第六話
秋の始まり。
サンライト王国の王城の一室。
盗聴などの対策が何重にも施された会議室に、数人の人影が有った。
「人払いは済ませているよ。
不敬を問うつもりも無いから、率直な意見交換を行いたいと思っておるよ。」
上座に座るのは、クルクルとした巻き毛が特徴的な壮年の男。
人当たりの良い笑顔を浮かべたサンライト王国の国王、パトリック・ジャム・ド・サンライト。
「それにしても、ヴァイオレット嬢は元気いっぱいな様子で安心したよ。
その上、まさか他国の王族とも縁を結んで、外交まで果たしてしまうから立派なものだね。」
ニコニコと穏やかに微笑むパトリック王の言葉に、自ら下座に座っていた二人の男が額を机に擦り付ける勢いで謝罪する。
「この度は!
我が家の娘が大変な不始末を仕出かし!
心より謝罪を申し上げまする!」
「妹が申し訳ありません!」
たった一着しかない一張羅に、冷や汗を滲ませながら叫ぶ親子。
「しかも!
婚約者の皇太子殿下に旅立つことを伝えもせずに申し訳ありませんでした!」
熊のような体格に、モジャモジャの髭。
色男と言うよりは、熊男。
「妹が申し訳ありません!」
同じ言葉を繰り返すのは、父親とは似ても似つかぬ息子。
昼行灯な雰囲気が漂う好青年。
理知的な眼鏡が、頭を下げる度にズレ落ちて頼りない風情を醸し出す。
ヴァイオレットの父、バーバリアン・ベアズ・ヴェノム。
そして、兄のハロルド・フラン・ヴェノム。
「おやおや……本当に怒っていないんだよ。
人間嫌いの人魚族の王族が治めるシーラ海底王国から直々に親書が届いたり。
砂漠のオリースト帝国から親書が届いた時には驚いたけれどね。」
「……シーラ海底王国やオリースト帝国との交易は、一部を除いて途絶えていましたからね……」
アルフレッドが柔らかく微笑む。
「ですが……娘は、婚約者である皇太子殿下に告げることなく王国を飛び出したようですから……」
「……それは、そうだね……。
でも、カーマインには行き先を告げていたようですから。
私がもっと彼女と言葉を交わす時間を作っていれば良かったと思っています」
「(……時間を作っても、絶対に兄上のいけ好かない笑顔を今日こそは歪めて、泣かせてやる!と張り切るだけだろ。)」
いつもの完璧な笑顔とは違い、微かに寂しさを含んだ笑み。
カーマインは心の中で、ヴァイオレットを思い浮かべて笑ってしまう。
「陛下、此度の娘の一件。
普段より、皇太子殿下の広い御心で質の悪い悪戯を許して頂いている身としましては……」
歯切れの悪い言い方で、バーバリアンは頭を机にめり込ませる勢いで更に伏せる。
「しかも、第二王子殿下に見せて頂いた手紙には背中に怪我をしたと有りました。
……傷跡が残った女など、光の皇太子と名高い殿下には相応しく有りません。」
言葉を一度切り、大きく息をつく。
「やはり、我が娘……ヴァイオレットと皇太子殿下の婚約は白紙に戻して頂きたく。
あのような愚か者は、光の皇太子殿下にも、王家にも、相応しく有りません!」
お願いします!と額を擦り付けるバーバリアンとハロルド。
「……私の婚約者に相応しいかは、私が決める。
私は、ヴァイオレット以上に相応しい令嬢を知らない。」
貼り付けたように完璧な微笑み。
アルフレッドの握った拳に力がこもる。
「ふむ……ヴァイオレット嬢との婚約に関しては、アルフレッドに一任しておる。
余程の悪事を働かぬ限りは、口を挟まぬ約束だ。」
困ったように微笑むパトリック王。
「ならば……せめて、送られて来た金品を国庫に納めさせて下さい!」
「何を……ヴァイオレット嬢が個人的に受け取ったものであろう?」
「……もし、温情を頂けるならば……領民が冬を越すための食料代だけを貰えると有難いです……。
ですが、我が身に過ぎたる財は災いしか呼びませぬ。
ゆえに、国庫に納めさせて頂きたく……!」
「……そうか」
バーバリアンの訴えに、パトリック王は大きく頷く。
「うむ。
では、ヴェノム侯爵領の領民が冬を越すための資金を除き、残りの全てを国庫で引き受けることとしよう。」
「有難き幸せ……!」
パトリック王とバーバリアンのやり取りを若い三人は静かに見守る。
会議室より解散し、各々が移動する中。
「……カーマイン」
「……何か、兄上」
人気の無い回廊。
カーマインとアルフレッド以外には、シルヴァンしかいない空間。
「彼女の……傷は本当か?」
「手紙にはそう有りました。
偽りを書く必要も有りませんし、オリースト帝国からの親書にも記載されていたのでしょう?」
平坦なカーマインの声音に、アルフレッドは掌に爪が食い込むことも構わずに力を込める。
「……何故……私に、知らせなかった……!」
「手紙には、既に次の目的地に向かうと有りました。
背中の傷は、ほぼ完治していますよ。」
無表情のカーマインの言葉に、アルフレッドの頭に血が昇る。
「そういう問題ではないっっ!!」
感情の昂りに合わせ、黄金の魔力が迸る。
「アルフレッド様! いけませんっっ!!」
「っっ?!」
周囲に電撃が走るように広がった魔力の本流。
回廊の窓硝子が音を立てて砕け散る。
「っ……すまない、シルヴァン……」
「いえ、すぐに片付けさせましょう」
静かな声音で対応するシルヴァンに、アルフレッドも冷静さを取り戻す。
「……カーマイン、ヴァイオレット嬢は私の婚約者だ。」
大きく深呼吸をして、アルフレッドはもう一度カーマインを見詰める。
「確かに。
ですが、ヴァイオレット嬢本人も、ヴェノム侯爵も、婚約に対して前向きでは有りませんよ。」
「っ……それ、は……!」
「第一、兄上はヴァイオレット嬢をエスコートしたことが有りますか?
婚約者として、二人だけの時間を設けたことは有るのですか?」
「…………」
答えられない。
アルフレッドには、答えられない。
何故なら、アルフレッドはヴァイオレットをエスコートしたことなどない。
二人だけの婚約者としての時間を設けたこともない。
「"光の皇太子"」
カーマインの唇が歪む。
「出涸らしな自分には、理解できません。
須らく平等に微笑みと愛を向ける。
どの民にも、どの令嬢にも……全てに対して平等に愛するということは……誰も、特別ではない。」
「っ……」
「誰も、愛していないことと同じでは?」
チャシャ猫のような笑顔。
カーマインは、敢えてアルフレッドへと突き付けた。
「……カーマイン……っ……!!」
「第二王子殿下!」
咎める声音が二つ。
「(……案外、簡単なモンだな。
アイツの言っていたスカした笑顔を歪ませるって……)」
腹の底から笑いが込み上げる。
こんなにも簡単に感情を出すクセに。
まだ目の前の兄は、完璧と言われる光の皇太子は……気が付いていないのだ!
「申し訳ありませんが、自分はこれで失礼します。」
アルフレッドを庇うように立つシルヴァン。
その向こう側に立つアルフレッドに対して、悪戯心が湧く。
「そうそう……手紙に書いていましたが、海の王子から求愛されたそうですよ。
背中の傷は、オリースト帝国の王子を庇った傷だそうですし…………ヴァイオレット嬢は、人気者ですね」
「っ……」
衝撃を受けたような顔に、溜飲が下がる。
言うだけ言って、カーマインはさっさと自室へと退散する。
「(……我ながら性格が悪いぜ)」
そう思いながらも、さっさと恋に気付けよバカ兄上と心の中でカーマインは思うのだった。
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