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 針田孝の居所がわかったのは、数日後だった。

「出かけてくるから、留守番を頼む」

 開発研究室の扉を開けて中を覗くと、立原が驚いた顔で見つめ返してきた。

「え。蔵石くんは?」

「畑山さんと一緒に外出した。夕方まで戻らないと思う」

「永遠の電話番の蔵石くんが外出なんて、そんなのあり得ないよ!」

「なんだよ永遠のってのは。新人も入ってくるんだし、いつまでも電話番の方があり得ないだろ」

「だって誰もいないんじゃ誰が電話を受けるのさ」

「留守番の奴に決まってるだろ。じゃ、行ってくるからな」

 立原の悲鳴と抗議を背中で聞き流して、白崎は無情にオフィスを出た。今日は電車で移動するので、駅に向かう。

(さて、どう切り出したものか)

 豊原テックの閉鎖後、針田孝は隣の市にある同じような機械部品の工場に再就職口を見つけていた。連絡を取って、以前一緒に働いていた西山さんの件で話があると伝えると、半信半疑の様子ではあったが、会ってくれることになった。

 待ち合わせ場所は、針田の勤め先近くの喫茶店にした。シフト制の勤務で、その日は夜勤だったからその前に、ということだった。よって、だらだらと話している時間は無い。

(単刀直入に行くしか無いか)

 下手な説明は、するだけ無駄だ。

 列車が止まって、白崎はホームに降りた。私鉄の小さな駅は、改札を抜けると出口は一つしかなかった。駅の前から商店街が延びていて、白崎は地図を確かめてからそちらへと足を向ける。数メートルも行かないうちに、目的の喫茶店は見つかった。古ぼけたショーケースが、年月を伝えている。

 入り口の扉を引くと、小さな鐘が響いた。レジ前にいた中年女性が顔を上げる。名前を告げると、女性店員は端のテーブル席を指した。

「あちらでお待ちですよ」

 白崎はついでにコーヒーを注文して、席に向かった。

「針田さんでしょうか。立原技研の白崎です」

 テーブル席にいたのは、黒いセーターにジーンズ姿の青年だった。こちらを見上げる顔は、どこかまだ子供っぽい。豊原テックの倒産当時から逆算しても二十代のはずだが、高校生と言っても通用しそうだ。

「初めまして。針田です」

 針田は立ち上がって軽く頭を下げた。白崎に席を勧めてから、自分も座り直す。

 白崎が席につくとすぐにコーヒーが運ばれて来た。店員が下がるのを待って、名刺をテーブルの上に出した。

「社長さんだったんですね」

 名刺を受け取って、針田は困ったように自分の名刺がないことを告げた。

「うち、偉い人か、営業の人くらいしか名刺を作ってもらってないんです」

「構いません。名刺を出したのは、ちょっとした前置きのつもりですから」

「前置き、ですか?」

 白崎は頷いた。ここからが、本番だ。

「私どもは、あるシステムの研究開発を進めております。このシステムを組み込まれた製品は、製品自体の作動を制御する電子部品が誤作動を起こした場合に作動するシステムです。大事故が起こるような誤作動をいち早く察知することで事故の拡大を防ぐと共に、同じ電子部品を組み込んだ機械の回収を速やかに行うといったものです」

「へえ、いまはそんな風になってるんですね」

 感心したような針田に、白崎は苦笑して首を横に振った。

「残念ながらまだ研究段階ですので、様々なメーカーに頭を下げてご協力いただいている状況です。個人情報の取り扱いなども絡んできますので、使い物になるかどうかすら、未定なんです」

「ああ、そうだったんですか」

 針田は素直に頷き、首を傾げる。

「そういうシステムの話なら、俺じゃなくて、もっと上の方の人に話した方がいいと思いますけど」

「いえ、仕事の話ではないので。この話が西山さんの話につながります」

 西山と聞いて、針田の表情が引き締まった。

「西山さんが亡くなったことに関係するんですか?」

「それも違います。西山さんの死因については、警察が調べたとおりです。私どもが西山さんの事件のことを知ったのは、つい最近のことなんです」

 わけがわからないと言ったように首を傾げる針田の前に、今度は琴美に渡した製品回収のチラシを置いた。ただし、琴美に渡したときと違って、社名や製品名が塗りつぶされている。

「こちらは開発協力をいただいている会社の製品です」

「電気ストーブ、ですね」

「ええ。開発サンプルとしては大変ありがたいものの一つです。そして四ヶ月前に、ストーブ内の電子回路の不良にシステムが反応しました。メーカー側で調査した結果、場合によっては異常発火を起こす恐れがあることが判明しました。そこですぐに製品の回収に入ったわけです」

「大変ですね」

 他人事のように、針田はコーヒーを飲みながら相づちを打つ。

「針田さん、その中の一つに見覚えはありませんか?」

 言われて、針田はもう一度チラシを覗き込む。しばらく眺めていたが、やがて顔を上げた。

「もしかしたらなんですけど……俺、前の工場で働いていたとき、社長にこんなストーブをあげたことがあるんですけど……それに似ている気もします」

「そうですか」

 白崎は深い息を吐いた。琴美の話がまた一つ、現実味を帯びた。

「現在、私どもはシステムの反応を元に、製品の回収の手伝いをしています。その反応が先日、豊原テックさんの敷地内で見つかりました」

「え、っと、待ってください。それ、変ですよ」

 針田は慌てたように頭を抱え込む。

「俺が社長にストーブをあげたのは、勤め初めてすぐだったんです。事情があって、社長にすごくお世話になったんで――」

 その先の台詞を、白崎は奪った。

「――就職難で途方に暮れているところを、社長の豊原氏の計らいで豊原テックに勤めることになった。初任給で、あなたは豊原さんに何かプレゼントをしたいと思った。そこで給料日の晩に、同じ工場で働いていた西山さんに電話をして相談をした」

 針田の口から、どうして、と小さな呟きが漏れたのを無視して、白崎は続けた。

「西山さんは、豊原さんが膝を悪くされていて、事務所内の寒さが辛そうだと教えてくれた。だからあなたはプレゼントに電気ストーブを選んだ――これで合っていますか?」

「いったい……どういうことなんですか?」

 針田の声が険しくなる。だが、説明が欲しいのは白崎も同じだ。

「怪しく思われるのも無理ありません。はっきり言ってしまえば私も未だにどういうことなのかよくわかりません。システムの発信源に行ってみても、何もありませんでした。豊原テックさんの工場は倒産後にすぐに売り払われて、今は更地となっています。そもそも事務所内にあったストーブは当時の火事で焼けてしまっているはずです。ですが、同行した……ええと、弊社の新人候補のアルバイトみたいなものなんですが」

 言い訳がましくなってしまったが、他に琴美を表現する言葉が見つからなかった。針田の怪訝そうな表情を、白崎は見なかったことにして続けた。

「で、そのアルバイトですが、何もない更地を見て、工場があると言ったんです。さらにはプレハブの事務所があって、中にいた西山という人物と話をしたと私に報告しました」

 沈黙が落ちる。店内のBGMと他の客の話し声が通り過ぎていく。

 テーブルのあちこちに視線をさまよわせていた針田が、最後に白崎を見て言った。

「……もしかしてこれ宗教の勧誘とかですか?」

「決して違います!」

 絶対に言われると思っていたので、白崎は間髪入れずに否定した。その早さと勢いに、針田は目をしばしばさせていたが、冷めてしまったコーヒーを一息に飲み干すと、上目遣いに白崎を睨んだ。

「あのですね、そちらの目的は何なんですか? 売り込みでも宗教でもないなら、あとはもう俺には思いつかないんですけど」

「一番最初に電話で言ったとおり、あなた宛の伝言を預かりました」

「……そういえばそんなこと言ってましたね。すっかり忘れてました」

 挑むような口調に、白崎は違和感を感じた。どこがというのではなく、一瞬だけ、針田が今にも泣き出しそうに思えたのだ。

「その『西山さん』はなんて言ってました? 恨み言ですか? できの悪い新人のグチですか? そうでしょうとも、あの日、残業してたのは俺の――」

「『一緒にメシを食いに行けなくなって悪かった』」

「……え?」

「これが針田さん宛の伝言です。事情をご説明する必要があると思いましたので、少し回りくどくなって申し訳ありませんでしたが、お伝えできて安心しました」

「待てよ……なんだよそれ。それだけ? だいたいそんなのいつの話だよ!」

 信じられない――針田の顔はそう叫んでいた。しかし白崎に針田の泣き言につきあう理由はない。テーブルに身を乗り出す針田を白崎は視線で押しとどめる。

「ストーブを買う相談をした電話を貰ったときにした約束だと聞きました」

「電話……? ああ、しましたね、そういえば」

 針田は顔をゆがめた。笑ったらしい。

「なんでそんなこと。もっと他に言うことあるじゃないですか。俺のこと、何か言ってたんじゃないですか? そうでしょ? だってそんなくだらないことわざわざ人に頼んでまで……ねえ、あんただって、こんなこと頼むなって思いませんでした?」

 思わなかったと言えば嘘になる。琴美の話からしても一方的な約束だ。

「預かった伝言は本当にそれだけです」

 針田の表情が、また変わった。縋るように白崎を見つめて、首を振っている。

「うそだ……そんなの、嘘だ」

 針田の気持ちは少しだけ分かる。話の流れからして単なる社交辞令に過ぎない約束を、わざわざ伝言するなんて思えない。本当は他に伝えたいことがあったのかもしれない。だがそれは白崎の憶測に過ぎず、琴美が預かった言葉では無い。話したのは――話したと言っているのは琴美だけだ。

「すみません、本当にそれだけなんです」

 針田は無言のまま、俯いていた。これ以上、話すこともない。しばらく待ってみたが、針田は顔を上げなかった。

「用は済んだので、これで失礼します」

 白崎は伝票を取って立ち上がった。

 喫茶店を出る前に振り返ってみたが、針田は同じ姿勢のままだった。仕事に遅れなければいいがと、余計なことを考えながら駅まで戻る。ホームに上がって、白崎は携帯を取り出した。コールを十回以上鳴らして、ようやく相手が出た。

「――もしもし?」

「もしもしじゃないだろ。代表に掛けたんだから、ちゃんと社名をいえ、社名を。あと、さっさと電話に出ろ」

「なんだ、暁か。どうしたの、迷子になった?」

「なってたまるか。これから帰る。それだけだ」

「りょーかい。あ、お土産買ってきてくれても良いよ。鎮森さんも呼んであるから、甘いお茶菓子がいいかな」

 白崎の動きが止まった。それからゆっくりと息を吐いて、白崎はネクタイを緩めた。

「……お見通しかよ」

 電話の向こうで立原がいつもの笑みを浮かべているのを感じながら、白崎は通話を切った。夕焼けが、なぜか急に綺麗に見える。

「甘いものなんてどこで買えばいいんだ……?」

 割と真剣な呟きはホームに入ってきた電車の音に混ざって消えていった。

読んでくださった皆様、ありがとうございます。

ここでひとまずおしまいとなります。

この先の展開は、またそのうちに・・・。


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