第二話
「カーマインの特製スープで元気百倍でしてっ……い゛っっだぁぁっっ!!」
スープを綺麗に飲んで、元気になったと勢いよく立ち上がろうとした瞬間。
ヴァイオレットは、予想外の痛みに叫んだ。
「……あのな、消毒しようとした途端に立ち上がる馬鹿がいるかよ。」
「痛いですわ!痛いですわっ!痛いですわっっ!!」
涙目で擦り剥いた腕の傷を押さえるヴァイオレットに、カーマインが呆れた眼差しを送る。
「そんな腕の出ているドレスでテラスから飛び降りたり、庭園を突っ切ったりするからだよ」
「うぅぅっっ…………おのれ、殿下めっ……!」
本気で何時の日か泣かせてやりますわ……!
アルフレッドに向けて恨み節のように、低い唸り声を上げるヴァイオレット。
「……兄上、関係なくね?」
アホの子ほど可愛いと言うが……まあ、確かに可愛いかもしれない。
ヴァイオレットの起こす騒動に巻き込まれずに見守る立場ならという条件付きだが。
「なぁ……前々から思っていたんだが……」
腕の傷にふーふー息を吹き当てるアホの子、じゃなくて……ヴァイオレット。
「なんですの?」
「ヴェノム領のことを思えば、兄上の力を借りた方が色々と早くないか?」
カーマインがずっと不思議だった疑問。
太陽も、光の力も届かない辺境の地、ヴェノム侯爵領。
歴代の王族の光の力が届かなかった山の向こうの北の大地。
だが……歴代の王族の中でも桁違いの光の力を持つ兄上ならば……
「届くかもしれませんわね。」
ヴァイオレットの動きがピタリと止まる。
感情豊かなヴァイオレットらしからぬ、冷静な声音。
「なら……」
「でも、その力は五十年後も、百年後にも……健在でしょうか?」
「っ?!」
感情を押し殺したヴァイオレットの声に、カーマインは目を見開く。
「……十年……」
ヴァイオレットは、ポツリと呟く。
「十年掛けて私はジリ貧ですけど、十年前よりもヴェノム侯爵領をマシな状況にしましたわ。」
冬を越せずに飢えと寒さで、死んでいた領民たち。
耕しても、種を蒔いても、ほとんど実りの無い痩せた大地。
――それを、十年かけて。
ヴァイオレットは、十年の月日を掛けて多少はマシにした。
平民のように魔力がない故に。
魔力を充電して動かす魔導機械の開発。
種籾の品種改良。
有識者に土下座する勢いで土壌改良に関する知識の教えを請いて。
出来ることは、一族総出で全部やった。
そして、相変わらず貧しいものの冬を越せずに死ぬ領民はいなくなった。
耕して、種を撒けば、十年前よりも実りは増えた。
「これから先、ずっと。
領民の暮らしが豊かになって、誰も飢えることなく、冬を乗り越えることが出来るなら……。
どんなに嫌いな奴が相手でも、尻尾を振って媚びまくってやりますわ。」
だが……光の皇太子と呼ばれる程に強い光の力は、アルフレッド亡き後も、その恩恵は続くのか?
「一度豊かさを知ったヴェノム領の民。
その豊かさが泡のように消えてしまった時の絶望……」
豊かさしか知らない時代に育った子供達は、果たして絶望から立ち上がれるだろうか?
「だから……光の皇太子の力なんて入りません。
それよりも、もっと確実で、半永久的に続く物を私は探すのです」
ずっと……ずっと!
ヴァイオレットが探し続けている疑問の答え。
「ヴァイオレット…………」
カーマインには何も言えない。
慰めの言葉も。
応援の言葉も。
ヴァイオレットは必要としていない。
必要なのは……ヴェノム侯爵領の民を救える答えだけ。
「…………決めましたわ」
静かに考えを巡らせていたヴァイオレットの瞳に、強く激しい覚悟の火が燃え上がる。
「私は、伝説の太陽の石を探す旅に出ます!」
「は?!
ちょっと待てっ!」
本気の光を宿した強い瞳に、カーマインは慌ててしまう。
「お前なっ!
太陽の石なんてものはお伽話だろうっ!
そんな現実に有るがも分からない物にたよ……」
「私も、初めはそう考えていました。」
カーマインの言葉を遮るヴァイオレットの静かな声音。
「ですが、一つの仮説に辿り着きました。」
「仮説?」
「お伽噺に登場する太陽の石には、モデルになった"何か"が有るのではないかと考えたのです。」
太陽の石が登場するお伽噺。
幼い頃は鼻で笑っていたけれど……。
「数年前、祖母が亡くなった時に思い出したのです。
幼い頃に祖母が"お伽噺には、一欠片の真実が混ざっていることもある"と仰ったことを……。」
亡くなった祖母の言葉に一縷の望みをかけた。
「……だから、お前……王城内の書庫に通っていたのか……」
数年前から。
暇を見付けては、王城の書庫に籠もっていたヴァイオレット。
「はい。
我が家に有る専門書はすべて頭に叩き込んでおりますから。」
何冊も、何冊も。
特殊な鉱物を。
魔道具の歴史を。
時間が許す限り、読み漁った。
信憑性の薄い資料ばかりだった。
古い古文書は解読することに時間もかかった。
そして……やっと、見付けたのだ!
「遥か古代。
光の力が結晶化した石が実在しています。
太陽の光を集めたように黄金に輝くその石は、周囲を暖かく照らしていたそうです。」
お伽噺じゃない。
伝説でも、実在するのなら……手が届くかもしれない!
「いや、待て。
侯爵令嬢のお前が行く必要など……」
「名ばかり侯爵令嬢ですわ!
地位ではお腹は膨れませんし、我が家には冒険者を雇う余裕は有りませんっ!」
止めようとするカーマインに、ヴァイオレットは朗らかに笑う。
だから、時間を掛けて寝袋など必要な物を縫ったり、補修をしていたのだ。
「……女の一人旅は危険……いや、お前なら何とかなるか?
だが、兄上との婚約は白紙に戻る可能性もある。」
「婚約など白紙で構いませんわ!
どうせ、嫁入りする際の持参金など払えませんもの!」
豊かな王家、優しい王族達。
きっとヴァイオレットが、ヴェノム侯爵家が婚礼の持参金を払えなくても、笑顔で構わないと言うだろう。
だって、ヴァイオレットがとても賢い以外に、王家にとって何の利点もない婚約を認めているのだ。
「惨めな思いも、乞食令嬢と嗤われることだって慣れています。
それに加えて、お優しい皇太子殿下にすら婚約破棄された傷物と言われるくらいへっちゃらですわ!」
太陽のように明るい、曇りのない笑み。
「…………ほんと、強いよなぁ……お前」
「ふふん!
私のように可憐な乙女は図太くないと生き残れないのです!」
「……可憐、か?
変な生き物の間違いじゃないか?」
「酷いですわ!
花も恥じらう乙女を捕まえて!」
顔を見合わせた二人の間に沈黙が落ちる。
「ははっ!」「ふふ!」
どちらともなく笑い合う二人。
「善は急げ! 思い立ったが吉日!
明日の朝一番に出発しますわ!」
「おい、待て。
食料とかの準備を……」
「お金がありませんので現地調達ですわっ!
食べれる草は分かりますし、蜥蜴を捕まえる手腕は領内一です!」
胸を張って笑うヴァイオレットに、カーマインは頭を抱える。
「……ほんと、規格外だよ……お前は……」
ため息を一つをついて、カーマインは目の前の少女を見る。
「手紙用の紙を渡す。
だから、無事かどうか手紙を寄越せよ。」
「はうあっ?!
紙をくださるのですか?!
ありがとうございます!」
「手紙用だからなっ!
設計図とかを描く紙にするなよ!」
「わっ、わかってますわ……」
「…………」
目を泳がせるヴァイオレットに、カーマインはため息をつく。
念押しをしなければ、絶対に手紙ではなくて設計図とかを描く気だったな。
「……太陽の石が見付かっても、見付からなくても……冬までには一度戻ります。」
慣れた様子でベランダの柵に掴まり、カーマインを振り返るヴァイオレット。
「……ヴァイオレット、腹が減っても毒キノコは食うなよ。
腹を出して眠ったり、知らない奴のエサに釣られてついて行くな。
それから……」
「私は幼い子供では有りませんっ!」
頬を膨らませるヴァイオレットに、カーマインは笑ってしまう。
「……死ぬなよ」
「モチのロンですわ!」
鮮やかな笑顔を残し、ベランダから飛び降りる。
「行ってきますわ!」
「……ああ。待ってる。」
黒いドレスを翻し、再び少女は夜の闇に消えるのだった。
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