「勇気云々じゃなく、ここに居ないんだから言えないじゃない」


「ああ、そう」


女の言い争いをしていたかと思えば、島根はくるっとこちらに向かって歩いてきた。そしてグイッと俺の腕を引っ張って休憩所に連れてこられてしまった。ゲッという言葉はどうにか飲み込んだ。


「本人居るわよ」


マジかよ、と思う。多分向こうもだろう。


「なっ!聞いてたの!盗み聞きなんてサイテー!」


女の甲高い声が頭に響く。


俺だって聞きたくなんか無かったのに何故この様な言われ方をされなければいけないのか。


「こんなところで堂々と話してて盗み聞きも何も無いと思うけど、良かったじゃない。改めて陰口を言う必要無くなったね。何だっけ。学歴が弱い?ピアス跡があってやんちゃ?女をとっかえひっかえ?」


どうやら島根は全部聞いていたらしい。恐ろしい女だ。


「なんなの、あんた!嫌がらせなの!?」


ああ、この女の甲高い声は苦手だ。頭が痛くなる。思わず溜め息が出た。


「あのさ、俺に対する陰口も噂話も慣れてるから好きにすればいい。でも周りの迷惑になるその声はトーンを落とすか黙ってた方が言いかもよ。他の会議室使ってるから聞こえてるんじゃないか」


噂話をしていた女達は、ぐっと口を押さえると逃げるように去っていった。




その後、香川と島根に半強制的に飲みに連れていかれた。


「ああいう学歴マウントする女、嫌い」


島根にくだを巻かれている。おかしい、陰口の対象は俺だった筈なのに。


「ああいう女程見せ方や猫被りが上手いから同じ会社に入れるし、これからも上司や先輩に上手く取り入って行くんだろうね。何か嫌」


まだ入社して一ヶ月。しかも研修しか受けていないのに何故そこまで分かるのか。俺からしたら島根もそんなに変わらない様に見えるが、言うのは止めて黙っていよう。


「実際彼女らの方が学歴は上だもんね」


香川の言う通り。大企業なだけあり、新入社員の大多数は有名大学出身だった。その中で俺は異質だった。


「同じ企業に入った時点でスタート地点は同じでフラットなんだよ!学歴なんて話の話題で利用するくらいでいいでしょ。それに研修の試験では福島くんの方が成績は良かったじゃん。学歴を馬鹿にしておいて負けてるのに、恥ずかしくないのかっての!」


俺のことの筈なのにこの怒り様。女の世界は大変なのかもしれない。相当溜まっているようだ。


「福島くんも負けてるくせにとか言ってやれば良いじゃん!」


「はあ……。別に、陰口の内容は殆どが本当のことだし。面倒だから放っておけばいい」


「え、福島、そうなのか?やんちゃしてたのか?」


香川が驚いて割って入ってきた。


「まあ、中学ん時に。ピアスもそん時」


「えー!中学!?じゃあ、女とっかえひっかえは?」


香川のヤツ、ぐいぐい聞いてくんな……。


「ずっと付き合っても長続きしなかったから、ある意味とっかえひっかえだったかもな」


「モテ男め……」


僻みか……。


「じゃあこの間言ってた彼女とはもう別れたの?」


「別れてない」


「長続きしないんでしょ?」


「……今の彼女とは、何があっても別れるつもりは無い」


「遠恋の彼女か。マジなやつじゃん」


「え!福島くん、遠恋なの!?」


その時スマホのバイブに気がつき、スマホを見やると宮崎からの着信だった。一気に胸がざわめき立った。


「悪い、電話してくる」


「ああ……」


香川の返答もまともに聞かずに席を立ち、騒がしい店から外に出た。




──居酒屋の一幕。



「あれは彼女だな」


「そうね」


「島根さんって、まだ福島狙ってんの?」


「他の女とは違って『コイツ俺のこと分かってんじゃん』みたいなのを狙ってたんだけど」


「あれは無理だぞ」


「そうだね」


「あのクールで表情が全然変わらない福島が一瞬緩んでたからな」


「あんな顔されたら、ああマジなんだって思うよね」


「島根さんは本気だったの?」


「本気で狙おうと思ってたところでこれだから、もう諦めるわよ」


「福島をあんな風にしてしまう彼女、見てみたいな」


「私も見てみたーい」


…………




店の外もなかなか騒がしかった。大型連休の間の平日。そして明日から大型連休後半の三連休。世間の浮かれ具合がこの飲み屋街に表れていた。


「もしもし」


長く着信があり、切れる前に何とか取れた。


『あ、ごめんね。今大丈夫だった?』


電話越しの宮崎の声に胸がきゅっと締めつけられるようだった。


先週末、突然の宮崎から東京に来るというメッセージに浮かれ飛びついて了承をした。さらに『電話したら迷惑かな』だ。迷惑なもんか。お互いに気を遣い合って遠慮してしまっていたようだった。

申し訳なさそうにこちらを伺うような言い方なのに、少し甘えた声だった。俺が寂しいと思っているのと同じ様に、宮崎も寂しく思ってくれていた。今すぐ新幹線に乗って会いに行きたいと思った。格好つけて「いつでも掛けてきていいから」なんて言って、でも本音を言えば毎日でも声を聞きたいから毎日掛けてきて欲しかった。


その後メッセージのやり取りはあっても電話はずっと無かったから、今日また掛かってきたことが嬉しくて堪らない。


「今飲んでて。でも大丈夫だ」


『えっ!ごめんねっ!電話する前にメッセージ送れば良かった』


「平気だって。どうかしたか?」


『あ、ううん。明日のこと伝えたくて。でもやっぱり電話じゃなくてメッセージを送るよ』


「いや、もう帰るから、家に着いたら掛け直すよ。今新宿だから三十分もしたら家に着くと思う」


『飲んでるんじゃないの?』


「もう帰ろうと思ってたところだから」


『ホントに?』


「ホントに。だから気にするな」


『……うん、じゃあ、待ってる』


「ああ。じゃあ、また後で」


通話を切ると、思わず小さくガッツポーズをしてしまう。電話を掛ける口実が出来たのが嬉しいのだ。こんな騒がしい場所で終わらすなんて勿体無い。メッセージのやりとりのみで終わらしてしまうのも、だ。


明日、宮崎が東京に来る。それだけで嬉しくて楽しみで明日が待ち遠しくて堪らないのに、今日電話も掛けてきてくれ、完全に舞い上がっていた。飲んでいる場合じゃない。


直ぐに香川達がいる席に戻り、「先に帰るわ」と言って財布からお金を出した。


「えっ!帰るの!?」


「悪い。またな」


「えー!ちょっと福島くん……」


二人が驚いていた様だけれど気にせず店を出た。


走り出しそうな位の早足で駅に向かい電車に乗った。ソワソワして仕方がない。今日は大型連休の間の平日。休みの企業もあるだろうし休暇を取っている人もいるのだろう。電車はいつもよりかは混んでいなかった。

誰よりも先に降りたい気持ちが強いのか、乗降口の前に立って電車に揺られている自分に気がつく。そしてガラス窓に写る自分の顔が何となくにやけている様に見え、恥ずかしくなる。


(重症だな……)


こんなにも気持ちが大きくなっていたのか。

これでは重く思われないだろうか。


想いのままに彼女に会ったらどうなる。宮崎の元カレの様に縛りつけてしまいそうで自分が怖い。それに気がついた瞬間に宮崎は離れてしまうだろう。


大切にしたい。

だからこんな俺は見せられない。必死に平静を保っている。


(こんなにも気を遣う恋愛は初めてだ)


いや、そもそもこれまで付き合ってきた彼女とは恋愛と呼べるようなものだったかも分からない。


大切にしたいなんて気持ちは、初めてだから。



アパートに着いてスーツも脱がずに電話を掛けた。


『もしもし』


「悪い、遅くなった」


『全然遅くないよ。まだ三十分経ってないから。早くてびっくりした』


早く電話をして宮崎の声が聞きたかったからなんて言えない。


「明日、何時頃東京駅に着く?」


『十一時頃着く新幹線に乗ろうと思ってたんだけど、福島今日飲んでいたなら午後の方が良いかな?』


「いや、十一時で良い。大して飲んでいないから全然平気」


『ホントに?無理してない?』


「してないよ」


宮崎の気遣いは有り難いが、少しでも早く会いたいし少しでも長く一緒にいたいのだから、午後からなんて勿体無い。


「東京駅まで迎えに行くから」


『家で待っててくれて良いよ?私、平気だよ?』


「いいから。迎えに行く」


家でじっと待っていられる訳がない。今ですらソワソワして落ち着かないのだ。


『……うん、分かった。ありがとう』


優しい"ありがとう"の言葉に心臓が潰れそうだった。


明日会ったら俺は……平静を保っていられるのだろうか。





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