麺処「小惑星・ドドドどーん」①
僕たちは技術室に入って勝手に入り、映画を見た。
奥海さんのお勧めの映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は古い映画だけどかなり面白くて、名前を聞いたことがある「デロリアン」がかっこいい車だったのが印象に残った。
映画を見終わってから、お腹が空いた僕たちは学校を抜けて昼ご飯を食べに外に出ることにした。
ここは島民が二万人に満たない小さな島だ。ただでさえ飲食店が少ないが、シャッターを下ろす店がかなり増えた。島の中で今でも営業をしているのは、個人経営のお店ばかりだった。チェーン店の飲食店や大手のコンビニはシャッターが閉まり、昔なじみの八百屋や小さいスーパー、それに地元の居酒屋ぐらいが変わらず営業している。
奥海さんと、取り敢えず店が多い方向へと歩く。そう言えば、女の子と二人でご飯を食べに行くなんて初めての経験だ。そう思うと、何だか変な緊張感を覚えた。今思えば、技術室とはいえ女子と二人で映画を見たのか。女っ気のない今までの自分から考えたら、随分いい経験をしていたのだ。
そんな貴重な経験をした一週間後に、もう死ぬのだと思うと悲しくなった。もっと早くこんな経験が出来ていたら。そう思って一人で勝手に落ち込んでいると、奥海さんが話しかけてきた。
「あのさ、水山君にお勧めのラーメン屋があるんだ。ラーメン好き?」
「ラーメンは好きだよ。何て店?」
島中のラーメン屋ぐらいは頭に入っている。
「【小惑星・ドドドどーん】ってお店。絶対知らないと思うよ」
「何その面白い名前?全然聞いたことない」
一切聞き覚えのない店名だった。
そんなラーメン屋が、島内の何処にあったのだろう。
奥海さんは人差し指を口に当てて微笑む。
「あんまり教えたくないんだけどね。水山君には特別に教えてあげる。びっくりしないでね。味は保証するから」
夏の強い日差しの下を軽快に歩く奥海さんに着いていくと、大通りから外れた小道に入った。一切通ったことのない道だ。見慣れない景色の中を進んでいくと、これまた見慣れない一件の民家の前で奥海さんが止まった。
表札はなく、窓には「売り出し中」という文言と問い合わせ先が書かれた紙が内側から貼り付けられている。
「え、ここ?」
奥海さは「しー」と言いながら周りに誰かいないか警戒し、それからドアを五回ノックした。間を明けて、次は二回ノック。最後にボロボロのインターホンのボタンを押した。
勿論、音は鳴らなかった。
「…」
一体何をしているのだろう。不思議な一連の動作をただ黙って見ていると、「ガコッ」と何かが外れる音がした。
奥海さんがインターホンを掴んで横に動かすと、連動するように壁が横にスライドして、暗闇が現れた。中を覗き込むと、階段が地下に続いている。
「ここから降りるんだ。早く行こ」
「いやいや。ここがラーメン屋?」
「そうだよ。「小惑星・ドドドどーん」。大丈夫大丈夫。ほら早く」
奥海さんに手を引かれて、地下へ続く階段を降りて行く。真っ暗闇に、薄暗いライトが壁面に一定の間隔でついていて、真っ暗闇をぼんやりと灯している。足を踏み外さないよう細心の注意を払いながら、階段を降りる。
階段は右に左に、ときには螺旋状になって地下に続いている。地上から一体どれだけ降りるのだろう。もう五十段ぐらいは降りた筈だ。段々が空気ひんやりとしてきて、寒くなってきた。
「ねぇ、奥海さん。本当にこんな場所に…」
「ほら。着いたよ!」
階段が唐突に終わり、十メートルほど先にぼんやりと扉が見えた。
扉には、【小惑星・ドドドどーん】という表札がぶら下がっている。
「あ、現金って持ってる?」
「えーっと、三千円ぐらいなら」
「良かった。ここ、電子決済無理なんだー」
奥海さんが扉を開くと、低い男の声で「いらっしゃいませー」と聞こえてきた。
店内はL字型のカウンターのみで、椅子が五席並んでいる、
他に客はおらず、奥海さんと並んで二人で座る。店内には店主しかいない。店主が水の入ったコップを一つずつ、我々の前に置いた。
背が低く、スキンヘッドの寡黙そうなおじいさんだった。顔を見られた気がして思わず店主を見たが、既に視線は外れていた。
「注文…何に、しましょう」
「宇宙ラーメン!増し増しを二つ!」
僕にメニューを選ぶ権限はないらしい。まぁ宇宙ラーメンがここのお店のお勧めなのだろう。郷に入っては郷に従えと言うし、それに従うことにした。
奥海さんが注文してから、五秒も経たずにラーメンが運ばれてきた。
「宇宙ラーメン…増し増し。二つです」
いくら何でも提供が早すぎる。未来が見えていたかのようだ。
目の前に置かれた器には、小金色に輝くスープに美しいフォルムの麺が浮かんでいた。トッピングは何もない。
スープと麺があるだけ。それなのに、とてつもなく大きな腹の虫が鳴った。




