第三話
「旅立ちの時、ですわ!」
家族の書き置きを残し、王都を飛び出したヴァイオレット。
小高い丘の上で朝日に照らされる王都を振り返る。
「……絶対に……」
朝日に煌めく王都とは正反対に、高く聳える山の向こうは薄暗い。
「絶対に!太陽の石を見付けてみせますわっ!!」
ヴァイオレットは笑顔で宣言し、振り返ることなく駆け出していくのだった。
ヴァイオレットが旅立って数日。
「…………」
皇太子の執務室には、公務に励むアルフレッドの姿があった。
「アルフレッド様、そろそろ休憩に致しませんか?」
アルフレッドの執務机の上に、コトリとティーカップが置かれる。
「ああ、シルヴァン……お茶をありがとう」
「どういたしまして、アルフレッド様。」
爽やかな笑顔を浮かべた美貌の顔を白銀の髪が彩る。
純白を基調とした近衛騎士団長の制服を身に纏った青年。
「ふふ……まるで光を閉じ込めたように輝く黄金の髪に、青空を映す青い瞳!
サンライト王国を明るく照らし続ける太陽の君!」
芝居がかった仕草で美しいポーズを決める若き近衛騎士団長であり、トースター伯爵家の若き当主。
「このシルヴァン・フィン・トースター!
貴方様のような賢く、強く、美しい御方にお仕え出来る幸運を日々噛み締めております!」
「うん……ありがとう、シルヴァン」
いつもの発作か、と笑顔で受け流すアルフレッドは、チラリと窓の外を見る。
「…………」
何も変わることなく穏やかな光景。
窓の外から視線を逸らし、シルヴァンが持って来た紅茶を見詰める。
「…………」
「……何か、不手際でも有りましたか?」
無言で紅茶を見詰めるアルフレッドに、シルヴァンは首を傾げ、問い掛けた。
「いや……紅茶には問題はない」
「では……ヴェノム侯爵令嬢ですか?」
「……そうだね」
シルヴァンの言葉に、アルフレッドは穏やかに微笑む。
「先日のような場面ではなくとも、数日に一回は小さな驚きが有ったんだ。」
舞踏会のあの夜。
テラスから飛び降りた背中を最後に、ヴァイオレットの姿をアルフレッドは見ていない。
「体調でも崩したのかな?
必要ならば、治癒魔法をかけるけど……」
「かのご令嬢は、暴れて嫌がるでしょうね。
せっかく美しい姿をしているのに、勿体ない方です。」
やれやれ、と困ったように微笑むシルヴァン。
「……もう少し、様子を見てみようかな。
彼女のことだ……すぐにまた元気に現れるだろうね」
ヴァイオレットの姿を思い出して、アルフレッドは微笑む。
「……アルフレッド様は、奔放すぎるヴェノム侯爵令嬢を何故お許しになるのですか?」
「ん……?」
「例え、アルフレッド様の婚約者であろうとも、本来ならば魔法薬を皇太子の祝杯に盛るなど許されません」
「……そうだね」
命を奪うような猛毒ではない。
何故、七色アフロになる魔法薬だったのかも謎だ。
「(……初めて会った……あの日も、とても驚いたな……)」
アルフレッドの脳裏に、飾りの取れたドレスを翻し誇らしげに身に纏った幼いヴァイオレットの姿が浮かんだ。
『差し上げますわ』
差し出された手の中に、大きな蜥蜴が一匹。
予想外の贈り物に、驚きの声を上げなかったのは奇跡だった。
……その奇跡のお陰で始まったヴァイオレットとの攻防。
「……彼女だけなんだよ」
歴代の王族随一。
誰よりも強い光の力を宿して生まれたアルフレッド。
頭脳も。
武術も。
容姿も。
全てに優れ、誰にでも心優しく公平な光の皇太子。
『流石は光の皇太子殿下!』
『光の皇太子殿下には勝てません!』
『穏やかで優しい……王族の鏡の光の皇太子殿下!』
誰もが口々にアルフレッドを褒め称える。
アルフレッドに勝てないことは、当然だと受け入れる。
『光の皇太子』
アルフレッドが何をしても。
何もしなくとも。
周囲のすべてがアルフレッドを肯定する。
周囲が望む『光の皇太子』を演じることを同然だと思ったのは何時からだった?
「真正面から戦いを挑み。
負けても、負けても、諦めずに立ち上がって向かって来る存在は……」
アルフレッドを真っ直ぐに見詰めて、挑んでくるヴァイオレットの強い瞳。
周囲に侮られても、嘲笑されても。
何度だって立ち上がって挑み続ける。
「ふふ……今度はどんな方法で、私に勝とうとするのかな?」
アルフレッドは、心の底から楽しみだった。
そして、ヴァイオレットとの攻防戦がこれからも続くと信じて疑っていなかった。
「……楽しみだな」
穏やかに微笑むアルフレッドは、まだ知らなかった。
既に、その日常は崩れ去っていることを。
まだ、知らなかったのだった……。
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