17.それからとこれから
◇◇◇
三度目の春が来た。
福島と付き合い初め、即遠距離になり、月に一回は会うようにしていた。福島が地元に来てくれることもあったが、私が東京に行くことの方が多かった。何しろ私は実家暮らし。会う時は大体が泊まりだったこともあり、毎回家に泊めるのは気まずいし、福島も毎回自身の実家に泊まるのが気恥ずかしいらしいので、自然とそうなった。夏や年末年始は地元で、たまに旅行にも行った。
福島は就職しても引っ越しをしなかったので同じアパートに住んでいる。何度も行っているので場所は知っているし、私だって東京で暮らしていたので電車の乗り換えだって何も問題なく平気なのに、福島は必ず東京駅まで迎えに来る。そう、必ず。
毎回申し訳ないので「家で待っていて」と言っても「迎えに行く」と言う。そんなに信用が無いのか心配性なのか何なのかと尋ねたら、
「少しでも一緒にいたいからいいんだよ」
って、耳を赤くして言っていた。顔を逸らされちゃったから耳が赤いのしか分からなかったけれど、きっと顔も赤かったんだろうな。相変わらずの照れ屋だ。
東京駅の新幹線の改札口の前でいつも待ってくれている福島は、私と合流するとお泊まりセットが入ったボストンバッグを持ってくれ、手を繋いで歩き出す。熱烈なハグで出迎えをしないのが福島らしい。基本的には恥ずかしがり屋だから。
付き合って二年。概ね関係は良好だ。何せ福島は優しい。それでも一度喧嘩をした。あれはお互いの中間地の温泉町に旅行に行った日だ。新幹線の時間の関係で私が十分くらい早く駅に着き一人で待っていたら、学生っぽい男の子のグループに声を掛けられ写真を撮って欲しいと言われた。「いいですよ」と快く了承して写真を撮ってあげた。流れで「旅行ですか?」とか「どこから来たんですか?」とか「どこの宿に泊まる予定ですか?」とか色々と聞かれて律儀に一つ一つに答えてしまった。
そこへ福島がやって来て、「こいつら、何?」と不良時代の再来かしらと思うような睨みを学生達に向け、彼らは慌てて「ありがとうございましたっ!」と言って去って行った。
「何、ナンパされてんだよ」
と、大層不機嫌な様子になってしまったんだ。
「ナンパでは無かったよ?写真を撮って欲しいって言われて」
「男だけのグループがこんな映えスポットでもおもしろスポットでも何でも無い駅で写真撮るか!?話し掛ける口実に決まってるだろ」
「ええ、そうなの?」
「警戒心無さすぎだって。写真なんて断れば良いだろ」
「断れないよ。感じ悪いじゃん」
「機械操作苦手だって言えば良いじゃん」
「スマホのシャッターボタンをタップするだけだよ?高齢の方ならまだしも、現代の若者が苦手なんてあり得なくない?」
「構図とか、センスが無いとか」
「…………」
「…………」
そんな感じで謎の言い合いになってしまい、福島は不機嫌だし珍しく私への当たりがキツくて、私もそれ以上言い合っても無駄だなと思って口を閉じた。私の主張を否定されたのも面白くなかった。そして会話が無いまま観光をして、全然楽しく無い時間を過ごした。
たまにしか会えず、そしてせっかく会えたのに。
何故こんな些細なことで喧嘩になるのか不思議だった。今になって冷静に考えれば、どうでも良い内容だ。友人がこんな喧嘩をしたと話題に出してきたら「へー」で終らしてしまいたいと思うような内容だ。
でも私にとっては実は大事な喧嘩だった様にも思う。ちゃんと主張できたから。相手の顔色を伺って何も言えずに従うだけとは違う。福島相手だから喧嘩出来たのかもしれない。
だんまりして隣を歩く福島にそっと手を伸ばして手を握ると、直ぐに握り返してくれた。そして「ごめん、嫉妬した」って。きっと謝るタイミングを探っていたのかもしれないと思ったら、可愛く思えて仕方がなかった。
その日の夜、お宿で、まあ、お年頃の恋人らしく体を重ねてイチャイチャした訳ですが、なんとも甘く濃厚な夜だった。あんなの、私は愛されていると自惚れでも何でもない確かな事実であると自覚してしまう。心が満たされるとこんなにも違うものなんだなと思った。早く終るのを待つ痛いだけの行為とは全然違う。いつまでも抱き締めていて欲しいと思ったし、何度もキスをして欲しいとも思った。そしてずっと側にいたいと思った。
たまには喧嘩するのも悪くないと思ってしまったのは内緒。
あれから福島は待ち合わせの場所に必ず私よりも先に来るようになった。福島ってそういうヤツだ。
手を繋ぎながら電車に乗り、福島のアパートに向かう。朝から新幹線に乗り、もうすぐ昼の時間。一度部屋に荷物を置いてから、隣の駅に新しく出来た私が好きそうな可愛らしいカフェにランチに行こうと言って。態々リサーチしてくれたのか、偶々歩いていて見つけて私が好きそうだと思ったのかは分からないけれど、その時間は私のことを考えていてくれたのだと思うと嬉しかった。
私はカフェオレやピザを食べる度に福島を思い出すし、ランチメニューでピザかパスタかを選ぶ場合、ついついピザを頼んでしまうのも、福島には内緒にしている。福島との思い出が増える度に福島を思い出すきっかけが増えていく。福島もそうなら良いのにと思うけれど、内緒にしているから聞けない乙女のジレンマ……なんてね。
アパートに着いて部屋に入るとぎゅっと抱き締められた。だから私も腕を回して抱き締め返す。
イルミネーションとかを見に行くと、カップルばかりであちこちでイチャイチャしているから、そういう時は人前でも抱き締めたりしてくれる。夜だし、暗いし。でも普段の触れ合いは、特に昼間の外では手を繋ぐくらい。抱き締め合ったりキスをしたりは二人だけの空間でだ。
恥ずかしがり屋の福島。でも私も人前では無理だから、そういう感覚が一緒なのは嬉しい。
暫く無言で抱き締め合って温もりを感じていたのに、グウとお腹が鳴る。全く正直な体だ。
「お腹が鳴りました」
照れ隠しで笑って言う。
「……うん。お腹空いてるところ悪いんだけど、ちょっと話があって」
「じゃあ、上がろっか」
靴も脱がずに玄関で抱き締め合っていた私達。私が来るということで多少は片付けた様子だけれど、相変わらずのズボラさが若干残っている部屋に入ってコートを脱いで向かい合って座る。
向かい合って座るなんて、改まった感じだ。家の中では隣に座って手を繋いでいたり肩や腰を抱かれたりと、ここぞとばかりに触れ合っているのだ。
「あ、のさ」
「うん?」
「結婚しないか?」
「……!?」
突然でした。
予想もしてなかった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返してしまった。
「けっこ……」
最後の「ん」だけ発音できなかった。口が半開きのままだったからかもしれない。
「遠距離を二年して、やっぱり離れているのは辛いなって。側にいて欲しい」
ずっと側にいたいとは私も思っていた。
東京から地元に帰る時、お迎えと同じく福島はいつも東京駅まで送ってくれる。改札の前まで、私の姿が見えなくなるまでそこで見送ってくれる。
改札を通る前、離れる寂しさから福島にすり寄れば、片腕で抱き寄せさりげなく額にキスをしてくれる。恥ずかしがり屋の福島が、多くの人が行き交う東京駅の改札前でしてくれるのだ。余計に離れがたくなってしまうのに。
きっと存在を残すためになんじゃないかと思ってしまう。次会う時まで忘れるなと、寂しいと焦がれて思い出して欲しいと。
それはまるで初めて告白した時の様に、返事は聞かずに想いだけ伝えて、遠い記憶の奥底に残されたあの時の様にだ。
「宮崎が今の地元の企業を続けたいのなら新幹線で通えるようなところで暮らすとか、もし辞めても平気なら、俺はまあ、そこそこに給料も良い企業だから宮崎を養うくらいは平気だし。勿論家庭に入れって訳じゃないから、仕事したって良いし、やりたいことしても良い。今すぐにって事じゃないから、仕事の都合で時期を決めて良い。将来的に、と言うか……まあ、少しでも早く一緒に暮らしたいとは思うけど、無理強いはさせたくは無くて……」
何だか焦ったように普段クールで言葉が多くはない福島がつらつらと話している。
「……これは、プロポーズ?」
福島がそのつもりで言っているのかどうか判断出来なかった。
「やっ……そのっ、なんと言うか……」
焦っている。福島が焦っている。ちょっと面白い。
「か、確認と言うか……俺の、その、考えや気持ちを伝えたかったと言うか……」
「プロポーズでは無く、考え?」
「……もっとちゃんとしたプロポーズが好きなら改めてするし、お洒落なレストランとか、夜景の綺麗なとことか……。だから、そういう気持ちでいるってことを、だな……」
からかい過ぎたかもしれない。福島の顔も耳も赤い。
「お洒落なレストランも綺麗な夜景も要らないよ。今ので十分」
福島と二人だけの時間を過ごしたこの部屋でプロポーズをしてもらって、私は十分嬉しい。私はこの部屋で福島の優しさに癒され救われた。あの頃大切な友人だった福島が、今は彼氏になり、プロポーズされている。
「私も側にいたい」
福島は照れ臭そうに笑う。いつもクールな顔がこんな風になるのを見るのが好きだ。
福島に抱き寄せられ、福島が座っている上に乗っかる。首に手を回せば、直ぐ目の前に整った顔。
福島はイケメンなだけあり、とてもモテる。道を並んで歩いていて、すれ違った人が「今の人イケメンじゃない?」なんて言っているのが聞こえたこともある。
付き合い初めて翌日には遠距離になり、そして就職。慌ただしい新生活を過ごし、大型連休に東京まで会いに行った。約一ヶ月振り。その前は半年振りだったからそれに比べたら……と思ったけれど、やっぱり友人と恋人ではまた違う。会えない間はやっぱり寂しかった。そして会えた時は嬉しいのにどうにも照れ臭くてドキドキもするし恥ずかしかった。どこかギクシャクしながらも初デートは何処に行くのだろうと思っていたら、福島から思いがけない台詞が出てきたのだ。
「ペアリングを買わないか」
って。耳を真っ赤にして。
よくよく話を聞いてみれば、就職して同期の女の子からかなりアプローチを受けたそうだ。それで私も職場の人から言い寄られたりするのではと心配になったと。そしたら同期のイケメンの人がペアリングをしていて、女の子達がそれを見つけるなり落胆している姿を見て、これだと思ったらしい。
そんな心配要らないのに。私は地元のそんなに大きくない企業だ。新卒採用は私だけだったから同期も居ないし、周りは年上の既婚者ばかり。
それでも福島が心配してくれるのはくすぐったいけど嬉しいし、福島の女避けに役立つのならまあいいかと喜んで受け入れた。
それからずっと右手の薬指にはお揃いの指輪が嵌められている。今度は左手になるのだろうか。
「一つ、お願いがあるんだけど」
「何?」
上に乗った私を見上げながら、優しく髪を撫でる。キスをしたい時の癖だ。撫でられる気持ち良さに猫のように目を細めるとキスをされるのがおきまり。
「特別な今日がもっと特別になるように、今までで一番長いキスをして」
私がそんなことを言うと思わなかったのだろう。ちょっと驚いて照れている。
「……いいよ」
福島は本当に長いキスをしてくれた。どのくらいしたのか時間を計ってないから体感しか分からないけれど、とりあえず私のお腹が邪魔をするまでした。空気を読まない色気の無い腹だ。
二人で笑ってしまった。
福島は私に初めて告白してきた人。
かけがえのない大切な友人であったけど、私にとって恩人になった。
そして今は、私の彼氏。
さらにこれから近い将来、私の夫になるようだ。
END
最後までお読みくださりありがとうございました。
知香




